真実《プラウダ》の女王陛下   作:伊藤 薫

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「《女帝》の調子はどう?」サーシャは言った。

「バッチシ」

「そういえば、砲手はマリアがやるの?」

 マリアはうなづいた。サーシャの疑問は《同志》が補足してくれた。T34/85の乗員は5名である。人手不足でもない限り車長と砲手を兼ねる必要はない。プラウダには補欠の選手が大勢いるが、マリアはあえて以前と同じように砲手を兼任した。

「どうして?」

「自分自身で獲物をしとめないと気が済まない質なの」

「相手が《ティーガー》だから?」

「それもあるわね」

 2人は戦車のエンジン部分で攻勢の開始前に受領した地図を検討した。

「進撃ルート通り進んだら、ここが私たちの死に場所になるのかしら」

 サーシャが示したのは進撃ルートの先に広がる平原だった。平原は黒森峰の陣地から正面に当たってしまう。黒森峰にいるはずの《ティーガー》なら平原で何千メートル先からプラウダのT34を射抜くことが出来る。

「そうかもしれないわね・・・」

 夜明け前、2人は司令部に出頭した。最後の作戦会議に出席するためだった。

 司令部は物置小屋にあった。室内は屋根から吊るしたランタンで照らされている。机の上に地図や重要な地点を示す差し棒などが置いてあった。

 隊長は差し棒で地図上の1点―部隊の停止位置から西に300メートルの地点を指した。

「ここに沼地がある」

「進撃ルートから外れてるわ」

 隊長はマリアの指摘にうなづいた。

「ここを通れることが出来れば、黒森峰の背後に出られる」

 隊員たちは驚いた様子で地図を確認する。

「平原からの攻撃と連携して挟撃できるかも」マリアは言った。

 サーシャはうなづいた。

「問題は沼の深さね。深すぎたら通れないし、挟撃なんて絵に描いた餅になる」

「偵察に行った副隊長の報告によれば」隊長は言った。「見た目はさほど深そうには見えないということだが、なかなか大バクチだ。この沼から進撃して敵の背後を突き刺すドン・キホーテはいないか?」

 隊員たちは顔を見合わせる。下手すれば、戦車もろとも泥の中に沈むだけだ。

「同志隊長」マリアは言った。「アタシとサーシャに行かせてください」

 沈黙が訪れる。

「戦車は1両ずつ沼に進ませます。真正面から《ティーガー》の餌食になるよりも、敵の背後を衝ける可能性がわずかでもあるなら、それに賭けるべきだと思います」

 隊長はマリアの言葉をじっくり吟味した後でこう言った。

「同志マリア、貴官の言う通りだ」

 第3大隊からマリアとサーシャの小隊は本隊より先に移動を開始した。マリアは沼地の浅瀬を選び、対岸までの距離が最も短い地点から小隊を前進させることにした。マリアの小隊からターニャが先鋒を志願した。マリアたちが見守る中、ターニャのT34がゆっくりと沼を前進した。水が履帯の上まで上がって来たが、T34はそのまま対岸にたどり着いた。マリアはホッと息を吐いた。ターニャに続いて、他の戦車も縦列で浅瀬を渡った。

 2個小隊の全車両が無事に沼地の対岸に渡った。1両の損害を出さずに黒森峰の背後を進出することに成功したのである。マリアは隊長に通信を繋げる。

《クイーンよりアルクトス、2個小隊はオマハビーチに取りついたわ》

《アルクトスよりクイーン、了解した。予定通り敵の背中を切り裂いてやれ》

《クイーンよりアルクトス、了解》

 マリアは小隊に対して攻撃を下命する。

《クイーンより小隊各車。攻撃に移れ。眼の前に敵が現れたら、各個撃破すること》

 沼地を越えた先は起伏に富んだ平原が続いていた。その奥に背の高いトウモロコシが茂る広大な畑が広がっている。後方からサーシャの小隊が続いた。数十両のT34が横列に展開しながら、枯れたトウモロコシ畑の中を手さぐりに近い状態でゆっくりと前進した。

《女帝》―T34/85はトウモロコシをへし折りながら自ら先頭を進んだ。畑を出て1本の野道に入る。突然、400メートルほどの左手にⅣ号戦車が現れた。黒森峰もマリアに気づいたらしい。G型特有の補助装甲板付き砲塔がこちらに向かって旋回し始めた。

 マリアはすぐさま命令を下した。

「10時方向に敵!400メートル!徹甲弾、用意して!」

「徹甲弾、装填よし!」アーリャが怒鳴るように報告する。

 マリアは砲塔を左に旋回させる。ラウラが平坦な場所を選んで滑るように《女帝》を停止させる。マリアは瞬時にⅣ号を照準に捉えて発射レバーを引いた。

「発射!」

 炎の塊がⅣ号戦車の装甲に立ち昇った次の瞬間、砲塔から白旗が揚がった。マリアがラウラの首を蹴る。ラウラがギアを入れる。《女帝》は前に弾かれたように走り出してトウモロコシ畑を突進する。

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