《女帝》は30分に渡って黒森峰の戦車を探してトウモロコシ畑をうろついた。
畑は多くのキャタピラによってなぎ倒され、荒れ果てていた。いくつもの黒煙の筋が立ち昇っている。マリアはさらに十数回、発砲した。だがどれも命中させられなかった。黒森峰が背後を衝かれたショックから立ち直ろうとしていた。不意に現れたⅣ号戦車と小競り合いを演じた後、Ⅳ号戦車は撃破した。マリアは全体の戦況がどうなっているのか見当もつかなかった。
ナージャは無線のチャンネルを回した。不意に《女帝》を呼びかける声が聞こえたのだ。
《クイーン、クイーン!こちら、ペンナイフ・・・!》
ペンナイフはターニャのコールサインだった。
「ペンナイフ、こちらクイーン!どうしたの?」
《右前部に直撃!履帯大破、行動不能!敵が見えない!どこから・・・》
無線機から大きいノイズが響いた刹那、通信が途絶えた。
マリアは《女帝》をいったん停車させる。ターニャの戦車が走行していたのは右側。右側に砲塔を回転させるが、姿は見えない。固いブーツでラウラに《女帝》を右に大きな半円を描くように走るように指示を出す。《女帝》が右に旋回する。
ターニャの戦車が見えた。砲塔から白旗が揚がっている。その近くに撃破されたT34が3両。《女帝》はその横を通過した。撃破された車両が同心円上に並んでいる。
「チクショウ」マリアはつぶやいた。
「何です?」ナージャが言った。「どうしたんです?」
マリアは皆に向かって告げた。
「《ティーガー》よ」
マリアは敵の戦車を発見した。T34の残骸から立ちのぼる炎を背景に《ティーガー》のシルエットがくっきりと浮き上がって見えた。砲塔に書かれた車両番号は212。間違いない。去年、先代の《女帝》を粉々に破壊した《ティーガー》。距離は600メートル。マリアは背を屈んで3人にささやいた。
「アタシたちが虎を狩るわよ。みな覚悟はいい?」
3人はうなづいた。その顔に決死の覚悟が滲んでいる。
西住しほは《ティーガー》の車長席に立って戦場を観察していた。隊長から数十分前に陣地の背後をプラウダに衝かれたという報告を受け、《ティーガー》で数両のⅣ号戦車を率いてトウモロコシ畑が広がる眼の前の平原にたどり着いた。
1両のⅣ号戦車が横から離れる。300メートルほど進んで靄の中に今にも姿を消そうとした時、T34/85から戦いを挑まれた。西住は双眼鏡で2両の戦車の戦いを眼で追った。2両はレースに突入した。全速力で畑を横切る。まるで2頭の馬がぶつかりそうになりながら並行して疾走しているようだった。
T34/85の戦車兵は狡猾だった。Ⅳ号戦車を残骸に誘導する。こちらの車長に急旋回と減速をせざるを得なくなった。T34/85は驚くほど素早く停車した。ジャンプしてピタリと動かなくなった次の瞬間、主砲が吠える。プラウダが放った徹甲弾がⅣ号戦車の後部に命中した。煙の柱がまだひとつ、空に灰色の染みを加える。
西住はその戦車から眼を離せなくなった。砲塔にキリル文字が書かれている。「エカチェリーナⅡ世」。去年、プラウダに在籍していた留学生だろうか。河岸に取り残された仲間を救うために果敢に自分の《ティーガー》に挑んでみせた。いまT34/85が円を描くように機動している。《ティーガー》が撃破した数両のT34の脇を通り過ぎた。動作の緩急が鮮やかだった。Ⅳ号戦車との戦闘は見物だったが、今では慎重に動いている。T34/85がこちらを見ている。こちらの《ティーガー》に気づいたのだ。西住は咽頭マイクで砲手を呼んだ。
「砲手、右60度」
巨大な砲塔が旋回する。砲身は全く上を向かない。トウモロコシ畑にある標的は仰角をかける必要がないほど近くにいた。どの標的を撃つにも水平射撃だった。
「敵が見える?」
砲手はすぐに答えなかった。周囲に煙が濃く立ち込めている。
「こちらに向かって旋回してるヤツですか?」砲手は尋ねた。
「そう」
「見えます」
「距離は?」
「600メートル」
「待ちましょう。向こうが撃ってくるのを待って」
西住は近づいてくる戦車を眼で追った。