神王、砂の国に顕現せり   作:かすかだよ

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第4話:神王と悪魔の子

 

 アラバスタを燦々と照らす太陽が沈みきり、昼間とは打って変わった肌寒さを感じさせる真夜中にオジマンディアスはアルバーナ宮殿を抜け出して一人葬祭殿に足を向けていた。

 ただその貌は思案顔で、普段の傲岸不遜の笑みは鳴りを潜めていた。そんなオジマンディアスの心中は海軍本部で起きたドフラミンゴの行った凶行が占めていた。

 

 

 既に事件から一日が経ち、二日目を迎えたというのに七武海の解任の一報どころか当事者であるオジマンディアスに沙汰の結末の報告すら来なかった。

 ドフラミンゴと同じ七武海であったクロコダイルの一件は一日を待たずと世界中に彼の解任が世界政府から宣布されたというのに余りにも対応に差異がありすぎる。

 そのことを不審に思いながらも、オジマンディアスの思考は戦闘中にドフラミンゴがオジマンディアスにだけ聞かせるように呟いた言葉に割かれていた。

 

 

「20人の王の一人、ネフェルタリ……奴の言葉の真意が汲めん。当座の狂言と取るべきか、否か」

 

 

 20人の王。その言葉の真相がオジマンディアスには分からなかった。彼の知る限りでは政府設立に関わったとされる19人の王───俗に言う世界貴族にネフェルタリ家を加えれば数字上は20になる。しかし天竜人の悪逆非道を知っているオジマンディアスはネフェルタリ家の人間と天竜人では人間性が余りにかけ離れている為、それはないだろうと切って捨てる。

 平和を愛し、国を思い遣る心優しいビビや王としての自覚が強く、国民の幸福を願う名君であるコブラと違い、人を人とも思わぬ振る舞いや人を殺すことを悪だと自覚していない天竜人がとても苦楽を共にしたとは思えなかったのだ。

 

 

 だが、ドフラミンゴの瞳に込められた憎悪や言葉から滲み出でていた殺意が紛い物だと思えなかったのも事実だ。

 当初はその場しのぎの出鱈目かオジマンディアスの思考を乱す為に嘯いた戯言かと考えたが、如何に大海賊とはいえ、まるで当事者とでも言わんばかりの迫真の演技が成せるだろうか。

 さらにオジマンディアスとドフラミンゴは初対面だった。にも関わらず親の敵でも見るようなあの態度。それに裏で暗躍するなら兎も角、政府公認の海賊である七武海の座を手放すような真似を悪のカリスマとも称されるドフラミンゴが大々的に起こすだろうか。そして、騒動そのものを揉み消そうとするかのような遅々とした政府の対応。

 まるでドフラミンゴと天竜人がオジマンディアスの力量を測る為に徒党を組んだかのような───

 

 

 オジマンディアスの思考はそこまで進んだが、視界の傍らに敷き詰められた石畳の道に荘厳な建造物───葬祭殿が目に入った為、思考が途絶えた。

 そして葬祭殿の傍らにある芝生でカモフラージュを施した隠し階段の入り口に手を伸ばした。

 それこそがオジマンディアスの目指していたアラバスタ王国の国王のみに代々継がれる国家機密たる『歴史の本文(ポーネグリフ)』の在処にしてオジマンディアスが独断で匿った人物の隠し場所を示す印であった。

 

 

「───まあ、天夜叉の思惑はこれから知るとしよう」

 

 

 終始思案顔だったオジマンディアスの貌が不敵なそれに戻り、口角を上げて不遜に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツ……コツ……と石階段を降りていく音が木霊する。

 数分ほどの時間を掛けて下り終えたオジマンディアスの視界に広がったのは天井を支える幾本もの支柱に繋がれたり、巨大な扉の前の門に掛けられたペトログリフを除く全てが左右対称に建置された地下聖殿の一端と門にもたれかかる一人の人物だった。

 

 

「何度見ても見事だな。先王から聴いた際は杜撰と感じたが、地下にこれほどの神殿を建造するか」

 

 

 感傷も程々にオジマンディアスはその人物に向かうようにゆっくりとした歩調で歩き出した。

 一歩、また一歩と近付くたびにその人物の仔細がはっきりとしていく。

 

 

 砂漠地帯であるアラバスタに似つかわしくない砂で汚れている白で統一されたロングコートにブーツ。

 そんな上着とは対称的な紫色で揃えたショートのトップスとショートパンツ。

 セミロングのボブカットの艶のある黒髪に青い瞳、くっきりと筋の通った高い鼻の美女。

 

 

 十数年前に政府から公布された手配書を見たことがある者ならば思い出すことだろう。

 彼女は僅か8歳して破格の賞金額を掛けられたことで当時、世界中で話題になった賞金首。

 

『‘‘悪魔の子”ニコ・ロビン 懸賞金7900万ベリー』

 

 

「眼は覚めたか、ニコ・ロビン」

 

「……ええ、お陰さまでね」

 

「───ハハッ! そう拗ねるな。余が海軍の目を欺いたのは貴様にとって悪い話ではあるまい」

 

 

 自然に腕を組んで傲然と太陽の色をした瞳でロビンを見下して言葉を投げ掛けるオジマンディアスに対して彼女はそっぽを向いて不服そうにそう答えた。

 女性らしいプロポーションを持ち、整った容姿をしている彼女がそうしただけで、男ならたじろいでしまいそうなものだが、オジマンディアスはただ快活に笑った。

 

 

「……私が解せないのはそこよ、Mr.オジマンディアス」

 

「ほう? 何が解せんのだ、申せ」

 

 

 ただ、クロコダイルと共に居たところを強襲され、抵抗する間も無く意識を奪われた上に気付けば海楼石の手錠を嵌められたまま見知らぬところに数日近く軟禁されている彼女にとって、この現状は何とも理解し難いものであろう。

 

 

「私の事を知ってる上に、B・W(バロック・ワークス)の最終作戦の全貌を知ったのでしょう? なら、なんで私を匿ったのかしら…」

 

「──ああ、赦せんとも。だが、それ以上の価値を余は貴様に見出した。それに──────」

 

 

 ニコ・ロビンの問い掛けにオジマンディアスはその貌から表情を僅かばかりに消したが、すぐに普段通りの不遜な態度を張り付かせて門にもたれかかっていた彼女の腕を引いて扉の前へと連れ出した。

 そして荘厳と佇む巨大な扉をこじ開けてから、半身をずらして扉が閉ざしていた光景をニコ・ロビンに見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────貴様の望みは国ではなく、これだろう?」

 

 

 ソレはキューブ状の石碑だった。

 正面には幾何学的な文字の羅列が陳列している決して砕けず、割れず、融けない硬石に記された歴史文。

 解読はおろか、探索すら禁じられた代物。

 オハラという島を地図上から消し飛ばした元凶。

 

 

 

「『歴史の本文(ポーネグリフ)』……! こんな近くにあったなんて……」

 

 

 まさか何年も掛けて狙っていたものがこんな間近にあったとは考えもしなかったのだろう。扉の前でへたり込んでいたロビンは海楼石で弱り切った身体に鞭を打つ思いで立ち上がった。勢いが強かったこと、予想以上に海楼石で堪えていたことが合致して思わず彼女はよろけるが、オジマンディアスが肩を掴んで事なきを得た。

 

 

「そう逸るな。この場には余と貴様以外は立ち会わん」

 

 

 その言葉を聞いて彼女の逸る心が落ち着いて冷静さを取り戻したのだろう。ロビンはええ、とだけ呟いてからまるで変人でも見るかのような目でオジマンディアスを見据えた。

 

 

「それにしても───正気とは思えないわ。当然、オハラのことも知ってるんでしょう?」

 

「戯け。余に二度も同じ事を述べさせる気か? それに貴様に『歴史の本文(ポーネグリフ)』を見せたのは余の誠意というやつだ」

 

「そう……もっと近くでも見ても?」

 

「好きにしろ。……もっとも、貴様の望む内容は記されてないだろうが」

 

「それでも構わないわ」

 

 

 そう言ってロビンはオジマンディアスに背を向けて足を引き摺りながらも『歴史の本文(ポーネグリフ)』の元にたどり着き、錠で縛られた両手で文面に触れながら目を通していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「他にはもうないの……? これがこの国の隠している全て……?」

 

 ……どれほどの時間が経っただろうか。

 ニコ・ロビンが文面をなぞる音だけが響く時間は、彼女はポツリと呟いて漸く終わりを迎えた。

 何処か縋るような声音を耳にしたオジマンディアスは壁にもたれるのを辞めてから端的に答えた。

 

 

「そうだ。この国にある『歴史の本文(ポーネグリフ)』はそれだけだ。やはり記されているのはプルトンの在処だったか」

 

「……ええ。満足はできないけど、納得はしたわ。それで、私は貴方に何をすればいいのかしら」

 

 オジマンディアスの答えを聞いてニコ・ロビンの眼に諦めが宿ったが、それを振り払うように頭を横に振るってからオジマンディアスに言葉を促した。

 

 

「余が貴様に求めることは多くあるが、それよりも貴様には呑んで貰う条件がある」

 

「……条件?」

 

「そうだ。端的に告げよう、ニコ・ロビン──────」

 

 

 ニコ・ロビンにとって選択の余地などない状況下で''条件''を持ち出したオジマンディアスを疑問に思いながら彼女はオジマンディアスの言葉を待った。

 そして、彼女の顔は驚愕に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────貴様には、此処で死んでもらう」

 

 

「な…………!? どういうつもりかしら!? 貴方、言ってることが矛盾しているわ!!」

 

 

歴史の本文(ポーネグリフ)』を背にニコ・ロビンがオジマンディアスを睨め付けて声を荒げる。手錠の鎖がジャラリとドーム状の空間に響いた。そんな中、オジマンディアスは悪びれもなく口を開いた。

 

 

「戯け、そう怯えるな。貴様も不用意に政府に嗅ぎ回られるのは御免だろう。故に名を捨てろと言っているんだ」

 

「ああ……ミス・オールサンデーなんてあからさまな偽名じゃなくて本名っぽいものを名乗れ、ということね……」

 

「それと、その風貌も化粧で誤魔化せ。貴様の経歴は余が捏造してやろう」

 

「それくらいなら構わないわ。それで、肝心のお願い事は何かしら?」

 

 

 ホッとしたように胸を撫で下ろした彼女を尻目にオジマンディアスは追加で条件を付け足したが、条件というにはあまりに温情なそれにロビンはクスっと笑いながら首を傾げてオジマンディアスの言葉を待った。

 

 

「先ずはB・W(バロック・ワークス)社員の運営に違法ではない範囲でのレインディナーズの経営だ」

 

「それだとクロコダイルと組んでた時と何ら変わりないわね。別に私じゃなくても出来そうだけど」

 

 

 そう。オジマンディアスの口から出た願い事は彼女がミス・オールサンデーとして活動していた時に熟してきたものだった。寧ろ、大規模な暗躍する必要が無くなった為、以前よりも簡単になったといえる。クロコダイルが高く評価していた彼女じゃなくても熟せる業務になっていると考えていいだろう。

 ロビンがその点を指摘すれば、オジマンディアスもうむ、と答えてから本題への切り口を口にした。

 

 

「余が真に貴様に頼みたいのは、ただの一つだ。貴様にしか為せぬ大任だと思え」

 

「私にしかできないこと、ね……」

 

 

 オジマンディアスの口から出た『ニコ・ロビン』にしか出来ないこと。それを耳にしたロビンの眼に闇が宿り「ああ、またか」という思いが彼女の胸に浮かび上がった。

 十数年間も裏社会で多くの組織を隠れ蓑にしてきた彼女が得手とすることなど真っ当な代物ではない。多くの機関に足取りを易々と辿らせないほどの情報抹消能力と、暗殺である。

 大方、他国へのスパイかオジマンディアスにとって都合の悪い存在の暗殺だろう。そう当たりをつけたニコ・ロビンの心から熱が奪われていく。

 

 

 

 

 瞳を曇らせ、僅かに俯いているロビンに気付いていないのか、オジマンディアスは彼我の距離を詰めていき───手錠で縛られた彼女の両手を包み込んで、重々しくその言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

「──────余の秘書として仕えろッ」

 

 

 

「そう。わかったわ──────えっ?」

 

 

 また世界から恨まれるのか、そう考えて極めて冷徹に返事を返したロビンだったが自分の想像していたより真っ当な職務内容に思わず彼女の素が漏れた。

 

 

「───そんなことで、いいの……?」

 

 

 

「そんなことだと貴様ァッ!?」

 

 

 取り繕うことも忘れて彼女は素でオジマンディアスに問い返した。裏社会で生きてきて、生きていることが罪だと言われた自分にしか出来ない事が、宮仕えで、事もあろうに一国の王に仕える秘書? 堪らず『歴史の本文(ポーネグリフ)』を惜しげもなく見せられた時よりも奇人変人を見るかのようにオジマンディアスを見つめるニコ・ロビン。

 

 

 

 そんな彼女にオジマンディアスが体裁も気にすることなくキレた。

 

 

「これから貴様を匿うためにアラバスタ全土での情報収集や新たな法案の発布をせねばならんのだぞ!? 政府の諜報機関をも寄せ付けぬ盤石な態勢を整える必要があるんだぞ貴様ァッ!!」

 

 

 

 ロビンが弱っているにも関わらず胸倉を掴み、激しく揺する始末。

 

 

「ふふっ! ご、ごめんなさい……! おかしくて、つい……!」

 

「なにが可笑しい!? 貴様が食した『ハナハナの実』は自身の感覚器を生やせる能力だろう! それをオハラの学者が食したというのなら政において重宝されるべきだろう!!」

 

 

 オジマンディアスがロビンを揺する勢いが更に増したが、それでも彼女の笑みが収まることはなかった。それどころか揺すられる勢いに比例するように彼女の笑顔は明るくなっていった。

 闇の中で生きてきた彼女にとってこういった真っ当なことで求められるのは、賞金首に堕ちてからは初めてだった。彼女はそれが無性に嬉しかった。

 

 

 

 

 

「それでいいわ。私を貴方の下で働かせて」

 

 

「そうか! なら存分に使ってやるから覚悟しておけ!!」

 

 

 オジマンディアスはロビンの胸倉から手を離し、懐から錠の鍵を取り出して彼女の手錠を取り外してやった。

 呆気なくするりと手首から抜け落ちた手錠が石畳の上でガシャリと落ちた。

 

 

「それで───私はこれからなんて名乗ればいいのかしら」

 

「ああ───それなら予め決めてある。史書を意味する言葉、ヒストリアだ。学者のお前には相応しかろう」

 

「……ヒストリア。今日から私の名前はヒストリアね。よろしく、王様」

 

「───フン。存分に使ってやる。精々励めよ、我が共犯者」

 

 

 ニコ・ロビン改め───ヒストリアが手を差し出し、オジマンディアスが乱雑にその手を掴んだ。

 

 

 今日、この日を以ってニコ・ロビンという女は死に、生まれ変わった。

 口調は尊大で態度は傲慢不遜だが、人を想いやれる暴君が持つ人の温もりに触れて、数十年間も凍り付いていた彼女の心の氷が少しだけ、溶けた気がした。

 

 

 

 

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