気がついたらウルトラマンティガになれるようになっていました。 作:紅乃 晴@小説アカ
GUTS作戦司令室が置かれているのは、千葉県房総半島にあるTPC日本支部。
航空自衛隊の峰岡山分屯基地と隣接する支部であり、TPC日本支部直轄であるGUTSの航空基地としても機能する場所で、新城は1人屋上で風に当たりながら遠くに見える景色を眺めていた。
「どうしたんですか?」
そんな新城に追いかけてきた伶那が話しかけた。伶那と新城は一つ違いの後輩と先輩であり、武器に強い新城と、戦闘機パイロットとして高い成績を残す伶那は、同期の中でも目立って活躍していたのだ。
後輩であり、ライバルでもあった伶那に、新城は不機嫌そうに顔をしかめながら一瞥する。
「いつもの新城さんらしくないですよ?」
「うるせーな。だいたい、いつもの俺ってなんだよ」
そうですねぇ、と伶那は目元を両手の人差し指でキッと吊り上げて新城を見た。
「こんな顔で、頑固で負けず嫌いで責任感が強くて、誰よりも戦闘機と武器が好きなミリタリーオタク?」
「あのな、喧嘩売ってるのか?」
不機嫌そうな顔から呆れたような表情に変わった新城を見て、伶那は面白そうに笑うと新城も釣られて伶那と同じように笑みを浮かべた。
「それくらいが、いつもの新城さんらしいですよ」
新城がここ最近、変に肩肘を張っているのは誰から見ても明らかだった。伶那のほうが若いが、新城の姿を見つめていた彼女にとって、彼の異変に気付くなど時間は掛からなかった。
「すまないな、柳瀬。どうにも最近、カッカしすぎてる」
「——ティガのことですか?」
「いや、全部さ」
そう言って新城は手をかけていた手すりから手を離して柵へ背を向けて体重を預けた。
周りは巨大生物のことを「怪獣」だなんて当たり前のように受け入れ始めていて。
新城自身、まだそんな存在を信じられないといつのに。
「…なんか、俺だけ置いてけぼりにされてるような気がしてな」
そう溢す新城に、伶那は首を傾げる。
彼がオカルトチックなことや、そういう迷信めいたことを信じていないことは知っていたが、それでも頑なな新城を見るのを伶那は初めてでもあったからだ。
「新城さんは、なんで怪獣を信じないんですか?」
その言葉に、新城はわずかに顔を硬らせてから柵に腕をかけて上を見上げる。空はどこまでも突き抜けるような晴天だった。
「——俺の父親は航空事故で死んだんだ」
そう言って、新城は胸ポケットに入れていた父のパイロットワッペンを取り出した。
同じ航空自衛隊のパイロットであった父は、パトロール任務中の1万5000メートルの高度で消息を経った。後に行われた調査や捜索の後、太平洋千葉県沖合で、戦闘機の残骸が発見された。
父の遺体がない中で行われた葬儀のことを、新城は今でも覚えている。
「葬儀の時に、僚機だった親父の同僚が言ったのさ。「空で怪獣に襲われた」って。その同僚は精神病を患ってると診断され空から降りたが…それを信じた俺は皆の笑い者だった」
まだ幼かった自分は、父の死の実感が持てないまま、同僚が言った「空の化け物」を信じて疑わずに、多くの人の笑い者にされた。
そして、それを信じてしまったがために、自分の母にも苦労をかけることになってしまった。そんな現実から逃げたい一心で、新城は自衛隊への道を歩み出した思いがあったのだ。
「父の死は、不慮の航空事故。そう自分に言い聞かせてきたから、怪獣なんてものを認められないのかもしれないな」
そう呟く新城。すると、彼の腕時計がアラームを発した。柵から外を見るとパトロールを終えた戦闘機が着陸している様子が見える。交代で出るのは新城だった。
「パトロールの時間だ。柳瀬、お前も休め」
そう言って伶那の肩を叩いて出口から出て行く新城の背中は、どこか儚さと憂いを帯びているように見えた。
▼
「最近やりすぎだぞ、円」
昼食後、屋上でボケっとしていたところにタバコを加えた先輩がやってきた。差し出された缶コーヒーを受け取ると、彼女は煙を小さな吐息で吐き出す。
「すいません、先輩」
「先方や上司に誤魔化さなきゃならない私の気苦労を慰めろ」
「流石っす!先輩!」
「はっはっはっ!もっと褒めるが良い!」
腰に手を当てて笑う先輩をここぞとばかりに持ち上げる。いよっ、日本一というと二人揃っておかしくて笑った。
先輩にティガであることが知られた時はどうなるかと思っていたが、先輩はかなり協力的…というか、全面的に味方をしてくれた。
商談や立ち合いのときも、彼女は俺の不在を誤魔化したりしてくれることで今の職場でもとくに目立つことなく、生活にも事なき済んでいる。
正直に言えば、めちゃくちゃ助かってる。先輩の助力がなければ、サンフランシスコから続いた怒涛の怪獣出現ラッシュが終わる頃には俺は会社をクビになっていただろう。
「しかし頑張りすぎているのは確かだぞ、円。少しは自分を労れ。無理をすれば体なんてすぐに壊れる」
ひとしきり笑った後、先輩はタバコを一服し真剣な眼差しでそう言った。ここのところ、怪獣が出る時期もペースが早くなってきているし、海外に出現していた怪獣たちの分布も日本に集中していっているように感じた。
今あついのはハワイやオーストラリア、中国とロシアで、反対側なんて平和そのものだ。まぁ怪獣被害で破壊された市街地などの復興に莫大な予算を投じてあるらしいが。
「ありがとうございます、先輩。けど俺は…」
皆まで言うなと、先輩は俺の言葉を遮る。ウルトラマンティガである以上、怪獣と戦うことは宿命つけられている。俺が戦わなければ、世界は破壊され、やがて訪れる〝破滅〟の前に滅んでしまうから。
「わかってるさ。ただ、言わなければ私がおさまらんというだけさ」
ふぅ、と最後の一口を吸い終わって、先輩はタバコの日をぐしゃりと消した。
「ティガの巨人が現れてから、多くのことが変わった。ある人はお前を神さまの使いだと言う。けど忘れるなよ?円。お前は人間だ」
ズバリ、と言い刺された気がした。ウルトラマンティガの主人公であるダイゴも、直面した光と人の分岐点に大いに悩み、苦しんでいた。
俺も同じだ。
人であり、光である。ユザレの言葉が呪詛のように体に絡みついていて、ウルトラマンティガに変身するたびにその境界線が曖昧になってゆくような感覚があった。
けれど、先輩はハッキリと断言したのだ。「お前は人だ」と。
「人間が人間たる所以を忘れれば、それは世界中で暴れる怪獣と何ら変わらんと私は思う。立ち向かうには、お前が何者かを知っていなければならない」
仕事も同じさ。自分のやるべきことも分からないのに良い仕事なんてできないだろ?なんて言って笑う先輩に、俺は返す言葉が見つからずに震える声で答えた。
「先輩らしいですね」
照れるように笑う先輩。すると、内ポケットにしまっていたスパークレンスが熱さを持ち出した。
「行くのか?」
その異変に先輩も気が付いたのか。俺は内ポケットからスパークレンスを引き抜き、真っ直ぐに先輩を見つめる。
「俺は行きます。人間として、助けを待つ人を助けるために」
そして空へ、スパークレンスを掲げた。眩い光が溢れ、肉体が光へと変換される。迸った光の流れに乗ったまま、ウルトラマンティガとなった俺は空へと飛び立った。
「ああ、行ってこい。私は待っていてやる」
▼
「こちら新城。高度1万5000。異常なし」
F-2戦闘機のコクピットの中で、新城は地上にいる管制官へ通信を送る。雲の合間を縫って飛ぶ新城の戦闘機は鮮やかなラインを描いて空を舞っていく。
親父が死んだ空、か。
高度計を見た新城は、ふとそんなことを思った。父もまた、自分と同じ光景を見つめながら死んでいったのだろうか。太陽の光が燐光となってキャノピーを照らす。穏やかな空だ。
そんな空を、一迅の影が横切った。新城の機体が予想だにしなかった気流の変化により激しく揺れる。
「なんだ?!」
《どうした、新城!》
スロットルを引き絞りながら機体を立て直す新城の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
「何かが雲の中にいる!戦闘機…?いや、それよりも…」
自分の真横に位置する雲の中に、明らかな影が潜んでいたのだ。自分の機体の影にしてもあまりにも大きく、そして太陽の方向から自機の影ではないのは直ぐにわかった。
新城が雲からすぐに離れるよう進路を取った瞬間、雲の煙を切り裂きながら巨大な翼を持った生物が新城の機体を追うように飛び出してきた。
「怪…獣…っ!!」
ユザレの予言。
新城の中に安藤から聞いた予言の言葉が蘇る。鋭い爪と翼を羽ばたかせるそれは、明らかに今まで見てきたどんな敵よりも歪であり、なにより恐ろしい存在だった。
メルバは新城の戦闘機に目をつけると、目から光を溢れさせて光線を放つ。
まずい…!!新城はすぐさまスロットルとフットペダルを踏み込み、機体を旋回させた。
「…ぐっ…が——っ!!なんて機動力だ…!!戦闘機じゃ相手にならねぇ!!」
想像絶する重力負荷がかかっているというのに、戦闘機の機動力をモノともせずにメルバは新城へと近づいてくる。
そこで新城は直感的に理解したのだ。父やその同僚を襲ったのが、このメルバのような怪獣であったと言うことを。
「やば…っ」
その言葉を呟いた時には、メルバが再び放った攻撃が新城の機体を捉えていた。
エンジンの側面を掠めた攻撃は、戦闘機の出力を奪うには充分な威力を有していた。
《ホーネット3、被弾!!》
《新城!!》
異常を知り、通信に加わってきたGUTSのメンバーからの声を聞きながら、新城は姿勢を崩した戦闘機の中で脱出レバーを引く。だが、機体に反応は無かった。
「ダメだ…脱出レバーが…電気系統がやられたか…!!」
《新城さん!!》
《脱出するんや!!新城!!諦めたらアカン!!》
霧揉みながら1万メートルの空から落ちてゆく新城の機体。言うことを聞かなくなった戦闘機の中、自由落下の負荷に耐える新城はヘルメットの中で叫び声を上げた。
「くっそぉおお!!俺は!!こんなところで…!!」
まだ何もできていないと言うに…まだ父の背中すら見えていないと言うのに…!!
負荷に耐える新城は、落ちてゆく景色が見えていなかった。
すると、煙を上げて落下していた機体は緩やかに姿勢を取り戻していく。
身体中が浮くような感覚に襲われていたが、気がつくと新城の体に掛かっていた負荷は消え去っていた。
「な、なんだ…?………光……?」
顔を上げた新城の目に入ってきたのは、眩い光だった。手で光を遮ってキャノピーから空を見上げると、そこには青空はなく青く光る〝カラータイマー〟があった。
「ティガ…!?」
新城の戦闘機を抱えるように現れたのは、ウルトラマンティガだった。
メルバが唸るような声を轟かせる。手を前に広げて心情を抱えたまま飛ぶティガを、メルバは速度を上げて追い始めた。
「ティガ!!なんだってこんなタイミングで!!くそっ!!」
レバーを動かすにも、ティガの大きな腕に抱えられている新城に為せる事は何もない。
ティガに捻り潰されて死ぬくらいなら、墜落して死んだほうがマシだ!!
そう心の中で思う新城だったが、ティガは一向に新城へ危害を加える素振りは見せなかった。
それどころか、メルバから放たれる光線を背に受けながらも、ティガは高度を新城に負担が掛からないように緩やかに落として地に向かって飛んでいたのだ。
「俺を…庇っているのか…?」
再びメルバの攻撃がティガを襲う。
くぐもった巨人の声が新城の耳に届いた。新城はヘルメットを外して真上にあるティガに向かって言葉を放った。
「なぜだ!俺はお前を……俺を離せ!!俺を掴んだままじゃ戦えない!!俺を捨てろ!!」
その声が聞こえているのか……ティガは新城の言葉を無視して抱えたまま地に向かって飛び続ける。絶え間なく続くメルバの攻撃を受けながらも、ティガは新城を見捨てることはなかった。
「聞こえないのか!!俺を、捨てるんだ!!」
カラータイマーが赤く点滅し始める。
この合図を皮切りに、ティガの体力が著しく低下するのは、各国の調査隊からの報告で明らかになっていることだ。
そこまでして、自分を庇うのか…!!
「何もできないで…俺は…!!」
瞬間、新城とティガは激しい衝撃に襲われた。
速度が落ちたティガに追いついたメルバが、ティガへ直接攻撃を始めたのだ。鋭い両手の鋏でティガを痛めつけるメルバに、ついにティガは新城の機体を手放してしまう。
浮遊感に襲われる新城へ、ティガは手をかざして光を送り込んだ。
「落ちて…ない…飛んでいる…?出力は出ていないはずなのに」
新城の戦闘機は、ティガから発せられた光によって空を飛んでいたのだ。スロットルを傾ければ、まるで異常がないように戦闘機が理想的な軌跡を辿ってゆく。
「飛べる…今なら、俺は飛んでいる!」
飛び立った新城の戦闘機を見送ったティガは頷くと、襲いかかっていたメルバの嘴を掴み、距離を離す。
「ターゲット、インサイド…喰らえ!!」
その隙に狙いを定めた新城が、緊急用に装備していたミサイルを放つと、ティガも合わせるように腕を交差させ、ゼペリオン光線をメルバへと放った。
メルバはミサイルによる爆撃と、ティガの光線を立て続けに受け、耐えきれずに空の彼方へと爆散する。
「よっしゃあ!!」
ガッツポーズをする新城は空に浮かぶティガの周りを旋回していると、ティガは役目を終えたように光り輝いた。
巨人から光へと変わってゆくティガの光に新城は包まれていく。
「暖かい…光…」
意識が遠のく。
懐かしい温もり。
これは、父に頭を撫でてもらったときの思い出だ。
遥かに彼方から、誰かの呼び声が聞こえたような気がした。
▼
「新城!!」
ハッと目を覚ましたら、見覚えのない天井が視界の先にあった。目を横へと向けると、副隊長の宗方や、伶那たちが心配そうな目で自分を見つめていた。
「お、俺は…いったい…」
「ここは横田の医務室だ。着陸した時は冷や冷やものだったぞ?」
ゆっくりと上半身を起き上がらせると、たしかにそこは医務室だった。しかし、自分はどうやってここにきたのだろうか。横田まで飛んだ記憶すらない新城は、宗方へ疑問をぶつける。
「宗方副隊長…自分は」
「無動力のまま、滑空して無事に着陸したぞ。肝心のお前はキャノピーの中で伸びていたがな?」
しばらく休んでおけと言って宗方はGUTSのメンバーを連れて部屋から出て行く。宗方たちの出て行った扉を見つめていた新城は、ふと自分の胸ポケットに温かみがあるような感覚を覚えた。
ポケットから父が着けていたパイロットワッペンを取り出す。
「そうか…俺は…」
そのワッペンからは、微かにだが光があった。人肌のような温もりが新城の手を包み込むと、ワッペンが纏っていた光は小さく放散し、空へと上がってゆく。
「ウルトラマン…ティガ、か」
医務室の窓から、大きな一番星が夕暮れの空に輝いているのが見えるのだった。