【完結】ヒソカは雑魚専? よろしい、ならば転生だ   作:虫野律

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お久しぶりです。執筆意欲が復活してきたので何とか書いてみました。約2万文字と長いですが、切りたくなかったのでそのまま投稿します。


夢の終わりに花束を

 

 人が持ち得る一切の負の感情を煮詰めたヘドロの様なオーラが膨張し、そして収束する。ドクドクと脈打つオーラはそれ自体が独立した生物のごとき趣を纏う。

 

 アラタがそれ纏ったヒソカを見た時の最初の感想は、恐怖でも、嫌悪でもない。

 

 親近感だ。

 

 自らの中にある鬱屈とした死人の魂と近いものを感じた。

 

(……ぶっちゃけヒソカは嫌いでも好きでもなかったけど、まぁ、今のヒソカはなんとなく好きかな)

 

 少しだけ嘘だ。全てのアラタがそうだった訳ではない。

 

「……」

 

 不気味な沈黙。

 どちらかと言えば、戦闘中であったとしても、否、戦闘中だからこそ玩具との掛け合いを愉しむ傾向のあるヒソカだが、今この瞬間は完全な無表情で静かにアラタを見ている。  

 やがて、僅かにヒソカの眉が動く。焦れているのだろう。

 ヒソカは待っているのだ。アラタの持つ異常が顕になる瞬間を。

 

 そして、それにアラタもすぐに気がつく。

 さらさらと艶やかな黒髪が風に揺れる。

 

(……余り使いたくはない。使わなきゃいけないのは分かっている。だけど……)

 

 具体的、合理的な言語化できる理由はない。しかし、確かに抵抗を覚える。

 

「悪いな。少し試させてくれ」

 

(出来れば心臓は使わずに何とかしたい)

 

 アラタが消える。

 

 次の瞬間、ヒソカへと渾身の体当たり。技術も何もない、身体能力とオーラ量にものをいわせた力業。

 しかし、今のアラタがそれをやると砲撃が生温く思える程の破壊力をもたらす。

 

 一方、ヒソカは少しばかりの落胆と大きな喜びを感じていた。 

 

 衝撃にヒソカが僅かにたたらを踏んだのだ。

 それだけでこれといったダメージはない。しかし、死者のオーラを解放したヒソカにこれ程の影響を与えられる存在は少なくとも、ヒソカの20数年の人生では一体として居なかったと思われる。

 そもそも『恋する避妊具(lovesickness in love)』をここまで解除した経験がほとんどない為、仮定を前提とした推測ではあるが、それでもヒソカには霞みのように希薄で柔らかな痛みが愛おしく思えた。

 なのに、ヒソカの表情は晴れない。

 

(いってー! 俺だってかなりの耐久力があるはずなのにぶつかっていったこっちのがダメージ喰らうとか勘弁してくれよ)

 

「悪くはないね♠️」

 

 体当たりを受け止められた形で静止したアラタを、至近距離で見下ろしながらヒソカが言う。そこには何の気負いも虚偽もない。純粋に悪くないと思ったのだ。つまりはそう思う程度だということだ。

 

 アラタに強烈な悪寒が走る。すぐに離れようとして、しかし、その判断へ意識が向き始めた瞬間にはヒソカに腕を掴まれていた。

 ヒソカはアラタの僅かなオーラの揺らぎ、視線、呼吸の様態、筋肉の極微小な緊張から、次の行動を一瞬で読みきったのだ。

 そして、読みきるだけに留まらずその行動へ移る前に自らの欲望を叶えるに適した状態を強要した。

 結果が今の状態だ。 

 

「簡単には壊れないでね♥️」

 

 ヒソカが純粋な愉悦を滲ませ、微笑む。

 

「……お願い。優しくして」

 

 それに対し、アラタは僅かばかりの羞恥を孕んだ声音で答える。勿論、ノリでやっただけの無駄にハイレベルな演技だ。

 セリフだけ見ればそれっぽく見えなくもないが、人格破綻者の中身元男(?)とずきゅ~んしがちの変態ピエロの殺し合い中の会話である。恋だとか甘さといったものは皆無だ。

 

 ヒソカが笑みを深める。

 

「そんなに挑発(ゆうわく)されたら、つい理性がなくなっちゃいそうだよ♣️」

 

「始めからないだろ!」

 

「せ・い・か・い♥️」

 

 ヒソカがアラタを勢いよく自らの頭上に持ち上げる。

 

(あー、やっぱりそうなる? どーすっかなぁ。ナイフは今ないし、腕を切断するにはオーラをそ)

 

 そこまで思考した所で、アラタは強すぎる衝撃により意識が飛んでしまった。ヒソカが地面へとアラタを力任せに叩きつけたのだ。

 

 ぐしゃりと肉袋がひしゃげる。見るものを魅了するアラタの肉体が、誰もが目を背けたくなる不気味な形へとアレンジされる。

 が、次の瞬間、オーラが紅い光を煌めかせたかと思うとコンマ1秒にも満たぬ間に完全な身体へと再生する。

 念の才能を極限まで高めたアラタは無意識状態でも、再構築が可能だ。傷を負った瞬間に発動するように予め念じておくだけで、それはいとも容易く実行される。

 これが、どれほどの狂気か、どれほどの奇跡か、アラタ自身は正確には認識していない。

 

 しかし、ここにはもう一人いる。

 

 ヒソカだ。

 ヒソカは長い時を念と伴に過ごしてきた。当然、念に関してはそれなり以上に理解がある。

 そんなヒソカはある結論を持っている。

 

──自身こそが、最強の念能力者である。

 

 この議論の余地すら皆無かつ明白な真理については、今なお揺るぎないものだ。

 だが、ほんの少しだけ……アラタの凶行を見てヒソカの中に生まれた雑念があった……。

 いや、きっと何かの間違いであろう。勘違いや歪んだ希望的観測に決まっている。ヒソカがそのようなこと(・・・・・・・)を考えるはずはない。

 

 アラタを殺せないかもしれない、などと……。

 

 肉体を再生した瞬間、アラタに意識が戻る。気を失っていた時間は一秒にも満たない正に一瞬だけ。

 

(!!? 今できる(・・・・)全力で堅をしてたのに衝撃に耐えられなかった……!)

 

 今のヒソカは手加減が巧くできない。それどころか、死者のオーラの細かい制御すらできない状態だ。

 当然と言えば、当然だ。如何にヒソカと云えども、自分を呪殺しようとする濃密かつ多量のオーラを都合よく意のまま操ることは難しい。むしろ、制御しきれずにヒソカの寿命は時を追うごとに減じている。

 

 この時、アラタはヒソカが『伸縮自在の愛(バンジーガム)』を使用していないことに気がつく。

 

(……どういうことだ? 『伸縮自在の愛(バンジーガム)』を使った方がメリットが多いはず……)

 

 疑問に思うもとある可能性に気付きかける……。

 

 が、またしても破壊的な衝撃がアラタの思考を中断する。先程よりも強い。それが一回、二回、三回……。

 何度も何度もアラタはぐしゃぐしゃになり、再生する。しかし、七回目、アラタは意識を失わずにいられた。痛みと苦しみに適応し始めたのだ。もとよりアラタは苦痛に強い。生まれた時から、様々な苦しみにさらされてきた。それがここでアラタの意識を繋いだのだ。

 

 八回目。またしても意識を繋ぐ。

 九回目も、十回目も、その次も!

 

 思考の時間を得たアラタは答えに辿り着く。

 

(使わないんじゃない。使えないのか!)

 

 よく考えれば、当たり前だ。ヒソカがあまりにも普通に死者のオーラを使っているから簡単そうに見えるが、普通ならばあり得ないのだ。それをデメリットはあれども、実用化していることがそもそも異常だ。

 まして、『伸縮自在の愛(バンジーガム)』は燃費こそ極めていいものの、緻密なオーラコントロールを感覚を頼りに実行しなければならない。

 従って、この状態のヒソカは発が使用できない。これも一種の制約と言える。

 

 この事実を察したアラタは、誰も気づかないレベルの小さな小さな笑みを一瞬だけ浮かべた。

 

(なら、簡単だ)

 

 決断、タイミングを見計らい、実行。

 ヒソカに掴まれていたアラタの手首がちぎれる。すぐ様、ヒソカから距離を取る。手首の再構築も当然完遂されている。

 アラタはヒソカに掴まれている箇所の攻防力──オーラをゼロにしたのだ。すると当然、凶悪なオーラにより強化されたヒソカの握力に耐えられるはずはない。

 

「おや? 逃げられちゃった♣️」

 

 ヒソカはアラタの千切れた手をポンポンと弄びながら、宣う。無表情で。

 

「優しくしてって言ったのにヒドイよ! 私のこと愛してるって言ったのは嘘だったの!?」

 

 アラタが目尻に涙を溜めながら糾弾する。

 勿論、そんなことをヒソカが言ったことは一度たりともない。

 色々とカンストどころか、上限突破しちゃってるアラタの演技は、もはや超一流の役者どころではない。こんなコテコテのセリフでも、神秘的な容姿と相まって観る者の心の臓を抉る不思議な波動を放っている。

 

「だって、本気の全力(ホントのキミ)を見せてくれないじゃない♠️」

 

 ヒソカが核心をつく。

 

(……バレてるか。流石は原作最強(の変態)だ)

 

「それじゃあ、キミを愛することはできないなぁ❤️」

 

「……」

 

 暫し沈黙。

 

 そして、またしてもアラタが消える。速攻を仕掛けたのだ。

 

(今度は、小細工させてもらう)

 

 細かくステップを刻みながら、緩急織り交ぜアラタが舞う。原作キルアが見せた歩法による分身。その上位互換をアラタが演じる。

 

「……13か。僕の分身と同じ数だね。それは当て付けかい?♦️」

 

(被害妄想うぜぇ)

 

 ヒソカの意識から、本体たるアラタが逃れた瞬間、アラタが弾丸のような加速でもってヒソカに接近し……。

 

(体幹と必要な筋肉にオーラを集中! からの──)

 

 ただならぬ気配にヒソカもすぐに自らの失態をさとる。

が、すでにアラタは左後ろ回し蹴りのための重心移動を開始していた……!

 

(インパクトの瞬間に俺の(・・)全オーラの半分(・・)を接触面に集中!)

 

 轟。

 

 まるで世界そのものが軋むかのような衝撃、轟音!

 超高密度のオーラを纏った神速。その風圧だけで突風が創造され、土煙舞う荒野から不純物を消し飛ばし、遥か彼方から2人の視神経に光を届ける。

 

 刹那の静寂。

 

「……!」

 

 アラタが息を飲む。

 

(嘘だろ……。想定していたよりもヤバイんじゃないか、これ?) 

 

 ヒソカは無傷!

 

 ヒソカは単に少し気合いを入れて堅(死者のオーラの堅は通常とプロセスが違うが、外形上は同じ)をしただけだ。それだけで、アラタ渾身の流を用いた、超一流の強化系能力者の硬を大きく上回る攻防力の一撃を防ぎきったのだ。

 

 相変わらず、無表情なままヒソカが口を開く。

 

「口で言っても、本気にはなってくれないんだね♣️」

 

 ヒソカの纏う空気が変わった。

 それは冷たく、哀しい。まるで哀調を帯びたメロディのように何かを訴えている。アラタにはそう見えた。

 

 ワンコーラスにも満たない少しの無音。

 

 そして、ヒソカと対峙するアラタは何かを感じとる。

 

(……くる!)

 

 アラタがそう思考した瞬間にはヒソカが間合いを詰め終えていた。ヒソカが居た場所の地表が抉れている。踏み込みに耐えられなかったのだ。

 

 ヒソカの品性などまるで感じない右の拳がアラタに突き刺さる。痛みという言葉では表せない次元の、しかしやはり痛みとしか表現できないそれを強く感じた……。

 

 物理現象的な観点では、当然の帰結として吹き飛ぶ。

 

(きっついな。それに俺もまだまだ甘かった)

 

 アラタの認識可能速度を上回る挙動。

 もしも、ヒソカと対峙しているのがニコルであったなら違ったかもしれない。ニコルの発なら、ヒソカの動きを正確に理解出来ただろう。

 しかしそれでも、理解できるだけで対応するのはほぼ不可能。精々が流や硬を用いてダメージを減ずるのみ。カウンターを始め、攻勢に転ずる手段は実現能わない。

 

 話を戻そう。

 ヒソカが、アラタの認識力では対応不可能な存在であると真に認めた。認めさせられた。

 だからアラタは決意する。

 

(もう、あれもこれもと多くを求めるのはやめだ)

 

 これは言語化された思考ではない。直感によく似た意思の形成。

 アラタの目に覚悟が宿る。

 覚悟などとっくに済んでいると思っていた。しかし現実は違ったようだ。いざ、彼女──現代日本での名は回夜(かいや) イヴ──のそれ(・・)を使うとなると躊躇ってしまった。

 

(イヴ。ごめんな)

 

 理屈で言えば、罪悪感を覚える必要はない。というより何もしなくてもこの(・・)アラタはすぐに死ぬ。つまりイヴの心臓もその時に終わる。だから、こんな無意味な拘りは幼すぎる自己満足だ。

 そんなことはアラタも分かっている。

 だけど……。だけど……!

 

 心が! 魂が! どうしようもなく哭いている。

 

 何故イヴが死ななければいけなかったのか、終わりのない自問自答の果てにぐちゃぐちゃになったアラタの心が、存在が、それでも失わなかった感情。唯一、全てのアラタで共有している感情。

 

 アラタの真紅のオーラに純白が滲み出す。心臓に熱を感じる。

 

──『死がふたりを分かつ(with you)とも』

 

 今でも君を愛している、と……。

 

 

 

⬜️◻️◽️▫️

 

 

 ヒソカとの戦いから遡ること二月と数日。アラタの下に別の世界線のアラタから届いた手紙に、ある事実が記されていた。

 

『イヴのオーラが心臓に宿っている』

 

 この一文を見た時、別段アラタに驚きはなかった。元々、自分とは似ても似つかない、しかし、どこか似たオーラが心臓の奥深くで小さな灯火を揺らしていることを知覚していた。

 それは懐かしいイヴの熱を放っていた。

 しかし、それに続く一文にアラタは驚愕することになる。

 

『イヴのオーラには、イヴの空っぽのメモリが内包されている』

 

 アラタはその事実が持つ意味をすぐに察する。

 つまり、イヴのオーラとメモリを使用して新たな発を作成できる、という可能性が高い。

 いくつか気になることがある。その疑問の答えも当然用意されていた。

 

『まず言っておくが、俺自身の特質系オーラを使用して、イヴのメモリに発を作ることはできない』

 

 アラタ自身のメモリの増設と等価ではない。あくまでイヴのメモリは、イヴのオーラ専用ということだ。

 

『それから、一番重要なことだ』

 

 イヴのオーラとメモリはそもそも使用可能なのか。

 

『少なくとも俺の知る限りの世界線では皆イヴのオーラとメモリを使用できた』

 

 ほっと胸を撫で下ろす。蜘蛛の糸はまだ目前に存在している。

 

 そしてもう一つ気になるのはイヴの系統だ。なんとなくアラタにも予想はついているのだが。

 

『あと、薄々察してるかもしれないがイヴは生粋の強化系だからな。人の言うことを聞かないで我が道を行く、あの厄介な性格なら納得だろ?』

 

 まったくだ。

 

 しかし、念のため後で水見式で確認する。

 

『……もう一つだけ伝えておかなければいけないことがある』

 

 アラタの手紙を持つ手に少しだけ力が入る。

 

『イヴのオーラを全て使いきった場合、心臓は壊死する』

 

 当然と言えば当然だとは思う。

 

 オーラとは生命力だ。それがなくなれば死が待ち受けているのは必然。

 勿論、それは簡単には受け入れられない。できる限り、そのような事態は回避したい。

 

『ヒソカは強い。何より異質だ。だけど無敵じゃないし、完全無欠でもない』

 

 あんなのでも、人間だ。一生物に過ぎない。それはアラタも分かっている。

 

『越えられるはずだ。俺なら、俺たちなら』

 

 文字通り、俺たち(・・・)なら勝てると別のアラタは主張する。

 

『そろそろこんなクソみたいなミッション終わらせてやろうぜ。もうイヴを傷つけたくない。なぁ、そうだろ?』

 

 この一文で、手紙は締めくくられていた。

 

 

 

▪️◾️◼️⬛️

 

 

 

 

 アラタが発を行使すると、きらきらとした薄紅色のオーラがアラタを中心に舞い上がる。アラタの真紅とイヴの純白が混ざりあったのだ。

 それはまるで、満開の桜から花びらが舞い散り、風に踊るがごとき美しさ。

 アラタの完成された造形の持つ神聖さと相まって、それは筆舌に尽くし難き美麗さ。

 

 まさに、美の極地のそのまた先にある天上の美。

 

「……ほぅ♠️」

 

 ヒソカが目を見開く。風情ある情景に感じ入ったのではない。爆発的に増したアラタの放つ圧に歓喜したのだ。

 

 ヒソカの(殺意)が膨張していく。

 

 イヴのオーラとメモリで作成した発──『死がふたりを分かつ(with you)とも』は、身体能力を強化するなんの変哲もないものだ。

 しかし、イヴの強化系としての質と適性の高さを考えるとその効果は絶大だ。

 そしてもう一点。

 

(やっぱり死者のオーラとして濃密になってるのかな……)

 

 アラタはイヴの生前のオーラを知らない。従ってそれが変質しているかを正確に判断することはできない。

 だが、事実としてイヴは死んでいる。それもアラタを想い死んでいったのだ。ヒソカのそれとは違い、イヴのオーラは死者のオーラでありながら、その本質においてアラタを生かそうとする意志を内包している。

 

「待たせて悪かったな。これが正真正銘、俺の、いや、俺たちの全力だ」

 

 ヒソカがゆっくりと微笑み、そして大きく破顔する。

 

「素晴らしい。100点じゃ足りない。文句無しの採点不可能クラス!♥️」

 

 いきり立つ局部がヒソカの興奮を如実に表している。

 

 これで漸く楽しめる。

 

 ヒソカの心に温かいものが溢れていく。それを人は殺意と呼ぶだろう。あるいは狂気と言うかもしれない。

 でも、ヒソカにとっては、ヒソカがヒソカである為に必要不可欠な本質的感情。

 今、生まれて初めて、それを受け止めて貰えそうな異物に出会うことができた。

 

 幸せとは、きっとこういうこと(全力の殺し合い)を言うのだろう。

 

 ヒソカにはそう思えた。

 

「そろそろ始めようか。お互い時間がない。そうだろ?」

 

「欲しがりさんだね。だけど僕も同じ気持ちだよ♠️」

 

 時刻は昼と夕の境目。春の荒野は独特の哀愁を醸し出している。

 

 見つめ合う。

 

 そして、その時は始まる。

 

 動き出しは2人同時だった。瞬きすら緩慢に感じる神速の挙動。一瞬で2人は間合いを詰め、ぶつかり合う。

 

 至近距離での打撃戦。

 

 2人の初手は示し合わせたように一致していた。

 

──豪打の応酬。

 

 凡百の戦巧者には、その数多の打撃を見切ることは出来ないだろう。

 いや、仮に人間(・・)の最高戦力たる念使いであっても、その全てを見切ることは通常の道理をもってしては不可能。仮に今の二人が何をしているかを正確に把握できる者がいるとしたら、それはニコルのような観察することに極めて高い適性を持つ者か、あるいは……、あるいは2人以上の異常を所有する怪物のみ。

 

 アラタの視線と体重移動によるフェイントを見切ったヒソカの拳打が、カウンターになる形てアラタを穿つ!

 

 アラタの右肩から先が消し飛ぶ!

 

(っ!)

 

 しかし、瞬時に再構築!

 

 たまらずバックステップで距離を取ろうとするも、その判断を読んでいたヒソカに追従される。

 

(クソ! やっぱり戦闘の駆け引きでは勝てないか)

 

 当然だ。ヒソカは念抜きにしても戦闘をする為だけに生まれてきたと言っても過言ではない程の完成された肉体、神経回路、性格的嗜好、思考パターンを持ち、その他あらゆる要素が戦うに適している。

 機能性を追求したアラタと互角以上に打ち合っているのが何よりの証左。 

 

(……けど!)

 

 追従されながらも、追撃の打撃はしっかりと回避していく!

 

(回避に専念すれば、このぐらいの芸当はできんだよ!)

 

 桁違いの数の打撃がヒソカから放たれるも、全てかわしていく。ただの一度もクリティカルヒットは許さない。

 

 ヒソカが嗤う。狂ったように笑う。

 

 しかし、ヒソカの中にあるのは狂気ではない。

 純粋な愛だ。

 これ程までに思い通りにならない存在はいない。寿命を削る全力を以てしても、絶望で満たしてやれない存在はいない。

 戦う為に生まれ、その全力を発揮することを渇望しながらも、その夢は終いぞ叶わぬと心のどこかで諦めていた。

 

 だが、だが、だが!

 

 この不可解な女はどうだろう?♦️

 

 今もヒソカの追撃をかわし続けている。それどころか、次第に余裕が産まれているように見える。

 

 ヒソカの気のせいではない。アラタは冷徹に観察しているのだ。

 

 ヒソカの癖を、肉体の可動域を、その心を!

 

 認めたくはないが、別の世界線のヒソカらしき怨念が、アラタのことを運命の恋人(Sweetheart Of Destiny)などとふざけた呼び方をしていたのも頷ける。

 

 ここで、ある疑問が浮かぶと思う。

 

 

──則ち、何故このヒソカは別の世界線のヒソカを知っているのか? また、別世界のヒソカの死念はどこにいったのか?

 

 

 結論から述べると、アラタと戦っている現世界線のヒソカの中に、別の世界線のヒソカは居る。

 

 本来の『例えば世界が違ったら(Sweetheart Of Destiny)』の術者、つまりは最初に生きる意味を求めて散っていったヒソカの目論見では、アラタを転生させる世界のヒソカに取り憑き、その精神を乗っ取り、アラタと殺し合うことで目的を果たそうとした。

 

 しかし、このヒソカ──現行世界のヒソカは、あろうことか別世界の自身たる術者を含めた膨大な死者のオーラの集合体である怨念を『恋する避妊具(lovesickness in love)』に収納することに成功した。

 

 謂わば、自身の肉体の支配を巡っての精神的な闘争を征したのだ。

 つまり、先程解除したのとは別にもう一つの『恋する避妊具(lovesickness in love)』がヒソカの中にあるということだ。こちらに関しては制御は恐らく不可能な為、解除するつもりはない。

 しかし、精神を乗っ取られることなく封じ込めることができただけでも尋常ならざる行為だ。

 

 自身の歪みきった、しかし、強固な精神力がこの奇跡的所業を可能たらしめた。世界線が違うことで生じる僅かな差違が2人の間に大きな違いを作っていた。

 陳腐な表現をすれば、バタフライエフェクトによる差違が明暗を分けたと言えよう。

 

 こうした経緯でヒソカは術者たるヒソカを知っている。そして、その目的も価値観も凡そ把握している。

 

 だが、だからこそ、このヒソカは術者たるヒソカを嫌っている。

 

 くだらないからだ。

 

──生きる意味を知ったところで何になるというんだい♣️

 

──死への恐怖は知らなくていい。大事なのはそれを如何に効果的に他者へ与えるかだよ♥️

 

──だいたい君はもう死人だ。生きる意味なんて、完全に無意味だよ♦️

 

──それに、何より惨めで見るに堪えない……♠️

 

 ヒソカは術者たるヒソカを否定する。

 しかし、それは文字通り自己嫌悪がそうさせている側面もあることを否めない。ヒソカ自身は認めようとしてないが、本心では術者たるヒソカに共感しているところもあるのだ。

 確かにヒソカにとって世界は無味乾燥でつまらない。おもちゃもすぐに飽きてしまうか、壊れてしまう。何故こんな退屈な時を生きているのかを考え出すと、どうしようもない焦燥や鬱屈とした感情が湧いてくる。

 

 ヒソカは死を恐れていない。畏れていない。

 

 間違ってはいない。だが、より厳密に正しく表現するならば違った文言になるだろう。

 

──ヒソカは生を知らない。だから死を恐れることができない。

 

 生きる意味など理解できず、退屈な世界にだらだらと留まるヒソカにとって、死は特別視するようなものではない。眠気に誘われて意識が途切れるのと、さして変わらない印象しか持たない。

 

 結局のところ、ヒソカと術者たるヒソカは共通する点が少なくないのだ。見たくもない自分の側面を見せつけてくる術者たるヒソカに嫌悪感を抱くのは自然なこと。

 

 だが、まぁ、現行世界のヒソカは術者たるヒソカに比べ、有り体に言えばドライだ。そこまで生きる意味がどうのと思い悩みはしない。

 

 ただ自身の肉体を奪おうとする、醜い自分を認めてやるつもりがないだけ……。 

 

 そんなヒソカにとっても、戦闘の高揚は気持ちがいいものだ。元々戦闘の才はある。それを行使するのはそれなりに楽しい。玩具がすぐに壊れてしまい、いつも気持ちが昂りきる前に終わってしまうが、それでも愉快なものだ。

 

 ヒソカにしてみれば、戦闘とは麻薬である。

 

 つまらない世界に仮初めの絶頂を与えてくれる唯一の遊びであり、救いだ。新たな才を楽しむ過程は多幸感を味わえるし、そんな彼らが絶望する顔を見るのはどんな美酒より格別だ。心底愉快だ。

 

 例え自身の全力での戦闘を楽しめる相手が居なくても、それなりに満足していた。

 

 しかし、今、現れてしまった。

 

 ヒソカの正真正銘の全力と渡り合える存在──アラタが現われてしまったのだ。

 

 人は失うことを恐れる。

 

 それと、もう一つ。手に入ると幻想を抱いたものに囚われる生き物だ。

 ヒソカは思ってしまった。アラタならば、全力を楽しめる、と。

 

 今まで抑圧されていた欲望が開放されていく。

 結果的に別世界のヒソカの目的と合致することなってしまうが、得れる快楽を考えると、もはやそんなものどうでもいい。

 

 もっと、快楽が、性的刺激が、終わらない絶頂が欲しくてたまらない。

 

 身勝手な欲望が膨れ上がる。

 

 今、ヒソカのギアが限界を越える。越えてしまった。

 

──更なる加速。

 

 ヒソカの速さが一足飛びに上昇する。執念によるオーラの変質もあるが、より大きく影響を与えたのは脳内のリミッターの破壊。人間は自己の潜在能力を一部しか活用していないことは周知の事実だ。潜在能力を通常よりも開放すれば、その負荷に耐えられず身体が壊れてしまう。

 しかし、今のヒソカは違う。強化された肉体を以てすれば、その程度の負荷は問題にならない。

 

 ヒソカの攻撃がアラタを捉える。

 

 回避が間に合わずも、とっさに硬でガードしたが、それでも骨がイカれてしまう。すぐに再構築するが、アラタの内心は穏やかではない。

 

(強い。原作最強は単なるネタだと思ってたけど、案外あってるのかもな)

 

 アラタも戦闘スタイルを変えざるを得ない。リスクを抑えての消極的な意識ではじり貧だ。

 

 アラタの意識が下腹部に向けられる。

 

(今、君に死なれると困るけど、そもそもヒソカを追い込めなければ意味ないしな)

 

 今もやっと見切り始めたはずのヒソカの挙動が、また、見切れなくなってきた。

 

 再度、今度は蹴りがアラタを吹き飛ばす。

 

(子宮に回してるオーラを使うしかないか)

 

 リスクは高いがやるしかない。

 

 グリードアイランドのカードの内、アラタが求めたものは『死者への往復葉書』と……。

 

 

☆☆♡♡♡●●●●

 

 

「生理が来ない」

 

 ニコルの実家で昼食を、ファル、ニコル、ビスケの四人で食べている時のことだ。アラタがいきなりこんなことをのたまう。

 

 3人がそれぞれの変顔を披露するも、お構い無しにアラタは続ける。

 

「ヒソカの赤ちゃんができたみたい」

 

 転生してから日が浅いせいで本来の生理は二回しか経験してないアラタだが確信があった。もう市販のもので検査済みだったからだ。一応ちゃんとしたやり方をしたし、偽陽性の可能性は低いはず。

 加えて、何となく下腹部に自分とは違うオーラを感じるのだ。

 まぁ、検査薬やオーラうんぬんは別にしても、シンプルにグリードアイランドのカードに対する信用もある。

 

 ここで、ビスケ選手がたまらずツッコミを炸裂させる。

 

「いやいやいやいや、あんたそんなことしてる素振りなかったじゃないのよ!? いつの間にそんな羨ましいことになってただわさ!」

 

 びっくりして本音が漏れてしまうビスケだが、ニコルとファルは紳士なのでスルー。

 

「げへへ、羨ましかろう。ビスケ、最近はご無沙汰っぽいしな」

 

 だが、残念。ここにはアラタがいる。しっかり抉っていくあたり、日頃「成長がない」と微妙な目で見られている怨みをここぞとばかりに晴らしている。

 

「ほんとなんですか?」

 

 ニコルがツチノコを見つけたような顔で尋ねる。幻獣ハンター志望かな?

 

「ガチや。デキてる。チェックもした」

 

 アラタが恋する乙女風のドヤ顔を披露する。流石の演技力だ。きっとセックスも上手いことだろう。

 

「「「…………」」」

 

 3人が顔を見合せる。絶妙に空気が重い。

 皆なんて言っていいか分からないのだ。なんてったってアラタとヒソカだ。普通の女が普通の相手と子供を作るのとは、色んな意味でインパクトが違う。どう考えてもヤバい奴が産まれてしまいそうで恐すぎる。

 それにこの女が股を開いているところなんて想像できないし、したくもない。

 

 皆を見回したアラタは鷹揚に頷き、口を開く。

 

「よっしゃ、今夜は赤飯や!」

 

 何それ……。

 

 皆の心は一致していた。

 

 

──『身重の石』

 

 アラタが求めたカードはこれだった。この効果は一定条件をクリアすることで妊娠できるというものだ。これによりアラタは父親にヒソカを選択し、妊娠するに至った。尤も、父親がヒソカであるという確証はないが。

 

 何故、このカードを求めたのか?

 

 答えを理解する為にも、別の世界線のアラタとの手紙でのやりとりを見てみよう。

 

 

 

 

 

 

~~~~~⚫️⚪️⚫️⚪️

 

 

 

『胎児のメモリを使用できた』

 

 このような情報が手紙に記されていた。

 これを見た時、アラタの中には2つの感情があった。勘に近い予想とすら言えない希望的観測が当たったことに対する喜び混じりの驚きと、猜疑心だ。原作にもない情報だ。そうかもと思っていたとはいえ、疑ってしまうのも仕方ない。

 

 本当だろうか? しかし、わざわざ手紙で自分に対し嘘をつく必要もない。では、事実なのか? 勘違いではないのか?

 

 ぐるぐると思考するも確信は得られない。

 

『何を考えているかはなんとなく分かるが、事実だ。色々な思惑のせいで、そういう流れになって妊娠したんだが、土壇場で新しい発を作れたんだ』

 

 そういう流れって何だ、とか思うがそれは置いておく。

 

『こっちはイヴのメモリと違い、俺自身のオーラで発を作成できる』

 

 それが事実なら大きい。

 アラタはふと、昔、大学で聞いた話を思い出した。

 

 たしか刑法の講義だったか。

 

──『母体一部傷害説』

 

 『母体一部傷害説』という胎児に対する致傷につき刑法上、議論される学説がある。これは簡単に言うと、母体と胎児は一体となっている為、胎児に対して危害を加えた場合、母体への傷害罪が成立するというものだ。堕胎罪との関係で重要な論点である。

 この学説が全面的に支持されている訳ではないにしても、一定の評価を得ているし、実際の裁判の判決にこの考え方(そのまま採用されているかは議論の余地がある)が採用されたこともある。

 

 アラタはなんとなく、この学説を連想した。そして、自身と胎児の不可分性について、少しだけ納得した。

 

 もしかしたら、そういった納得が精神に大きな影響を受ける念に、胎児のメモリ使用という裏技を可能にしたのかもしれない。

 

『俺は余裕がなくて作る発を間違えてしまったけど、そっちはまだ大丈夫だろ? 俺みたいにミスんなよ?』

 

 結論として、現行世界のアラタは胎児のメモリを使用できた。

 

 そして、このクソッたれな喜劇の幕を下ろすキーとなる発を作成した。

 

 

 

 

☆☆♡♡♡●●●●

 

 

 当然だが、胎児が死亡(生きて産まれる可能性がゼロになる場合も含む)すれば胎児のオーラとメモリは消滅する。死者の念になる可能性もあるにはあるが、基本的にはそう簡単に死者の念になることはないし、仮にそうなった場合に都合良く制御できるかは、甚だ疑問だ。

 

 従って、確実に胎児を守りながら戦う必要があった。だが、もはやそれもここまでだ。

 

 今、その枷を外す……!

 

 戦闘により胎児が死なないようにと、子宮に回していたアラタ自身全体の半分に相当するオーラの大部分を戦闘に流用する。子宮に残されたオーラは本当に最低限のみ。

 唯一の救いは『死がふたりを分かつ(with you)とも』により子宮も大幅に強化されている点だろう。これがあるからこそ、常識はずれの挙動にも耐えられる耐久力がある。しかし、攻撃の受け方によっては、胎児が即死してしまう可能性があるレベルまでオーラを減じているのも事実。

 

 しかし、その効果は絶大だ。元々高い身体能力に莫大過ぎるオーラが加算されたのだ。先程までは若干ヒソカより劣っていた総合的な身体能力も逆転している。戦闘技術や経験でヒソカに劣ることを加味すると、正に奇跡的なバランスで戦闘力が拮抗している。

 

 淡く光輝くオーラが桜吹雪と成りて荒野を彩る。それは激流のように激しく、しかし、線香花火のように儚い。命の灯火を代償にした芸術的光景。

 

「……」

 

 無言でアラタが仕掛ける!

 もはや言葉はいらない。そんな余裕もない。

 

 そこからの2人の戦闘は、今までを上回るレベルで常軌を逸したものになった。アラタが拳を振り抜けば空圧で大地が抉れ、ヒソカと打ち合えば、肉体同士のぶつかり合いでは絶対に発生するはずのない豪音が鳴り響き、衝撃波を撒き散らす。

 

 たった2人の武具を用いない戦闘で地図を変える必要がある程、地形を破壊していく。

 

 しかし、神速で破壊を撒き散らしているにも関わらず、ひたすらにアラタの舞い(・・)は美しい。

 淡い光を放つ桜がアラタの挙動に合わせて、花火のように弾け、風に踊る。

 蹴りを放とうと流を用いてオーラを集めれば、花びらが収束し、インパクトと同時に弾ける。

 跳躍すれば、アラタの軌跡上を桜色の光が鮮烈な風の流れに従い、さながら清らかな渓流のごとき流麗さを魅せる。

 

 対してヒソカは、アラタのそれとは真逆の禍々しさを見せる。死者のオーラ特有の重さや憎悪が何重にも重なり、念能力者に非ずとも目視出来てしまう程の暗さだ。

 謂わば、ヒソカの纏うオーラは人の悪意そのもの。

 負の感情がもたらす、暗く、粘着質なオーラは見る者に強い生理的嫌悪感を与えるだろう。

 尤も、アラタは例外のようだ。ヒソカのオーラを見ても、嫌悪感を抱かず、それどころか親近感を持っている。今のヒソカを見て、少しだけヒソカを好きになる始末だ。

 

 そんなふたりの寿命を削る戦いに変化が訪れたのは、およそ2時間が経過した時だ。空では夕日が沈み始めている。

 

 

 

「っ!♠️」

 

 ヒソカにアラタの拳が突き刺さる。冗談みたいな衝撃波が地形を歪める。

 

(……ヒソカの動きが鈍ってきた。やっとか)

 

 乱れる呼吸をなんとか整えながら戦っていたアラタは、戦いの終わりが近いていることを悟る。

 

(一気に畳み掛ける!)

 

 苛烈な連撃が美しくも、冷徹にヒソカを削り始める。

 

 本来のヒソカのオーラの減少により死者のオーラを制御するだけの生命力を維持出来なくなってきているのだ。

 そうすると、死者のオーラはその本願を叶えようとヒソカをより貪欲に蝕み始める。肉体はじんわりと破壊されていく。当然、十全に身体を動かせなくもなる。

 

 この結果はアラタの企図したものだ。アラタは始めから持久戦に持ち込むつもりだった。

 

 明暗を分けた要因は、2人の持つオーラが何を望んでいたかだ。則ち、アラタを生かそうとするイヴのオーラか、ヒソカを殺そうとする死者の呪いか、だ。

 この違いが蓄積される負担に大きな格差をつけた。

 

 アラタの攻撃が悉く決まっていく。

 

 そして、その時は訪れた。

 

「……止めろ。君は出てくるな……♦️」

 

 ヒソカが膝を着き、呟く。

 

 ヒソカが消耗したことで『恋する避妊具(lovesickness in love)』が不安定になったのだ。結果、ヒソカの中に閉じ込められていた別の世界線のヒソカの怨念がその呪縛から解き放たれようとしていた。

 

(よし! 後はヒソカの怨念を除念してゲームクリアだ!)

 

 これはアラタの狙い通り。

 転生の仕掛人を知った時からこうなるよう計画を練っていた。ヒソカを追い詰め、この転生ゲームの仕掛人であるヒソカの怨念を炙り出し、確実に除念することを前提に動いていたのだ。

 

 そう、アラタのお腹に居る赤子のメモリを使用して作成した発は除念タイプだ。

 

 アラタがオーラを練り上げ、その時を待つ。

 

 ヒソカの荒れ狂うオーラが暴風を巻き起こす。

 そして、遂に『恋する避妊具(lovesickness in love)』が瓦解する。

 

「……維持できな『やぁ、また会ったね♥️』」

 

(来た!)

 

 全ての元凶たるヒソカの怨念がヒソカの肉体の主導権を握る。その声は不気味な二重奏。底知れぬ恐怖を想起させる。

 

 除念タイプの発には共通する性質がある。

 

 除念にはその呪い(危険や負担)を肩代わりする存在が要る。これに関しては、この世界の普遍的真理と言っても概ね問題ない。

 つまり、強力すぎるヒソカの怨念を消去するには、当然のように命を掛ける必要がある。

 アラタはその代償にお腹の子供の命を捧げるつもりだ。

 

(すぐに終らせる!)

 

 

──『死宮の堕天使(trick and delete)』…………!?

 

 

 しかし、アラタの意図した現象は起こらない。それどころか、そもそも『死宮の堕天使(trick and delete)』が発動している気配すらない。

 

(!? そんなバカな! これは……)

 

「『どうしたんだい? 何かアテが外れたような顔をしているよ♦️』」

 

 ヒソカがくつくつと愉快そうに嗤う。

 

「『まぁ、なんでもいいんだけどっ!♠️』」

 

 気ついた時には殴られていた。

 先程よりも速い。イレギュラーな事態に動揺し、集中しきれていなかったとはいえ、対処できなかった。

 つまり、ここに来て身体能力でもヒソカに追い抜かれてしまったのだ……!

 

(クソ! 発動しなかったのは俺の意思じゃない……? いや、違う……? これも()の意思……?)

 

 アラタの思考が乱れる。前述したがアラタに自身が多重人格である、という自覚はない。だから、僕などという一人称が出たことに戸惑う。

 

「『何をしてるんだい? 早くヤる気を出しなよ。上手くやれば僕に勝てるかもしれないよ?♥️』」

 

 ニヤニヤとヒソカがアラタをからかう。

 アラタに足掻かせて、抵抗させて、まやかしの希望にすがらせるつもりだ。そうすることでアラタの根底にある死への恐怖を浮き彫りにできるとヒソカは信じようとしている。

 どこかヒソカに似たアラタが持つ、死を恐れる理由と感情を喰うことができれば、生きる意味も分かるはず、と。

 

「これでも真面目にやってんだよ!」

 

「『……ふーん。いいけどね。君がツレナイ態度だと、また大切な心臓が潰れちゃうよ?♣️』」

 

「……!」

 

 安い挑発だ。

 ヒソカも何回か世界を繰り返す内に、アラタがアラタ自身の死よりも心臓そのものの死を恐れていることは何となく気づいていた。恐らくは、アラタの持つ異質な雰囲気と関係していることも予測している。

 だから、ヒソカはそこを突いた。より恐怖を感じさせる為に。

 

(まずい。除念が出来ないとなると詰みだ。だけど、どうすればいい?)

 

 苦し紛れにもう一度『死宮の堕天使(trick and delete)』の発動を試みるも、結果は同じ。確かにメモリも発もそこに存在しているのに発動しない。

 

「『……やっぱり君でもダメなのかい? そうだね、期待ハズレなんて良くあることだね♣️』」

 

 ヒソカから冷気が漂う。極寒の地に居るがごとき幻想を抱く。

 

「勝手に自分の妄想を押し付けないでくれない?」

 

「『……そうだね♦️』」

 

 ヒソカが目を細め、穏やかに同意する。

 

「『じゃあ、死んでいいよ♠️』」

 

 痛み。ヒソカの攻撃だ。かろうじて流は間に合ったが、ギリギリだった。何度も防ぎきれるとは思えない。再構築もオーラ量的に限界がある。

 

(なんで発動しない!? この子を殺せばそれで済む話なのに……!)

 

 また、痛み。流による攻防力移動が少し遅れた。ダメージは先程よりも重い。

 

(このままじゃ、マズイ。でも、だからといって原因は……)

 

 本当はアラタも何となくだが、発動しない原因に気づいている。ただ、それを認めてしまうと、それこそ本当に発動する可能性が消えてしまいそうだから、目を逸らしているだけだ。

 

(発動しないのは……)

 

 『死宮の堕天使(trick and delete)』が不発になってしまう原因は、アラタの中に僅かに残る()の心。

 かつてイヴの自殺によりバラバラに砕け散った少年の心──幼いアラタの心──の残滓が、自らの子を殺すことを拒絶したのだ。それが発動しようとする意思の瑕疵になり、念能力の発動条件を満たさなくなった。

 

 確かにかつての少年には倫理観などあってないようなものだった。必要があれば自分を含め誰であろうと躊躇いなく殺してしまう精神性を有していたし、そこに罪悪感や心理的負担は一切存在しない。

 

 しかし、少年は変わった。

 

 イヴに出会い、苦痛に塗れただけの暗い世界に木漏れ日が射した。

 本来真っ当な人生を歩んでいたならば育っていたであろう倫理観や人に対する共感性が、イヴと触れ合うことで漸く芽を出したのだ。

 それは黒い花の咲き誇る丘に現れた白い花。凛然と輝く白であった。

 

 喜ばしいことであろう。倫理観や共感性は人が人である為に必要不可欠な要素であると主張する人もいるくらいだ。イヴと出会えたことが少年にとっての最も大きな幸運だったはずだ。

 

 だが、皮肉にも散ってしまった白い花の1枚の花弁が、アラタの計画を狂わせてしまった。

 

(クソ。どうする? これじゃ……)

 

 今度は強い痛み。ヒソカの攻撃が決まったのだ。破壊された肉体が再構築されるも、すぐに破壊され、激痛。

 

 この時、アラタに一つの考えが浮かぶ。追い詰められた末の苦肉の策だ。しかし、それしかない手段がない。

 

(本来、除念が発動した後に呪いが術者等に降りかかり、その結果として命を失う等の肩代わりに相当する現象が発生する)

 

 だが、現実は除念を発動することができない。

 

(能力発動の効果(代償)としての胎児の死は起こせない)

 

 ヒソカから逃れようとするも、そもそも機動力で負けている。

 打撃が決まる度に桜が散る。光が弾けては消えていく。

 

(だから、先に胎児を殺してその効果として除念を成立させる!)

 

 確かに代償と効果は正規のものと同一になる。しかし、前例をアラタは知らないし、上手くいく保証もない。そんなことアラタも分かっている。

 

(分の悪い賭けだ。でも、もうこれしかない)

 

 アラタのオーラもかなり減少している。これ以上減るとオーラ量の点からも除念が発動しない可能性すらある。

 

 ヒソカの猛攻をかろうじて凌ぎながら、アラタは左手を鋭利なナイフのように肉体操作で変形させる。身体精密操作と基礎スペック上限突破によるものだ。原作キルアが見せたものを上回る完成度を誇る。

 更に左手にオーラ集める。

 

(子宮に突き刺し、即死させる。その後、念の為、可能な限り子宮を破壊する!)

 

 アラタの覚悟に、狂気に呼応するように鮮やかな薄紅色が赤黒く塗りつぶされていく。

 

(今度こそ、終わりだ!)

 

 

 

──『死宮の堕天使(trick and delete)』…………。

 

 

 アラタの視界が歪む。

 

 涙だ。

 

 この時、アラタは自分が泣いていることに気づくことができた。

 泣いている理由は明確には分からない。

 走馬灯のように過去が一瞬でフラッシュバックされ、感情と思考が錯綜する。

 

──苦しみに満ちた人生だった。今も苦しい。ろくでもない。くだらない。もう止めたい。逃げ出したい。

 

──でも……。

 

──イヴに出会うことができた。それだけで少しは救われた……。

 

──だから、今、どれだけ外道になろうと、どれだけ苦しかろうと、地獄に落ちようと構わない。

 

──この惨劇を終らせる。

 

──イヴの心臓が破壊されるのは今回が最後だ!

 

 アラタが左手を突き入れようとしたその時、声が聞こえた。

 

 

『はーい! ストップ!』

 

 

(!?!!?!?)

 

 懐かしい声だ。もう一度聞きたいと願っても叶わなかった透明な声。

 

(この声は……!)

 

 声の主を探そうと辺りを見回す。

 そして、気がつく。先程までの荒野とは違う場所に居る。薄暗い丘だろうか。よく見ると足元には黒い花が無数に咲いている。ヒソカも、それどころかアラタ以外誰も居ない。

 

 不意にアラタの視界が遮られる。

 

「だーれだ?」

 

 身体が震える。動機がする。

 

 少し躊躇うが、意を決して解を示す。

 

「……イヴなのか」

 

「ブッブ~。違いまーす! 君の子供です!」

 

 愉快そうな、ノイズのない綺麗な声。間違いない。空気を読まない、笑えない冗談も凄く……らしい(・・・)

 

 ため息が出る。昔もよくこんな風にため息をついていた。

 

 アラタの目を塞ぐ手を掴み、向かい合う。

 

 蒼い瞳がアラタを見つめていた。

 

「や! 久し」

 

 イヴの言葉を最後まで聞いている余裕はなかった。反射的に抱きしめていた。

 

「……」

 

 暫くそのまま時を共有してから、イヴが再度口を開く。

 

「ちょっと見ないうちにすんごい変わってるじゃん! 性転換とか美容整形ってレベルじゃなくない!? やばすぎだって」

 

 相変わらずの物言いだ。

 

「……なぁ」

 

「うん?」

 

「ここは俺の精神世界なんだろ?」

 

「うん、そうだよ!」

 

 軽く認める。

 

(そうだよな。イヴはこーゆー奴だったよな)

 

 アラタは何だかどっと疲れが押し寄せて来た気がした。

 

「じゃあ、イヴも俺の記憶が作り出しただけの妄想なのか?」

 

 考えたくはないが、現実逃避の末に妄想の世界に辿り着いた可能性もなくはない。

 

「あいたたたたたぁ、君ってばそんな痛い奴だったんだね。私は悲しいよ」

 

「おい、真面目に」

 

「分かったよ。しょーがないなぁ」

 

 アラタは正直ちょっとイラっとしたが、なんとか抑える。

 

(大丈夫だ。俺は慣れてる。Be cool)

 

「実は全部夢でした! 全ては夢オチだったのさ☆ミ」

 

 すっごいうざいドヤ顔である。

 

「……」

 

 ついイヴを掴む手に力が入ってしまう。慣れててもムカつくものはムカつく。

 

「痛い痛い痛い痛い。ドメスティックバイオレンスだ! 訴えてやる!」

 

 可哀想なので、力を緩めてやる。

 

「まったく! 君はいつの間にドメスティックバイオレンサーになったのさ? なんか口調も変わってるし」

 

 コロコロとよく変わる表情だ。

 

「で、本当にこれはどういうことなんだ?」

 

「うーん、実は私、元々念能力者だったんだよね」

 

「は? え?」

 

 珍しく真面目な面持ちでアラタを真っ直ぐ見ている。

 

(つまり、これもイヴの念能力によるものだって言いたいのか?)

 

「マジなのか」

 

「てやんでぃ! あったぼーよ! べらぼうよ!」

 

 まじまじとイヴを見る。何を勘違いしたのか、イヴはそれに応えるように変顔を始める。

 

 アラタが小さく息を吐く。いつの間にか、ずっとあったはずの痛みが消えていた。

 

 幾分か穏やかな心持ちで問う。

 

「……この現象の目的と効果は?」

 

 よくぞ聞いてくれたと嬉しそうに口を開く。

 

「ふふふ、説明しよう!」

 

 

──『私は死ぬ直前に、全てを掛けて君に念能力による仕込みをした。仕込みのナビゲーター的存在がここに居る私。だからここに居る私は、この世界の私とは完全に別もの。あっちの世界では念能力は基本的には存在しないから賭けではあったけど、上手くいってよかったよ。で、その効果は、君が泣いてしまった時に一度だけ君の痛み(・・)を私が引き受けるというものなのだ! どう健気でしょ? 惚れ直した? ぞっこんでしょ? 今は同性愛になるけどよゆーだよね! 百合ばっちこいや!』

 

 

 説明を聞き終わった時に最初に思ったのは、またイヴにだけ苦しみを負わすのか、次は自分の番じゃないのか、という考えだった。

 これではあまりにも情けない。いつも決定的な場面で助けてもらってばかりだ。自責的な思考がアラタにのしかかる。

 

「なんか難しいこと考えてるでしょ」

 

(難しいこと、なのか?)

 

「ほんっと君って考え過ぎるよね。でもさ、そんなに難しく考えなくていいよ」

 

 イヴが優しげにアラタを見やる。 

 

「時間もあんまりないし、しょうがないから、あの時(・・・)言おうしたことを教えてあげる」

 

 あの時。イヴが自殺する直前に言いかけた言葉を指すのだと、すぐに分かった。

 

(それは……)

 

 イヴが柔らかく微笑む。そして、伝えられなかった言葉を紡ぎ始める。

 

「私ね、幸せだよ。これ以上ないくらいの幸せを君から貰ったよ? だから、君も泣かないで。時間が掛かってもいいから、いつか心から笑えるようになって」

 

 アラタは心から笑えることはない。いくら愚者を演じても、道化に憧れても、あるいは羨んでも全てはフェイクだ。薄っぺらい感情の偽装に過ぎない。

 だが、イヴと出会わなければ泣くことすら出来なかった。

 イヴはそれが何より悲しかった。悔しかった。アラタに泣いてほしい訳じゃない。笑ってほしい。生まれてよかったと少しでも思ってほしい。

 

 自身の気持ち全てを上手く伝えることは出来ないけれど、これだけは伝えなければならない。

 

 イヴが変わってしまったアラタを見る。

 

 いや、根っこのところは何も変わっていない。イヴにはそう見えた。

 

 そして、最も大切な気持ちを──。

 

「愛してる。今までもこれからも、ずっとずっと愛してる」

 

 そっと唇が触れた気がした。

 

 

 

 

◼️◼️◾️◾️◽️◽️◻️◻️

 

 

 

 

 瞬きをしたら、いきなり現実世界に戻って来ていた。そして、除念が発動する。

 

──『死宮の堕天使(trick and delete)』発動!

 

 アラタのオーラが黒い翼を携えた赤子を形成する。

 

「『!?♣️』」

 

 ヒソカの顔に様々な感情が浮かぶも、黒い翼の赤子がすぐにヒソカへと向かう。ヒソカは一旦距離を取って観察しようとするも、距離を離せない。それならと赤子に攻撃してみてもまるで意味を為していない。

 

 そして、ついに赤子がヒソカにしがみつき、その翼で以て包み込む。

 ヒソカの怨念が消滅していく。

 

「『これは除念!♠️』」

 

 ヒソカの怨念が自らの行く末を悟る。

 『死宮の堕天使(trick and delete)』の効果は一般的な除念よりも強力だ。通常、除念と言えば他者から掛けられた念を解除するだけだ。しかし、『死宮の堕天使(trick and delete)』は違う。胎児の確実な死と引き換えに、怨念となっている死者のオーラを完全に消滅させる。

 

「これでゲームクリアみたいだ。なぁ、そうだろ? ヒソカ」

 

「『────♥️』」

 

 もはやヒソカの声は聞こえない。ヒソカに纏わりつく禍々しいオーラが視覚的にはっきり分かるほどのスピードで減少していく。

 

 そして、終にヒソカにこびりついていた死者のオーラが全て消滅し、肉体が糸の切れた操り人形のように地に崩れ落ちる。

 

 荒野に静寂が訪れる。

 

「終わったのか」

 

(この場合の「痛みを引き受ける」って要するに制約や誓約を肩代わりするってこと……?)

 

 アラタがそう判断したのには理由がある。

 

 お腹の子のオーラが弱まっていないのだ。つまり、胎児は生きている。では、制約と誓約はどうしたのか、という話になる。

 

 結論から述べると、イヴの言う「痛みを引き受ける」とはアラタが涙を流すに至った要因の無効化である。

 つまり今回のケースだと「胎児を殺す」という要因を無効化して、一度だけ胎児の死なくして除念が完遂される状態にすることが「痛みを引き受ける」こと、則ちイヴの仕込んだ念能力の効果に当たる。

 

 アラタは何とはなしにヒソカに近く。オーラ枯渇、体力の消耗及び外傷により意識を失っている。

 

(本当はこの世界のヒソカも殺すはずだったんだけどな)

 

 アラタがふらつく。

 

(それで、もしヒソカが怨念になったら、すぐに自殺して俺自身も死者の念となって更に除念する計画だった) 

 

 制約と誓約の裏技、念の才能を押し上げたことによる燃費改善を前提に残りのメモリを使い、死者の念となるつもりだった。

 

 しかし、もうアラタも意識を保つのが難しくなってきた。身体に力が入らず、倒れてしまう。オーラを使いすぎた。

 

(でも悪くない気分だ)

 

 ヒソカの怨念による洗脳が完全に解けたからだ。あれほどヒソカを殺さなければいけないと思っていたのに、今はそこまでではない。

 とても穏やかな気分だ。

 

(眠い)

 

 空を見れば、無数の星が輝いていた。

 

(昔、イヴと見た星空とどっちが綺麗だろうか? ……なんてな)

 

 アラタはゆっくりと目を閉じた。

 

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