かめはめ波を撃とうとしたら、新世界を作ってしまった 作:おこめ大統領
愛上が校舎内に移動したのに伴い、俺と遊佐も少し場所を変えた。あいつは今、校舎1階の廊下におり、俺らはその向かいの校舎の3階の廊下だ。この距離なら向こうからは気づかれないだろう。
別に俺が愛上を監視する必要はないのだが、なんというか、乗り掛かった舟だ。
それに他のメンバーがどんなことをするのかも気になるしな。いい意味でも悪い意味でも。
愛上は重い足取りで、どこへ行くでもなく廊下を歩きさまよっている。無理もない。見知った人達が急におかしな行動をとりだしたんだ。そのうえ、椎名にあんな目にあわされたし。
そう、松下五段の次に愛上は椎名と遭遇していた。
……あれを遭遇と言っていいのかは、頭の悪い俺には分からないが。
椎名はなぜか天井で寝ていた。ご丁寧に枕も敷布団も掛布団も完備だった。しかも漫画みたいな鼻提灯まで出ている。どういう仕組みで天井に張り付いていたのかは分からないし、そもそもなんで天井に張り付いていたのかもわからない。
わかることは、愛上がその光景に目をぱちくりさせたのち、意を決して椎名の下を通ろうとしたら「曲者!」とか言われて背中を刺されたことだけだ。椎名は、
「すまん、反射で殺してしまった」
と小さく弁明し、その場を後にした。反射で殺すな。
愛上は驚異の再生力により1分ほどで復活したが、それ以降確実に20歳は老けたような表情を浮かべ、猫背になりながらふらふらと歩きさまよっていた。
「なぁ遊佐、椎名の中ではローテンション=寝てる人なのか?」
「先ほどのあれを見る限りそう読み取れますね。間違ってはいないかと」
「お前もう考えるのめんどくさくなってるでしょ」
「お互い様ですね」
最近の遊佐を見ている限り、愛上について深く考えることを辞めたのだろうと思っていたけど、どうやら戦線メンバーの奇行についても同様のようだ。
これ以上変な行動をしてくれるなよ、みんな!
遊佐という貴重なメンバーが呆れて脱退するとかになったらシャレにならないからな!
「愛上さんが新たな戦線メンバーと接触しました」
「お! 次はだれだ!」
「TKさんです」
「終わった!」
変な行動確定じゃねーか!
ただでさえ普段がハイテンションなTKだ。どう転んでもおかしなことになるに違いない。
そう思い、恐る恐るTKがいると言われた方を見ると、くるくる回りながら愛上に近づいているところだった。
なんだ、いつもと変わんねぇじゃん。
俺は遊佐の持つ指向性マイクのイヤホンを耳にしっかり入れながら呑気にそんなことを考えていた。
……いや、違う。
よく見ると、回転がいつもより遅い気がする。
いつもの回転の速度を10とすると、今俺が見ているのは5から6くらいだ。
「確かにテンション低いやつは素早く回転しないだろうけど! そもそもテンション低い奴はクルクル回って移動しないだろ!」
「回っていないと死んじゃうのでは?」
「あいつはサメか何かなのか⁈」
しかもTKのやつ、愛上に気が付いていないのか知らないが、普通に素通りしようとしてるぞ。
TKが愛上の横を通り過ぎた直後、手のひらサイズの何かが落ちたのが見えた。
『TK先輩、ハンカチ落としたよ』
愛上がゆっくりとハンカチを拾い上げてTKを呼び止めた。声をかけられたことに気が付いたTKは回転を止めて愛上の方に振り返ってお辞儀をした。
『恐れ入ります』
「なんじゃその口調!! いつもはもっとOK!とかLet’s dance!とか言っちゃってるじゃん! いつものアレは何だったんだよ! キャラ付けか⁈」
「TKさん日本語喋れたんですね」
愛上も同じことを考えていたのか、顔を引き攣らせながら「いいってことですよすっとこどっこい」とか言っていた。随分と弱気な江戸っ子だ。
TKが去った後も愛上はその場でしばらくフリーズしていたが、やがてすぐそばの窓に肘をついて空を見上げだした。あいつが考えていること、今なら手に取るようにわかるぞ。
立て続けに普段と違う戦線メンバーに会ったんだ。そりゃ精神的に疲れるわな。
「あれ、あとは誰に会ってないんだ? もうかなりのメンバーと遭遇したよな」
「野田さんと高松さんですね」
「私がどうかしましたか?」
「うぉっ!」
背後からの予期せぬ返事に背筋が不自然に伸びてしまったが、振り返るとそこには噂の高松がいた。
「はい、高松さんは愛上さんとまだ遭遇していないという話をしていました」
「なるほど、そういうことでしたか。確かにヘドロの水で育てられたカス花こと私はまだ愛上さんには会っていませんね」
ん?
「いつ遭遇してもいいように、墓場に落ちてるガリガリ君の袋こと私はずっとローテンションを貫いているのですが、無駄になってしまいそうですね」
おや?
何か違和感を覚えるぞ。
というか、
「高松さん、何故そのようなキモい話し方をされてるんですか?」
「き、きもくなんかありません……っ! 今日一日ローテンションで過ごせと言われたから必死に貫いてるだけです! むしろいつもと変わらないあなたたちの方がおかしいのです!」
「なるほど、その変な言い回しは高松なりのローテンションだったんだな」
遊佐の直球攻撃に思わず声を荒げる高松。
先ほどまででさえ何一つローテンション感は出ていなかったのに、大声を普通に上げてるいまはむしろテンションの高い眼鏡野郎にしか見えない。
「皆さんの傾向として、テンションの下げ方が分からないと共感性の低いネガティブになってしまうんですね」
「そう言葉にされると、俺たちってものすごいバカみたいだな」
遊佐の返事はない。この無言は肯定と捉えるべきな気がする。
実際ローテンションを意識してやるのは難しい。
ハイテンションなら大声上げてバカみたいなことをしていればそれっぽくなるけど、ローテンションは声のトーンを下げる位しかない気がする。
こんなことならローテンションシンドロームじゃなくてハイテンションシンドロームにしてくれればよかったのに。まぁそんなアホみたいな作戦なんて今後もないだろうけどな。
あはははは。
「げ、今度はお前らかよ」
悪い意味で聞きなれた声がイヤホンの外から耳に入り反射的にギュインと首をひねると今日一日監視をしていた愛上が数歩先から気怠そうに俺たちを見ていた。
しまった、高松のバカに気を取られているうちに俺たちの近くまで来てたのか。
だとしても移動速すぎるだろ。
別の校舎にいて、しかも階も離れてるんだぞ!
相変わらず無茶苦茶なやつだな!
「おや、愛上さんではないですか。お久しぶりです」
高松が先陣を切って話しかける。
そんな普通の挨拶をした高松に対して、なぜか愛上は目に涙を浮かべて感動している。
「おぉ……、いつも通りの高松だ! どこに出してもおかしくない高松だ! わーい!」
どうやら今日会った戦線メンバーがことごとく狂っていたのが相当堪えていたらしい。滝のような涙を流して両手をあげて喜び始めた。比喩とかではなく、マジで目からバケツをひっくり返したかのような量の水が出ている。
廊下が水浸しになっていくに従い、俺の中の申し訳ないという気持ちが薄らいでいくのがわかってかなり嫌だった。
「はぁ、何があったのか知りませんが、弱い王の古墳こと私でよければ相談に乗りましょうか?」
「あぁぁぁ! 結局あんたもかよ! 日向先輩! あんたは大丈夫だよなぁ! いつもみたいにツッコんでやってよ! さぁさぁ!」
めちゃくちゃ必死な顔で俺に話を振って来やがった。できれば俺に気が付く前にこの場を退散したいところだったのに。
ここは遊佐を差し出してこの場を乗り切ろうと思い隣を見ると先ほどまでいたはずの遊佐がいない。代わりに、少し離れた廊下の角で親指を立ててこちらを眺めていた。
助けはない。
くっそ、ローテンションっぽいことを言わないと!
ローテンション、ローテンション……、テンション低そうなことってどういえばいいんだよ。
こうなったら勢いでやるっきゃない! なんとかそれっぽいことを言ってくれ、俺の口!
「チョキに負けちゃう情けないグーみたいな俺にツッコみなんて無理だ……」
「うわあぁぁぁぁぁん!」
ダメだった。
俺も結局は死んだ世界戦線のメンバーなんだなと実感してしまった。
愛上は俺の言葉(というか俺までおかしくなっていたこと)が相当ショックだったのか、ポケットから取り出したマッチに火をつけて先ほどあたりを水浸しにした自分の涙に落とした。するとフランベかの如く一瞬だけ燃え上がり、愛上がいたところにはバカでかい一本の骨だけが残されていた。
「愛上の奴、結局いつもと変わらなかったじゃねーかよ!」
「うるさいわねー、まだローテンションシンドロームは続いてるんですけどー」
「もう充分だろ! 校長室には俺らしかいないんだし、愛上にはもうお披露目したし!」
放課後になり、散り散りに校内にいた戦線メンバーは示し合わせたかのように校長室に戻ってきた。ゆりっぺはいつもの椅子に腰掛けて1人で優雅に紅茶を飲んでいたが、それについてつっこめる人は1人もいなかった。
「ほんとにこんな作戦に意味があったのか? テンションを意図して低くするのは難しいってことくらいしかわからなかったぞ」
「あら、他にも分かったことはあるわよ?」
「そんなもんあるのか?」
意外とゆりっぺは観察眼に優れているのかもしれない。さすがは我らがリーダーだ。
というか、こいつ一体どうやって俺達と愛上の様子を把握しているんだ?
「ええ、愛上君は意外と攻められるのに弱いってこととか」
「んなもん知ってどうしろってんだよ!」
「それもそうね」
それもそうねじゃないわ! ほんとに何だったんだよ!
「そんなー! 僕たちの犠牲は何だったっていうの⁈」
「そうだそうだー! あの作戦以降遊佐から殺意のこもった視線を向けられてるんだぞー!」
ゆりっぺの軽い調子の発言に対して大山や藤巻が抗議の声をあげ、それに呼応するように他の戦線メンバーもブーブーと文句を言いだした。
「あーあー聞こえませーん」
ゆりっぺはそれらの言葉を無視するように椅子をくるりと回して窓のほうへ向いた。
「……彼は一体どっちなの?」
誰に向けたでもないゆりっぺの小さな呟きを、俺だけは聞き逃さなかった。
「そう言えば野田はどうしたんだ? あいつだけ戻ってきてないけど」
昼間も見なかったし、野田の奴、一体どこで何してるんだ?
「あぁ、寝ている椎名さんの下を不用意に通って死んだわ」
「そんな理不尽な⁈」
一度でいいから見てみたいぜ。お前が活躍しているところを。