真実《プラウダ》の女王陛下   作:伊藤 薫

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 敵はいま横腹を見せながら、左に長い距離を猛スピードで走っていた。《ティーガー》の砲塔が回転する。砲手は敵に狙いを定めた。西住は衝撃に備えて身構える。だが、操縦手は敵に正面を向け続けようとして《ティーガー》を動かしてしまった。砲手の狙いが狂う。

「操縦手、何をしてるの!止めなさい!」

 操縦手はギアをニュートラルにした。《ティーガー》は大人しくなった。T34はすでに200メートル以下に接近していた。トウモロコシがまだ立っている一画をジグザグ走行で近づいてくるT34をじっと見つめながら、《ティーガー》の周りで罠をせばめつつある。

 

《女帝》の車速は《ティーガー》が砲塔を旋回させる速さを少し上回っていた。マリアがそうするようにラウラに命じたのである。《ティーガー》の砲塔の旋回率は毎秒6度に過ぎない。《女帝》が高速かつ急接近すれば、敵の車長や砲手は捉えることが出来ないだろう。マリアはそう踏んでいた。案の定、《ティーガー》はその場で足踏みした。

「ナージャ、距離は?」

「230メートル!」

「アーリャ?」

「装填完了!」

「ラウラ!停めて!」

 ラウラが全速力からブレーキをロックする。埃の雲が《女帝》のキャタピラから舞い上がる。ラウラは《女帝》をくるりとスピンさせ、ピタリと停めた。マリアは照準器でがら空きになった《ティーガー》の左側面を捉える。距離は200メートル。外しようがない。

「発射!」

 マリアは発射レバーを引いた。

 T34の85ミリ砲が火を噴いた。対戦車榴弾は《ティーガー》の左側面に命中してキャタピラの中央に備え付けられた転輪を破壊した。《ティーガー》は後ろによろめき、破損した左のキャタピラを軸にして右に旋回する。

 

「砲手!」

「ダメです、間に合いません!」

 最後の瞬間、西住は頭をひっこめた。T34の主砲の発射音と《ティーガー》の側面に砲弾が命中した衝撃音は一つに聞こえた。敵はそれほど接近していた。西住は両手でヘッドホンを抑え、何が起こるのか分からずにただ身を守ろうとした。こんなに近くから敵に撃たれたのは生まれて初めてだった。《ティーガー》は身震いしただけで無事だった。

 西住は再び車長席に立ち上がった。左側面から煙が上がっている。砲手はなおも巨大な主砲を左に旋回させて敵を捕捉しようとしていた。主砲はほとんど背後を向いていたが、敵はすでに姿を消していた。敵はスピードを上げて《ティーガー》の周囲を回る。

「操縦手!さあ動いて!敵を正面から外さないで!」

《ティーガー》の強力なエンジンが唸りを上げる。ギアが噛み合った。戦車がよろめいたような感じがした。何かが左キャタピラで邪魔をしている。

「どうしたの?」西住は咽頭マイクで叫んだ。

「わかりません。転輪に敵弾を食らったのかもしれません。どうしたんでしょう」

 操縦手の声はおろおろしていた。その不安は悪い兆しだった。まるで戦車自体が不安に陥ってしまったようだ。

 T34は《ティーガー》の背後を走り続けた。砲手は懸命に敵を追い続けていたが、敵の敏捷な動きに到底追いつけなかった。西住は車体上面に滑り降りた。機敏にフェンダーを乗り越え、左キャタピラの脇で地面に降り立った。

 中央の転輪が歪んでいる。T34の徹甲弾は転輪の天辺近くに命中していた。転輪の縁をその奥にある二枚重ねの転輪の方に捻じ曲げていた。左側面は爆発で全体が煤けていたが、損害は軽微だった。左のキャタピラが外れないようにするためには、慎重に走らせねばならないだろう。行動は不自由になったが、修理できない程ではない。

 西住は大地を蹴って《ティーガー》の側面をよじ登り、旋回する砲塔を飛び越えた。ハッチに脚を滑りこませ、インターコムに接続する。まだT34は《ティーガー》の戦車砲よりも速く走っていた。西住には分かっていた。T34は今度、右の転輪を破壊するつもりだ。《ティーガー》を完全に動けなくするつもりだ。それから回り込みながら接近して、とどめの一撃を放つ。

「操縦手、左の転輪がやられてる。右のキャタピラだけを後退して旋回させて。砲手」

はい(ヤー)

「敵は反対側のキャタピラも壊すつもりよ。敵を牽制して。走り続けさせるの。絶対に停まらせないで」

《ティーガー》は後ろによろめき、動かない左キャタピラを軸にして右に旋回した。操縦手は戦車砲を旋回装置より速く旋回させた。戦車が突然停まる。西住はキューポラの中で荒っぽく揺さぶられた。あのT34がいた。回転するキャタピラから土を跳ね上げている。T34は《ティーガー》の長い砲身に遅れて走っていた。

「距離は?」

「300メートル」

「命中しなくていいの。今度停まったら1発お見舞いすると教えてあげなさい」

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