真実《プラウダ》の女王陛下   作:伊藤 薫

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 マリア率いるT34の小隊は長い斜面を蛇行しながら猛スピードで降りていった。

 マリアはサーシャに対して、相手の測遠機に捕まらないように右に左へ旋回するよう命じた。マリアの開いたハッチ越しに見る世界は二分されていた。上半分は青く澄み切り、下半分はどこもかしこも戦いの帳と飛び散る作物の破片ばかりだった。サーシャが車体を目いっぱい左右に振った。こんな乱暴な操縦では何かを見つけて標的にすることなど不可能。丘の一番下に着いた時が狙い目。差し当たって今は速度を落とさないこと。マリアはそれだけを命じた。

 サーシャはギアを四速に入れる。《女帝》を出来る限り速く走らせながら、丘をまっすぐ下りていった。川の向こう岸では四両の戦車が密集隊形を取っている。

 全てⅣ号戦車だ。黄褐色の迷彩。75ミリ砲。補助装甲板(シュルツェン)付のG型。どの砲も突進する《女帝》を狙っているように思える。

「アイツらが見える?」サーシャがインターコムでマリアに呼びかけた。

「ええ」

「奴らのでかい兄貴はどこにいるの?貴方が怖いのよ、マリア。間違いない。プラウダ最高の砲手なんだから」

 マリアは声を上げて笑った。黒森峰のワークホースは死の物狂いで疾走するプラウダ戦車の縦列が止まるのをじりじりしながら待っている。

「距離は?アーリャ」

「1000メートル!」アーリャが声を上げた。

「もっと接近する?」サーシャが尋ねた。

「もち」

《女帝》はさらに丘を下った。詰め物入りの戦車帽を被った頭が狭い車内でぐらぐらと揺れる。サーシャは川岸に建つ納屋に向かって《女帝》を走らせた。マリアは納屋の陰に陣取って相手から身を隠すつもりだった。小隊はそこで集結して攻撃を決断する。Ⅳ号戦車は500メートルも離れていない。この距離なら撃破できる。

 サーシャは左に急旋回を行った。Ⅳ号戦車はまだ1発も撃っていない。サーシャは《女帝》を納屋の裏にすばやく入れた。マリアのブーツが停止を命じた。マリアはハッチを開けて立ち上がった。小隊の残る3両の戦車が《女帝》の後ろに止まった。

 マリアが車外に飛び降り、30秒ほど姿を消した。やがてまたハッチに転がり込んでくると、戦車帽をインターコムに接続して低く屈んだ。アイドリングする《女帝》がガラガラと音を立てるエンジンに負けない声で、マリアは乗員たちに命令を伝えた。

「アタシたちが最初に突撃する。コーリャの戦車がすぐ後についてくる。アタシたちが納屋の陰から出たらすぐに、アーニャとターニャが反対方向に姿を現す。敵の注意を左右に逸らす。サーシャ、スピードが必要になるわ。これだけ敵に近いから、もし奴らに対して真横に進むなら、こっちを捉えにくくする必要がある。コッチが十分に離れたら、ブレーキを踏んで。アタシは出来るだけたくさん撃つ。それからまたあの丘に戻る」

 危険な戦術だった。相手に対して横に進めば、T34のキャタピラの一番弱い装甲を敵にさらすことになる。戦争はどれも正面装甲が一番厚く設計されている。しかし同時に、マリアは斜めからⅣ号戦車の脆弱な側面を攻撃できるようになる。

 マリアがハッチを閉じる。サーシャは手を伸ばしてアーリャのブーツを拳で叩いた。

「アーリャ、ワタシのために最初の砲弾に幸恵(サチエ)と名付けて」

「いいっぺよ、サーシャ」

 マリアは自分の座席に着いた。アーリャはサーシャを見下ろしてにっこり笑った。「この頃は」《同志》が言った。「乗員たちが弾に自分の名前を名付ける文化があった。お呪いみたいなものだが」

 砲塔が唸りを上げて旋回する。マリアとアーリャは旋回する戦車砲の後ろから離れないように、ゴムマットの上を歩き回った。マリアは戦車砲を右に90度以上旋回させた。納屋の物陰から《女帝》が飛び出したら、この角度で1発お見舞いするつもりだった。

「徹甲弾」マリアは命じた。アーリャは徹甲弾を持ち上げた。サーシャはインターコムでアーリャが砲弾にキスする音を聞いた。

「必ずⅣ号に命中するっぺよ、幸恵」アーリャはそう言って砲尾に装填した。

「ナージャ?」マリアが呼びかけた。

 機関銃手が前席から振り向いて車長を見上げた。

「何だっぺ?」

「アナタ、本名は?」

「奈良岡咲」

「苗字からとったのね。では、2発目はそれよ。準備はいい?」

「準備よし」サーシャが答える。

 村の武術大会で人馬が解き放たれる前の一瞬のように、マリアはひと呼吸置いた。刀が振り上げられ、メロンが木に揺れている―。

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