「え、なんすか班長。教えてくださいよ」
「この指輪を嵌めれば…私は既婚者と偽ることが出来る。そうすればそういう関係ではないとマスコミも思ってくれ…」
「班長ってたまにポンコツすよね。むしろ不倫扱いされて週刊誌にネタ提供するだけっすよ」
「なん…だと…」
気になる。
気になる。
気になる。
気になって、しょうがない。
「兄さんの恋愛事情が気になってしょうがない」
「そんなこと言ってないで仕事してください」
六堂鯉音は自分の部屋でそう言った。
そして付き人である山吹友恵にツッコまれた。
「だって気になるじゃない!友恵だってお兄さんいるでしょう!気にならないの!?」
「いえ別に」
「別に!?」
鯉音は自身の常識が通じなかったことに驚愕した。
まさか兄のことが気にならない妹がいるなんて…
「そりゃあ気になりはしますよ。だけど鯉音様ほどじゃないです」
「私ほどじゃないってどういうことかしら?」
「言葉通りの意味です。そもそも私が気になっているのはお相手の方であって兄には別に興味ありません」
兄より相手のことが気になる…?
なにを言ってるのかしら友恵は。
「相手なんてどうでもいいじゃない。それより兄さんでしょ兄さん!」
「はあ…まったくこのブラコンが」
「なにか言った!?」
「いえ、なにも。それより、そんなに気になるなら聞けばいいじゃないですか。この間、念願の再会を果たして連絡先も知ってるんですよね」
「ええ、まあ…」
どうしよう風鳴のおじさまに折角いただいたのに全く連絡してないじゃない。
それよりも…
聞くってどうすればいいのかしら。
『ねぇお兄ちゃん最近どうなの?彼女出来たの?やっぱりあのマリアとなの?ねぇお兄ちゃん?ねぇねぇ!』
これではまるで…
「ブラコンみたいじゃないッ!!!」
「え、自己紹介ですか?」
「違うわよッ!私のどこがブラコンだというのッ!?」
はあ…とため息をつく山吹。
外では鉄の女など言われる鯉音だが家に帰ればこんなお子様。
職場の人間がこれを見たらどう思うだろうか。
まさか、こんなブラコンお子ちゃま女だとは思ってもいないだろうから衝撃のあまり数日寝込んでしまうかもしれない。
「はあ…兄さんは今頃なにをしているでしょうか?一人寂しく寒い部屋で夕食でも食べているのでしょうか…こんなことなら妹が待つこちらに来ればいいのに」
「離縁したのだからそれは無理でしょう。というかその想像はなんですか。千鶴様が一人とは限りませんよ」
「そんなはずありません。兄さんは口下手ですよ?そんな団欒しているはずがありません」
「マリア、しょうゆを取ってくれ」
「はいはい。かけすぎないでよ?」
「…千鶴様のことは一旦置いといてですよ鯉音様。縁談の件、どうするおつもりですか?」
「そんなの断るに決まってるじゃない。まだ早いもの」
お見合い写真を手に訊ねる山吹。
それにあっけらかんと答える鯉音。
そんな鯉音を見て山吹は再びため息をついた。
「そうやってまだ早いとか言ってるといざ結婚したい時になって結婚出来ないんですよ」
「私そんなに結婚したいと思わないのよね…」
お見合い写真から目を反らし呟く鯉音に山吹は現実を叩きつけた。
「もっと言えば鯉音様みたいなブラコンお子様女に結婚のチャンスなんてそう訪れるとは思えないので若さという武器があるうちに結婚しましょう」
「ねえ友恵。貴女本当に付き人?主人にそんなこと言う付き人なんていないと思うのだけど」
「鯉音様のことを思っているからです。夢を見させるより現実を見せた方が今後、苦しむことも少ないかと。六堂家と繋がりたいという思惑で近づいてくる輩は星の数ほどいますが真に鯉音様を愛してくれる人はそう見つからないんですよ」
「うっ…うるさいわね友恵のくせに!友恵だって彼氏いない歴=年齢のくせに!」
「彼氏いないのではなく作らないだけです。鯉音様の付き人なんてしてたら彼氏作る暇もありませんからね。早く私離れと千鶴様離れしてください」
山吹の言葉という名のナイフが鯉音を貫いた。
こうなればあとの行動は決まっている。
「友恵のバカぁ!!!!!」
自分のベッドに飛び込みジタバタと足を暴れさせる鯉音。
これが、彼女達の日常である。
妙な時間に目が覚めてしまった。
やけに目は冴え、頭もしっかり働いてしまっている。
これは眠れそうにない。カフェインを摂ったわけでもないのに。
体を起こし時計を見ると深夜二時。
草木も眠る丑三つ時。
幽霊が出ると言われる時間帯なのだが、俺は幽霊というものと出会ったことはない。
よく幽霊とかオカルトを信じてなさそうと言われる俺だが幽霊はいてもいいと思っているしオカルトだって聖遺物なんてものと関わりのある仕事をしている以上そういった類いのことはあってもおかしくないと思っている。
しかしどうにも俺には霊感というものがないらしい。
学生の時、友人と肝試しをした時に友人達は「あそこにいる!」「音がする!」と言っていたのだが私には何も見えないし聞こえなかった。
一度でいいから幽霊というものと出会ってみたいのだが…
…喉が渇いた。
水でも飲むかとベッドから抜け出してキッチンへと向かった。
キッチンの照明だけつけて水を飲む。
やけに冷たい水のせいで余計に眠気が離れてしまった気がする。
明日も仕事だというのに…
眠れなくてもベッドで横になって目を瞑っているだけでも体は休まる。
それに気づいたら寝ていたなんてこともあるだろう。
寝室に戻るか…
『ち…さ…』
…気のせいだろうか、声が聞こえた気がする。
女の子の声だ。
恐らく、まだ子供の。
当然我が家にそんな子がいるはずがないので空耳だろう。
『ちづ……ん』
また聞こえた。
もしかしたら幻聴かもしれない。
疲れているのか…
最近は年度末なので少々残業も続いていたし知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのだろう。
もう若くないな俺も。
『千鶴さん』
本格的にダメかもしれない。
これは一度病院に行ったほうがいいのかもしれない。
あれだろうか、疲れだけじゃなくストレスもあるのかもしれない。
最近は部下の報告書に加えて怪文書まで送られてくるようになったことがストレスとなっていたのかもしれない。
『千鶴さん…あの、そろそろ気づいてほしいです』
気づいてほしい…か。
これはあれか、ストレスと疲れが俺の知らないところで溜まっているから気づいてと言っているのかもしれない。
早期発見があなたを救うのです的な感じか。
最近のストレスと疲れはすごいな溜まると教えてくれるのか。
これで健康により気を使えそうだ。
『あの、私はストレスでも疲れでもないです』
ストレスでも疲れでもない?
ではこの声の主は一体…
『私はセレナ・カデンツァヴナ・イヴ。マリア・カデンツァヴナ・イヴの妹です』
すうっと目の前に現れた茶髪の少女。
そうか、マリアの妹か…
「こんな時間に子供が出歩いたら駄目だろう。今からマリ…お姉さんに連絡するからちょっと待っていろ」
通信端末を操作してマリアに電話をかけようとすると画面が砂嵐になった。
…故障か?
こんな時に故障とは…固定電話がないから連絡手段がないぞ。
公衆電話まで歩くか。
「な、なんだ?体が動かな…」
『マリア姉さんに連絡はしないでください。それに連絡したところで無駄です。だって私…』
『死んでるんですから』
「そうか、死んでるのか。確か前にマリアがそう言っていたな」
『えっリアクション薄い』
「あ、ああ…死んでるということはつまり幽霊ということだろう?え、幽霊!?」
『リアクション遅い…』
セレナをリビングに通してソファに座らせた。
灯りはキッチンのみ。
あんまり明るくされるとダメとのこと。
『あの、なんですかこの塩は』
「いや、化けて出るほどの未練があるかと思ってな。無事に未練を断ち切って成仏出来たらいいなという俺なりのもてなしなのだが…」
『いやこれ魔除けとか厄除けですよね』
このあと少し説教された。
盛り塩を回収して茶と大福を出したが当然食べることはない。
『こんな時間に大福を出すなんて飯テロですか?』
「お供え物のつもりだったんだが…」
なんということだ、まさか遂に幽霊と出会ってしまうとは。
しかも会話までしている。
それもマリアの妹とは…
「私なんかのところよりマリアのところに行ったらどうだ?喜ぶぞ」
『どうにもマリア姉さんと会おうとすると間が悪いんですよね。それに、今日は千鶴さんとお話がしたかったんです』
「そうなのか…あむっ…」
『えっ私の大福食べるんですか』
「お供え物は三分供えたらいいっておばあちゃんが言っていたからな。もう三分たったし、それに食えないだろう」
ちなみにこっちのおばあちゃんは母方の方だ。
あっちは婆さんと区別している。
『目の前で大福を食べている姿を見させられる気にもなってください』
「むっ!こしあんか…つぶあんの方が好きなんだが…」
『あの自由過ぎません?千鶴さんってプライベートだとこんな感じなんですか?』
「プライベートまであんなだと疲れるだろう。ずずっ…」
公私混同はしない主義。
ああ、お茶が旨い。
『マリア姉さんと一緒の時はプライベートじゃないんですか?』
「そうだな…正確には一人でプライベートの時は、だ。他人の目を気にしなくていいからな」
『今は私がいるじゃないですか』
「言われてみればそうだな…あまり意識していなかった。多分存在感が薄いからだろう」
『そ、存在感が薄い…』
がくっと項垂れるセレナ。
しかし頭をぶんぶん振って顔を上げ、何か決意をしたような目で俺を見てきた。
『世間話はここまでにして本題に入りましょう。千鶴さん。貴方はマリア姉さんのことをどう思ってるんですか?』
「仕事仲間」
『即答ッ!?』
事実だからな。
マリアとの関係を表す言葉の一つとしてなにも間違っていない。
あとは誤魔化しの意味。
『今までキスしたり抱きしめあったりしてきたのに仕事仲間の一言で片付けるんですか!?』
「…ちょっと待て。なぜそのことを知っている?」
『ずっと見てましたから』
「ずっと見ていたなら分かるだろう。キスは向こうがしてきたこと。抱きしめあったのもマリアが転びそうになったのを助けただけで…」
『いえ、キスも抱きしめあったのも千鶴さん的に悪くないんですよね』
…
そんなことは決して…
『ほらほら素直になっちゃいましょう』
「俺はマリアのことが…いや、言わんぞ。乗せられてたまるか」
『もう実質言ってるようなものじゃないですか』
そんなことない。
そんなことないはずだ。
今のはきっと深夜の魔力(深夜テンション)のせいだ。
「まったく…わざわざこんなことのために来たのか?折角化けて出れたんだ。もっと有効に使ったらどうだ?」
『…姉の幸せのために動くことは有効でないと?』
どうやら思っていた以上にセレナは真剣らしい。
セレナの気持ちを、踏みにじってしまった…
「すまない、失言だった」
『そうですね…謝罪代わりにこちらにサインを…』
テーブルの上に書類が一枚。
すっと流れてきたそれを見るとマリア・カデンツァヴナ・イヴと記入された婚姻届。
「お前まで持ってるのか…」
『はい。いつでも提出出来るように準備してますよ』
「お前が出したら役所で心霊現象だと大騒ぎだ。それと、これは書かないからな」
そうですか…としゅんとしたセレナ。
しぶしぶ婚姻届を仕舞うと…体が透けて…
『今日はこれまでです。お話出来て楽しかったですよ。千鶴さん』
「…ああ。俺も幽霊と話が出来て貴重な体験だった」
更に体が透けて、消えていくセレナの顔は笑顔だった。
やはり姉妹だからか、似ている。
『もう最後になりますが…マリア姉さんをよろしくお願いしますね。それと、私はマリア姉さんの味方なので千鶴さんをマリア姉さんとくっつけてみせます!』
最後にとんだ宣戦布告が飛んできた。
よくよく考えるとマリアにばかり味方がいて、自分には味方がいないじゃないか。
いや、たとえ一人でも戦い抜いてみせるぞ俺は。
マリアとの結婚なんかには絶対屈しない。
『それでは千鶴さん。近いうちに、また。今度はみんなと来ますね』
そう言ってセレナは消えた。
まさか、本当に幽霊と遭遇するとは…
…ちょっと待て。
近いうちにまたとか言ってなかったか?
それに、皆と来ると言っていたが…
え、みんなってなに?
みんな(幽霊)的な?
一体何をする気なんだ…
しかし、すぐに分かることとなる。
この言葉の意味を…
本日の勝敗 なし
これはまだ始まりに過ぎない…
セレナ「はーい!それじゃあ皆さん行きましょー!」
心霊のみなさん
「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」
…なにかが始まる。