真実《プラウダ》の女王陛下   作:伊藤 薫

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 凄まじい轟音が辺り一帯に響いた。《ティーガー》の砲塔にT34の徹甲弾が直撃して大きな火花が咲いた。敵弾は爆発しなかったが、鐘の舌のように前部装甲に激突した。《ティーガー》の車内では衝撃で全員の耳が1分ほど麻痺した。西住が気を取り戻して敵の様子を窺う。車体の後部から炎が上がっていた。西住は咽頭マイクに吹き込んだ。

「砲手、貴方が仕留めたの?」

「いえ、味方です」

 

「前方の約350メートルにいたⅣ号戦車が《女帝》に気づいて、後部の燃料タンクに榴弾を撃ち込んだのだ」《同志》が言った。「後部に被弾した瞬間、マリアたちは衝撃で気を失った」

 意識を取り戻した時、マリアは弾薬箱を収納した床に倒れていた。戦車の後部がしゅうしゅうと音を立てている。焼けた鉄が水とディーゼル燃料をまき散らしていた。マリアは車内に充満する煙ごしにアーリャを手探りする。ぐったりと砲身にもたれかかっていた。ナージャもラウラが気を失っている。

「脱出!」マリアは喘ぎ声で絞り出すように言った。「全員、脱出!」

 マリアは車長用のハッチを開けた。これで煙を外に逃がすことが出来る。他の乗員が呻き声を上げながら、眼を覚ます。マリアがもう一度、脱出を命じる。ようやく乗員たちはそれぞれのハッチから外に這い出る。

 だが、マリアは脱出しなかった。判定装置の白旗はまだ揚がっていない。《女帝》はまだ動ける。独りでどうにか徹甲弾を装填して砲の閉鎖弁を閉める。その時、インターコムに雑音交じりの無線が入る。

《クイーン!こちらサーベル、応答せよ》

 サーベルはサーシャのコールサインだった。

 マリアは喘ぎながら無線に応じる。(ティーガー)を仕留めるためにはサーシャが必要だった。

 

 西住は後退を命じた。

《ティーガー》は速足程度のスピードしか出せなかった。眼の前で燃料タンクから炎を上げているT34/85を一瞥する。ハッチが全て開いている。乗員は脱出したようだった。

 突然、《ティーガー》のそばで土柱が噴き上がる。西住は双眼鏡に眼を当てる。砲煙が立ち込めている戦場で遠くから撃って来た敵を確認する。T34/76。新たに現れた敵は左右に車体を振りながらこちらに接近している。

「砲手!」

「見えてます!」

「距離」

「300メートル。接近中」

「眼を離さないで」

了解(ヤヴォール)

《ティーガー》の砲塔が眼を覚ました。油圧式の旋回装置が巨砲を目標に向けるために甲高い音を立てて動き出した。砲手の声に心配している様子は無かった。砲塔が西住の胸の周りで左右に旋回する。T34/76が土砂をまき上げながら、左に突進する。また左の転輪を狙うつもりだろう。

「操縦手!左の敵に正面を向けて!横に回らせないで!」

《ティーガー》が急停止した。ギアと駆動軸が唸りを上げる。《ティーガー》は前に飛び出した。あまり損傷していない右のキャタピラだけを回して車体を左に旋回する。不意に西住は背中に冷たい感触を覚えて右に眼を向けた。眼に入って来た光景を咄嗟に理解できなかった。あの戦車には誰もいないはずだ。

 T34/85の砲塔がゆっくりと旋回していた。

 

《ティーガー》はサーシャのT34に相対していた。ガラ空きの側面を見せている。ほんの少し左に砲塔を旋回させて、マリアは照準を定める。《ティーガー》の主砲がこちらに旋回し始める。もう遅い。マリアは俯仰ハンドルを回して主砲を目標に合わせる。

さよなら(ダ・スヴィダーニャ)、ティーガー」

 マリアは発射レバーを引いた。

 轟音。徹甲弾が《ティーガー》の車体と砲塔の間に命中した。巨大な戦車が煙と閃光に包まれた。一陣の風がさっと吹いて靄が晴れる。《ティーガー》の車体から白旗が揚がっている。その瞬間、マリアは呆然とした。頭にたまっていた血がすっと下りていったような感じだった。

 後部の燃料タンクが小さな爆発を起こして《女帝》が揺れる。マリアは気を取り直して砲塔に上体を持ち上げた。だが、左脚がハッチにひっかかった。炎が無気味な音を立てて燃料タンクから噴き出している。視界が血のような赤い色で覆われた。マリアは人影を見つけて叫んだ。

「ここから出して!」

「マリアか?!」

「ええ!」

 サーシャとラウラがマリアの両腕を掴んで引っ張り上げた。左脚のブーツを《女帝》の中に残して外に引きずり出された。マリアは意識を失った。最後に覚えているのは炎に包まれた《女帝》が爆発した光景だった。

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