【完結】ヒソカは雑魚専? よろしい、ならば転生だ   作:虫野律

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更新遅すぎて、読んでくれている方に申し訳ないです。
本作は更新するとお気に入りが減って、それから持ち直すみたいなことがよくあるんだけど普通こうなのか疑問だ。


愛するということ

 絶対王政が歪み、各国で革命が起き始めていた時代、パドキア王国の中心部に聳え立つ巨大な城の奥深く、格子窓から僅かに空を覗くことしか出来ない半地下の一室に少女はいた。

 

 少女は所謂、お姫様という存在だ。淫乱と謂われる女王の強権により幽閉されていた。

 

 そう、あの口紅を送られた女王によって。

 

 理由は、そこまで複雑ではない。

 まず、前提として少女は第一王位継承権を持っていた王太子の唯一の子だ。女王は王太子の実の妹にあたる。幽閉されている少女から見たら、女王は叔母にあたる。

 

 単刀直入に述べる。

 

 女王──ファーストネームをアリス──は兄である王太子を愛していた。勿論、異性としてだ。

 だが、パドキア王国では現代同様、近親間の恋愛や肉体関係は禁忌とされていた。だから、当然の帰結として(勿論、政治的理由もあり)王太子は他国の王女と婚姻を結ぶことになった。

 

 政略結婚にしては珍しく、王太子夫妻の相性は極めて良好で、すぐに世継ぎが生まれると城内では専らの噂だった。

 

 その時の、後の女王である小柄な娘の心情は如何程のものであったか。

 

 噂通り、結婚後一年もしない内に王女が身籠った。

 

 普通であれば、思いを寄せる相手が結婚し、円満な家庭を築いたのなら、自分の気持ちに整理をつけて諦めるだろう。

 多くの人に失恋の経験があることからも分かるように、大人になる為の一種の通過儀礼として、その感情は心の片隅にしまい込まれる類いのものだ。

 

 だが、アリスの場合は簡単には割りきれない事情があった。

 

 婚姻が成立する前、実の兄と姦通していたのだ。物置と化して久しい仄暗い旧使用人部屋が彼女達のいつもの(・・・・)場所だった。

 誤解しないでいただきたいが、兄がそれを強要した訳ではない。精神的な未成熟さを加味しても、2人の事例では本質的な意味では、強制性交等でも準強制性交等でもなく、ただのよくあるありきたりなセックスでしかなかった。まぁ、肉体的な幼さを考えると、多くの人にとっては在り来たりどころか有り得てはいけない、と感じるだろうが。

 

 話を戻そう。

 人は得られないことよりも、失うことを恐れる。一度は満たされてしまった。それがアリスにとってとても大きな枷になっていた。

 一度知ってしまった甘過ぎる蜜を忘れることは容易ではない。

 

 しかし、2人がそうなるのはある種の必然であった。

 滅びの足音が日に日に大きくなっていた王国で、それでも権力と自らの欲望を満たすことにしか興味のない、国王を始めとする権力者連中により政略結婚の道具として高く評価されていたアリスの世界は薄気味悪いホラー小説の様だった。

 そう、あくまで道具扱いしかされなかった。運悪く、健康で美しかったのだ。その売却価値は欠陥だらけの醜女(しこめ)の比ではない。

 であれば、しっかりと投資とメンテナンスをして、然るべき時期に最高値で売り払うべき、と政治屋が考えるのも当然であろう。

 

 一方、民から見たらどうだろうか。

 ……そう難しくはない。少し想像すれば分かることだ。

 則ち、圧政に次ぐ圧政、増税に戦禍、果ては疫病まで僅か100年程の期間に幾度なく押し付けられた民の目には、贅沢な食事に、多くの召し使いや護衛を引き連れたお姫様の存在は、分かりやすい位の八つ当たりの対象だった。

 

──俺たちは常に死に怯えて、飢えに苦しみ、戦争で多くを失っているのに、彼女はどうだ? 

──私たちのことなど知りもしないで柔らかいパンに温かいスープ、肉や甘味までいつでも食べられる。小綺麗な格好で澄ました顔をして……!

──あいつは敵に捕らわれて散々嬲られた後にバラバラにされたってのに……! くそ! 

 

 民が憎悪を持つのはやむを得ない……と言えるかもしれないが、彼女に限ってはその表現はほんの少しだけ不適切だ。

 何故ならば、そうなるように国王や大臣が仕向けているからだ。

 

 せめて自分たちが生きている間だけでも権力を維持して甘い汁を啜りたい、と考えた政治屋達がとった手段は愚民の嫌悪の対象を提供することで自分たちの悪質さに意識が向かないようにすることだった。

 その分かりやすい捌け口に選ばれたのがアリスだった。愚民にわざと見せ付けるように派手なドレスを来て城下を歩かせたり(正確には馬上で)、護衛に何から何までやらせている所を見せたり、(アリス以外にとって)都合の良い噂を流したりといった具合だ。

 国王からすれば、手許にある内はスケープゴートとして利用して、売却後はコネを使えれば幸いということになる。

 

 こんな環境でまともな人間的交流が起こる訳はない。というより、要らぬ知恵をつけぬように会話や読書を制限されていたのだ。

 人は己の欲望の為ならば、他者を地獄に落とすことさえある。例え実の娘であろうとも。

 

 だから、アリスの世界に人間は自分1人しか居なかった。

 

 立場を考えると仕方がない面もある。国民の血税で飢えることのない生活をしているのだ。飢えながらも、二束三文で身を売るしかない場末の娼婦に比べたら天国のようなもの。……そんなことはアリスも分かっている。

 

 それでも、言い様のない孤独感は歳を重ねていくごとに増していく。

 

 誰か、私を見て。私に話しかけて。私に触って。私を愛して……。

 

 皮肉にもアリスの愛を求める寂寥が、幼いながらも男の情欲を掻き立てる劇薬のような色気を彼女に与えた。結果、売却価値が増して、より一層、"商品として"丁重に扱われるようになった。

 

 11 歳になったアリスは諦め始めていた……。

 

 対して、兄である王太子も決して安穏と生きていられた訳ではない。国の状況は不安定でいつ()が起きても不思議ではない。子供ながらに聡明であった彼は、国の状況を正しく把握していた。

 

 僕が死ぬ時は、処刑台か、革命による戦死か、あるいはもっと酷い死に方か。

 

 兄は、後20年もしない内に殺されるであろう、いや、殺される義務が自分にはあると認識していた。それこそが転換期の王家に生まれた者の使命であると考えていたのだ。

 

 間違いではない。しかし、たかだか、10にも満たない時分からそう認識し、逃げ出そうとすらせずに全てを受け入れていたのだ。凡庸な器では到底不可能であっただろう。

 しかし、いくら非凡な器を持とうと感情がなくなる訳ではない。ずきずきと傷む心根が兄の中で決して無視できない歪みを作っていく。

 兄に課せられた役割は都合の良い従順な跡継ぎであること。そして、死ぬこと。

 

 父である国王のガラス玉のような無機質な目、貴族達の猫なで声、民の侮蔑の声。

 

 その世界は暗く、寒い。孤独な穴蔵にいるかのようであった。  

 

 閉鎖された鳥籠で、痛みと孤独を抱えた少年少女が共依存と肉欲の対象に互いを選ぶのはもはや運命であったと表すべきかもしれない。

 

 そうして、2人は絡み合っていく。

 続けるべきではない関係であることは分かっていた。それでも、現実から逃れようと2人はじめじめとした部屋で時を過ごした。

  

 兄の婚約が決まったのは、そんな関係を2年程続けた時だった。

 

「もう辞めにしよう」

 

 昔よりも男っぽくなった声で兄がそう告げた。アリスにとって最も恐れていたと同時に予感していた言葉であった。

 だが、はいそうですか、と簡単に受け入れることなど出来ない。

 アリスは反撃の為、口を開こうとして、しかし、言おうとした言葉のほとんどを紡ぐことが出来なかった。

 

「……ずるいわ」

 

 兄が泣いていた。

 その胸中は複雑であっただろう。国益や婚約者である王女の国との力関係、そして、この時にはまだほんの僅かに残っていたアリスの未来への道。それらが混沌と混ざりあって兄の自由を奪っていた。

 

 結局、アリスはその提案を飲み込むことにした。

 

 沈黙の後、兄が立ち上がる。

 

「さよなら」

 

 別れを口にし、先に部屋を出ようとした兄の腕を少しだけ強く掴む。

 

 最後にもう一度だけ、口付けをしようとして……。

 何故かは分からない。アリスにはそれが出来なかった。

 

 気が付いた時には、アリスは夕闇の部屋の中に独り……。

 

 その後は前述の通り婚姻は津々がなく成立した。国家間の関係も概ね期待を裏切らず、表面上は多少は友好的なものになった。

 

 兄の判断は正解だったのかもしれない。プライドの高い王女がアリスと兄の関係を知ったら、色々と面倒な事態に陥っていた可能性は高い。男女の関係を完全に隠すなど出来ないことはアリスにも分かる。

 であれば、そういった事実を少なくとも現在以降は根絶することが最善になるはずだ。頭では分かっている。

 

 しかし、それでも、暗く燃える劣情は消えてはくれない。

 もし、アリスと兄が互いの胸の内を明かすことなく、肉体関係やお互いの感情の共有がなかったならば、アリスも諦める(あるいは受け流す)ことが出来ただろう。

 

 だが、駄目だ。

 一度、あの温い微睡みを知ってしまったら、忘れることなどできない。

 人は得られないことよりも、失うことを恐れる。アリスは失ったのだ。唯一の救いを。甘い毒を……。

 

 疼く(からだ)を抱えながらも、兄との関係が終わってから少しの間は、晩年の様に肉欲に沈むことはなかった。まだ、道徳的な自律心をその身に繋ぎ止めていられた。

 アリスはそこまで自分に甘くはない。

 

 しかし、春風が夏の匂いを孕んできた頃にそれは起こった。

 

 珍しく、来客用の部屋で兄と2人きりで少しの間、待機する時間ができた。護衛はドアの前、要するに廊下に居るだけで室内には居ない。

 

 アリスに以前の様な関係を求めるつもりはなかった。ただ、一つだけ聴きたいことがあった。

 

「ノア」

 

 だからアリスは昔の様に兄の名を呼んだ。

 兄に動揺や驚きといった感情はない。アリスの様子から、何かあると何となく感じていた。  

 

「……なんだい」

 

 努めて無表情を装っている。

 ノアが自身の指を僅かに擦る。取り繕う時のノアの癖だ。

 前と変わらないそれにアリスは少しだけ痛みを覚えるが、こちらもそれを表情に出したりはしない。

 

「大したことじゃないわ」

 

「……うん」

 

「あなたは今、幸せ?」

 

 外から見た限りでは、政治家としても、夫としても、父としても順調に見える。しかし、アリスにはそうは見えなかった。

 理由は分からないが、ノアが日に日に薄く(・・)なっている気がしたのだ。それは、まるでノアの中にある感情が煙になって少しづつ、空に溶けてしまっているよう……。

 

「……そうだね。僕は恵まれているよ」

 

 それは質問の答えではない。つまりはそれが答えだ。

 しつこく訊き咎める気などアリスにはない。

 

 答えたくないならば、私は敢えて訊きはしないけど……。

 

 しかし、アリスを見たノアが微笑む。アリスが好きだった柔らかい匂い。

 

「カッコをつけるのは辞めるよ」

 

 先程よりも自然体に見える。

 

「僕は……」

 

 その時、木製のドアが何の断りもなく開けられた。王族の居る部屋への入り方としてはあり得ない。

 

「何事だい?」

 

 闖入してきたのは、廊下で控えているはずの護衛の男だった。寡黙で命じられたことはしっかりとこなす、そんな男だ。普段の彼からすれば、この様な不敬は似つかわしくない。

 だから、ノアは咎めるより先に心配した。何かのっぴきならないことが起こったかもしれない。であれば、この度の不敬は敢えて記憶に留めはしまい。

 

「黙れ!」

 

 男はノアの問いには答えずに怒声を放つ。ここにきて、ノアも男が会話の通じない状態であると認めた。いや、本当は最初からある程度察していた。ただ、今まで忠実に職務を遂行してくれていた男をそう(・・)であると考えたくなかっただけだ。

 

「理由は逆怨みか、革命ごっこか」

 

 ノアの言葉に男の目付きが鋭さを増す。

 

「ああ、そうだ。お前の言う通りだ。だから……」

 

 男がアリスを睨め付ける。

 

 アリスは恐怖で身が動かせない。それがアリス自身、信じられなかった。たかだか殺気程度でこうなるような弱い人間ではないと思っていた。

 膝が震え出し、嫌な汗が背を伝う。

 

 いったいこれはどういうこと? 何故、何故? これでは、まるで、汚ならしくて意志薄弱な愚民そのものではないか!

 

 意志を強く持とうとしても、身体が言うことを聞いてくれない。

 このままでは男に殺されてしまうだろう。

 

 男が本来、主を守る為の剣を抜き放つ。良く手入れの行き届いたそれは怪しく輝いている。

 

「死ね」

 

 アリスは、つい目を瞑ってしまう。

 

「……。……。……?」

 

 アリスの予想に反し、まだ自分は生きている。首も繋がっているし、痛みもない。

 それどころか、先程までの地獄の底を彷彿とさせるような圧迫感も消えている。

 

 ゆっくりと顔を上げる。  

 

 目の前にあるのはあの日よりも大きくなったノアの背中。ノアが男の剣を護身用のナイフで受け止めていた。

 

 男が驚愕を浮かべ、口を開く。

 

「……まさか、王子様も俺と同類だったとはな」

 

「政治に携わる者として切り札は隠したくなるんだよ」

 

「は! 優秀なこった!」

 

 アリスにはノアの言う切り札が何かは分からなかったが、ただ何となく──がした。杞憂ならばいい。しかし……。

 

 不意に男が笑う。

 

「だが、あんたより俺の方が前衛としては優秀なんじゃないか?」

 

 言い終わるや否や、先程よりもずっと重い圧が男を中心に一瞬で部屋を満たす。

 

 呼吸が出来ない。ノアが間に立っているのにそれすら意に介さずに圧迫される。

 

 そして。

 

「……!」

 

 ナイフを両断し、兇悪な斬撃がノアへと叩きつけられる。

 

 悲鳴すら上げることが出来ない。上げさせてもらえない。

 

 鮮血が舞う。

 

 だが、ここでまたしてもアリスは驚愕する。何故ならば、突然、得たいの知れない化け物──戯曲に登場する悪魔のようだ──がノアの隣に現れたのだ。

 

「……念獣なのか? それにしてはいくらなんでも……」

 

 男の言葉は、ネンジュウなる悪魔によって遮られることとなった。

 

「『おいおいおい! 俺様をそんなちんけなもんと一緒にすんじゃねぇよ! 何を隠そう』」

 

 だが、今度はノアによって悪魔の話が止められた。

 

「代償は……さらに(・・・)払う。いくらでも……持っていけ」

 

 ノアの声を聞き、アリスの心臓が暴れだす。嫌な予感はしていた。昔から変な時にだけよく当たる。全く役に立たない勘だ。

 

 嫌! 止めて! 私はいいからあなたは! あなただけは!

 

 しかし、声にならない叫びはノアの声に掻き消される。

 

「だから、アリスを守れ!」

 

「『いくらでもとは太っ腹だぜ! こいつぁはいいや! 勿論、合意するぜぇ?』」

 

 ノアが小さく、ごめんな、と呟いた。

 

──契約成立。『悪魔の取引(hell or hell)』発動!

 

 暗い光が部屋に満ちた。アリスにはそんな気がした。

 

 

★★★

 

 

 ノアが死んだ日から数日後、ノアの妻である王女が自殺した。

 元々、精神病気質で情緒不安定な所があったのだ。負の感情の爆発に耐えられなかったのだ。普通ならば、国の中心たる王族として、あるいは、幼い娘の親として、死ぬ訳にはいかないと生を甘んじて受け入れるだろう。

 しかし、王女にはそれが出来なかった。ノアの死に様が余りにも惨い物だったことも一因だろう。深く愛していたのだ。

 

 では、アリスはどうしたか。

 

 それはご存知の通りセックス依存と恋愛依存が混ざりあった精神状態に陥ってしまった。その衝動を実現する為に、まず有力貴族を落し(・・)、政治屋連中の弱味を集め、アメと鞭を使い下僕を増やしていった。

 そして、ノアが死んでから1年もしない内に実の父親を毒殺し、消去方的にアリスが王位を正式に継承する。この時、アリスは14歳であった。

 

 仮初めの順風満帆の中でアリスには一つ、自身でもどうしたら良いのか分からないことがあった。

 

 そう、ノアの1人娘の存在だ。

 

 アリスにとっては最愛の人の忘れ形見であり、また、苦い失恋の象徴でもある。殺したいと思う一方で、ノアの思いを大切にし、守らなければとも思ってしまう。簡単にまとめると保護対象兼殺害対象であった。

 

 巧く割りきることができなかった結果、中途半端な折衷案的選択として、監禁することにしたのだ。

 

 以上が少女が王族でありながら半地下に幽閉されている理由になる。

 

 ここから少女について語ろう。

 

 

★★★

 

 

 少女──イヴ──にとって世界はとても狭いものであった。物心ついた時から、半地下の部屋を一歩も外に出ることなく生きてきたのだ。

 使用人を名乗る何名かの人間も最小限の接触のみでろくな会話もない。話しかけても大概無視されるだけだ。

 

 ただ、このような境遇にあっても言語やその読み書きに関しては一応は出来ている。

 稀に訪れる綺麗な女性が教えてくれたからだ。名前の知らないその女性のことをイヴは好きだった。理由は説明しづらいが、強いて言えば何となく一緒に居ると落ちつくからだろうか。

 

 ある日、イヴはその女性にお願いをしてみた。

 

「お願いがあります」

 

「言ってみなさい」

 

 その女性はいつもの様に、落ちついた物腰を崩すことなく、その内容を問う。

 

「もっと本が欲しいです」

 

「……ここから出たいとは言わないのね」

 

 女性の言葉も尤もだろう。普通は部屋から出たいと駄々を捏ねてもおかしくはない。10歳という年齢を考えると尚更だ。

 

「それはいいです。だって何か意味があるのでしょう?」

 

 イヴの言葉に女性は黙してしまう。確かに意味あるいは理由はある。それも一つではない。

 

 しかし、女性がイヴにそれを説明したことも、そういった何かを匂わせる言動をした覚えもない。

 

 ふと、女性は兄が持っていた不思議な雰囲気と同じものを、目の前の小さな少女から感じた。

 

「駄目でしょうか」

 

 イヴは知りたい。世界の色を、音を、匂いを感じたい。部屋から出ることが出来ないのならば、せめて本を通して知りたいと思った。

 

 だからお願いしてみたのだ。優しい空気を持つこの女性に。

 

 イヴの透明な眼差しに堪えられなかったからか定かではないが、女性は小さく、分かったわ、と呟いた。

 

 数日後、イヴの下に30冊の本が届けられた。

 

 ジャンルは様々であったが、いずれも新鮮で心踊るものであった。

 

 そして、一冊読み終えるごとにイヴの中にある「世界を知りたい、感じたい」という欲求は高まっていく。

 

 全ての本を読み終えた時、それは遂に理性で制御できる次元を越えてしまう。

 

 この時、イヴの中で一つの解が具体化される。以前からぼんやりと感じていた波の様な力が明確化された。

 

──『未知なる世界を(ハイパーセンス)

 

 つまりは『発』の完成。ほぼ無意識ながら、念能力と呼ばれる現象を瑕疵なく発動させる。

 

「……! これは!」

 

 この能力は、簡単に言えば五感を強化するものだ。世界をもっと感じたいという願いの先にあったのがこの能力になる。

 

 

『──? ──』

 

『────』

 

『──! ──!』

 

 イヴの異常に強化された聴力が城内に留まらず、街の人々の声、果ては心音までをも拾い集める。

 この能力の恐ろしい所は、必要な情報をイヴに処理できる範囲で集める機能を備えていることだ。要するに全ての音を聴いて脳がパンクしないようにセーフティーが掛かっているのだ。勿論、イヴが意図した訳ではなく自然とそうなっている。ニコルやヒソカとは別の意味で常軌を逸した才能を持っていると言える。

 

 そして、知ってしまった。人々の嘆きを、絶望を、怒りを。そして、それでも失わない未来への希望を。

 

 これらを聴いたイヴが最初に持った感情は好意であった。

 人の持つ感情が何より美しく感じた。

 

 だが、現実はとても厳しい。イヴにとっては尚更だ。もう革命まで幾ばくもない。人々の言葉からはっきりとそれが分かった。そして、もう一つ分かったことがある。

 

 幾つかの情報から、ある推測を持つに至ったのだ。

 

 あの人、いえ、アリスさんは私を守っている。私を世界から隠している。

 

 イヴの推測は間違ってはいない。事実、革命が起きても処刑されないように、そもそも民がイヴを認識しないようにしていた。ただ、それだけが監禁の理由ではないが流石にそこまではイヴには分からない。

 

 ドアノッカーが三回叩かれる。使用人が来た時の合図だ。

 

「どうぞ」

 

「失礼しま……!」

 

 入って来た偉丈夫が仏頂面を崩す。しかし、すぐに戻してしまう。

 

「失礼しました。お食事をお持ちしました」

 

 もうそんな時間だったの。集中して気がつかなかった。

 

 イヴはいつもの食事が運ばれるのをぼんやりと眺めながら、ふと感じたことを口にする。

 

「あなたはアリスさんの味方なのね」

 

「!」

 

 これは直感。だけど、きっと当たっている。私にはそう感じる(・・・・)

 

 イヴの直感を裏付ける様に偉丈夫が動揺を顕にする。殺す殺されるの修羅場を幾つも潜ってきた男にとっても、イヴの言葉はそう為らざるを得ないものだった。何もしらないはずの少女が正鵠を射ていたのだ。

 

 男の態度を見てイヴは確信を強める。

 

「……そのままアリスさんの味方でいて下さい」

 

 本当は助けて上げてと言いたかった。でも、それが現実的でないことは分かっていた。だから、せめてもの願いを告げた。

 

「……かしこまりました。命に代えても」

 

 男はそう言って、部屋から出ていってしまった。

 

 

 

 

 それから、数日後、城内の裏門から火が上がった。

 

 勿論、イヴもそれを感知した。というよりその原因に至るまで全てをしっかりと聴いていた。しかし、イヴから周りにコンタクトを取る手段がない為に、ただそれを眺めることしか出来なかったのだ。

 

 始まったのね……。

 

 革命が始まった。怒号、悲鳴が飛び交い、怨嗟と歓喜が混じり合う。

 

 突然、イヴの居る部屋の扉が開けられる。そして、入って来たのは先日の偉丈夫であった。

 

「……」

 

 イヴとの約束は破られたのだろうか。しかし、イヴの直感ではそんなことをする人物には見えなかった。

 だから、よく視て(・・)みた。すると不思議な紋様が男の額に浮かんでいることが理解できた。目を凝らすまでは気がつかなかった。

 偉丈夫が静かに口を開く。

 

「……『イヴを生かして』。それががあの人の最期(・・)の命令です」

 

聴いて(・・・)いました。それにその額の紋様……。詳しくは分かりませんが、それには逆らえないのですね」

 

 アリスの操作系能力だ。こちらも発覚醒時のイヴ同様天然型と言われるタイプになる。つまりは纏や練を意識して行える訳でもなく、通常のプロセスでオーラを視認できる訳でもなく、シンプルに発のみが行使可能なタイプだ。

 その最期の願いが、イヴの延命であった。

 

 イヴの言葉に偉丈夫が静かに頷く。

 

 男が真っ直ぐにイヴを見ていた。そこにあるのは強い意志。イヴは小さく息を吐く。

 

 おそらく、アリスさんの下へ私と伴に向かうという選択肢は許してくれないでしょう。こうなってしまっては仕方ありませんね。

 

「……分かりました」

 

 

 

 

 

 

 夜空には星も月も見えない。雲が彼女らの光を遮っている。

 春の夜風はまだ少しだけ冷たい。

 

 城下町の入り組んだ道を駆ける影が2つ。

 

 イヴを連れ出した男──ルークは気配を殺しつつも、必要十分な堅を維持しながら走り抜ける。要は堅の上に隠を掛けているのだ。

 ルークが自らの後ろを追従するイヴの気配を感じながら、内心で戦慄していた。

 

「もしかしたら、と思っていたが本当に付いてこられるとは」

 

「これくらいならば、問題ありません」

 

 イヴの息すら乱さぬ泰然とした趣にルークは驚愕を通り越して、逆に冷静になる。

 

 これが王族の才だと言うのか……。ノア様しかり、アリス様しかり、まるで俺達とは違う。

 

 一方、イヴも今の自分の運動能力が一般的なものよりは多少(・・)優れているという自覚はある。少し前までのイヴでは、ルークの常識的な予想に収まるパフォーマンスしか出来なかっただろう。 

 しかし、『未知なる世界を(ハイパーセンス)』で情報を集めていくにつれて、ある概念の存在が明らかになる。

 

 念だ。

 

 それを知ったイヴは何をしたか。瞑想ではない。無理やり精孔を開くような愚行でもない。

 『未知なる世界をハイパーセンス』を使い視覚及び触覚を極限まで強化した。すると、オーラをはっきりと感じ、かつ、目視することが出来たのだ。

 ここまで来れば、後は(イヴにとっては)簡単だった。感覚に従い4大行や応用技を習得。オーラを認識してから10日足らずで全てを(少なくとも技術的には)完全に自分の物にした。

 そして、何より幸運だったのはイヴが強化系であったことだ。これは『未知なる世界を(ハイパーセンス)』と相性が最もいい系統になる。

 さらに、今の逃亡にも大いに役立っている。確かにルークの見立て通り、イヴの本来の身体能力は低い。ずっと部屋で過ごしていたのだ。それが当然だ。

 しかし、それを補って余りあるオーラを備えている。だから、戦闘のプロであるルークに付いて行けているのだ。

 

 城下町を囲む高い壁。

 そこへと二人が到着した時、ルークは希薄に過ぎる、しかし、確かな鋭さを持った殺気を感知した。

 だが、それは遅すぎた。気づいた時には既に病的な程濃密なオーラが込められたナイフが2人へ投擲された後だった。

 2人へ襲いかかるナイフには、恐らくは行動不能に陥る類いの毒が塗られているのだろう。イヴの使い方を考えると、それが最も有力な読みであるとルークは瞬時に当たりをつけた。

 

 ナイフは既に弾丸のごとき速さで迫っている。今から動いたのでは2人とも無傷とはいかない。

 

 この時、本来ならばルークが持つ選択肢は、イヴを見捨てて、つまりイヴに向かうナイフへ対処せずに、自分の身を守ることに専念するパターンとイヴを助けることを最優先にして、つまり自らの身を犠牲にするパターンの2つあったはずだ。

 しかし、アリスにより操作されている以上、ルークの答えは決まっていた。

 

 ルークがイヴを守ろうとナイフの軌道上に踊り出ようとして、イヴの妙な動きを認識する。

  

──『未知なる世界を(ハイパーセンス)未来は私の中にある(イロジカルイントゥイション)

 

 今まで、イヴは自分は勘が少し鋭いだけだと思っていた。しかし、それはちょっと違った。イヴは中途半端ながらも、この発を無意識に行使していたのだ。

 内容は、5感を強化して集めた莫大な情報を元に論理的に導かれる推測へ、生来の勘を強化して得られた情報ないし感覚による修正を加えた超高精度の分析結果を知るというものだ。

 この過程をイヴの意識外、つまりは発ないし念がオートで行う。従って、イヴの脳に負担が掛かることはない。イヴからすれば分析結果の内容だけが、いきなり分かる形になる。

 簡単にまとめると、勘が異常に鋭くなる発と言える。

 

 ルークが殺気を感知する数拍前にイヴはそれを感知していた。だけに留まらず、ナイフの軌道も読みきっていた。この発は分析した現状から、最も確率の高い数秒先の未来すら見通す。つまりは、攻撃の先読みが自動で実行される。

 どんなに速い投擲でも、どこに来るか分かっていれば回避は出来る。

 イヴは最小限の動きで、ナイフの軌道の隙間を縫うように体を操作する。この動作の初期段階が、先程ルークが認識した妙な動きだ。客観的にイヴの動きを見るとまるで一種のダンスであるかのようだ。それをオーラにより強化された身体能力を以て、超高速で行う。妙な動きとルークが感じるのも当然だろう。

 

 しかし、妙な動きでもイヴが自力でナイフを回避出来るのならば、ルークも随分とやり易い。

 

 本当に驚かせてくれる!

 

 ルークは自らに迫るナイフを回避し、不届き者を見つけようとして、しかし、すぐにその必要性がなくなる。

 

「あの家の2階の窓際に一人居ます。それから、もう一人はあっち」

 

 そう言ってイヴが不届き者の居場所を指差す。

 円を使った訳ではない。これも『未知なる世界を(ハイパーセンス)』によるものだ。

 

「……確かに居るな」

 

 ルークがそこへ意識を集中すると、敵の気配を極僅かに感じることができた。

 

 こうなってしまえば、後はそこまで難しくない。ルークとて最年少で近衛騎士に任命され、以後幾つもの戦闘をこなしてきた。勿論、今の敵のように気配を殺すのが得意な暗殺者と戦ったことも一度や二度とではない。

 

 二人が敵の居る場所を視ていると、意外にも向こうから姿を現してくれた。

 

 一人は白髪の老人、一人は幼い少年。少年も白髪だ。

 

「お主ら、相当やるの」 

 

 白髪の老人が穏やかな口調で話しかけてきた。一見、ただの優しい好好爺。しかし、イヴは()により、ルークは経験を前提とした観察により、老人と少年が数えきれない程の人間を殺めてきたことを理解した。

 

 イヴの勘が嫌な未来を伝えてくる。

 

 まともにやったら、私達では勝てない。ルークさんも必ず死んでしまう……!

 

 イヴは自分が足手まといになってしまう事実も過不足なく認識している。いくら高い機動能力と鋭過ぎる直感があろうと戦闘などしたことがないイヴではそうなってしまうのも仕方がない。まして相手は手練れ。

 イヴのうなじにチリチリとした痛みが纏わりつく。

 

 一方、ルークも二人を見てある推測を持っていた。

 

 超一流の隠密能力を始めとした戦闘技術に白髪、さらに幼い子供を戦闘に参加させる。このような特徴を持つ集団はルークの知る限り一つしかない。

 

「ゾルディックか」

 

「……正解じゃ。まぁ、お主は知っていても可笑しくはないの」

 

「殺し以外も請負のだな」

 

「今回だけじゃよ。普段はやらん」

 

 軽い口調ながらも、ルークは内心で覚悟を決めていた。ここで死ぬ覚悟を。

 

「イヴ!」

 

 ルークの強い口調にイヴも全てを察する。いや、もっと早く察していた。イヴに逃げろと言っているのだ。

 

「……分かりました。ですが」

 

 イヴは素直な人間だ。ものの道理を弁えぬ子供でもない。どちらかと言えば理知的な(たち)でもある。

 だから、ここでも感情に流されることなく、最も合理的と考えられる選択をする。

 

 でも、理性とは相容れない感情も多く抱えている。それは理性よりずっと多い。

 たから、イヴは我が儘を言うことにした。

 

「2時間後に私に追い付いてね。王族からの命令です」

 

 にっこりと微笑む。

 

「……かしこまりました」

 

 王族の女はろくなのがいないな、ルークの呟きは勿論、イヴにも聴こえていた。厄介な女である。

 

「なにやら楽しそうじゃがの、そろそろ仕事を始めてもよいかの?」

 

「ああ、悪かった…………な!」

 

 ルークがそう言うや否や、自身のオーラを剣状に変化させ、辺りにばら蒔く。その数およそ100。

 

──『剣と伴にあれ(ナッシング ウィズアウト ソード)

 

 ルークの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 イヴは走った。町の外は初めてだ。そこは正しく未知の世界。このような時ではあるが、心踊る自分の存在を否定できない。

 

 もっと違う形で見たかった……。

 

 それがイヴの偽らざる本心であった。夜の匂いは湿気を含みながらも冷たい。

 

 草原を駆け抜け、森へ入り約束の2時間程走り続けると森の木々が途切れる。そこには広大な湖が佇んでいた。いつの間にか雲は消え去り、月明かりが降り注いでいる。きらきらと月光が湖面に反射している。一つ一つは微かな光だけれど、確かにそこにある。

 

 凄い。こんなに世界は綺麗なのね……。

 

 その時、突然、何処か非人間的な声が聞こえた。

 

──停止条件を満たしました。『孤毒な遊戯(ロンリネス ポイズン)』が発動します。

 

「……誰!?」

 

 慌てて周囲を見渡すも、人の気配も、獣の気配すらもない。

 

 誰も居ない。じゃあ、これは何?

 

 少しの静寂。

 やがて、ざわざわと心が不安定になる。何となくだが、この現象を理解し始めたのだ。イヴの発は現実から目を逸らすことを許してはくれない。

 

 月明かりは美しいまま。儚げな光に照される自身の肌を見て、それに気がつく。

 

「!」

 

 不健康と美麗の狭間にあるかのような純白の肌が赤黒く変色していた。

 次第にくらくらと目眩がしてくる。

 

 これは毒……? だけど、いつ? どうやって?

 

 頭蓋骨に熱湯を注いだかのような熱を持った激痛が脳を痛め付ける。

 余りの熱に意識が飛びかける。冷を求めて湖に入る。しかし、熱は治まるどころかどんどん強くなる。頭だけでなく、躯まで蝕み始める。

 この段階に至った時、イヴはとうとう身動き出来なくなる。

 プカプカと水面に浮きながら月を見る。しかし、それも視界がだんだんと狭まってきたせいで長くは続かない。

 ものの数分程度でイヴは視力を失う。気がついたら何も聴こえない。聴力もいつの間にか失くしていた。

 

 死。

 

 発など使わなくとも、それが目前に迫っていることを理解する。

 

 この現象は厳しい条件をクリアした場合に、致死性の毒物を対象者の体内に直接具現化する念能力によるものだ。仕込まれたのはイヴが念に目覚める前だ。犯人は城内に勤める使用人。

 彼ら彼女らも国民だ。一枚岩でないものの、革命を望む意志があっても何ら不思議ではない。王族を捕らえ、公開処刑できないのならば、せめて毒殺だけでもとの想いからこの発は完成した。

 つまり、イヴが捕縛されない安全圏に入ったことが、皮肉にも寿命を縮める決定打になったのだ。 

 

 イヴが相手にしていたのは、暗殺者や革命家だけではない。国という巨大な怪物──数多の民が紡ぎ出す時代の奔流こそがその本質。如何に稀有な血と才を持とうとも、その激流に抗うことはできない。

 薄れ行く意識の中で、しかし不思議と心地よい微睡みに包まれながら、イヴはそれを悟った。

 

 人は強い。そして、きっと正しく美しいのでしょう……。

 

 だが、死の際に至り、王族としての枷──こう在るべきという強迫観念すら維持できなくなった時、イヴの心の真ん中にある願いが、その願いだけがイヴをイヴ足らしめんと叫び出す。

 

 ……私はここで終わるの……? まだ世界を知らない。世界をもっと感じたい。痛いくらいに、焼き爛れるほどの未知が足りない! もっと欲しい! たくさん感じて、たくさん心を揺さぶられたい! まだ、生きたい! 生きたい!

 

 弱り果て、尽きかけていたオーラが命を燃やし尽くさんと爆炎の如く溢れ出す。

 白い炎。イヴのオーラは正に無垢なる白炎。

 

 だって! だって……。

 

 月光がイヴを包み込む。月が微笑みをくれた。

 

 世界はこんなにも美しいのだから……!

 

 それはイヴの魂の叫び。

 しかし……。それは能わない。イヴのメモリはもう残されていない。何か現状を打破する発を形成する余裕はない。

 

 次第に白炎が揺らぎ、散っていく。

 

 もし、イヴが1人ならばこのまま息絶えて湖に抱かれて死んでいただろう。

 だが、イヴは1人ではない。ずっと昔から1人ではなかった。

 

「『いいぜぇ? お前を認めてやる』」

 

 またしても、突然、イヴの耳に声が聴こえた。

 聴力を失っているはずなのに、はっきりと嗄れたざらざらとした声が聴こえたのだ。

 

 だが、もうイヴには返事をすることはできない。

 

「『願いはもっと(・・・)生きたいっつーことでいいんだな?』」

 

 線香花火の様な朧気な思考で、それでも、強く願う。もはや、それしかイヴには許されていない。

 

 生き……たい! 世界を知りた……い! 私の知……らない世……界を! 未知……の尽きない……世界と伴に……生きたい……!

 

「『ひひひ、よく分かった! それじゃあ契約を履行するぜぇ!』」

 

 声の主はノアと伴にいた悪魔だ。ノアはこの悪魔へ、ある願いを告げていた。

 

──『イヴの真なる願いを叶えてやってくれ』

 

 これを悪魔は条件を付けて承諾した。 

 

──『俺がそいつを気に入ったらな』

 

──『それで構わない』

 

 今、その契約が履行、則ち、イヴの真なる願いが叶えられようとしていた。 

 

 悪魔がコウモリの様な翼をはためかせ、宙に浮かぶ。手をイヴへと翳す。

 赤、青、緑その他の様々な色が混ざりあった光が悪魔の手へと収束していく。

 

「『じゃあな。来世(・・)でも、ひひひ、精々苦しみやがれ、ひひひ……』」

 

 光がイヴへと放たれた。

  

──『転生の刑(ウロボロス・ショー)』!

 

 

 

 

★★★

 

 

 世界を越え、時は流れ、日本に転生したイヴは1人の少年に出会う。

 

──「うげー。それ買ってる人初めて見た。君、頭大丈夫?」

 

 やがてイヴは恋をする。辛い恋を。

 しかし、イヴはそれでもやはり幸せを感じた。少年に出逢えたことを幸運に思えた。

 だから、少年に一つだけ魔法(・・)を掛けることにした。

 

──君が泣いてしまわぬように……。  

 

     

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