シュークリームとは中が空洞になるように焼き、その中にカスタードクリームなどを入れて作る洋菓子の一種である。
フランス語でキャベツを意味するシューと英語のクリームを合わせて作られた和製外来語であり、海外だとこの名前では通じない。
1760年に完成され日本に渡ってきたのは幕末、一般家庭に普及したのは冷蔵庫が広がった昭和30年ごろである。

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世界が滅びる24時間前にシュークリームが食べたいと俺は答えた

 とある学校の新聞部。

 昔から存在しているこの部は学校の伝統ある部活動の一つに数えられている。

 ちゃんとした部室も作られていて中には冷蔵庫や空調も備え付けられており設備も充実している。

 活動も定期的に学校新聞を出しており教師からの覚えもいい。

 そんな良いところしかない新聞部は当然人気も高く、そこそこの人数が在籍していた。

 

 部員の数が多くてもこの部屋にいるのは今二人しかいないんだけどな! 

 

 そんな新聞部だがオフシーズンということもあり最近部室に寄る人は少なくなっていた。

 

「ねぇ世界が後24時間で滅びるって言われたらどうする?」

 

 そう声をかけてきたのは黒い髪をボブカットに整えている同い年の女子である。

 名前は雲居真琴。

 学力優秀、運動もかなりできるという文武両道っぷり。

 それでいて慣れないと喋るだけで緊張するぐらいには美人だ。

 あまり思い出したくはないが実際にこの部活に入りたての時期ですら噂になっていた為緊張していた過去があったりする。

 それでいて人当たりも良いので他の生徒からの受けもめちゃくちゃよく学校で人気1、2を争う生徒だ。

 

「いきなり唐突だなぁ」

「まぁまぁ気軽に答えてよ」

 

 そう言って彼女はにひひと軽く笑う。

 

 彼女がこうやっていきなり変な話題を投げることは珍しくない。

 その為最初は混乱していたが今は慣れたものである。

 それにしても世界が後24時間で滅びる、ね。

 慣れたとはいえ即答しづらい議題である。

 

「んーそうだな」

 

 チラッと彼女の方を見ればどうやら考えてるこちらの姿を見て楽しんでいる模様。

 慣れたとはいえ美人に見つめられるのは落ち着かない。

 

美味しいもの(シュークリーム)一杯食べるんじゃないか?」

 

 取りあえず頭に浮かんだことを言ってみるが

 

「えーつまんない」

 

 ぶーぶーと文句を言っていることから察するに不評なようだ。

 

「折角正義(せいぎ)って言う名前してるんだから面白い答え出してよー」

「ま・さ・よ・しだ! 下の名前でからかうのやめろよな!」

 

 文句を付けるのにかこつけてからかってきやがったぞこいつ。

 キラキラとした名前なわけではないが子供にとってはからかいやすい名前である。

 ガキの頃はよく弄られた思い出の名前である。

 あいつら許さねぇ……! 

 

「じゃあどんな答えなら満足するんだよ……」

 

 

「そうだねー」

 

 少し考えた後彼女がおもむろに立ち上がる。

 嫌な予感がする。

 何か、こうしょうもない事をやらかす様な……

 

「みんなは気楽でいいよなぁ、いつも通りの日常を過ごせるんだから」

 

 これはまさか

 

「ったく、阻止する私の身にもなれっての。ま、できるのは私だけだし仕方ないか。さーて世界救っちゃいますか」

 

 そのまま何か大きい物を肩に担ぐ様な仕草をしながらのたまうそれは

 

「月夜に大剣を煌めかして消えるんじゃねぇよ!」

 

 某有名なコピペの再現だった。

 

「やってくれないからやってあげたのに怒るなんて……」

「誰も! そんな事! 求めてねぇよ!」

 

「そんなに強く言わなくてもいいじゃん…………」

 

 冗談だと分かる軽い抗議ではなく普通に拗ねてる様子。

 いつもならこれくらいのやりとりは笑って済ませるので今の反応は流石に困惑する。

 あれか? 俺は距離感が掴めないコミュ障か? 

 取り敢えず謝っとこ。

 

「いやごめん。流石に強く言いすぎた」

「……やってくれたら許してあげる」

「やらないからなっ!」

 

 こいつ……! 

 

 元の明るい感じに戻っている。

 何というか今日はいつもと調子が悪いのか会話していてさらに疲労感が強い。

 

 女の子の日? とか流石に聞くのはまずいよな、うん。

 やめとこやめとこ。

 

 とはいえここでやらないとこの流れ終わりそうにないしな……。

 やるか……? いや流石に恥ずかしいしなぁ……。

 

「そうだなー真琴って呼んでくれたら許すかもなー」

「くっ……!」

 

頭の中で同級生女子の下の名前呼びと闇夜に大剣を煌めかすことを天秤に乗せる。

長さを考えると圧倒的に真琴呼びである。

正直やれるかと言えば無理だ無理。俺にはそんな度胸はない。

でもコピペの方も大概イタいし長い。

更に棒読みでやると抗議が入ってやり直しを要求される未来が見える。

必要な度胸で取るか長さで取るか……

 

「ぐぬぬぬ……」

「ほら早く!こっちの準備は出来てるよ!」

 

待つのに飽きたのか声を掛けてくる雲居の手にはスマホ

 

「そのスマホで何をする気だ!」

「私たち新聞部だよ?」

「やかましいわ!録音するなら絶対やらないからなっ!」

「ちぇっ、つまんないの。……ほら、しまったよ」

 

言いながら両手を上げスマホを持ってないことをアピールしてきた。

 

「さ、はやくはやく」

 

ぐぬぅ……

 

「ま・こ・との3文字を読むだけで良いんだよ」

 

「だーーーくそ!!!」

 

腹を括る

 

「みんなは気楽でいいよなぁ!いつも通りの日常を過ごせるんだからっ!ったく、阻止する私の身にもなれっての。ま、できるのは俺だけだし仕方ないか。さーて世界救っちゃいますか」

 

後で文句を言われても困るのできっちりポーズもつけてやる。

頑張れ俺!この一回で終わらせるんだ!

 

終わらせた後雲居の方を見てみるとノーリアクションだった。

 

「…………」

「…………」

 

え、何この空気死にたくなるんだけど。

え、振ってきたのはそっちじゃないの?

新しいいじめかなんかで?

 

「はい終了!終わり!閉廷!解散!」

 

声を上げて無理やりにでもこの部屋の空気を変えろ!

無言とか止めろよな!

 

「あのさぁ……人に無茶振りするなら何かしらのリアクションをとってくれ」

「……下の名前で読んで欲しかったな」

「んぐっ!?」

 

「…………」

「…………」

 

え、どういう事?そういう事か?

いやそんな訳ないだろ。自惚れるなよ正義。

相手はあの学年随一の美少女だぞ。

それに何よりこの女の事だから絶対今の俺の反応を楽しんでるとかだろ。

落ち着いてけ。

会話を続けろ。

 

「そ、そういえば何で正義の味方はこっそり世界を守ってるんだろうな?」

「…………」

 

俺はこの空気に耐えれない……!

 

「は、話の続きをしようぜ、な?」

「…………」

 

これで頷かれなかったら土下座でもしよう。

 

「後生だからさ頼むよ。なぁこの空気は辛いんだよ」

「…………いいよ」

 

自分が大きく息を吐いたのを感じる。

はぁ……疲れた。

冷蔵庫に置いてあるシュークリームが食べたい。

 

「よくあるのは社会が混乱するからとかじゃない?」

「そんな事に実際なるのか?多少混乱は怒るだろうけどみんながみんなそうなるとはちょっと信じられないぞ。良識ある大人だぞ?」

 

前から疑問に思っていた事を聞いてみる。

学校の先生と言った優しい大人が豹変するとはにわかには信じがたい。

 

「んーそうだなぁ。世の中には心から優しい人もいれば他の人によく見られたいから優しい人も居るでしょ?」

「そりゃそうだな。誰だって他の人から尊敬されたい」

「でもって世界が滅びるなら今何しても構わないって人が沢山出てくるわけよ。」

 

なるほど。

 

「だから普段から優しい人でも警戒しとかないと……」

 

雲居の説明が分かりやすい。

頭がいい奴は説明も上手いとかよく言われるが改めて実感する。

 

「はっ!?もしかして私も君に襲われちゃう!?」

 

唐突な発言から今の考えを思ったわず否定しそうになる。

こいつやっぱりバカでしょ。

キャーと言いながら自分の身体を抱きしめる姿を見て強くそう思う。

 

「襲わないからなッ!!!」

「ほんとにぃ〜?」

 

そう言いながら自分の胸を強調しだすバカ。

ただでさえ制服の上からでも分かる胸が強調された事で思わず視線がいきそうになる。

 

「ほらほらぁ〜」

 

そのまま今度はポージングを変えて自分のスタイルを惜しみなく披露していく。

制服を着ている状態で行っているためこっちもいかがわしい気持ちに

 

 

はならない。

この手の色仕掛けによるからかいは入部したての頃にすでに通っている!

思い出せこの流れの時の着地点を!

男子高校生が喜ぶことは起こらないことを!

 

故に今この場において問題なのは誰かにこの状況を見られることである。

学生生活が終わってしまう……!

 

「今すぐやめろ……他の奴がこの状況見たらどう思うか分かるか?」

「え、私が襲われそう」

「ちげぇよ!お前が襲ってるんだよっ!」

 

もーしょうがないなーと言いつつもこの流れをきる事に同意してくれる。

 

「はぁ……なんの話してたっけ……」

「世界が滅びる前に何したい?」

「つーか俺の答えに文句を言うならお前は何したいんだよ」

 

面白い返ししてくれるんだろうなー?

 

「私?私はそうだな。……好きな人と一緒に過ごしたいかな」

 

は……?

こいつに好きな人……?

 

「可哀そうに」

 

思わずまだ見ぬ男に合掌してしまう。

この女と付き合うやつはさぞかし気苦労が絶えないことが予想される。

是非とも俺の分まで請け負って楽にさせてくれ。

 

「可哀そうにってどういう事かな?」

「HAHAHA」

「笑ってごまかすなっ!」

「ちょっ……待てっ!」

 

ぎゃーぎゃー言いながら襲い掛かってきた雲居とそれを止める俺の二人で部室の中でもみくちゃになる。

 

「……待ってやばいやばい。倒れるからストップ!ストップ!……あ」

 

最初は耐えていたがすぐにバランスを崩してしまう。

自分の視界が斜めになっていることから倒れかかっていることを自覚する。

雲居を下にするのだけは避けないと……!

その一心で必死に体を動かす。

 

「っ~~~~!」

 

クソ痛い。

直ぐにやってきた衝撃に思わずうめき声をあげる。

視界がチカチカして上手く見えない。

自分の体の上にもう一人乗っているのが分かる。どうにかかばえただろうか。

 

「痛てぇ……。おい大丈夫か」

「あぁ……うん。大丈夫」

「よかった……」

 

どうやらちゃんとかばえたようだ。

かばえることに成功したと分かってからだから力が抜ける。

 

「そっちこそケガとかない?」

 

もつれた状態で倒れたからか端正な顔が視界いっぱいに広がっていた。

栗色の目の中に自分が写りこんでいる。

思わず形の整った唇に目が行くのはしょうがないだろう。

何かに悩んでいるのか少し陰っている表情がどうしようもなく印象に残る。

 

学年トップクラスの美貌に完全に圧倒されていた。

 

「こ、これくらいなら平気さ」

 

「…………」

「…………」

 

気まずい沈黙が再び部屋の中に満ちる。

上に乗っかられている状態で動きが止まっているためこちらからどうすることもできない。

 

まるで時間が止まったからのような沈黙。

それが今の状態だった。

 

「どうしたんだよ今日、何か悩んでるのか?さっきから様子がおかしいぞ。何か」

 

今日ずっと気になっていた。

いつもと違うテンション、謎の情緒不安定さは何かあるのは間違いが無かった。

 

それでも聞かなかったのは自分から踏み込むのが怖かったわけで。

 

だけど

 

今見た表情はそんなちんけな恐怖を乗り越えて聞こうと思うくらいに悲しげだった。

 

「あーーわかっちゃう?」

 

あははと弱く照れ隠しの笑みを浮かべる雲居。

 

「あのさ……私、実はね……」

 

これから言う事に対して迷っているのかいつもの数倍歯切れが悪い。

さっきまでの表情とは違うどこか勇気を出している表情は普段は見ることのないもので新鮮に思える。

 

うん???

何だこの流れ???

もしかして告白イベ???

 

え、ついに春が俺にも到来する感じですか???

できるならもっとまともな女子が良かったな……いやでも顔は最高だしなコイツ。

 

「冷蔵庫にあるシュークリーム食べちゃった♡」

 

ナニヲイッテルンダコイツ

 

「はぁぁぁあああああ!!??」

 

告白じゃなかった悲しみがすぐに怒りによって塗り替えられる。

 

「待てよお前!ふざけんなよ!」

 

強引に抜け出して冷蔵庫に向かってダッシュ!

今言ったのが本当なら許しておけねぇ……!

 

冷蔵庫の中を開けると中に入っているのは共有の備品であるお茶、他の奴が置いてるエナドリ、そして

 

 

俺が楽しみに置いておいたシュークリームである。

 

 

「なんだあるじゃん。おいどういう事だよ?」

 

問いただすために振り返るとそこには誰もいなかった。

 

 

♦ ♦ ♦ 

 

「はぁ……」

 

校門に向かって歩きながらため息を吐いているのはさっきまで新聞部の部室にいた少女だった。

そのまま学校の外に出ると一台の車が止まる。

車の窓が開き中から厳つい顔をした外国人が声をかけてくる。

それに気づいた少女はそのまま車に乗り込む。

 

「よぉマコト、元気してるか?」

「……何でここにいるのデンドロビウム」

「アネモネにお前を迎えに行くよう言われてな。心残りは済んだか?」

「世界は私が滅ぼさせない」

「ははん、さては告白失敗したな。全く普段は勇敢なのにこういう事だけチキンなんだから困ったもんだぜ」

「うるさい」

「まぁ頼もしい限りだ。頼りにしてるぜゲンティウス。」

「さーて世界救っちゃいますか、なんてね」

 

 



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