【完結】ヒソカは雑魚専? よろしい、ならば転生だ 作:虫野律
──力が欲しいか。
鈴を転がす。まさにそう表現すべき声が自らに問うた一文を始めは理解できなかった。一拍遅れてそれが意味するところを飲み込んだ時には少年の魂は、悪魔に絡め取られていた。
★★★
ハンター試験、1次試験で壁にぶつかりみっともなく敗れた。醜態を晒した。蔑まれた。嘲笑された。およそ少年のこれ迄に経験したことの無い悪意を浴びせられ完全に心が折れてしまった。周囲のライバル達はそのように解釈し、少年の脱落を確信した。実際に少年は1次試験で姿を消した。
ハンター試験では、いや、人間社会ではこんなことは日常茶飯事だ。道端で潰れ干からびた蛙を見るように、僅かな不快感と圧倒的な無関心を以て少年を記憶すべき対象から除外する。ハンター試験の風物詩とでも表現すべき些事だ。数分後には皆、少年の存在を忘れ、各々の闘いに向かって行く。ただ一人の悪魔を除いて。
ここまでで2つ、少年に関する誤解がある。少年にとって此度の試験で浴びせられた悪意など人生で何度も、何度も、何度も経験してきた物だ。もっと言えば少年の人生では常に影のようにへばりついて逃げることの出来ないものだった。もはや、親しみまで感じてしまう始末だ。だから、それで心が折れるといったこともあり得ない。
少年は裕福な資産家の子……では無く、そこで勤める妾の子……でも無く、資産家の現当主とその実妹の間に産まれた。幸か不幸か、兄妹は少年を当主とその正妻の嫡子として法的手続きを処理し、溺愛した。決して公に出来ない、光の当たることの能わぬ恋が、報われたと彼らは感じていたのかもしれない。
しかし、というより、当然の帰結として兄妹以外の者、特に当主の正妻からの風当たりは暴風のごときであった。正妻が地元で有名な名家である少年の一族に嫁いで来てから10年経つにも関わらず身籠る気配すら無かったことも、少年への悪意を増幅させる一因であったことは想像に難くない。
正妻から少年への虐待は少年が成長するに従って苛烈になっていく。時には直接的暴力を、時には少年の学友へ虚実入り交じる情報を流し、時には少年の初恋の相手を目の前で暴漢に襲わせた。
少年が父親によく似ていたことは、兄妹にとっては喜ばしく、正妻にとっては猛毒であり、少年にとっては武器であった。そう、現状を打破する鋭利な刃であると少年は認識していた。
少年が二次性徴を迎え、2年程経った頃にことは起こった。正妻が少年を犯したのだ。しかし、これは少年にとっては別段、驚くようなことではなかった。兆しは数年前からあったのだ。歪んだ形ではあるが概ね早熟な精神を備えた少年は、正妻が向ける爬虫類を彷彿とさせる目や、肉体的な距離、所謂、パーソナルスペースへの意図的な侵入が意味するところを正確に理解していた。
体格的にはまだまだ成人女性に及ばぬ小柄な少年はいとも簡単に正妻に組み敷かれる。強く握られた手首へと女の爪が食い込む痛みを煩わしく思ったが、言ってしまえば、その程度の不快感しか無かった。
少年は行為の最中に久方ぶりに女の顔をまじまじと見る。女の顔には確かな老いの気配が滲んでいる。昔よりも更に裕福になっているので多額の金を老いに抗う為につぎ込んでいるのだろう。女は実年齢からは信じられないほど若い皮を纏っている。それでも、少年には以前より随分とくたびれているように思えた。
少年が自らの上で乱れる女に抱いた感情は、怒りでも、恐怖でも、嫌悪でもなく、まして憎しみでもなく、憐れみだったのはある種の必然であったのかもしれない。女の温い熱が流れ込んでくる錯覚に陥る。それを少年は自覚しながらも、対照的に自身が冷めていくことを、しかし、不思議には思わなかった。
だから、少年は女に嘯いたのだ。愛しています、と。
その日から、女は変わった。女の中でどんな感情が渦巻いているかは少年にも正確には分からなかったが、女の歪な欲望、恐れ、攻撃性その他多くの情念が少年にとって好都合な方向に統制されていることは、よく理解できた。
それからの生活は、少年にとってとても快適なものであった。たまに女の相手をしなければいけないが、それだけだ。裕福な家庭、優しい両親、今となっては何も言えない使用人、恵まれた才能、一流の学校、物分かりのいい友人や学校の教師、これだけの要素を兼ね備えているのだ。幸せに決まっている……。
さて、話を戻そう。少年は何かを求めてハンターになることを決意する。少年が求めたものが何であったかは、いずれ分かることになる故に今は他のことを語らせていただく。
満を持して挑んだハンター試験だったが、身体能力の不足により脱落してしまう。もし、これが頭脳や精神力を試すものであったなら、結果は違っていただろう。
少年の遥か先をギタラクルタクシーにより楽に進んでいるアラタは、は! と閃いた。
(あいつ、なんつったっけ? あのエリートデブ。ニ、ニ、ニッコリ? まぁ、名前なんてどーでもいいや。とりあえず都合よく使える駒に出来そうな気がするぅ! よっしゃ! 早速スカウトだ!)
「ちょーっとストーップ」
アラタのワガママにより停車を余儀なくされるギタラクルタクシーは、鬱陶しそうに一瞥し呟く。
「カタカタタ」
全く何を言っているか分からない。
「いやいや、そんなこと言わないでさ。今、優秀な奴隷候補が弱っててチャンスなんだって」
うっそやろ。アラタは普通に会話している。それも驚きだが、発言内容も驚く程ゲスい。
「カタ? タタタカ」
「えー、分かったよ。奴隷の所有権の半分を共有持分として渡すよ。これでいいでしょ」
「カタカタカタ」
「そんなものより他のものって言ってもなぁ」
数秒程、うーんと唸っていたアラタだったが、あることを思い出す。さっと顔を寄せギタラクルの耳元でウィスパーボイスを奏でる。
「じゃあ、幻影旅団団長の本名と能力を教えて進ぜよう」
アラタの切ったカードはギタラクルにとってジョーカーに成り得たようだ。アラタを持って試験ルートを逆走する。
完全に荷物扱いだが、慣れてしまえば楽しいものだ。
「風が気持ちいいぜ」
態々、逆走することで大きなロスタイムを生む。それを最小限に留める為に今までとは、段違いのスピードで疾駆することを決める。ギタラクルは一瞬でギアを3段階程上げる。
「やっふぅぅぅ! はっやーい! でも、もっとだぁ!」
見た目では分かりにくいが、ギタラクルは呆れを超越して感心している。
母さん以外にこんな糞みたいな女が居るなんて……。
糞女ことアラタはアーイキャーンフラーイなどとぬかしている。
そして、遂にアラタの魔の手が少年を射程圏内に捉える。
(お! パソコンと少年が倒れてる! あれ? 思ったより太ってない。こいつで合ってんのか?)
少年は仰向けに倒れ、茫然と天井を眺めている。アラタのイメージでは目的の少年はミルキのチビバージョンだったが、ここに居るのは痩せた、
「ギィさんや、あれはニコルで合ってんかい?」
アラタはタクシーに乗りながら、記憶を掘り起こし少年の名を思い出していた。ニッコ、ニッコのニコル君という風にインプットし直し長期記憶化を図る。ニコルがアラタの頭の中を覗けないのは、数少ない幸運だ。
「カタカタカタ?」
「そうだね。君はそういう奴だったね」
(ま! いっか! 上手くいけばラッキー位に考えて気軽に、力を与える悪魔ムーヴかまそう!)
アラタは漲ってキター! などと意味不明なことを供述しており、公判では責任能力の有無が争点になりそうです。
(よーし。声は天使っぽく! 話し方はラスボス風に! 死ねや! という気持ちを込めて最初は全力の堅をして威圧感を演出! 後半は、ピーをクンカクンカペロペロする気持ちを込めて弱めに堅をして、甘い誘惑を演出!)
あたしって天才ね! などと被告は意見陳述において述べており、今後の裁判が憂慮されます。
そして、アラタはニコルへと犯行を遂行する。
「力が欲しいか」
ニコルがアラタに見たものは、希望か、絶望か、はたまた他の何かであったかは、詳細には分からない。
一つだけ確かなことは、ニコルにはアラタが、どこか自分に似ている歪な存在と感じられたことだ。
その感覚が、事実を見抜いた真であるか、思い込みによる偽であるかはニコルにとってはどうでもよかった。
だから、ニコルは迷いなく悪魔に身を差し出した。
(情報担当の奴隷、ゲットだぜ!
ニコルとの温度差が酷い。