思いがけない手土産を手に入れた勇儀は、橋姫のもとを訪れる。

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瞳映し花火(面映し鬼)

 

 

 弾ける枝葉が瞬くたびに、暗幕が切り取られた。

 

 

 朱と橙の火花がぱちぱちと不揃いに手を伸ばして、夜を掴んでは消えた。真剣な翡翠の瞳には、盛衰を繰り返す火の手が映っていた。二人して摘む紙縒(こより)は夏の風物、けれども着物の足元を抜けるのは冬の川風。履いて揃えた下駄の鼻緒を、爪を、くるぶしを、河原と水面を撫でて冷えた風が這った。理由知れず火照る身体と額の角を、冷まして欲しかった。

 見つめた視線に気づいて、彼女が顔を上げた。緑柱石を直視して、また頬が熱くなった。どちらかの腕が知れず揺れた。

 闇に一つ火花を残して、片割れが落ちた

 

 

  ◇

 

 

 抱えた紙袋は冬の空気の軽さ。茶色い乾紙を膨らますのは大半が湿気取りの藁草と新聞屑。その中心では、両手指の数の緑線が花束のように半紙に包まれている。

 

「弟が花火職人なんだけどよ、今年の売れ残りが大量に出てきたそうだ。倉庫に残してても湿気て使い物にならなくなるだけだから、供養がてら是非とも客に配ってくれって言われてねえ。姐さんも持って帰ってくれないかい」

 

 外套一枚を普段着に重ねてくぐった暖簾の先で、馴染みの顔の蛙主人がゲコゲコと喉を膨らせた。指先に摘んで差し出されたのは、緑色の紙縒。長さは三寸ほど、一端が尾ひれのように広がり、対極の先はなだらかな流線型に膨らんでいる。花弁のない、蕾のままのひなげしを思わせた。

 

「気持ちは有り難いけど、私一人で線香でもあげろっての?」

 

 線香花火。季節外れもいいところだ。慎ましくて、派手好きの鬼には向かない。私向きじゃないと突き返そうとしたら、店主は妙にしっとりとした手のひらで遮って、

 

「そう言わずに。おつなもんでしょう、真冬に線香花火。姐さんもちったぁいい人いるんでしょう? お二人で興じてみなせぇ。きっとろまんちっくですぜ」

 

 青菜のお浸しを差し出した。脳裏に深緑の視線がよぎった。

 

「ばーか。いたら今頃所帯持ちさね。あと湯豆腐」

「あいよ」

 

 拗ねて紙縒をねじり回した。尾ひれがさながら風車のように回った。頼んだ湯豆腐と比べて、つくづく季節外れだ。鼻先にほのかに風を受けながら、季節通りの熱燗を煽った。店主はケロケロと笑いながら、紙袋に藁やら新聞やらを詰め始めた。すっかり譲り渡す気らしい。固辞するのも粋でない。青菜をつまみながら、箸で割った木綿豆腐の湯気を払った。角の根元の頭はというと、今宵膝を付き合わせる相手を探していた。

 

 

 粉雪、温泉、こたつ、鍋。雪見、湯けむり、布団と、豆腐。この時期の酒の肴は、底冷えする空気に引きずられてしんみりとしがちになる。酒と喧嘩は旧都の華だけど、銚子を温める燗はじっくり、かじかむ拳先に闘志もブレる。

 弾幕お祭り、花火に屋台。派手な肴が恋しい冬だが、熱燗入れて温そばを啜れば、それはそれで味のある季節を過ごせる。要は、冬は冬でしっぽりやるのも悪くはないということだ。熱気に燃える鬼の角先は一旦雪に埋めて、花見と宴会の雪解けを待てばいい。花を活けてみたり硯をすってみたりと、せっかち揃いの無精鬼達の中では、風流がわかる方だと自負していた。

 それにしたって、この冬に線香花火とは。 人通りの増えてきた往来を歩きながら、片手に抱いたしけた肴の使い道を考えた。庭先で一人でやるにはあまりに寂しい。寒風に拍車がかかりそうだ。かといって、鬼仲間には共に興じてくれるような奴はいない。誘えば誰かしらは来るだろうけれど、たかだか十本の焼香に付き合う物好きは少ない。酒瓶を空ける前に切れる肴など、こちらが遠慮したい。

 

 姐さんもちったぁいい人いるんでしょう?

 

 お布施がわりのじゃり銭をからかう店主の顔に叩きつけて出てきた。半分は照れ隠しだった。気になる奴はいた。

 いつも暇そうにしていて、しみったれていて、寂しいのが好きな奴。視界の端でちらついた翠と蜜色。憧憬を宿した眼差し。宴席の隅で、ちびちびと一人で飲んでいるようなひねくれ者。完全に孤立することもなく、数歩離れたところから喧騒を見守る緑眼に、季節外れの夏風情をお裾分けに行こう。足は自然、旧都の外れへ向かった。

 

 夕方。地上では太陽と月が入れ替わり、地底では鬼火の明滅が揺らぐ。日が天にあればより激しく、月が天にあればより冷ややかに、鬼火はその身をじりじりと燃やす。地底の数少ない光源。上目に一日の終わりを感じながら、あばら家の門戸を叩いた。

 

「今出ます」

 

 扉越しの声は平静。右手に下げた風呂敷包みの酒瓶を確かめた。返事から三拍ほどで、ガタガタと立て付けの悪い戸が開いた。

 

「やあ、お姫さん」

「勇儀さん……何かご用ですか」

 

 声は私の胸の高さから。自然、見下げ、見上げられる形になった。訝しげに、緑が濁る。蜜色の髪がしっとりと湿りを帯びて、艶めいていた。いつもの洋装でなく、白の襦袢一枚を纏って、湯上がりの水橋パルスィが立っていた。

 

「お茶くらいしか出せませんけど」

「お構いなく。こっちから誘いに来たんだ」

「お誘い? 何の」

 

 広くはないが小綺麗な部屋に招き入れられて、ちゃぶ台にお茶を出された。客用らしい座布団を受け取り、胡座をかいた。彼女も倣って、向かいに座した。酒瓶を脇において、抱えた紙袋から一本、花火を引き出してちゃぶ台の上に滑らせた。

 

「これ、線香花火?」

「うん、馴染みの飲み屋の親父がくれてね。夏の売れ残りらしいんだけど」

 

 細い指で紙縒を摘んで、私と同じように回したり、火薬の膨らみをつついたり、物珍しげに眺めていた。手遊びをしながら、

 

「それで、これがどうしたんです」

「お姫さんが良ければ、一緒にどうかと思って」

「はぁ」

 

 ごく自然に投げられた疑問に、誘いで答えた。橋姫はすっとんきょうな顔をして私と花火を交互に見つめていた。

 

「今から?」

「今から」

「二人で?」

「二人で」

「季節を考えたらどうなの」

「違いないけど、花火に罪はないわ」

「他にも誘う人はいたでしょうに」

「こんな辛気臭い肴に付き合ってくれる友人は生憎いなくて」

「酒は飲むのね」

「素面で真冬に花火するほどトンチキじゃないさ」

「私がお付き合いする義理もないんだけど」

 

 季節外れ。風情を考えろ。引っ張り出した高々十本の緑線。他を当たれば。やや早口な応酬は、

 

「こういうの、案外好きだろう? 宴会だっていつもしんみり楽しんでるじゃない」

 

 突かれた図星に彼女が恥ずかしそうに押し黙って、私に軍配。寂しがりなのは知っていた。

 

 

 

 

 いつか聞いたことだ。地上から妖怪と通じた人間が降りて来て、吹き出す怨霊と間欠泉、頭の沸いた地獄鴉にお灸を据えた。後から判明した山の神の意図、エネルギー革命と強い人間の来訪に、旧都が沸いた。関係者が山の神社に招かれ、再び通じた地上との繋がりと、もたらされるエネルギーでさらに明るくなる地底の未来を祝して、宴が開かれた。

 

 会場の境内についてみれば、関係者どころか無関係の奴らも随分いた。妖精、天狗、河童、秋神、厄神。なんとなく懐かしい顔ぶれだ。私を見た山の妖怪たちが豆鉄砲を食ったような顔をするのがおかしかった。片手を上げて挨拶をすれば、変わらぬ苦笑いで迎えてくれた。好かれたものだ。

 

「よう勇儀ぃ! 達者にしてたかぁ!」

「ん、萃香!? あなたも来てたの!?」

 

 昔なじみの鬼にもあった。異変の解決に一枚噛んでいたらしい。スキマ妖怪や烏天狗とともに、巫女のサポートをしていたとのこと。数百年ぶりに腕を組んで杯を交わした。

 橋姫は遅れて神社に到着した。地上に向かう妖怪たちを全て見送ってから来たらしい。私も橋を通るときに挨拶はした。白黒の魔法使いや、博麗の巫女と二言三言交わして、酒瓶だけ持ってゴザの隅に縮こまっていた。

 萃香や魔法使いと飲み比べをしながら、時折横目に様子を見た。膝を抱えて、酒宴の中心を睨んでいた。羨ましそうに、楽しそうに。時々私とも目があった。何を言うでもなく、爪を噛んで目をそらされた。萃香に断りを入れて席を立った。悪い女に引っかかるなよ-と、背中越しのちゃちゃに苦笑した。

 ひと声かけて、パルスィの隣に腰掛けた。横の私を一瞥、彼女は私に瓶を傾けた。

 

「呼んでませんけど」

「目があったからね」

「そうですか」

「橋守、ご苦労だったね」

「別に、仕事だもの」

「お前さんはどっちとやりあったの?」

「紅白の巫女。お札がやらしいったらなかったわ」

「そうか、私は魔法使いだった。いや、最近の人間はやるね」

「そうね」

 

 宴会の中心では件の巫女と魔法使いが、異変の手柄を取り合って殺気立ち始めていた。取り巻きたちが歓声を上げた。

 

「来るとは思わなかったよ。嫉妬深い橋姫さんは賑やかな場所は嫌いかと思った」

 

 言葉を引き出そうとして、らしくない絡み方をしたと思う。それでも橋姫は気を悪くすることなく、桝を呷った。

 

「こういう場は苦手ってわけじゃないんだけど。むしろ、好きよ。みんな楽しそうで、眩しくてね。ただ私の目には少し離れたところから見てるのがちょうどいいわ」

「交ざってくればいいのに」

「駄目。直視できない。眩しすぎる。胸焼けする。肩組んでるあんた達見ただけでお腹いっぱい」

「難儀だね」

「面倒くさい女でしょう」

 

 酒精が回っていて、いつもより饒舌になっていたと思う。活気から軸を外した外縁で、爪を噛みながら瞳をじっくり灼くのがいい。距離を間違うと灼きついて離れないので、遠巻きに眺めるのが一番なのだ。そう零す彼女の瞳は満足そうに見えて、どこか影があった。

 

「さみしくない?」

「平気よ。慣れたもの」

 

 一瞬陰る緑眼に、普段見せない地殻下の心の内を垣間見た気がした。星屑の弾幕とばら撒かれるお札の洗礼に、宴会は最高潮を迎えていた。緑眼が輝いて、夜を飾る弾幕の花を眺める彼女は眩しそうに目を伏せた。

 

 

 

 

 砂利を踏みつけて、石ころをはじいて、礫を蹴飛ばして歩いた。花火をやるならいい場所があるというので、先行きはパルスィに任せた。一歩前を行く彼女は、浴衣姿。白襦袢とは対照的な墨染の麻物。帯は臙脂。足元の裾に薄い桃色で石桜を散らしていた。わざわざ着替えていた。不健康に白い肌と黒い裾との境界に、細い足首がのぞいて目に悪かった。寒そうだと言ったら、

 

「たかが半刻でしょ。平気。風情を出して上げてるんだから感謝して」

 

 寒くなればその上着を貸してくれればいいわと、袖をつかんで愛らしくクルリと回って見せた。そうはいっても、片や夏浴衣で片や外套。真冬の線香花火みたいにちぐはぐだ。

 河原を暫く歩いて、着いたのは橋の袂。鬼火の灯りが橋に遮られて、かなり暗い。たしかに花火にはちょうどよかった。放つ光の淡い線香花火ならなおさら。橋脚の土台を椅子と卓にして、燭台に燐寸で種火を灯した。蝋燭の灯りを挟んで、夜の川辺に乾杯を一つ数えた。

 パルスィは口をつけた酒を一息で飲み干して、満足げに吐息を漏らした。酒に強くない彼女を考えて、携えた酒の度数は普段よりも数段低い。私には甘い水のように感じる。今日はきっと酔えないけど、それでいい。口実の杯は脇において、半紙に包んだ火薬のひなげしを手渡した。

 

「じゃあまず、お姫さんから」

「ええ」

 

 尾ひれを摘み取って、蕾を種火に近づけた。川風に揺れる火に、火薬が焦れる。掌で風よけを作って数秒、線香はやっと花を咲かせた。

 細い一条の白煙が香をくゆらせる。初めは夜気を擽るようだった火線が、瞬くうちにその花弁を伸ばして、暗幕にいくつもの朱い残像を作り始めた。橙に潤んだ珠から枝垂れる火の粉は、柳のようにも、曼殊沙華のようにも見えた。耳に届いていた弾けるような音は、火花が大きくなるごとに鳴りを潜めた。僅かに揺れる緑線は闇に溶けていて、音のない数百の開花だけが、夜に浮かんでいた。

 

「勇儀、早く飲まないと、落ちちゃうわよ」

「ん」

 

 しげしげと眺めていたら、声がかかった。酒をそっちのけで肴に夢中だった。主役は間違えていないのだけど、なるほどこれは確かに、

 

「なかなか、おつなもんだね」

「……ええ」

 

 蛙の顔を思い浮かべて苦笑した。いい肴をもらった。

 注いだ酒を数口。ちびちびとやるうちに、開き枯れを繰り返していた花火が、小さく萎れ始めた。花弁は散り、潤む橙がふるふると揺れて、ぽたりと落ちた。

 

「おわっちゃった。あっけないわね」

「まだ九本ある。どれ、次は私が」

「力んでお酒干さないうちに落とさないでね」

「風の機嫌次第かな」

 

 杯に酒を注いで、次に火をともした。紙縒りの先に広がる光景は、さっきと同じ。素朴で激しくて、しんみりとしていて、飽きない。夜の川辺に咲き乱れる花は、彼女の目にはどう映るのか。顔を上げると、ひどく真剣な目で花火を見つめる橋姫の横顔があった。弾幕を見ていたときとは違う、もっと深くて美しい眼差しだった。ドキリと腕が揺れて、珠が落ちた。

 

「あ」

「もう、なにしてるんですか」

「ごめんね。もう一本点けるよ」

「私の番よ。次は飲み切らせてくださいね」

「はいはい」

 

 それからは、二人で順繰りに火をつけあった。一人が花火を灯して、もう一人がそれを見ながら酒を飲む。番交代の将棋のような酒盛り。杯を手にしても、花火を摘まんでいても、映す火花とは別の光を翡翠の目に灯して、パルスィはじっと開花を眺めていた。パルスィが花火を持っている間、私はその横顔と瞳に映る花火を肴に酒をなめた。自分の番ではまた落としてしまわないように指先に集中した。時折横目に覗いても、じっと見つめてみても、バレはしなかった。緑柱石の中に火の線が走って、幾重にも反射した。闇夜に曼殊沙華を受けて浮かぶ彼女の顔は美しくて、甘水を呷る手が止まった。橋姫は時折その眼差しを瞼に隠して、闇に危なっかしく揺れる跳ね火の囁きを聞いていた。隠れた緑が恋しくて、透けるように薄い瞼を眺めた。途中吹いた川風に、パルスィの体と蝋燭の火が震えた。

 

「お姫さん、これ」

「ああ、ありがとう。やっぱり思ったよりも寒いわ。あ」

 

 外套を渡そうとして、袖が当たって燭台が転げた。服は焦げなかった。パルスィがさっと土台から降りて、燭台を拾い上げた。戻って蝋燭に火を点け、燭台を置いた。さっきよりも私と火との距離が近かった。寄せあった身に、蝋燭の火が窮屈そうにしていた。

 

 八本の煙と幾千の花を咲かせた時点で、酒が切れた。甘いのがよかったのか悪かったのか、パルスィの杯はよく進んだ。私はそれほどだった。花火よりも酒よりも、彼女のことばかり見ていた。浮足立つ酔いに上機嫌な橋姫が空の瓶を指で弾いた。半紙上の残りの花火は二本、摘み上げて片方を私に突きつけた。最後の二本は、一緒に上げることになった。

 

「先に落ちた方が負けね」

「勝負かい? いいよ。勝った方にはなにかある?」

「一つ言うことを聞きましょうか」

「よし来た」

 

 衣替え、買い出しの手伝い、屋根の修理。パルスィは勝者の権利を指折り数えた。こんなことなくても手伝ってやるのにと苦笑したら、

 

「じゃあ勇儀さんは何がほしいの」

 

 酔った声音で囁かれた。上目の眼差しが艶かしかった。「お前さん」と答えそうになった口を慌てて噤んだ。苦し紛れに、

 

「内緒」

 

 ごまかした。鬼の名誉にかけて嘘はついていない。

 

「けち」

「知りたきゃ負けてみな」

「絶対いやよ。負けるもんですか」

 

 互いに口を尖らせて、二人で紙縒りを火に向けた。パルスィは稚児のように無邪気に、私は動悸に震える手を鬼の気迫で抑えて、二人同時に火を灯した。

 

 

 

 

 来た時よりも暗くなった河原を歩いた。彼女の手には紙縒りの入った酒瓶。私の手には燭台と杯。二人して下駄を鳴らした。

 

「あー、悔しい」

 

 橋姫がすねたように一足先を行く。結局権利を勝ち取ったのは私。交わした視線に驚いて、パルスィが儚火を取り落とした。

墨染の浴衣の半分を私の外套が隠していた。表情は読めないけど、背中と声は笑っていた。夜が更けて気温は下がっていた。酔ってもいないのに私は暑かった。

 

「ねえお姫さん。勝利報酬なんだけど」

「そうね、妬ましい勝者の鬼様は何がお望み?」

 

 彼女の家の前について、切り出した。パルスィはくるりと戸に背を向けて、いたずらっぽく笑った。

 勝負の最中、彼女を見つめていて思い浮かんだ報酬を告げた。

 

「夏になったら、地上に花火を見にいかないか」

 

 理由もしれず、早口になった。

 

「魔理沙が言っていたんだ。人里では毎年夏祭りがあるらしくてね。なんでも弾幕に負けないくらい派手らしい」

 

 もちろんお前さんがよければだけど、と添えて。

 勝者の要求にしては優しいと思う。降って湧いた煩悩よりはよっぽど。私も一度見に行ってみたかったし、彼女を外に連れ出してみたかった。線香花火を愛しそうに見つめる彼女の瞳には、弾幕とは違う夜空に咲く大輪がどう映るのかを見てみたかった。パルスィはしばらく考えるように首をひねっていた。何度か私の顔と、手元の酒瓶を見比べて、

 

「却下」

 

 敗者らしく要求を飲まなかった。

 

「外に出るだけで要求一つ分よ。敷居高い」

「なんだいそりゃあ。勝負の意味がないじゃないか。鬼との約束に角を立てるのかい」

「夏の打ち上げ花火は華やか過ぎていけない。目が灼けるもの」

 

 思ったよりも往生際が悪い。振られたみたいじゃないか。勝負は勝負だ。きっと誘いに乗ってくれると思ったのに。嘘を吐かれて私は立腹だ。誘いを断られて意気消沈だ。なんとなく二人の時間を否定されたみたいで悔しい。角が熱くなり、萎れた。険しくなったり、情けなくなったりしているだろう私の顔を見て、パルスィが噴き出した。

 

「勇儀さん、待ってよ。代案があるの」

「代案?」

「言ったでしょ。打ち上げ花火は眩しすぎる」

 

 ククと笑いながら、宥める様に私の頬を撫でた。手は熱っぽくて、寒そうには思えなかった。片手に持った酒瓶を指でなぞって、

 

「初めて気づいたけど、私の目にはこれくらいがちょうどいい。間近で見ても眩しすぎない。二人で作った円の内で温かく目を灼ける。甘いお酒を飲みながら、妬ましくて美しい花を、貴女と見ていたい」

 

 いつか宴席で聞いたことと正反対のことを言って、瓶の中の紙縒りを見つめた。猛りかけた心が嘘みたいに静まった。

 彼女が気負うことなく、心地よく、円の内で過ごせていたのなら。それがたとえ燭台を挟んだ二人だけの宴だとしても、彼女の緑に陰る寂しさを紛らわせたのなら。彼女が私と共にいることを望んでくれたなら。彼女のために望みたいと思った。

 そこまで思って気づいた。先に落ちた方が負け。それならきっと、勝負はとっくに決まっていたじゃないか。

 

「じゃあさ、お姫さん」

「ええ」

「また花火、やろうよ。二人でさ」

「ええ、きっとですよ」

 

 ささやかな夜宴の勝者は、妬ましいくらい眩しく笑ってみせた。

 

 

 また来年、冬には誘ってくださいね。

 

 少し遠い約束をして別れた。

 貸したままの外套に気づいたのは、彼女のあばら家を随分離れてから。めっきり冷たい川風が、火照った腕と頬を撫でたから。冷めない熱を自覚して、今日のことを思い出していた。

 浴衣姿、覗く細足、潤んだ瞳、詰めた距離、酔った声音。落ちたのは、果たして朱に潤んだひなげしの蕾だけか。

 

「やられたなぁ」

 

 季節外れの汗で湿った髪をかきあげて、川伝いの冷風に晒した。すっかりおとなしい鬼火の冷光にも、紅潮する頬は明らかだった。

 




耳が熱い。

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