真実《プラウダ》の女王陛下   作:伊藤 薫

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「突撃!」

 サーシャはクラッチを離してアクセルを踏んだ。エンジンに燃料を一気に注ぎ込まれた戦車は埃を巻き上げて走り出した。続けて《女帝》が納屋から出てもいない内にギアを二速に入れた。飛び跳ねる鉄がガタガタと立てる音を突き破って、マリアは砲声が響くのを聞いた。小隊が納屋を回って現れた時、Ⅳ号戦車の1両が狙いすました1発を放ったのだ。黒森峰は的を外した。サーシャが《女帝》を急加速させたからだ。しかしこれは1発目に過ぎない。連中は間違いなく2発目を装填している。相手の戦車はまだ3両いる。

 今度はマリアが発射ペダルを踏んだ。

《女帝》が衝撃で車体が傾き、右のキャタピラが浮き上がる。主砲が車体に対して完全に右を向き、キャタピラが畑の上で飛び跳ねる。サーシャは発射の反動にも手を離さず、さらに速度を出した。《女帝》が再び両方のキャタピラを地面に着けるよりも先に、ギアを三速にシフトする。アーリャは2発目の徹甲弾を取り落とした。砲弾が床にぶつかる音が響いた。アーリャは砲弾を拾い上げてそれを砲尾に押し込む。マリアが呟いている。

「いけ、いけ、いくんだ・・・」

 サーシャは変速機を出来るだけ酷使して《女帝》を駆り立てた。回転数がギアチェンジすべきポイントを越えて上がるのを見つめる。言うことを聞いてちょうだい。もう少し加速に耐えてくれ。《女帝》にそう頼んだ。サーシャの祈りはエンジン音の高まりにかき消された。少し待ってからクラッチを踏み、ギアレバーを四速に入れた。《女帝》が前のめりになり、ほっとして力いっぱい走り出した。その時、マリアが叫んだ。

「今よ、サーシャ!」

 サーシャの脚がブレーキを力いっぱい踏んだ。生まれてこのかたしたことがないほど素早くシフトダウンした。

 マリアの脳裏で一頭の馬が突然、轡を引かれて頭をのけぞらせる光景が浮かんだ。だが馬は乗り手を気遣って地面に足を踏ん張った。マリアは鞍の上でのけぞり、手綱をいっそう強く引いた。馬は大人しくなり、回転する《女帝》のキャタピラがぴたりと止まる。乗員は埃に包まれた。《女帝》が広い場所にじっと動かずにいる。600メートル先の4両のⅣ号戦車に横腹を向けていた。

 心臓がドクと脈を打った。マリアは動いた。発射ペダルには左脚を載せている。砲塔がもう数度右に滑る。マリアはもう片方のブーツで飛びながら、回転する戦車砲を追いかけた。眼は潜望鏡に釘付けになっている。アーリャは装填を終えた砲尾の横に立ち、次弾を抱えている。まるで装甲に一撃を食らったかのように、さらに1秒が戦車の中でドキンと脈を打った。マリアの手が俯仰ハンドルを回した。

「よし」マリアはつぶやいた。「さあ、きなさい・・・」

 マリアは発射ペダルを爪先で押した。戦車砲が火を噴いた。砲声が雷鳴の様に轟き、砲尾が下がる。煙る薬莢が押し出された。それが二度跳ねる前にアーリャが次弾を戦車砲に押し込み、マリアは俯仰角に小さな修正を加えた。それから再びペダルを踏み、戦車は揺れた。強烈な爆発が戦車を揺さぶった。砲尾が再び薬莢を吐き出した。車内に発射ガスの悪臭が立ち込めた。マリアのブーツがサーシャの首筋を蹴った。

「進め、進め!」

 サーシャが操縦レバーとギアを動かした。マリアは上下に跳ねながら砲塔を旋回させてまた正面に向ける。車体のバランスを良くして速度を上げるためだ。

「首尾は?」ナージャは叫んだ。「どうなったの?」

 マリアはしばらく答えなかった。潜望鏡をⅣ号戦車の方に向け直している。急いで離脱しながら損害を調べる。

「この××××!×××てやる!」

「2両のⅣ号が炎上」アーリャが代わりに答える。「1両が煙を上げてる。最後の1両は外した」

「こっちは?」

「ターニャが動けなくなった」マリアは言った。「乗員は脱出してる」

「次はどうするんだっぺよ、マリアしゃん」ナージャが聞いてくる。

《女帝》は蛇行しながら丘を登っている。自分の判断は小隊を危険に晒すことになるかもしれない。一族のために生命(いのち)を投げ出すのがコサックである。一族とは今この場で戦っている仲間である。そしてそれが自分の戦車道もある。マリアはインターコムで答えた。

「引き返しなさい、サーシャ。ターニャの下に向かうわよ」

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