だから24時間で魔王倒してヒロインゲットする

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転生したけど、この世界が滅ぶまであと24時間

 目が覚めると、そこはおっぱいだった。

 頭のうしろには、やわらかい感触。視界を埋めるのは、圧倒的質量の乳房。自分は膝枕をされているのだ、と。そう認識するのに、さして時間はかからなかった。

 それにしても、でかい。顔面が押しつぶされそうなほどに、大きい。今はいいけど将来垂れそうで大変だな、と。目覚めには相応しくないことを思った。

 

「重力を感じる……」

「起きて一言目がそれとは、随分詩人ですね」

 

 こちらを覗き込むように。おっぱいの影から表れた美貌に、思わず息を呑んだ。

 それは美女だった。

 きらきらと輝く、流れる川のように穏やかに波打った金糸の御髪。見詰めていると吸い込まれそうになる翡翠色の瞳。頬は白く、唇は薄く、けれどもうっすらと赤みが差している様は、えも言えぬ色気を醸し出している。端的に言って美人だった。

 

「あなたは……?」

「わたしは女神です」

「女神」

「はい。女神です」

「女神というと……アフロディーテとか、アテナとか、そういう類の?」

「そういった存在と、わたしは微妙に異なるものですが……あなた方の価値観に合わせて表現するのなら、わたしを女神、と呼ぶのは間違っていないかと。そのように呼んで頂いて構いません」

「なるほど」

 

 納得した。女神なら、乳房がアホのようにでかくても、外見が冗談のように美しくても仕方がない。女神なのだから。

 おれはゆっくりと起き上がった。軽く手を握り、閉じ、また開く。肩を回す。立ち上がって、軽くその場でジャンプする。

 

「なにか、身体に違和感はありませんか?」

「いや、特には」

「それはなによりです」

 

 肉体に異常がないのを確認したところで、今度は周囲を見回してみる。体はともかく、自分の置かれているこの状況に関しては、少々異常だった。

 見渡す限りの、白。障害物もなく、天井も扉も調度品もなく、まるで不純物の存在を許さないような、完璧な白。もしも目の前にこの女神様がいなかったら「目が覚めると、そこは白だった」という味気も色気もない目覚めになっていたに違いない。目の前におっぱいがあってよかった。

 さて。目覚める前と変わらない、元通りの身体。異常な美人。謎の空間。総じて、常軌を逸したこの状況。

 

「どうやら、おれは死んだみたいですね」

「……ご理解がはやいですね。こちらとしては助かりますが、少し驚きました」

「目覚める前の状況を考えると、まぁ正直、死んでいないとおかしいので……おれの死亡を否定しない、ということは。ここは天国ですか?」

「あら? 天国ではなくて、地獄かもしれませんよ」

「一応、地獄に落ちないような、人道に反しない、道徳的な生き方を心掛けてきたつもりです……それにここが地獄なら、もっと恐ろしい場所じゃないとおかしくありませんか? なにより、あなたみたいにめちゃくちゃ美人な閻魔様がいるとは思えないんで」

「あらあら。口がお上手ですね」

 

 コロコロ、と。鈴の音を鳴らすように上品に笑った彼女は、しかしすぐに表情を引き戻した。

 

「お察しの通り、あなたは死んでいます。そして、ここは死後の世界です」

「はい」

「ご自分でも仰っていましたが、あなたの生前の行いは素晴らしいものでした」

「ありがとうございます」

「ですので、あなたには生まれ変わりの権利が与えられます。新しい世界で、第二の人生を歩んで頂く……はずだった、のですが」

 

 そこで急に。自称女神様とやらは、言葉を濁して下を向いた。下を向いても自分のビッグサイズな乳房が邪魔をして何も見えないだろうに、人差し指をつんつんと突き合わせて、なにやらごにょごにょと、言葉を口の中でこねくり回している。

 

「これは、その……なんというか、本当に。非常に、言いにくいことなのですが」

「はい」

「……あの、そのぅ……怒りませんか?」

「それは、内容によるかと」

「で、ですよね。そうですよね……怒りますよね……」

 どうやら、おれが怒るのは彼女の中で確定事項らしい。とはいえ、話を焦らされるのはあまり好きではない。おれは、自称女神様に先を促した。

「単刀直入にお願いします」

「は、はい。その、実は……あなたが行く予定の世界に、根本的な手違いがありまして」

「手違い」

「……率直に、事実だけを述べますと」

 

 完璧な美貌で泣きそうな表情を作りながら、

 

 

 

 

 

 

「あなたの転生する世界は、24時間後に滅びます」

 

 

 

 

 

 

 そう言い切った。

 

「は?」

「……」

 

 死人に口なしというが、死んでいても口を開かなければ気まずいのだと、はじめて知った。

 沈黙が、たっぷり一分ほど続いただろうか。おれはもう一度聞き返した。

 

「……滅びる?」

「はい。滅びます」

「24時間後に?」

「はい。きっかり24時間後に」

「絶対に?」

「はい。すいません。絶対に、です」

 

 生き返れると思ったら、24時間後に死亡宣告を食らってしまった。

 

「それは……また、なんというか」

「本当に申し訳ありません!」

 

 ガバァ! と自称女神様は両手を床について土下座した。それがもう見事なジャパニーズ土下座だった。世界広しといえども、女神様に土下座された日本人はおれくらいだろう。

 

「顔を上げてください」

「怒らないのですか?」

「怒っても仕方ないですし、おれが怒ってもどうにもならないことだと思うので……」

 

 どうせ死んでいるのだから、むしろ24時間だけでも命があった方がマシだ。死ぬはずだったけど、一日だけオマケがついてきたと考えればいい。

 怒られると思っていた女神様は、ぽかんとおれを見上げていた。どうやら、予想外の答えにすっかり毒気を抜かれてしまったらしい。

 

「なんというか……無欲ですね」

「はは。死ぬ前もよく言われました」

「わかりました。お礼というのはおかしいかもしれませんが、わたしの可能な範囲であなたが生きる最後の24時間を彩らせていただきます!」

 

 まるで葬式業者のようなことを言い始める女神様。さっきから抜けている雰囲気があるけど、本当に大丈夫だろうか? おっぱいに頭の栄養を取られている気がする。

 とはいえそこは腐っても生まれ変わりを司る神だったようで。意外なほどスムーズに。おれの転生手続きは進んだ。

 容姿を自由に変えられる。絶世の美男子にできると言われたが、それは丁重にお断りした。最期くらいは自分の顔で死にたいし、親にもらった容姿を簡単に変える気もさらさらない。それに、いくらイケメンにしてもらっても24時間で恋が成就するわけがない。

 お金をいくらでも与えられる。大金持ちにできると言われたが、それも丁重にお断りした。あと24時間で滅ぶ世紀末な社会で貨幣制度がどの程度機能しているかわからないし、クレジットカードがあるかすら不明な世界で、多すぎる貨幣はただの荷物にしかならない。一日を過ごすには充分すぎるくらいの金額にしてもらえるように、丁重にお断りした。

 特殊な能力を与えられる。空を飛べるし、魔法も使える。欲しい力をなんでも提案してほしい、と言われたが……そこでようやく、おれは少し迷った。

 

「時間を操る能力をいただくことはできますか?」

「それは無理です」

「あ、無理なんですね……」

 

 やはりちょっと残念な自称女神様曰く、時間の流れとはそんなに簡単に操れるものではないのだという。時間関係の力を受け取ることができれば、あるいは24時間以上生存することができるかもしれない、と。淡い希望を抱いたが、どうやらそれもダメらしい。どうあがいても、おれに残された時間は24時間から動かないようだ。

 考えてみれば、おれに時間操作の力を与えることが可能なら、女神様だって何らかの形で時間に干渉できるはずであり。それなら適当に自分で力を使って、おれにもう少し生きる時間をくれたはずである。

 人生のボーナスタイム。延長は不可能、と。

 

「あの……なんかすいません。ご期待に沿えなくて……」

 

 長いまつ毛の間から、涙の雫がポロポロとこぼれる。ここにきてようやくおれは、この女神様がバカでもアホでもなく、ただのポンコツなのだと理解した。

 何か皮肉を言ってやりたい気もしたが、もともと終わるはずだった命を救って、24時間という短い時間だけでも継ぎ接いでくれたのは間違いなく彼女である。しかも、たった一日とはいえ未知の世界に行けるというのだ。詰って文句を言うのは筋違いな気がしたし、そもそも美人の泣き顔を眺めて喜ぶ趣味はおれにはない。

 そんなわけで、

 

「大丈夫ですよ。女神様」

 

 仮とはいえ、おれははじめて彼女のことを名前で呼んだ。

 

「おれは、あなたがくれた24時間を、精一杯楽しんでみせます」

「っ……!」

 

 感激して顔中の穴という穴から液体を垂れ流す女神様をなだめすかして元気づけて。

 特別な力に関しては……女神様が真っ白な床に、どこから出したかわからない黒いチョークで書いたあみだくじで決めてもらった。結果は『キスした相手の力を得る能力』だった。24時間じゃ絶対に使う機会がないな、と思った。たった24時間でどうやって女性とキスする関係まで持ち込めってんだ。不可能だろ。風俗でも行ってなんかヤバい病気でも貰ってこいってのか!? 

 しかし、そんなことは口が裂けても言えない。代わりに、もうひとつだけお願いをすることにした。

 

「あの……もう一つだけ要望を出してもいいですか?」

「はい。何なりとお申し付けください」

「時計をつけてもらえると助かります。死ぬのがこわいってわけじゃないんですけど、流石にいつ世界が終わるかくらいは把握しておきたいので」

 

 あと、おれが行く世界とやらに時計があるかわからないしな。時間はいつでも見れるようにしておきたい。

 

「なるほど……わかりました。お任せください!」

「お願いします」

 

 そんなわけで。

 とにかく、いろいろバタバタしてしまったが。

 

「いってらっしゃい。どうかお気を付けて」

 

 生き返って、最後の24時間を生きるために、おれは新たな世界へと旅立つのだった。

 

 

 

 ……そういえば、ひとつだけ。

 

 24時間で世界が滅ぶと聞いたはいいけど、その原因を聞き忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこはおっぱいだった。

 頭のうしろには、やわらかい……というよりも、やや固い骨ばった感触。視界はどこまでも広く、おれの目線を遮るものはなにもない。薄暗く高い、知らない天井だった。あまりにも視界が開けていて、しかも頭のうしろが絶妙にごわごわして、ついでにおれの頭を載せきれてないような感じなので、自分が膝枕をされているのだと認識するのに、すごく時間がかかってしまった。

 それにしても、小さい。軽く絶望するほどに小さい、というかない。今はダメだけど、もしかしたら万が一、将来有望なおっぱいに成長するかもしれない、と。目覚めには相応しくないことを思った。

 

「無限の可能性を感じる……」

「起きて一言目がそれとは、随分詩人じゃのう」

 

 こちらを覗き込むように。とくにおっぱいの影に隠れない整った顔立ちを、おれはずっと視界におさめてねっとりと見上げて観察していたので、とくに息を呑んで驚いたりはしなかった。

 それは幼女だった。

 闇を溶かし込んだように黒い、夜の静けさと美しさを一本一本閉じ込めたかのような、漆色の御髪。見詰めていると魅入られそうになる琥珀色の瞳。頬はいきすぎなほどに白く、唇も薄く白く、うっすらとした赤みすらない蒼白と漆黒の容貌は、しかし未成熟ながらも麗しく。端的に言って可愛かった。

 

「あなたは……?」

「わらわは魔王じゃ」

「魔王」

「そう。魔王じゃ」

「魔王というと……ディアボロスとか、サタンとか、そういう類の?」

「それがどんな存在なのか、わらわにはよくわからんが……おぬしたちが自己の価値観に合わせてそう言っているのだから、わらわのことは魔王、と呼ぶしかないじゃろ。ていうかそう呼んでいいぞ。めんどくさいし」

「なるほど」

 

 納得した。魔王なら、乳房がバカのように小さくても、外見が冗談のようにかわいくても仕方がない。魔王なのだから。

 

 魔王。

 魔王がロリ。

 魔王が幼女。

 魔王が小学三年生。

 魔王が10歳(くらいだと思う多分)。

 

「……いやおかしいな!」

「うおぅ!?」

 

 おれは腹筋を最大限活用して、一気に起き上がった。強く手を握り、閉じ、また開く。肩をぐるぐる回す。立ち上がって、体力測定の前幅飛びで無駄にかっこつける男子のように、大きくその場でジャンプする。

 

「な、なんじゃなんじゃ!? おぬし、もしかして身体がおかしいのか? どこか悪いのか?」

「いや、特には」

「そ、そうか……それはなによりじゃの」

 

 やだこの幼女かわいいしやさしい。いや違うそうじゃない。

 肉体に異常がないのを確認したところで、今度は周囲を見回してみる。体はまったく問題なかったが、自分の置かれているこの状況に関しては、当然異常だった。

 見渡す限りの、黒。天井も扉も調度品も全てが整った上で、まるで不純物の存在を許さないような、完璧な黒。もしも目の前にこの魔王さまがいなかったら「目が覚めると、そこはイギリスヴィクトリア調の装飾を、より華美に。それでいてより暗くしたような、荘厳な大広間だった。まず床には美しい紋様が描かれ……」という情景描写にきりがない目覚めになっていただろう。目の前におっぱいはなかったが、幼女がいてくれてよかった。

 さて。目覚める前と変わらない、元通りの身体。異常なかわいさ。謎のお城。総じて、意味がわからないこの状況。

 

「あの、魔王さま。おれって、どうしてここにいるんでしょう?」

「……ふむ。これはあくまでもわらわの推測じゃが、おぬしは何らかの高位存在によって、意識と体をまるごと別の次元から転送されたのじゃろう。おぬし自身からは特別な魔力を何も感じないし、この城の防御結界を抜けられる転移魔法など、わらわ以外には早々構築できん」

 

 やだこの幼女めちゃくちゃ賢い。なに言ってるかよくわからないけど、なんとなくおれが間違ってここに転送されてきたことはわかった。

 

「むしろ、わらわの防御結界を勝手にくぐり抜けて、大広間で無傷で寝ている方がおかしい。ふつうは通り抜けようとしたら死ぬぞ」

「目覚める前の状況を考えると、まぁ正直、生きていないとおかしいので……」

 

 だって転生させてもらえたし。

 

「生きていないとおかしいって、よくわからんこと言うのぅ……。しかしまぁ、安心せよ。おぬしの心の臓は動いておるし、体も温かい」

 

 そう言いながら、魔王さまはおれの頬に小さいながらも細く白い、きれいな指を這わせて添えた。

 

「おぬしは今、この瞬間も生きている。少なくともそれだけは、わらわが保証してやろう」

 

 なんか保証された。

 

「ええと……ありがとうございます?」

「ふふん。素直に礼を言えるのは、良いことじゃのう」

「あっはは……ところで、その。おれの生存を肯定してくれるということは、ここは天国じゃありませんよね?」

「んん? まあ、そうじゃのう。おぬしのような人間にとっては、この魔王城の最深部は、間違いなく地獄であろうよ。なんせ、わらわは魔王じゃからの! ただの人間が魔王の前に無防備に立つなど、もはやそれは死んでいるも同じよ!」

 

 一応、地獄に落ちないような、人道に反しない、道徳的な生き方を心掛けてきたつもりだったのだが……やはり、ここは地獄らしい。さっきから魔王とか城とか防御結界とか言っていたのでもしかしたら……と思っていたが、やはりそういうことらしい。

 そういえば、あの自称女神の乳だけオバケは、転送場所をランダムにあみだくじで決めると言っていた。おそらくその結果、おれは魔王城の大広間というこの世界のラストダンジョン的な場所に跳ばされ、この幼女魔王に膝枕される結果になったのだろう。なんだあの自称女神やっぱり閻魔様じゃねぇか。おれを地獄に叩き落としやがった。今まで我慢してきたが、流石にもう我慢できない。悪口を言っても許されるだろう。おっぱいもげて死ね。

 

「……どうした? 急に黙り込んで」

 

 というか、おれの目の前には現在進行形で閻魔様よりもはるかに恐ろしい魔王さま(幼女)がいる。その気になれば、おれなんて砂場の城を崩すように原子レベルで塵にされてしまうだろう。なんとかしてご機嫌を取らねばならない。

 

「……魔王さま。かわいいですね」

「なんじゃおぬし。褒めるの下手か? 口下手にも程があるぞ。殺してやろうか?」

 

 カラカラ、と。赤ちゃんをあやすアレのように元気一杯に笑った幼女は、しかしすぐに表情を引き戻した。

 

「しかし、残念じゃったなぁ。おぬしは生きている。わらわを前にして、今はまだ生きておる」

 

 生きているの残念とか死ぬほど失礼だけど、口答えすると何されるかわからないから「はい」って言っておこう。

 

「はい」

 

 ふふん、と、形のいい眉が得意気に吊り上がる。

 

「この城の最深部に無傷で侵入した強運は驚嘆に値するが、されど! わらわに見つけられ、膝枕をされたのが運の尽きよ!」

 

 むしろ見つけられなきゃ出口もわからず野垂れ死んでいた気がするし、多少寝心地が悪かったとはいえ幼女に膝枕されるとかご褒美以外の何ものでもないわけだが、ここは魔王さまの顔を立てて「心から恐怖し、己の不運を呪いました」と言っておこう。

 

「ありがとうございます」

「ん?」

「あ」

「……とにかく! ここは地獄の一丁目。わざわざ死ににくるとは、見上げた度胸と覚悟……しかし、もう遅い!」

 

 そこで急に。どこからどう見ても完璧な口調と見た目の魔王さまは、すっと押し黙って下を向いた。下を向いたら、遮るものは何もないので、下がよく見えるだろう。腕まで組んでみせて、何かを呟くこともなく、ただ本当に黙り込んでいる。

 と、十数秒の逡巡を経てようやく、魔王さまの琥珀色の瞳がこちらを見た。

 

「わらわは今から、おぬしに衝撃の事実を伝える」

「はい」

「……泣き叫んで、恐怖するだろう。あるいは、正気を失うかもしれぬ」

「それは、内容によるかと」

「うむ……あくまでも真実を受け止める覚悟か。人間とはいえ、その在り様は実にあっぱれ。褒めて遣わすぞ」

 どうやら、おれが泣き叫んで恐怖するのはこの幼女の中で確定事項らしい。とはいえ、話を焦らされるのはあまり好きではない。おれは、魔王さまに先を促した。

「単刀直入にお願いします」

「ふふ……いいだろう」

 バサッ! と。豪奢なドレスと身にまとうマントを翻して、魔王さまは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと24時間で、わらわは爆発する! そして、世界は終わる! ククク……こわかろう? おそろしかろう?」

 

 

 

 

 

「いやべつに」

「なんでじゃ!?」

「だって知ってますし」

「なぬ!?」

 

 いや、正確に言えばこの世界が滅ぶのを知っていただけで、魔王さまが爆発することは知らなかったが。え? というか、この子が原因なの? この子が爆発して世界が滅ぶの? ほんとに? 

 

「ばかな……人間側にはこの情報は漏れておらぬはず。くっ……、さてはおぬし、人間の帝国が送り込んできた捨て駒だな?」

「ちがいます」

「この城の防御結界を踏破し潜入する、それだけの腕を持ちながら」

「持ってないです」

「刺し違えてでも、わらわの首をとって世界を救おうという魂胆なのだろう?」

「いえ、とくにノー魂胆でここに来ました」

「わらわが言うことを全否定するなぁ!」

 

 ぐぬぬ、と涙目になっている魔王さまを見て、心の奥がきゅんとした。なんだこれは。おばあちゃんちのネコに構ってやっている時みたいな、心の充足を感じる。

 

「というか、普通はビビるじゃろ!? 恐怖するじゃろ!? あと24時間でおぬしは死ぬんじゃぞ!?」

「いや……なんていうか、24時間生きることができるならべつにいいかなって」

「謙虚か!?」

 

 いや、正確には少し違うか。

 ここで目覚めてから。明確に気がついた体の変化が一つだけある。

 視覚だ。おれの視界の右端には、まるで電波時計のように流れる数字がちらついていた。

 

「魔王さま。あと24時間で死ぬ、というのは少し違います」

「なぬ?」

「おれには、あなたが死ぬまでの正確な時間がわかります」

「な、なんじゃと……? ふざけるな! そんなくだらんはったりに、わらわは騙されんぞ!」

 

 女神様に時計をください、とは言ったが。まさかこういう形で時計を持たされるとは思っていなかった。どういう仕組みかは知らなが、視界の右端には、常に時間がはっきりと表示されている。正直、鬱陶しいことこの上ない。

 だが、正確であることには違いない。

 

「いいえ、魔王さま。24時間じゃないんです。世界が滅ぶまで……あなたが爆発するまで、残された正確な時間は、あと23時間12分16秒だ」

 

 秒数まで含んだおれの冷酷な宣告に、魔王さまは息を飲んで固まった。

 

 

 

 

 

 

「なんで出会ったばかりのおぬしなんぞに、わらわの正確な死期をのぞき見されなきゃいかんのじゃバカぁ!」

「あべしっ!?」

 おれは殴られた。

 

 

 

 

 

 

 

 世界が滅ぶまで、あと22時間39分24秒。

 それからさらに細かい話し合いを重ね、魔王さまから詳細な聞き取り調査を行った結果。貴重な時間を30分ほど消費して、以下のようなことがわかった。

 

 ・詳細は省くが、魔王さまはあと24時間で爆発する。

 ・その爆発で世界は確実に滅ぶ。

 ・最期の時くらいは静かに過ごしたいので、城に超強力な結界を張った。

 ・その結界は一度張ってしまうと、魔王さまですら解除できないし壊せない。

 ・なので、この城にいた配下は、雑用に至るまで全て逃がした。

 ・にも関わらず、おれが何故か入ってきた。←今ココ

 

 ということらしい。おーけー、だいたいわかった。

 魔王さまは、大広間の端にちょこんと座ってどこからか持ってきたクッションを抱えている。どうやら、まだ拗ねているらしい。

 

「魔王さま、こわくないからこっちにおいで」

「うるさいわ!」

 

 おれはロリコンじゃない。そして、貧乳好きでもない。そのあたりのことをハッキリ伝えておきかったが、そのあたりのことをハッキリ説明すると殺されてしまいそうなのがネックだ。

 

「急にこの城に押しかけたのは謝ります。でも、おれだって好きでこんなところに来たわけじゃありません。どうせ世界が滅ぶなら、最期の時を少しでも楽しんで過ごしたいんです。それは魔王さまだって、わかるでしょ?」

「……わかった」

 

 じっとりとこちらを値踏みするようにクッションの隙間からこちらを見詰めていた魔王さまは、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ならばおぬし、何かしてみせよ」

 

 はい? 

 

「聞こえなかったのか? 何かせよ、と言ったのだ。正直、防御結界を張ったのは良いが、わらわは退屈しておった。やることがないからの。寝て起きて、しかし特にやることがないから、また寝る。その繰り返しじゃ」

 

 そんな引きこもりのニートみたいな……

 

「おぬしにわらわの最期の静寂を乱されたのは甚だ不愉快じゃが……まあ、おぬしは何故かわらわの死期が見えるようじゃし? 爆発する10分前くらいになったら、離れればいいじゃろう」

 

 そんなキッチンタイマーみたいな……

 

「しかし、それまではやはり暇じゃ。やることもない。故に、じゃ。芸でも小話でも何でもよい。何かおもしろいことをして、わらわを楽しませよ」

 

 そんな雑な芸出しの振りみたいな……

 

「うーん……」

 

 おもしろいこと、か。

 

「一発芸、やります」

「ほう」

 

 おれがそう言うと、魔王さまはクッションを持ったままいそいそと移動して、おれの真正面にあたるソファーにちょんと座った。どうやら、これから繰り出されるおれの一発芸をきちんと真正面から見届けようという配慮らしい。やっぱこの子めっちゃいい子でしょ。

 

「いつでもよいぞ」

「わかりました……では、始めさせていただきます」

 

 ところで、おれの衣服はゆったりとしたTシャツのような長袖のインナーに、シンプルな青色のパーカー。下半身もあっさりとした紺色のチノパンである。この世界で出会ったのが、漆黒のマントとドレスに身を包んだ幼女しかいないので、服装のトレンドがどんな感じなのかはよくわからないが……とりあえず、この世界で浮いた格好ではないらしい。

 さて、まず上着のパーカーを脱ぐ。次に、シャツを着たまま両腕を抜いた。袖の部分から腕が抜けたことで、ひたひらする。これに関しては、インナーのサイズ感がゆったりしていて助かった。Yシャツとかだと、できなかっただろう。

 魔王さまに対して、真正面に仁王立ちし。胸の前で握りこぶしを作って、位置を微調整。これ以上ないほど真剣な表情で、おれは叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「おっぱいボインボイン!」

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 …………ダメか? 

 

「魔王さまと違って! おっぱいボインボイン!」

「は?」

「魔王さまと違って! おっぱい……」

「殺すぞ」

「すいませんでした」

 

 おれは土下座した。腕はおっぱいにしていたので、ガバァ! と頭を床にこすりつけて土下座した。純粋な日本人であるおれが繰り出す、ナチュラルなジャパニーズ土下座だ。世界広しといえども、魔王さまに土下座した日本人はおれくらいだろう。

 がしっと。下げた頭に体重がのった。

 

「なんだおぬし? 今のが芸か? 芸なのか? ふざけておるのか? 22時間待たずに、今ここで消し炭にされたいのか?」

「すいませんでした」

 

 ぐりぐりと。土下座した状態で、幼女に頭を足蹴にされるおれ。まさか転生して2時間で、幼女に土下座を強要されて頭を踏みつけられるとは思いもしなかった。人生、何があるかわからないというが、本当に何があるかわからないものだ。頭の裏で感じる魔王さまの足の裏は柔らかかった。ありがとうございます。

 

「はぁ……もうよい。おぬしのようなバカに、おもしろい出し物を期待したわらわがバカだった。部屋に帰る」

「いやちょっとまってください」

「なんじゃ? 次にまたくだらない出し物をしたら、今度こそ殺すぞ? ついでに、わらわの胸の貧しさをバカにしても殺す」

 

 あ、やっぱり気にしてたんですね。

 しかし、魔王さまに部屋へ戻られるのはちょっと困る。こんな右も左もわからない、何があるかもわからないファンタジー世界のラストダンジョンで、一人っきりになるのはいやだ。なんとしてでも、魔王さまを引き留めなければならない。

 しかし、おれの一発芸がくそつまらないことは、さっき空気をエターナルフォースブリザードして証明してしまった。今度エターナルフォースブリザードしたら、間違いなく死ぬだろう。おれが。とはいえ、さっきのあのネタ以外に、おれは使えそうな一発芸を持っていない。

 

「じゃあ、おれと遊びましょう」

「遊び?」

「ええ。多分魔王さまが知らない遊びを、おれはたくさん知っています。きっと楽しんでいただけるはずです」

「ほう……よかろう。わらわは寛大じゃ。しかし、その遊びとやらがつまらなかったら……今度こそ、おぬしの命はないと思え」

「承知しました」

 

 

 

 

 

 

 

 世界が滅ぶまで、あと21時間21分21秒。

 

 

「「グ────リッコ!」」

 

 くらえぃ! 

 おれはグー。魔王さまはチョキ。

 

「おれの勝ちですね」

「ぐぬぬ……」

「グ、リ、コ、と」

 

 一文字ずつカウントしながら、大股でスキップするように前に進む。ちょうど、ゴール地点の大広間まで戻ってきた。

 

「またおれの勝ちですね」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……もう一回じゃ! もう一回!」

「ハイハイ」

「返事は一回でよいわ!」

「はーい」

「伸ばすな!」

 

 先ほどから延々と、おれと魔王さまはこのゲームで遊んでいた。

 

 グリコ。

 

 おそらく、日本人なら誰もが一度は帰りの通学路でやったことがあるであろう、超メジャーゲーム。身体一つと楽しむ心があれば誰でも簡単に参加できる、素晴らしい遊びだ。じゃんけんをする。勝ったら前に進む。そして、勝った手に応じて、前に進める歩数が決まる。シンプルかつ洗練されたルールである。

 グーなら『グリコ』。

 チョキなら『チョコレート』。

 パーなら『パイナップル』。

 当然、グーよりもチョキやパーで勝った方が進める歩数は多いのだが、それを計算して先ほどのおれのようにグーを出すことで、相手の意表を突くことができる。この高度な駆け引きと心理戦が、グリコというゲームの持ち味だ。

 ゲーム開始前のルール説明では、魔王さまに懇切丁寧に『じゃんけん』のルールからご説明して差し上げたが、「チョコレートはわかる。が、グリコとパイナップルってなんじゃ?」と首を傾げられてしまった。どうやら、この世界にはチョコレートはあってもパイナップルはないらしい。魔王さまが知らない可能性もあるが。これは盲点だった。とはいえ、一流の『グリコスト』たるおれは、グリコのグーを譲る気はない。なので、パーに対応する言葉だけ変えた。

 

「グーリコっ! よし! わらわの勝ちじゃ! バ、イ、ン、バ、イ、ン! ふふ……早速大幅リードじゃな」

 

 全然バインバインじゃないのに一文字一文字はっきりと「バ、イ、ン、バ、イ、ン!」って言いながら前に進む幼女。実に愛い。パじゃなくてバになっているが、細かいことは気にしない。ハは合っているのだから、何でもいいのだ。

 

「なにをニヤニヤしておる! 次じゃ!」

「ハイハイ」

 

 結局、このあとも1時間くらいめっちゃグリコした。

 

 

 

 

 

 世界が滅ぶまで、あと19時間13分42秒。

 

「ええいっ……あのバカめ! 一体どこにかくれおった!」

 

 おれは全力で幼女とかくれんぼしていた。

 このお城はやはりとてつもなく広いらしいので、魔王さまに城の中を軽く案内してもらい、大まかな構造を把握しつつ。魔王さまに「片方が隠れる! 片方が見つける! 終わり!」と超シンプルなルール説明をして。きちんと隠れる範囲を指定した上で、ゲームスタートした。

 はじめる前は「くくく……わらわの庭であるこの城で、そんな勝負を挑んでくるとは。いいじゃろう、赤子の手をひねるように、すぐにでも見つけ出してくれるわ!」と、超ドヤ顔余裕ムーヴをかましていた魔王さまだったが、そんな余裕も今やどこかへときれいさっぱり吹き飛び、漏れ聞こえてくる声には焦燥の色が滲んでいる。

 

「おかしい……目につく場所は全て探したはず……ふざけたバカとはいえ、自分で定めたルールを破るようなヤツだとは思えんし……」

 

 過分な評価に思わずニヤニヤしそうになったが、たしかにおれは交わした約束を必ず守るナイスガイ。ルールは破っていない。

 

「やはり、この部屋か……?」

 

 扉が開く音が聞こえた。かわいらしい足音が、少しずつ近づいてくる。

 

「いやしかし……ここはわらわの寝室。まさか寝室に無遠慮に立ち入るようなことはせんじゃろうし……」

 

 あ、すいませんめっちゃ無遠慮に立ち入って隠れています。もうここしかないと思って率先して魔王さまの寝室に隠れに来ちゃいました。

 かくれんぼの秘訣は、相手の意表を突くことである。かくれやすい場所に身を潜めても、すぐに見つかってしまう。重要なのは、相手の思考を読み、まさかここには隠れないだろう……という場所に身を滑り込ませること。おれはこの手法で、数え切れないかくれんぼを生き抜いてきた。

 

「クローゼット……棚の裏……おらぬおらぬおらぬ! ええぃ! あやつはいったいどこに消えたのだ!」

 

 ふふ……そんなわかりやすい場所に隠れるほど、おれは甘くない。

 おれが隠れたのは、ベッドだ。ベッドの下ではない。そんなエロ本を隠す場所に隠れたら、一発でかーちゃんにバレてしまう。おれが潜り込んだのは、魔王さまのベッド、そのものだ。簡単な話である。魔王さまのベッドは、無駄にめちゃくちゃデカかった。おれが五人並んでも問題ないほどの、キングを超えたベリアルサイズ。ご丁寧にも黒を基調にした天蓋までついており、毛布も掛け布団も有り得ないくらいデカくてふわふわだった。つまり、おれ一人が布団の中に潜り込んだ程度では、バレようがないのだ。

 しかも、おれは体をピーンと張った状態で布団の中央あたりの膨らみに自然に擬態している。もしや魔王さまも、堂々とベッドの中におれが潜り込んでいるとは思うまい。

 ……それにしても。潜り込んだ時から思っていたが、魔王さまのベッド、めちゃくちゃいい匂いがする。すーはーすーはー深呼吸していると、魔王さまのフレグランスが胸いっぱいに広がる。おれはべつに変態ではないが、このベッドに潜り込むのは隠れている背徳感も相まってちょっと癖になりそうだ。くくく……

 がばぁ! と、掛け布団が巻き上げられたのは、その時だった。

 

「……まさか、とは思ったが……」

「……おはようございます?」

「……」

「……見つかっちゃったぁ」

 

 裏声でごまかせると思ったが、おれはベッドから蹴り落とされた。

 

 

 

 

 世界が滅ぶまで、あと18時間24分52秒。

 

「最初はグー! じゃんけん!」

『ポイ!』

「あっち向いて」

『ほい!』

 

 全力であっち向いてほいをした。

 

 

 

 

 世界が滅ぶまで、あと16時間48分31秒。

 

「指すま~! いち!」

「ちぃ……外したか」

「指すまァ! ゼロ」

「ちょ……ま、え!? ゼロってなんじゃゼロって!?」

「ゼロはゼロですよ。はいおれの勝ち~」

「ずるい! 今のなしじゃ! なし!」

 

 全力で指すまをした。

 

 

 

 

 

 世界が滅ぶまで、あと14時間32分11秒。

 

「さあ、どっちか選んでもらいましょうか」

「ぐぬぬ……」

「さっき言った通り『ババ』のカードが残った方が負けですからね」

「ぐぬぬ……」

 

 全力でババ抜きをした。カードはおれが紙を切って絵を書いて作った。

 

 

 

 

 

 世界が滅ぶまで、あと11時間28分55秒。

 

「わらわのターン! スタートステップ! スタンド・アンド・ドロー! メインステップに入る! マナをチャージ! コイツをメインフィールドにサモンして、アタックステップじゃ! わらわの攻撃をその身に受けるがよい!」

「いいでしょう! その攻撃、シールドで受ける!」

「こやつはツイン・ブレイカー! おぬしのシールド、二枚いただくぞ! 次の攻撃で終わりじゃあ!」

「それはどうでしょう?」

「なぬ!?」

「トラップ発動!」

 

 全力でカードゲームした。カードは作った。ルールも作った。ついでに魔王さまの魔術とやらで書いたの実体化してもらった。超楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 世界が滅ぶまで、あと10時間0分0秒。

 

「魔王さま、お腹すきません? メシ食いませんか?」

「メシ……食事か? それなら、倉庫に保存食などがまだ残っておるはずだ。勝手に取ってきて食えばよかろう」

「いや、そうじゃなくて。おれはちゃんとした食事をしたいんですよ、魔王さま」

「ちゃんとした食事?」

 

 もともと、おれはこの世界にきたら適当な店に入って、最後の晩餐を心いくまで楽しむつもりでいた。知らない世界の知らない食事。それだけでワクワクするし、どうせ死ぬならお腹いっぱいで死にたい、というのがおれの希望の一つだ。

 しかし、ここは魔王城。ファミレスや定食屋はもちろん、酒場の一軒すら店舗展開していない。ならば、やることは決まっている。自分で食べる料理は、自分で作るしかないだろう。

 

「むぅ……わらわは、特に食事は好きではない。どうせいつも、一人で食べていたからの」

「食事が好きじゃない? それはもったいないですよ。おいしいご飯は心を豊かにします。おれの主義を押しつけるのもどうかと思いますけど……どうです? せっかくですし、おれのご飯、食べてみませんか?」

「ふん……いいじゃろう。好きにしろ。おぬしの提案にのってやる。で、できたら、教えるがよい。一応、口にはしてやる」

 

 やったぜ。この世界の食材ははじめてだけど……自炊にはそれなりに自信がある。なんとかなるだろう。

 

「腕によりをかけて作りますよ」

 

 世界の滅びまで、あと9時間59分2秒。おれは魔王城で料理をはじめた。

 

 

 

 

 

 そして、3時間後。

 

「魔王さま~。ご飯できたわよ~」

「おそぉい!」

 

 開口一番、怒鳴られた。解せぬ。

 食堂に降りてきた魔王さまは、先ほどのドレスだと食べにくいと考えたのだろう。装飾が減り、動きやすそうなシルクのブラウスとミニスカートに着替えていた。印象がガラリと変わって、この服装もまた大変かわいらしい。

 

「おぬし、ふざけておるのか!? わらわの命のタイムリミットが! 世界滅亡までのタイムリミットが! おぬしには見えているのだろう!?」

 

 これで、ぷりぷり怒っていなければもっとかわいいだろうに。

 

「もちろんみえていますよ」

「おぬし、調理に一体何時間使った!?」

「3時間くらいですね」

「使いすぎじゃあ!」

 

 そうは言われても。慣れない食材ばかりでかなり手探りで調理したし、城に残っている食材もそういいものばかりではなかった。魔王さまが何日前に配下を追い出したかは知らないが、明らかに傷んでいる食材もちらほらと見受けられた。そんな厳しい状況の中、たったの3時間で調理を終えたのだ。むしろ褒めてほしい。

 

「そんなに怒らず、こちらへどうぞ」

 

 テーブルの上に並べた料理は、決して豪勢とはいえない。だけど、手を抜いたつもりはまったくないし、おれの真心を込めたつもりだ。

 

「……これは、本当におぬしが作ったのか?」

「おれ以外に作れる人いないでしょう。この城には今、おれと魔王さましかいないんですから。ほら、食べてみて」

「う、うむ」

 

 ぱくり、と。おれが作ったハンバーグモドキを、魔王さまは口に運んだ。本当に普段から一人で食事をしていたのか。どんなものを食べて生活していたのかはわからないが、フォークとナイフの持ち方すらぎこちない有様で。

 

「……うまい」

「ふふ」

 

 それでも、おれが作ったものを口いっぱいにほおばって笑う姿を見ていると、それだけでこの料理を作るのに3時間かけた甲斐がある、と。そう思った。これは最後の食事。最後の晩餐だ。好きなものを人の目を気にせずに思いっきり食べる。そんな贅沢を、おれは魔王さまに味わってほしかった。

 

「どれどれ……っと」

 

 とりあえず、スープの味をみてみる。うん。味付けやら具材の切り方やら火の入れ方やら、反省すべき点はいろいろあるけれど。この世界ではじめて作った料理にしては、悪くないんじゃないだろうか。惜しむらくは、この反省を活かす機会がもうないことだ。おれにとってはこの料理が、この世界における最初で最後の食事だから。

 パクパク、と。食事を進める魔王さまの手は止まらない。やたら固かった肉をもみ込んでなんとか柔らかくして揚げたトンカツモドキに嚙みついて、目を輝かせる。

 

「うまい。おいしい」

「よかった」

「本当に、うまくておいしい……」

「意味被ってますよ。でもそりゃ、本当によかった」

 

 スプーンでスープをすくいあげて、魔王さまの口へ運ぶ。

 

「こちらもどうぞ。魔王さま」

「むぅ……子ども扱いするでない」

 

 嫌がられるかと思ったが、意外にも魔王さまはそう言っただけで、おれが「あーん」したスープと具を、素直に食べてくれた。これもうまい、と顔が綻ぶ。

 結構な量を用意したので、最悪食べきれないかもしれないと思っていたが、魔王さまがおれの予想をはるかに上回る健啖家だったので、用意した料理は全て胃袋の中に消えた。作った側としては、完食してもらうのも非常に嬉しい。

 

「なんというか、その……うまい食事だった。ありがとう」

「どういたしまして。魔王さまのお口にあったなら、なによりです」

「だから茶化すでないと言うとるに……照れ臭いわ」

 

 食事は、人の心を豊かにする。人を笑顔にする。やっぱりそれは、世界が滅ぶ前でも、変わらないらしい。

 使った食器を片付けて、よくわからない香りのお茶を入れて。ほっと息を吐いて、広い広い大広間の中で、どちらからともなく。自然と寄り添うようにソファーに座った。

 

「魔王さまは」

「うむ」

「なんで爆発するんですか?」

 

 今ならなんとなく。避けてきた質問が聞ける気がした。

 どうして死ぬんですか? とは、聞けなかった。茶化すように、魔王さま自身がそう言っていたように、聞いてみた。そういう風にしか聞くことができなかった、と言い換えてもいい。

 

 

 

 

 

 

 世界が滅ぶまで、4時間42分44秒。

 臆病なおれはようやく、彼女の事情に踏み込む勇気を振り絞った。

 

「……わらわは、この城から出たことがない」

「え?」

「赤子の時から、今に至るまで。ずっとこの城の中で過ごし、育まれてきた。配下の者達はわらわのことをよくしてくれたが……わらわのことを、真の意味で主君と仰ぐ者は、一人もいなかっただろうよ」

 

 実験体、だったのだという。最強の魔王を作るための、器。主君ではなく、力の象徴。闇のシンボルとしての、キメラ。

 その素体に選ばれたのは、魔術の素質を色濃く持つ、一人の少女だった。

 

「来る日も来る日も、わらわは魔力を多分に含んだ魔族の肉を食わせられた。まともな料理……というものを食ったのは、本当にさっきがはじめてじゃ」

 

 むぅ……わらわは、特に食事は好きではない。

 そういうことか、と。頭の冷えた部分で納得する。

 例えるならば、蟲毒の如く。小さく華奢な身体に、濃密な魔力を蓄えさせて、比類なき最強の魔王に仕立て上げる。その計画は、一見うまくいっているかのように思えた。けれど、そんな方法で蓄積された魔力が、正常なものであるはずがなく……限界は訪れた。

 

「わらわの中には、今まで喰ろうてきた数え切れない種類の魔力が渦巻いておる。わらわはその……食いしん坊じゃったからな。食べ過ぎてしまった」

 

 最高の器だ。最強の魔王だ、と。寄ってたかって魔力を注ぎ込み続け、気がついた時にはすでに手遅れだったという。

 

「わらわの中に注ぎ込まれた魔力は、ただの蓄積ではない。数え切れない魔力が化学反応を生んで、いつ暴発してもおかしくない。そういう状態なのだ。配下を逃がした、というのはうそじゃ。逃げられた、というのが正解じゃの」

 

 位の高い、事情に精通している腹心から、我先にと逃げ出した。純粋に魔王さまのことを慕っていた部下も、全て解放したのだという。

 そうして、この城には魔王の少女だけが残った。

 

「わらわを倒すと、その瞬間にわらわの中の魔力が暴発する可能性がある。だから、わらわは自分自身を隔離した。まかり間違っても、人間に倒されぬように、な」

「外に出たいとは、思わなかったの?」

「思わんよ。わらわが外に出れば、それこそ人間にどう扱われるかわからん。何かの拍子にわらわの魔力が暴発すれば、それで終わり。だが、ここで我慢していれば、その分だけ世界が滅びる危険性が減る。この世界に生きるもの全てが、命の猶予を与えれられる」

 

 それは、おれが語ったのと同じ理屈。同じ文法だった。

 たとえ、世界の終わりが見えていたとしても。それでも、一時間、一分、一秒でも長く生きようとするのが、人間なのだと。

 

「だからまぁ……最後の時くらいは静かに過ごそうと思っておったのに。おぬしは無遠慮に転がり込んできおって」

「……タイムリミットの再確認ができて、よかったでしょう?」

「自分の限界くらいはハッキリ把握しているつもりだったがのぅ。おぬしのように完璧に見抜いてくる輩はいなかったから、本当にびっくりしたわ」

 

 ぽん、と。魔王さまは、おれの膝の上にのってきた。

 世界を滅ぼすには、その身体はあまりにも軽い。

 

「で、おぬしはどうなんじゃ?」

「どうって?」

「おぬし、この世界の人間ではないのじゃろ?」

 

 ……驚いた。

 一体、どこまで聡明なのだろうか。この魔王さまは。

 

「わらわは自分のことを話したぞ。おぬしにも話してもらわないと、釣り合いが取れないではないか」

 魔王さまは、そうせがんできたけれど、おれの話は本当につまらない。木端のようにどうでもいい話だ。

 

 

 ただ、車に轢かれかけた人をかばって、死んだ。

 

 

 事実だけを記せば、一行で終わってしまう。そんな、つまらない結末を迎えた人生である。

 

「人を助けて命を落としたのか。立派じゃのぅ」

 

 魔王さまは、そう言ってくれたが。違う。

 信号を無視して突っ込んでくる車体が見えて、何も考えずに前を歩いていた女性を突き飛ばして逃がした。全身を衝撃に貫かれ、気がついた時にはアスファルトの地面を転がっていた。ああ、自分はこのまま死ぬのだ、と確信した。そこで、満足気な笑みを浮かべながら逝ければ、どれほどよかっただろう。

 けれどおれは、助かった人を見た時「どうしておれが」と思ってしまった。

 あの人が助かってよかった、ではなく。朦朧とする意識の中で「どうしておれが死ななければならないのだ」という、どす黒く醜い感情だけが、心を支配していた。赤の他人を助けることを自分で選んだくせに、その選択をした自分自身のことを、なによりも強く恨んでしまった。後悔してしまった。

 

 

 まだ生きたい、と。

 

 

 この世界を生きる人達の、一秒でも長い生存のために。己を犠牲にすることをこの子は選んだ。たった一人を助けた結果、自らの命を取りこぼして。死の間際まで、それを後悔し続けたおれとは違う。

 助けたいから、助けた。そう言えれば、どんなにかっこよかっただろう。

 

「すまなかったの。話したくないことを聞いてしまった」

「それは、おたがいさまでしょ」

「じゃが、少なくともわらわは、おぬしを泣かせるつもりはなかった。あいすまぬ」

「へ……?」

 

 言われて、はじめて気がついた。

 おれは静かに泣いていた。指摘されてようやく自覚できた。なんて、恥ずかしい。

 

「おぬしが来てから、わらわはたくさん笑わせてもらった。笑顔をもらった。なのに、おぬしを泣かせてしまうとは……わらわはつくづくダメな魔王じゃのう」

「そんな、ことは……」

 

 目をこすって涙を拭う。こんな顔を、この子に見せるわけにはいかない。思わず、顔を下げて俯いた。

 

「顔を上げよ」

 

 だが、傲慢な魔王さまは、おれが下を向くことを許してくれなかった。

 

「おぬしは、わらわと自分を比べて勝手に自己嫌悪に陥っているようじゃが……うむ。それは無理もない。わらわは魔王じゃからの。そこらへんの人間とは、成すことのスケールが違う」

 

 ない胸を張って、ふんす、と。鼻息荒く魔王さまは笑った。

 

「おぬしに問う。わらわに残された、正確な時間を答えよ」

「……あと、3時間58分11秒、です」

「ふむ」

 

 魔王さまは、その小さく華奢な手で、おれの肩を握った。

 

「わらわは、あと3時間58分で死ぬ」

 

 明確に、死ぬ、と。彼女は言った。

 

「わらわは、あと3時間58分で、世界を滅ぼす。この世界に生きとし生けるもの、全てを殺す」

 

 単純に、殺す、と。彼女は呟いた。

 

「それは……魔王さまのせいじゃなくて……どうにもならないことで」

「そう、わらわにはどうにもならないことじゃ。だから、静かにここで、一人っきりで滅びの時を待っておった」

 

 肩に込められた力が、痛い。

 

「おぬしは大した男じゃ。己の命を犠牲にして、他の命を助けた。訪れる結果を待つことしかできなかった、先延ばしにすることしかできなかった……この世界を滅ぼすことしかできないわらわとは違う。すごい男じゃ」

 

 小さなてのひらに込められた、思いが痛い。

 

「でもおれは……それを後悔して、未練をもって……」

「後悔をした、ということは。まだ生きたいとしがみついたということは。おぬしが、おぬしの世界を精一杯生きた証に他ならぬ」

 

 生きた証。その一言に、はっとした。

 

「だから、顔を上げよ。胸を張るがよい。おぬしは、わらわに世界のおもしろさを。その一端を、教えてくれたのだから」

 

 顎を、掴まれた。無理やり、上を向かされる。

 本当に強引で傲慢で、わがままな魔王さまだと思った。

 

「だからこそ、わらわはおぬしを恨むぞ」

 

 優しく微笑んで、けれど紡がれる言葉が止まらない。

 

「わらわの世界は、この城の中だけじゃった。世界の形など、漏れ聞こえてくる噂だけでしか知らなかった。小さい頃に読み聞かされた物語と同じ、ただの空想に過ぎなかった。空虚な義務感だけで、この城に引きこもって、力を押さえ込んでおった」

 

 そう。魔王さまにとっての世界は、きっとこの城の中だけで。

 

「だが、おぬしがそれを、形ある現実に変えてくれた」

 

 おれにとっての『この世界』も、魔王さまだけだった。

 

「最後の24時間。わらわは遊ぶことの楽しさを知った。負けることの悔しさを知った。知恵を働かせるおもしろさを知った。そして、食べることは幸せなのだと実感できた」

 

 たった24時間。1440分。86400秒。限られた時間の中で行った交流は、おれの予想以上に、目の前の少女の心を溶かしていたようで。

 

 

「わらわは、生きることの素晴らしさを知ってしまった」

 

 

 そこで、ようやく。

 涙を堪えておれを勇気づけてくれていた、小さな女の子の我慢は限界を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

「このバカものめ……せっかく、覚悟を決めていたのに。死にたく、なくなってしまったではないかぁ……」

 

 

 

 

 世界が滅ぶまで、3時間56分3秒。

 おれは、魔王と呼ばれた少女を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、正確な時間をカウントする気にはなれなかった。

 時間を見て告げる、その数秒が惜しかった。その数秒を、相手との会話にあてたかった。

 とりとめのないことを、ただダラダラと語った。

 思いついたことを、そのまま言葉にした。

 相手から返ってくる、言葉の一つ一つが楽しくて。

 最初は細かく気にしていた残り時間を、なるべく意識から締め出すように心がけた。

 身体が熱い、と。魔王さまが言い出したので、彼女の身体をベッドに寝かせた。

 

「なんじゃろ……ダルくなってきたの。それに、熱い」

「大丈夫ですよ。ここにいますから」

「もっと近う寄れ」

「いや、充分近いでしょ。これ。ていうか、これ以上近づくとなると、それもうベッドの上にあがるしかないんですけど……」

「だからそう言っておるのじゃ。このたわけめ」

「え」

 

 まさか。

 世界が滅ぶその瞬間に、幼女と添い寝することになるなんて、誰が想像できるだろう。少なくとも、おれは想像できなかった。

 

「……あと、何分じゃ」

「教えませんよ」

「意地が悪いの」

「なんです? 24時間一緒に過ごしていたのに、まだおれの意地の悪さに気がついていなかったんですか?」

「さっきはワンワン泣いておったくせに、すぐに減らず口が戻ったのぅ」

「立ち直りが早いのが、おれの美徳なので」

「ほざけ」

 

 ベッドの中で、手を繋ぐ。指を絡める。

 最初に、おれの頬に触れた冷たい指先は、今は何かを孕んでいるかのように、熱かった。

 

「おぬしの手、あったかいの」

「魔王さまの手の方が熱いですよ?」

「そうか? なんなら、今度はわらわの方から抱きしめてやろうか? 底冷えするような死の恐怖が、少しは和らぐかもしれんぞ」

「その貧しい胸にドキドキはしませんよ」

「ぶっ殺すぞ」

 

 そういえば、次に胸をバカにしたら殺す、って言っていたっけ。

 

「大丈夫ですよ。どっちにしろ、そろそろ時間ですから」

「む……そうか」

「抱きしめてあげましょうか?」

「断る」

 

 息遣いが聞こえる。琥珀色の瞳が、おれだけを写している。

 

「おぬしの顔を見て、最後まで生きたい」

「……仰せのままに」

 

 やはり、おれがこの世界で生きた24時間は、彼女だけのものだった。

 それだけでいいと思った。

 逝きたい、ではなく。最後まで生きたい、と言う彼女の傍で世界の終わりを迎えることを、おれはなによりも誇りに思う。

 

 

 

 世界は広く、人生は果てしない。

 だけど単純でバカなおれは、たった一人の女の子と出会っただけで、この世界でもっと生きてみたい、と思ってしまった。

 それは、この小さな女の子が、自分が滅ぼす世界を、一時間、一分、一秒、ほんの少しでも、存続させようと努力していたからに他ならない。城の外に出たことがないのに、もっと他人を、世界を恨んでいいはずなのに。見たことすらない世界を、女の子は美しいと信じて疑わなかった。

 おれが伝えた世界の断片を、美しいと言ってくれた。

 そして、それはおれも同じなのだと思う。考えるよりも先に体が動いて、人を助けて、けれど自分は死んで。その意味と、自分が助けたものの大きさを正しく認識する前に。おれは間違いなく、この世界でもっと生きたい、と。心から叫んでいた。

 言葉がうまくまとまらない。だが、これだけは胸を張って言える。

 きっと。今、この瞬間。おれがしたいことは。あの時と同じなのだ。

 

 

 

 目の前にある、この命を助けたい。

 

 

 

 

 身体の奥が、あつくなる感覚があった。視界の中の時計の数字が、ゼロを示した。

 

 

 

 

 

 そして、世界は滅んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこは青空だった。

 一面の青い空。周囲には、きっと城だったものの残骸。爆心地には、おれと……多分、魔王ではなくなった女の子がもう一人。周囲には、城の残骸らしきものが散らばっていたが、破壊の跡は精々その程度であり。

 おれが見上げる空はしっかりと、世界の健在を示していた。

 

「……空じゃ」

「……空ですね」

「なんか、生きておるんじゃが」

「生きてますね」

「なんでじゃ?」

「さあ? でも魔王さまの生存はこのおれが保証しますよ。残念でしたね。ここは地獄じゃありません」

「ふむ……おぬしがわらわの生存を肯定してくれるということは……たしかに、ここは地獄ではないのだろうよ」

 

 上半身を起こしたおれの膝の上に、ぽすん、と。魔王さまは頭を預けた。膝枕だ。

 

「おぬし、何か心当たりはないのか?」

「そう言われても……あ」

「ん?」

 そういえば、すっかり忘れていたが。

 

 『キスした相手の力を得る能力』。

 おれと魔王さまは、世界が終わる瞬間までプラトニックな関係だった。命に代えても、これだけは断言できる。だがしかし、おれが受け取ったあの力が、普通のキスだけでなく……『間接キス』でも有効だったとしたら? 具体的には、スープを「あーん」した時のあれが原因で、魔王さまの力がおれにも移っていたとしたら? 

 

「……ふむ。なるほど。おぬしの与太話を信じるとすれば……たしかに、辻褄は合う。これはあくまでもわらわの推測じゃが、わらわの魔力とおぬしの魔力。この二つが体外に放出され、爆発的なエネルギーを生む前に共鳴、相殺。城の周囲を爆裂させる程度の破壊に留まったのじゃろう。多分、きっと」

 

 相変わらずなにを言っているかよくわからなかったが、なんとなくおれ達が助かったことだけはわかった。

 そういえば、食事をしてから魔王さまの体調と同期して、妙に体が熱かった気がする。

 魔王さまを救いたい……という感情の昂ぶりが、魔王さまから得た力をそのまま魔王さま本人にぶつけることで。結果的に、相殺した。そういうことでいいのだろう、きっと。

 まあ、小難しい理屈はどうでもいい。

 ただ、おれが今嬉しいのは、目の前にある結果だ。

 

 よかった。

 おれが生きていてよかった、という意味ではない。

 ただ、目の前で涙目になっている、

 

 

 

「おぬしが、生きていてくれて、よかった」

 この子が、生きていてくれて、よかった。

 

 

 

「これが空か」

「そうです」

「これが世界か」

「そうですね」

「ふふ……これは参った。いざ目にしてみると、実感が沸かん」

「それでいいと思いますよ? 魔王さまの世界は、一度滅んだんですから」

 

 そう。彼女を閉じ込めていた、彼女の世界は、一度滅んだ。全てがはじまるのは、ここからだ。

 頭を上げて、立ち上がる。黒髪が陽の光を受けて、艶やかに輝いた。

 

「一緒にきてくれ。おぬしと、この世界をみたい」

 

 差し出された手を、跪いて受け取る。

 

「仰せのままに」

 

 時間はたっぷりある。24時間なんて、ケチ臭いことは言わない。おれの人生、残りの全てをかけて、この世界をみてまわってやろう。

 多少、格好をつけたくなって。おれはその小さな手のひらに、薄く口づけをした。これくらいは許されるだろう、と思っていたのだが。

 

「……このバカものめが。顔を上げよ、とあれほど言ったであろうに」

「へ?」

 

 抵抗する間はなかった。

 強引に顎を掴まれ、引き上げられ、口づけされた。

 たっぷりと。互いの体の熱の余韻が移るまで、十数秒。

 

「キスした相手の力を得る能力、だったか」

 

 にっと。赤い唇の間から覗く、白い歯が眩しい。

 

「これで、世界を楽しむおぬしの心は、わらわのものじゃ!」

 

 ……やれやれ。

 本当に強引で傲慢で、わがままで。かわいい女の子だ。

 

「さあ、行くぞ!」

「ハイハイ」

「返事は一回でよいわ!」

「はーい」

「伸ばすな!」

 

 

 

 何も知らない二人で行く、未知の世界。けれど、不安はない。

 

 楽しむ心と笑顔があれば。

 世界は、いつだって美しい。


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