真実《プラウダ》の女王陛下   作:伊藤 薫

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 無線に雑音が混じっていた。小隊長の命令が辛うじて聞こえてくる。

《ベア1より各車、先頭の車両は私がもらう。ベア2は2番目、ベア3は3番目をやれ》

「ベア2よりベア1、了解」

 ベア2の車長―マリアはそう答えた後、無線を車内通話に切り替えた。

「アーリャ、徹甲弾を装填」

 装填手のアーリャは車体の床に屈み込む。床の弾薬庫から徹甲弾を取り出して砲身に装填し、装填口の閉鎖栓を閉じる。

「戦車長、装填完了しました!」

 砲手も兼ねるマリアは電動旋回レバーを押す。76ミリ砲を備えた砲塔が唸りを上げてゆっくりと旋回する。マリアたちが乗るT34/76の砲塔には左側面に白いペンキで「エリザヴェータⅠ世」と書かれている。

 

「当時のプラウダはどの戦車も」《同志》が言った。「砲塔にスローガンが書かれた。《母校の勝利に》とか《タピオカ万歳》とか」

「《タピオカ万歳》?」私は思わず尋ねた。

《同志》は笑った。

「言葉は何でも良かったようだ」

 

 砲塔の中では照準器や計器、戦車砲の閉鎖機も全て左に旋回を始めたが、マリアとアーリャの座席は動かなかった。これはT34の欠点だった。車長と装填手の座席は車体の旋回リングに取り付けられている。そのため砲塔が旋回する度に、2人は回転する砲尾と射撃装置と一緒に動き回らねばならない。マリアは《同志》に対して「まるで砲塔とダンスを踊ってるみたい」と自嘲していた。

 マリアは身体をねじ曲げながら射撃照準器を覗き込む。敵役の戦車が左翼から縦列でこちらに迫ってくる。小隊長から指示された通り、先頭から2番目の車両―T34に照準をつける。俯仰ハンドルを回して主砲の砲口を目標の側面に合わせ、そのまま前進してくる敵戦車を照準器で追い続ける。敵を約六百メートルの地点までひきつける。

 その時、小隊長が無線から叫んだ。

「ベア1より各車、発射!」

発射(アゴーイ)!」マリアは左脚で発射ペダルを踏んだ。

 轟音とともに主砲の76ミリ砲から徹甲弾が放たれた。ほぼ同時に、小隊の全車両から射撃が行われる。各車の主砲から炎が閃いて花火のようだった。戦車が衝撃で揺れ、砲尾が勢いよく後退する。焼けた薬夾が砲身から押し出され、むき出しの弾薬箱に音を立てて落ちる。砲尾から逆流した硝煙が狭い車内に充満する。全員が軽くせき込んだ。

 マリアたちの戦車―《女帝》はじりじりしながらうずくまっていた。ディーゼル・エンジンはアイドリングしながら命令を待っている。砲塔の旋回装置が唸りを上げ、戦車砲を前方に向けた。マリアが不意に操縦手の首筋を固いブーツの足先で突いた。

「前進全速!急いで!」

 操縦手であるサーシャは左右にある操縦レバーのうち左を手前に引き、右を前に押し出した。《女帝》がかすかにスリップしながら左に旋回する。T34に装備された履帯の広いキャタピラが泥を噛むのを感じ取った。続けてクラッチを踏み、変速レバーをT34の一番高いギアである四速に押し込んだ。変速機がギリギリと鳴る。サーシャは屈んでハンマーに手を伸ばしたが、操縦手に殴られて従わされることを嫌った《女帝》のギアが噛み合った。サーシャはアクセルを一杯に踏み込み、《女帝》は最大速度の30マイルで陣地の土手を乗り越えて跳ねながら走った。

 練習場は雨上がりの泥にまみれた不整地が広がっていた。身構えていなかったマリアは詰め物入りの戦車帽をかぶった頭をどこかにぶつけた。戦車の中は金属に囲まれている。サスペンションが装備されているとはいえ、練習が終わった後は全身が打ち身やアザだらけになる。車体がガタガタと揺れる中、マリアは弾着確認を行う。数秒後、爆音が轟いた。マリアは目標の車体から立ち上がる白旗を視認した。

 敵の先鋒は全て撃破されていた。マリアたちの小隊が迫る。敵の本隊は向きを変えて窪地の傾斜を下り始める。そして煙幕を張る。

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