横須賀泊地のとある鎮守府を預かる提督がいる。
その者は30代で元は海運業を生業としていたが、このご時世によって民間から海軍に入った男だ。
しかしながら、海運業をしていた頃に何度か深海棲艦と遭遇し、船で体当たりをしてまで逃げるという荒業を行ったこともある。
そうしなければ自分や同じ乗組員たちが死んでいたからだ。
よって元同業者たちは彼のことを『稀代にして度し難い戦争屋』と言う。
体は筋肉質でがっしりとしているが、提督業はデスクワークが多いため、着任当初よりは体格が丸くなった。
しかしこの体型も駆逐艦やら海防艦たちからは『ベイマック〇みたい!』と謎の好評を得ている。
そんな提督は久々の休暇を使って東京へとやってきた。
理由は彼の妻……ケッコンカッコカリをしている雲龍と鳥海の二人を自分の両親に会わせ、伸びに伸びた新婚旅行へ来たからだ。
東京は提督の出身地。それでいて雲龍も鳥海も来たことがない。なので日帰りではあるが今日は穏やかに過ごしている。
「その荷物、持とう」
「軽いから平気よ?」
「女の荷物は男が持つもんだ」
「……ふふふ、ありがとう」
「おう」
雲龍の手提げの荷物を腕に掛ける提督。
傍から見れば大男が美女二人の荷物持ちをしている風にしか見えないが、雲龍も鳥海もピッタリと提督の両サイドに侍って微笑んでいる。
「司令官さん、あそこのカフェで一休みしませんか?」
「……分かった」
鳥海の提案に提督は頷きつつ、鳥海の心遣いに感謝した。
―――
それぞれ注文を終えると、話題は提督のご両親の話になる。
「提督って話に聞いてた通り、ご両親のどちらにも似ていないのね」
「……俺は母方の祖父似だそうだ。でも目は親父で、口元はお袋譲りなんだぞ?」
「確かに似てました♪ でもそのお祖父様のお写真を見せてもらったのもあって、そちらの印象の方が強いですね♪」
「まあ、なんだっていいさ」
鳥海の笑顔に照れ臭くなる提督。そんな提督の仕草が愛らしく、雲龍も鳥海もより愛おしそうに目を細めた。
「お待たせしました。当店自慢のバケツパフェです。お飲み物はこちらに……ごゆっくりどうぞ」
そこへ頼んでいた品が届く。
提督はバケツパフェというものに目が点になったが、雲龍と鳥海は共に目を輝かせた。
「……すごい量だな」
「雑誌で見た通りです!」
「美味しそう……!」
「まあ好きに食うといい」
「何言ってるんですか?」
「?」
「あなたも一緒に食べるのよ」
「!?」
「私、これを『あーん』って司令官さんに食べさせるのが夢だったんです!」
「私も……あなたなら、私たちの夢、叶えてくれるわよね?」
「…………好きにしろ」
『うふふふ♪』
こうして提督は二人の夢を叶えるために、無心で口を開くのだった。
―――――――――
その頃、鎮守府ではというと―――
「あ〜、めっちゃくちゃ気になる〜! やっぱついてくべきだった〜!」
「私も同意見です!」
―――摩耶と葛城が艦娘宿舎の中で頭を抱えていた。
今二人がいる部屋は高雄と愛宕の部屋であるが、心配性の摩耶と葛城が押し掛けてきたのだ。加えて葛城が心配な天城も一緒。
「そんなに心配しなくても……」
「そうよ。そもそもあなたたちが普段から三人の行動を制限してるんだから、新婚旅行くらい羽を伸ばさせてあげなさいよ」
「私もそう思うわよ? それに葛城は神経質過ぎるわ」
愛宕や天城の指摘に摩耶も葛城も『は?』と訊き返す。
すると高雄たちは苦笑いした。
「摩耶さんも葛城もちょっとオーバーだと思うの」
「提督はちゃんと二人を心から愛してるし、二人もそんな提督を愛してるんだから、外野がとやかく言うのはいけないわ」
「三人が三人共に求め合っているんだからそれでいいでしょう?」
天城、愛宕、高雄と言葉をかけると、摩耶も葛城もうーんと唸る。
決してこの二人は提督が信用出来ないのではなく、摩耶は唯一の大切な妹、葛城は頼れる長女を取られた気分になってしまっているのだ。
頭ではちゃんとあの三人が愛し合っているのは分かっている。しかし心がまだ認めたくないのだ。
それに何より―――
「だって提督のやつ、鳥海に言われたら何だって言うこと聞くんだぞ!? この前なんてアタシの目の前だってのにちゅ、ちゅうしやがったんだからな! しかも大人のベロでベロベロ〜ってするやつ!」
「摩耶さんの言う通りです! 雲龍姉なんてこの前、おっぱいが重いからって提督に背中から抱きついてもらった上でおっぱい持ち上げさせてたんですよ!?」
―――三人の行き過ぎた行動を目の当たりに……というより見せつけられるのは真っ平ごめんなのである。
だから二人は見つける度に注意しているのだが、当の本人たち(雲龍と鳥海)が全く反省していない。提督に至ってはその都度土下座する勢いで謝っているが、結局は惚れた弱みもあって二人からお願いされるとついやってあげてしまうのだ。
「もう慣れたわ、私は」
「ケッコンする前からそうだったものね〜?」
「ケンカばかりしているより全然いいと思います」
『アタシ(私)は見たくない(の)!!!!』
なので摩耶たちが慣れるのにはもう少し時間が必要だろう。
―――――――――
「はっくしゅんっ!」
提督は大きなくしゃみをした。
すかさず雲龍と鳥海がちり紙を手渡し、提督はお礼を言って受け取り、鼻をチーンする。
「風邪かしら? 提督、気をつけてね?」
「それとも噂ですかね? ほら、ご両親とお会いしましたし、今頃そういう話でもしているのかもしれませんよ」
「…………そうだな」
しかし提督は内心そうではないと思っていた。
何故なら、先程からずっと提督は二人の美女からパフェを食べさせてもらっていて、店内の視線(特に男の)が痛いくらい突き刺さっているからだ。
一方、二人はスプーンを持っていけば提督が雛鳥のように口を開けるので、それが堪らなく愛おしい。よってパフェの量はあと半分となったが、その全てを提督が食べている。提督も甘党であるためについ口を開けてしまうのもあるが……。
「新幹線の時間までまだありますし、ここを出たら駅に向かいながらショッピングしましょう」
「そうね。ついでに宅配便頼めるところも見つけましょ。流石にこの量をずっと提督に持ってもらうのもかわいそうだし」
「俺のことは気にするな」
「しますよ。それにこれから鎮守府の皆さん用にお土産も選ぶんですよ?」
「姉妹毎に渡すにしたって無茶な量になるわよ。それに―――」
『腕を組んで歩けないのは寂しいわ(です)』
「…………分かった」
結局、提督はこの二人にはとことん弱い。
しかしこの二人が笑顔ならば、提督はなんでも喜んでするだろう。そういう男なのだ。
「ふふふ、それじゃあ気を取り直して……あーん♪」
「あむ」
「司令官さん、私からも♪ あーん♪」
「あむあむ」
「あなたって本当に可愛い……あーん」
「あむあむあむ」
「また今度来た時はここにも寄りましょう。あーん♪」
「あむあむあむあむ」
こうして提督は最後までバケツパフェを二人の妻たちから食べさせられるのだった。
―――――――――
ショッピングを再開した一行。再開してすぐに手荷物は宅配業者に頼み、提督の右腕には鳥海、左腕には雲龍が腕を組んで歩いては通行人たちの注目を浴びている。
提督は気にしがちに周りに視線をやるが、その都度両サイドから『よそ見禁止』と可愛い注意をされる始末。
よそ見ではないと提督が返しても、二人揃ってよそ見だと言われれば提督はもう反論のしようがない。
なので周りの目は気になるが、鋼のメンタルで気にしないようにしている。
「やっぱり皆さんにはお菓子系がいいですかね?」
「それがいいだろう。ただ何にするか迷うな」
「食堂に行けば間宮さんたちの美味しいお菓子が食べられるものね」
土産のジャンルは決まったものの、その何にするのか悩む一行。
間宮も伊良湖も料理への情熱は凄まじく、そのレパートリーは数えきれない。
洋菓子、和菓子、焼き菓子、砂糖菓子……菓子と言っても数多く並んでいるのだ。
「一括で選んでしまった方が揉めずに済むよな?」
「そうですね。あれもこれもとなってしまうとあれですし」
「一旦、そこのベンチに座って考えましょう。それに私、そろそろキスしたいわ」
雲龍の発言に鳥海は大賛成するも、提督は思わずギョッとした。しかしキスしたいと言われたら、応えるのが旦那。提督に選択肢は一つしかないのだ。
―――
土産屋が並ぶ通りの各所に置いてあるベンチ。
その一つに座ると、提督は早速雲龍に唇を奪われた。
濃厚なキスが終わると、今度は反対側から手が伸びて今度は鳥海に唇を何度も何度も啄まれる。
もちろん、通り過ぎる人々の目は鋭い。しかし提督はもうどうにでもなれと吹っ切れて、妻たちとのキスを楽しんだ。
「んはぁ、幸せです♪」
「……そうか」
「あら、提督は幸せじゃないの?」
「そんなことはない」
「良かったわ」
でも周りを気にしてたからやり直し……と雲龍はまた提督に濃厚なキスをする。そうすれば鳥海も自分もとせがみ、結局のところ考えるよりキスしている時間の方が長かった。
結局のところ、皆へのお土産は東京名物の『ひよどりまんじゅう』となり、みんなはそれを満面の笑みで頬張っていた。
因みに摩耶と葛城には鳥海と雲龍の提案で提督は大きな熊のぬいぐるみ(約60センチ)を土産にすると、『こ、これくらいで許させると思うなよ(思わないでね)!』と言われたが、二人はとても嬉しそうに抱きしめていたという―――。
楽しんで頂けたら幸いです!