夏の花   作:扁平足の達磨


オリジナル:現代/文芸
タグ:残酷な描写 夏
夏になると、彼女の夢を見るようになる。

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夏の花

 私が小学校をまだ出ていなかった時分の話である。私は夏休みを利用して祖父母の家を訪れていた。そこは陶器と桜が有名な地で、初夏には河原で蛍の飛んでいるのが見られた。昔、隠れ切支丹が逃げ込んだ地と言われているが、真偽の程は定かでない。戦国時代に築城された石垣が現存している。秋には紅葉が色づき、人でごったがえす。そういう土地である。

 

 その年、私はとある少女と親しくなった。歳が同じくらいの少女だった。彼女とは神社で出会った。地元の人間しか知らぬような、辺鄙な場所の神社である。私は初め、神の御使いか、化け猫の妖怪とでも出くわしたかと肝を冷やしたのだが、すぐにそれが杞憂であると分かった。彼女もまた、魂消た顔をしていたからであった。

 少女と私は体を動かすことを好まず、消極的で緩慢な交歓を楽しんだ。ラジオ体操の是非を論じてみたり、休みの短さを嘆いてみたり、山積した課題への絶望を吐露してみたり、した。地面に、棒切れで線を引いて、マルバツゲームをした。足元に映る木漏れ日の形を見て、これは鳥だ、これは牛だ、などと判じてもみた。性別の違いなどあってないようなものであった。

 

 そんな日を七日間過ごした。そのあいだ、私たちは約束というものをしなかった。明日、この場所で、何時に落ち合おうなどと決めたことは一度も、なかった。私は毎日そこへ行った。彼女は必ず、私より先に来て、賽銭箱の前の階段に座り、うとうと居眠りをしていた。その寝顔は、可愛らしくもあり、憎らしくもあり、なんだか頬のあたりを抓ってやりたくなるような、不思議な顔であった。そうして黙って見つめていると、彼女は起き出して、

 

「なん見よん、なんかおかしかね」

 

 と、至極困惑した表情をするのだった。

 

 七日目、私たちは川へ行った。子どもだけで川遊びをすることは固く禁じられていたが、大人たちにばれないだろうかというスリルと、少年に特有の冒険心から、その決まり事を破った。水底は、ひどく浅かった。水が冷たかった。土手に生えた草で腕を切った。ひっくり返った蝉が、川下に流されていくのを、二人で見ていた。見ながら、この蝉は家に帰るのだと、なんとなく思った。

 橋の下の、石を敷き詰めた箇所に、服が濡れないよう腰を下ろした。彼女は、買ったばかりの服が汚れる、と不満げであった。私は、肩掛けのバッグから取り出したコーラを、少女にあげた。すっかりぬるくなっていた。ペットボトルを、川の水に浸けて、

 

「なんもせんより、この方が冷えるやろ?」

 

 水から引き上げて、彼女と回し飲みしたコーラは、やはりぬるかった。

 

「明日は、山に行こう。うち、綺麗な花ば沢山見れるとこ、知っとるけん。昼ご飯食べたら、すぐ、神社に来てね」

 

 彼女にしては珍しく、強気の語調であった。私はそれを、彼女なりの情熱と解釈し、力強く頷いた。

 陽が暮れ始め、空が赤らむ頃に、私たちは別れた。彼女が、土手沿いの道をくだっていくのを見て、明日、昼ご飯を食べたら、すぐ神社へ行こう、改めて思った。

 

 翌日、彼女は冷たくなって見つかった。溺死だった。私と別れ、帰途に就いた彼女は、私がその背中を見送ったすぐ後に、足を滑らせて小さな滝壺に落下し、そのまま死んだ。それからしばらくして、私は祖父母の家を引き揚げることとなり、ついぞ、彼女の名を知ることはなかった。

 その次の年、私はあの神社へ帰ってきた。賽銭箱の前の階段に座り、木漏れ日の形を判じながら、どこかの山の中にある綺麗な花畑を思い描いて、眠った。


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