これ、特異点前に投稿しとけばよかったですね。
ベンチは赤サビとペンキのコントラストだ。ザラザラするのを手で撫でてからペンキの上に座る。
喫煙所みたいな体をしているベンチふたつと灰皿だ。グリフィン基地の裏手、たまに車両が通るこれまたサビたゲートを横目に、目の前に広がるのはフェンス越しの疲れ切った世界。フェンスのすぐ向こうは道路だけど人が歩いているのをあたしは見たことがない。
あたしはここが好きだ。一匹狼を気取るつもりはないけど、誰にも邪魔されず、何もしなくていい空間だから。
灰皿は砂ぼこりにまみれている。中を見てみるとあたしが吸う以外の吸い殻も入ってるからたまに誰か来るんだろう。タバコに火をつけて、ひと息。
なぜか、戦術人形にもタバコを好む機能がついている。煙を胸の奥まで吸い込むと酩酊する。こんな機能、必要なのかな。あたしだけじゃなくて、きっとみんな何かしら考えてるんだと思う。こんなの必要なのかなって。そもそも、人形に感情が必要なのかな、なんて考えてる娘もいるかも。たぶん。
煙をふかして遊んでみる。何かの映像みたいに綺麗に飛んでいくでもなく、空気に混じって掻き消えるだけ。儚いな、なんて感傷的になると口煩い同僚にどうでもいいお小言を言われるんだ。うう、ひとりでいたいのに。考えなきゃよかった。
煙で416の顔をかき消そうと思って、むせるまで煙を吸い込んだ。……むせた。誰もいないところでひとりでタバコを吸って、むせて、同僚を……ほんのちょっとだけイヤな同僚を思い出して、こんなんじゃあたしバカみたいだ。
「よぉ、404のちっちゃいやつ」
「げげ」
足音と気配はしていた。タイミングのいい来客だと思ったらM16A1だ。あたしは別にどうとも思わないんだけど、仲良くするとあたしまで416にすごい目を向けられる。
「なあに、バレやしないさ」
16はあたしのと同じタバコを顔の横にかかげてみせた。売店で買える2番目に安い銘柄の、いちばん強いやつ。2つあるベンチ、灰皿を挟んで反対側に、16はどっかりと座り込んだ。
クロムメッキのオイルライターが放つ金属音とタバコをくわえる横顔。最初のひと口、煙を吐き出すとあたしに目線をよこした。
「見とれてたのか? お嬢ちゃん」
なんていうか、憎たらしい。キザなセリフも、全部が全部絵になる雰囲気も。でも、見とれてたんだと思う。
「別に」
伸びきった灰を落として、そのままひねりつぶした。疲れた世界に目線を戻して、もう1本。
「なんであたしたち、タバコなんか吸うんだろうね」
「人間連中もそう思ってるさ。煙吸って、少しだけ気分がよくなって、それが楽しいのかわからなくなることもあるんじゃないか」
16と同時に汚れた空気を吐いた。
「質問には答えてくれないんだね」
「じゃあ、こうしよう。煙吸って、少しだけ気分がよくなって、それが楽しいからタバコを吸う。どうだ」
ため息。
「416が16を嫌いな理由が少しだけわかったかな」
「おう、嫌いにならないでくれよ」
もう1回、大きく息をついて、ベンチに深く身を預けた。
「人間も、私たち人形がタバコを吸った方が嬉しかったんだろ。私はそう思いたくもないが、人間様のことだ、きっとそれだけのことさ」
「あたしだってそんなのやだよ」
横顔が悲しげだ。もっとも、16はいつもこんな感じだと思う。あたしと同時に灰皿に手を伸ばした。目が合うと申し訳なさそうな笑顔。
16はもう1本吸うか迷ってるみたいだ。あたしだってそう。もう1本吸う必要があるのかな?
結局16は立つらしい。あたしは残念だった。ちょっとだけ。
「ねぼすけちゃん、こんなところで寝るんじゃないぞ。こわぁい同僚がいるんだろ?」
「あたしだって寝る場所くらい選ぶよ。……たぶん」
ああ憎たらしい憎たらしい。16は本当にいい人だ。
「じゃあな、G11。また話せるといいな」
ドキッとした。名前を呼ばれるのは緊張するけど、いつもとはまた違う感じ。
「16は本当に憎たらしいよ」
返事の代わりに手だけ振る後ろ姿にまで、見とれてしまいそうな危険な雰囲気を感じる。
16の捨てた吸い殻に小さな火種が残っていた。
次のタバコに火をつけた。これを吸うのはちょっと気分をよくするため。きっと楽しいんじゃないかな。