真実《プラウダ》の女王陛下   作:伊藤 薫

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 マリアは《女帝》の砲塔をどうにか旋回させて《ティーガー》に向き合った。小隊の残り2両の戦車は川岸と黒焦げになったコーリャの戦車から離れつつある。《ティーガー》は3両の中で最も楽な目標を選ぼうとしている。アーニャは回避するより先に速度を上げて、大きく円を描いて旋回している。

《ティーガー》が一弾を放った。アーニャの後方に土柱が立ち上がった。巨大な戦車砲から煙の輪が吐き出される。《ティーガー》は逃げるアーリニャに対して照準を修正した。マリアにはアーニャは十分に敵の狙いを逸らしていないことが分かった。

 その時、《ティーガー》の戦車砲が再び吠えた。大きな車体はほとんど揺れなかった。徹甲弾が転輪上の車体右側を直撃した。アーニャの戦車は20メートルほど走ってから停止した。撃破されたT34から白旗が揚がる。《ティーガー》からもう一度、砲煙の輪が吐き出される。

《ティーガー》の砲塔はまだ《女帝》から離れた方向を狙っている。すでに《女帝》は川岸から800メートルほど離れている。一撃を加える頃合いだ。マリアがサーシャの首筋を押す。サーシャがブレーキを踏んだ。

 T34の砲塔が左に旋回する。戦車砲が眼下の川岸に向かって数度下がった。生き残ったⅣ号戦車が図体の大きな女王に付き従う侍女のように《ティーガー》の後ろで動いている。

 マリアは発射ペダルを踏んだ。《女帝》が砲弾の後ろで身震いした。爆風が埃の雲を舞い上げる。かき乱された土が落ち着くのを待たずにアクセルを踏んだ。バックで遠ざかりながら《ティーガー》をちらりと見た。敵は微動だにしていない。徹甲弾が命中した面から薄い煙をたなびかせている。傷ひとつない砲塔を《女帝》にまっすぐ向けている。

「くそ、まずい」マリアは思わずロシア語で呟いた。

 速度が必要だった。サーシャなら実に素早く《女帝》を旋回させることもできるが間に合うだろうか。マリアは賭けた。とっさにサーシャの右肩を足で叩いた。戦車の向きを変えた途端、《ティーガー》の戦車砲が吠えた。変速機に徹甲弾が命中し、ギアボックスと燃料タンクがやられた。不意に戦車が燃え上がった。「あの頃の競技用車両は今の特殊カーボンなんて使って無かったから」《同志》は言った。「弾を食らえば平気で燃えてたな。ホントに命がけだったよ」

「脱出!」

 マリアはハッチから飛び出しながら叫んだ。エンジン室に載っていたはずのナージャはけが人を抱えて、すでに丘の上に向かって走り出している。地面に着地したマリアはその後に続いて丘を駆け上がり、陣地に飛び込んだ。息を整えてからマリアは口を開いた。

「みんな、無事?」

 左手にサーシャが飛び込んだ。息も切らさずに「どうにか」と答えた。ナージャが掠れた声で「やられちゃいましたね」と言った。アーリャがふうふうと喘ぎながらマリアの右手に転がり込んだ。

 マリアは柔らかい灰色の戦車帽を脱いだ。肩まで切り揃えた黒髪がパッと広がる。濡れた犬が水を飛ばすように首を振る。青い軍服の襟元を少し開けてその場で地団駄を踏む。

「クソッ、クソッ、どうなってるの!」

「どうしたんだっぺか?マリアさん」アーリャが言った。

「アイツら、《ティーガー》を使ったのよ」

「それが怒る理由?」サーシャが訳知り顔でニヤニヤしながら言った。

「アナタまでそんなこと言わないで」

「どういうことだっぺよ?」今度はナージャ。

「相手は88ミリ砲よ。コッチの戦車が敵う訳がないわ。レギュレーション違反で連盟に訴えてやる!」

《女帝》の名に肖ったマリアのT34は無残な鉄塊に姿を変えていた。

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