あくる日、高遠茜(たかとお あかね)の日常はたやすく崩壊してしまった。

接点のない同級生。魔法使い。怪物。魔女。
連続する不審火。叫び。繰り返される惨劇。
終わらぬ一週間。消えない思い。そして叶わなかった約束。

これは、終わりなき一週間を過ごしたとある高校生の物語。

※この作品は筆者と「アサルトゲーマー」さん「かりほのいおり」さんの3人でプロット交換をして作成した物になります。
※この素晴らしいプロットの作成者は「かりほのいおり」さんです。

【参考作品】※お二人の代表作です、どちらも素晴らしい作品です。
・かりほのいおりさん:「叶わない恋をしよう!」
https://syosetu.org/novel/182713/

・アサルトゲーマーさん:「【WR】がっこうぐらしRTA_全員生存ルート【完結】」
https://syosetu.org/novel/204792/

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私:プロット交換して作品書こうず! 約1万字くらいで!
アサゲさん:いいよ。
いおりさん:いいよ。

~ 一か月後 ~
アサゲさん:書けた(7000字)
いおりさん:書けた(11000字)
私:書けた(2万7000字)

アサゲさん:何か多くね?
いおりさん:何か多くね?
私:知らなーい。

全てはいおりさんの面白プロットのせいです。
私のせいではない。(目逸らし)



ぷろみすみー。うぃざあどゆー。

 それは、夏らしからぬ冷えた重い空気で満たされた夜の事。

 静まり返った住宅街、そこにぽつんと存在した公園で、俺は何から何まで現実味のない時間を過ごしていた。

 

 夏の熱気と相反する全てを凍てつかせる冷気。 

 垂直に突き立った地面。口の中に入った土の感触。

 呼吸するたびにとめどなく喉奥から溢れてくる、恐らく血と思われる液体。

 全身には全くと言っていいほど力は入らず、体からは刻一刻と寒気が覆う。

 

 極めつけは、俺の目と鼻の先で変な格好で倒れている山吹(やまぶき)さんの姿。

 

 重力に垂れ下がった、普段はその両眼を覆い隠す黒い髪。隠されていた彼女の琥珀色の眼にはもう、力は感じられない。

 こんなに近い距離にいるのに俺に視線を合わせてくれやしないなんて、いくら何でも人見知りが過ぎないだろうか。

 

「……」

 

 はは。もう答えてくれもしない。

 当たり前だな、彼女は体の中身がほとんど吹き飛んでしまっている。

 口はあっても話すことなんで出来ないだろうに。

 

 ……あーあ、色々聞きたいことはあったのにな。

 

 いつも図書館で一人でいるのは寂しくないのか、とか。

 接点のない俺に今日話しかけてくれたのはなんでなのか、とか。

 俺達に突如襲いかかってきたスーツの男性の正体は何だったのか、とか。

 あんなフリルまみれの変な格好は何だったのか、とか。

 氷を操って戦う方法なんてどこで習ったのか、とか。

 どうして俺を助けようと思ったのか、とか。

 

「――、っ、ぁ……、や、まぶ――……、き」

 

 畜生。こんな事なら、俺も空手とか格闘技を習っておけばよかった。

 部活でやってたラクロスなんかじゃ護身すら出来なかった。

 山吹さんだって、俺が足手まといになってなかったらこんな事にはならなかっただろうに。恥ずかしすぎるし、情けなさすぎるぞ。

 

 せめて、せめて誰かに電話でもしないと。

 自分の怪我よりも何よりも、山吹さんの死を無駄にしてほしくなんてない。

 だから、ありのままの事実を、最後に誰かに――――ぁ。

 

 ごぼごぼと肺の奥から聞こえてくる変な音と共に俺は大量の吐血をしてしまう。

 呼吸は不規則。視界は朦朧。最後の最後に自分の体すら俺を裏切ってくるなんて、なんて体たらくか。

 

 あぁ、くそぉ。役立たずめ。

 命がけで助けられたのにその命を活かす事すら出来ないのか。

 

 不自然に歪む視界は、辺りの暗闇に反して白く見える。

 周りはびゅうびゅうと冷たい風が吹き荒れてるのに、全身が暖かい何かに包まれる気がする。

 なんだなんだ、天使でも迎えに来たっ、て言うのか? 良いことなんて、欠片もした覚えが、ないっていうのに。

 

 でももう、天国なんて、どうだって、いい。

 俺は、山吹さん、の、敵討ちが、したい。

 だから、それなら、あぁ、せめて、や、り直し――を――。

 

 

 ――――――――。

 

 

 ――――。

 

 

 ……。

 

 

『先日未明、●●市で起きた民家からの不審火の事件ですが、●●市警察は調査の結果ガス漏れによる事故であったと発表。老朽化していたガス配管から発火し、一気に燃え広がったと伝えています。犠牲者3名を出したこの事件は当初――』

 

「――……あれ?」

 

 いつものような朝。

 父さんがいて母さんがいて、妹がいるありふれた朝食の場。

 

 俺は気付けばあの凄惨な夜から一転して、ご飯を咀嚼しながら一週間前のニュースを見ていたのだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「おーっす(あかね)ー、今日も相変わらずだるそうな顔してるねー!」

 

「うるせえ、おっす」

 

 表面上は普通を装っていたが、今朝から俺の気分は最悪だった。

 

 どうやら俺は一週間分の未来の夢を見てしまったらしい。

 ぐだぐだと一週間を過ごして、最終的に意味も分からず殺されるという、心底出来が悪くて、目覚めの悪い夢、

 そしてそんな夢をよりによって朝食の時に見るというのだからどうかしている。

 

 おまけにその悪趣味な夢は鮮烈な記憶として俺の頭から離れないと来た。

 お陰様でさっきから夢のことを考えて考えて仕方がない。唐突で、荒唐無稽で、挙句バッドエンドの三文芝居以下の展開。それでいて無駄に演出はリアルで胸糞悪いとか本当救いがたいぞ。

 

 いつものつまらない一日が更につまらなくなりそうだ、と俺は溜息をついてしまう。

 

 ふとした瞬間、その逆なのかとも思い至った。つまりあのクソ夢が現実で、あの時死んだから俺が朝食の時間まで戻されるっていう……いわゆる『死に戻り』って奴? まあ考えた瞬間にそんなのありえないと一蹴したが。

 

 だってそうだろう? あんなサラリーマンがいるのが変だし、そのサラリーマンが理由なく襲ってくるのも変だし、山吹さんが変な格好になるのも変だし、その山吹さんが変な格好で戦っているの変だ。総じて一体どこの出来の悪い特撮だよと思う。

 

 そう心の中で結論づけたのに、学校に到着して自席に座った今でもその事を考え続けていた。

 

 だってありえないにしろあの夢は、余りにも()()()()()()()()

 

「そういやさ茜、聞いてよ聞いて。昨日さぁ! うちのおかんに怒られたの!」

 

「へぇ」

 

「ちょっとちゃんと真剣に聞いてよー!」

 

 能天気に自分の事ばかり話す女友達、鏑木(かぶらぎ)

 こっちが件の夢で微妙に機嫌悪いっていうのにずけずけと話せるその才能はある意味羨ましい。

 大体この話だってオチはあれだろ? 夜中に盗み食いしたって怒られたけど、実際盗み食いしたのは隣の家の飼い犬だったって話。何回聞かされた事か……オチが分かっている話ほど盛り上がらない物はない。

 

「――それでさぁ、じゃあ犯人は誰だってなったんだけど、それは実のところ誰だと思う? なんとなんと」

 

「隣の家の飼い犬だったんだろ?」

 

「隣の家で飼ってたバカ犬のせいだったんだよ! ……え?」

 

 オチを当てられた彼女が唖然としている。

 ……いや、そんなに唖然とする事か?

 

「なんで知ってるの!? エスパー?!」

 

「いや、エスパーもなにもお前、この前も言ってたじゃん。この話多分四回目だぞ」

 

「え? えぇ……えぇー何それ? そんなのありえないよ!」

 

「いや、アリエナイも何も実際に知ってただろ? 何だよ話したこと忘れちまってたのか?」

 

「だってこの話、昨日の夜分かったんだよ!? 何回も話す訳ないじゃん!」

 

「…………え?」

 

 

 

 その後、俺を待ち受けていたのは1限の英語、その抜き打ちテスト。

 そこでまたも俺は既視感を覚えてしまう。

 抜き打ちテストをやるという事も、出題内容も、どれも覚えがある物ばかり。(答えは知らないが)

 

 2限・3限の体育の授業で小林が顔面にボールをぶつけられて鼻を折る怪我をするのも。

 昼休みに伊藤が焼きそばパンを買いに行って財布を教室に忘れていくのも。

 周りの友達の挙動が、先生の動向が、起こりうる状況が、俺には全て既視感があった。

 

 全部が全部、夢で過ごした一週間のまんまだった。

 

 なんだこれは、俺は能力に目覚めたっていうのか?

 これから起こる出来事を予知出来てしまったっていうのか? 未来視出来るようになってしまったのか?

 

 時間が進むにつれて現状の理解を進めてしまい、そして冷や汗が背中を伝うのを止められなかった。

 

「……あれは、本当の話だっていうのか?」

 

 一週間後、山吹さんと俺があの腕の長いスーツの男に殺される事が、正夢だって言うのか? そんな事が本当にあるっていうのか?

 

「…………?」

 

 山吹さん。

 背中まで届くロングヘアは目元まで伸びてその瞳を覆い隠しており、起伏のないその体は同じ高校生とは思えないくらいには小さい。

 そんな彼女はこのクラスの図書委員で、そして図書委員というイメージの例に漏れず、とても大人しくて無口だ。教室に居ても居なくてもあまり注目されず、そして友好的に誰かと話している姿を見かけた試しもなく、俺に至って言えば下の名前すら覚えていない、そんな存在。

 

 昼休みの終わり際、そんな彼女がこちらを向いていた。

 ……いや、そうするのも当然か。さっきから俺の方からずーっと山吹さんを見つめてたんだから。

 

 彼女からの伺うような雰囲気。

 俺はそれに背中を押されるように近寄ろうとして……やめた。

 

 オイオイ茜、俺はなんて言うつもりだったんだ?

 山吹さんは魔法少女なのかって馬鹿正直に聞くのか?

 一週間後に変なスーツの男に襲われるぞって言うのか?

 あの青を基調としたフリフリロングドレス、よく似合ってるっておべっかでも言うつもりか?

 バカバカしい。頭が湧いてしまってると思われても仕方ないぞ。

 

 俺はもやもやした気分を胸に秘めたまま、その場を後にする。

 きっと気の所為だ。悪い夢でも見たのさ。偶然が続いてるだけだ。

 

 そんな俺の思いをあざ笑うかのように既視感は続いた。

 母さんが俺の部屋に入ってくるタイミングも。

 TV番組のクイズの答えも。クソ親父が酔っ払って帰ってくる時間も。

 ニュースで流れる、最近やたらと多い不審火の発生場所についても。

 そのどれもが分かってしまう。

  

 

「……どうしたの? 高遠(たかとお)さん」

 

「……あーいや……その」

 

 ――だから俺は、事件当日の月曜日の学校の帰り際に、とうとう山吹さんに接触していた。

 

 本当は迷った。迷ったがその日が近づけば近づく程俺の不安はうず高く積もっていったので仕方がなかった。

 あんな馬鹿げた事を信じるのもどうかしてるけど、その馬鹿げた事実を言わない事で彼女を見殺しにしてしまうんじゃないかって思ってしまえば、居ても立っても居られなかった。

 

「あの、さ。山吹って今日図書委員の仕事とか、なんか部活の居残り。ある?」

 

「……え……」

 

 山吹さんは、困惑しているようだ。

 いや、質問の意図が分からないんだろうな……まあ普段一言の絡みすらなかったし、俺は愛想もガラも悪いから。

 

「まあなんつったらいいか……あれだ。今日は、居残りとかするのはやめたほうがいいぞ」

 

「……」

 

「っ、そ、外は何か最近物騒らしいし? 早く帰って、あれだ。家にじっとしてたほうがいいっつうか……!」

 

「……はぁ……」

 

「よよ、用はそんだけだ。悪いな引き止めて! じゃっ、じゃあな!」

 

 俺は困惑していた山吹さんに一方的にまくしたてると、脱兎の如くその場から逃げ出した。

 馬鹿か俺は。馬鹿が極まりすぎているぞ、なんだあの忠告にもなってない忠告は!? あんな話するくらいならまだ正直に言った方がマシだった!

 しかし今更訂正する気も起きなかった俺は、顔面の熱さを感じながら家へ一目散に戻っていた。

 

 

 ――例の時刻が、いよいよ迫ろうとしていた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 夢の中で例の事件が起きた時、俺は部活のために夜遅くまで残っていた。

 そして帰り道の途中、何となく公園でジュースを飲みながらブランコ漕いでいたっけ。

 夜遊び……というにはあまりにも些細なものだ。なんとなく、ただ誰も居ない公園で、一人でブランコを漕いでただけなんだから。

 

 そんな時に、俺は山吹さんと偶然出会った。

 

 こんな時間に、こんな場所で会うには山吹さんあまりにも似つかわしくないから最初は滅茶苦茶びっくりした覚えがある。あの時は何故かお互いに困惑しながらも当たり障りのない会話をしていて、やがて会話がなくなったんだったか。

 それで、じゃあお互いに帰るかーってなった時に――襲われた。何気なく道を往く、会社帰りのサラリーマンのような怪物に訳もわからず襲われ、逃げ惑って、山吹さんに助けて貰ったけど結局、それも叶わず。

 

 

 そしてそれは――皮肉な事に、()()()()()()()()()()()。 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 心配になってあの日と同じ時間、同じ場所に向かった俺が見たのは――あの寂れた公園の変わり果てた姿だった。

 

 局所的に氷河期が起こったのかと思うくらいにはその場所に雪が降り積もり。

 でかすぎる氷の結晶の森が周りに並び立ち。

 ブランコが全部氷に覆われていたり。

 時計台が真っ二つにへし折られていたり。

 地面に隕石でも落ちたのかってくらい大きなクレーターが一杯出来ていた。

 

 そしてその公園の中心に、今の俺が絶対に見たくない姿があった。

 

「――や、山吹っ、おいっ、オイって!」

 

「っ、ぁ」

 

 そこには山吹さんが倒れ込んでいた。

 あの時見た夢の通り、彼女は変わらぬフリフリの格好で、その青い装いを自らの血で真っ赤に染め上げていた。

 なんで……彼女はなんでこの公園に。言ったのに、危ないって……! クソ、クソクソクソ。やっぱりあんな中途半端な忠告じゃ駄目だったんだ……!

 

「い、いまっ、今救急車を呼ぶ。呼ぶからっ……しっかりしろっ!」

 

「……ぇ、た……か、とお、さん……?」

 

「そ、そうだ俺だ! 喋らなくていいから、じ、じっとしてろっ!」

 

 まるで地震でも起きてるみたいだ。手が、体が意味もなく震える。

 ポケットに入るスマホを取り出すだけで時間がかかって仕方がない。

 あぁ、お、落とすなよっ、なんで、簡単だろ、119だぞ! ただボタンを押すだけなんだぞ!?

 

「たか、とおさん……わ……たし……」

 

「しゃべらなくていいっ、黙ってろよ、あぁ、クソ。くそっ、なんで……早く出ろっ、出ろよ頼むからっ」

 

 山吹さんがこのままじゃ、このままじゃ死んでしまうんだぞ!?

 どうしてくれるんだよ、あぁ頼むっ、頼むからっ、かかってくれ……!

 

「あー……ぁ、み、られちゃった……こんなすがた、はずかしい……」

 

「畜生、頼むよ山吹、喋らないでくれよ、黙ってろよぉ、血が出てるんだぞっ、死んじまうんだぞ!?」

 

「……たかとおさん、しっ、てた? わたし、まほうつかい、なの」

 

「み、見れば分かるっ。お前が変なコスプレして、戦ってたことくらいっ」

 

「よなよな、わたしは、ごきんじょさんを、ひとしれず、すくってきた、んだ……すごい、でしょ」

 

「分かってる、俺も、お前に助けられた夢をみたっ、山吹に助けられて、それでっ、やられそうになったから、だから……!」

 

「でも、ね……なりたてで、よわくて……かてなくてごめん……げほっ、げほっ、げぅ」

 

「やめろ、喋るな、しゃべらないで、しゃべらなくていいからぁっ、たのむから遺言みたいなこと、いわないでよっ、せめて、せめて救急車がくるまでっ」

 

 なんで、なんでこんな時に限って掛からないんだよ、繋がらないんだよ!

 血がこんなに出てるってのに、こんなにも酷い怪我なのに……ッ、でも早く病院に行ったら、助かるかもしれない、だからっ、だから……。

 

「……しってる……? まほう、つかいって、ひきつぎせい、なんだ……」

 

「……っ、……っ」

 

「ほかのまほうつかいが、やられちゃったら……次のひとが、選ばれる……」

 

「……やまぶきぃ……っ」

 

「……わたし、えらばれて……びっくりしたけど、うれしかった……なんの、とりえも、なかったから……はじめて、いきるいみが、できた、きが、して……」

 

 終わらないコール。

 夏の夜とは思えぬ肌寒い風。

 辺りに漂う氷のツンとした匂いと。

 それに混ざる強すぎる鉄の臭い。

 ()()()()()()()()()()()()()は、もうどこにも見当たらない。

 

「でも……もう、おしまい、……やっぱり、わたしじゃ……だめ、で……」

 

「……一回くらいの失敗で、うじうじ、言うなよ。そんな、かすり傷だったらっ、明日には治ってるだろ……っ」

 

「……うん……ごめん……」

 

 震えて覚束ない、俺の口から絞り出た情けない声。

 山吹の隣にへたり込んで、覗き込んだその顔。舞った黒髪から覗くアクアマリン色の瞳は穏やかな凪の海で満ち満ちていて。

 ばあちゃんに昔貰ったとんぼ玉よりも遥かに綺麗だと思った。

 

「……はなびたいかい……」

 

「え……?」

 

 宛もなく、もう傍に居ることしか出来ることのない俺に、山吹さんはぽつんと呟いた。

 

「……いっしょに、しゅうまつのはなびたいかい、いこう、よ……」

 

「俺、とか……?」

 

「うん……だれかといちど、いってみたかったんだ……わた、し、ともだちが、いなかった、から……」

 

 力ない彼女の瞳の伺うような視線。

 俺はその目で見つめられて、嗚咽を零しそうになりながらも必死に、必死に抑えて返答をした。

 

「……あぁ。いこう」

 

「……えへへ、ゆうき、だして……よかった……」

 

「俺と行きたいだなんて、物好きなやつだな……っ」

 

「……」

 

「……俺も、おめかししていかないと、駄目か?」

 

「……ん」

 

「だよな……あぁだったら俺も、柄にもない格好して行くから……おどろくなよ」

 

「……」

 

「お洒落とか俺は正直全然したことないし……分かるだろ? 笑ったりするのは駄目だからな」

 

「……」

 

「笑ったら、俺も、山吹の事を……笑って、やる……から」

 

「……」

 

「……だからさ…、こ、こんな時にっ、だ、んまりはやめろよ……っ」

 

「……」

 

「………や、まぶ、きぃ……っ!」

 

「……」

 

 情けない事に……俺は最後まで泣くことを我慢することが出来なかった。

 公園から聞こえてくるのは一人きりになった俺のうめき声だけ。

 肌寒い景色の中、取り残された俺は山吹の亡骸に、みっともなく涙をこぼし続けていた。

 

 ――結局、山吹さんはあの時の夜と同じ結末を迎えてしまった。

 

 俺がしっかりと伝えなかったから、あの化物に出会わせてしまったから。

 俺は山吹さんをむざむざと死なせてしまった。

 

 思わず、耐えきれない怒りに地面を手で打ち付けてしまう。

 

 こんな事許される訳がない。俺が許せない。

 山吹さんは生きるべきだった。生きて、花火大会を楽しむべきだった!

 惰性で生きる俺よりも何よりも生き残るべきだった!

 

「おれが、おれにもっ、おれにもまほうがつかえてたらっ、こんな、こんな事にはぁ……あ。あぁぁあぁっ!」

 

――腚礏隚ぃ祒ゅるず

 

「あ……?」

 

 衝動のまま泣き叫び、何度となく地面を叩きつける俺に歪な声が投げかけられる。俺は呆気に取られた様子で、俺の前に立っていた誰かを見上げていた。

 

雕ヰがゎす、ョねユ?

 

 そこにいたのは首を傾げて俺を見下す、どこにでもいそうなサラリーマンの男性。

 

硞ゑぉきエ鳾ー、ブい蛵ぷ嫮岴蕂ス穆瘸踷兑跗ガかク

 

 その男は、裏声で意味の分からない言葉を呪詛のように零しながら、張り付いた笑顔を見せつけ、呆然とする俺を前にゆっくりと、そして人にしては長い、長すぎるほどの腕を掲げて。

 

膙傠殺う裷忺齁死鉁

 

 それを俺に勢いよく振り下―――、■■―――――■■■■■■■■■■■■■■■■。

 

 

 

 

 

 

『先日未明、●●市で起きた不審火の事件ですが、●●市警察は調査の結果ガス漏れによる事故であったと発表。老朽化していたガス配管から発火し、一気に燃え広がったと伝えています。犠牲者3名を出したこの事件は当初――』

 

「――……」

 

 いつものような朝。

 父さんがいて母さんがいて、妹がいる、ありふれた朝食の場。

 

 あの凄惨な場所から一転して、俺はここに居る。

 俺はどうやらもう一度、一週間前の朝に戻ってきたようだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 俺は認識を改めた。

 

 俺は未来視を授けられた訳ではなく、()()()()()()()()

 俺の死が切欠となり、何故かは分からないが一週間前に戻される。

 あんな鮮明で、凄惨な出来事に遭遇して尚あれを夢だと思うことが最早おかしい、俺は学校に行くとすぐに山吹さんと連絡を取っていた。

 

「……話したいことがあるって、何?」

 

 ループ初日の放課後、彼女がいつもいる図書室。

 俺は困惑の表情を隠せない彼女と静かに話を始めていた。

 

「変な事を言うようだけど聞いてくれ。お前は魔法使い、でいいか?」

 

「っ!? ぁ、えっと……その」

 

「いや、別に脅そうとかそういう訳じゃあない。むしろ協力したいと思ってるんだ。このままじゃ山吹が負けてしまうだろうから」

 

「え……? 負け、負けるってどういう事……? それに協力って、高遠さんは」

 

「俺も詳しく説明は出来ないかもしれないけど、とにかく聞いてくれ」

 

 俺は話した。普段発揮することのない脳をこれでもかと回転させて、努めて状況を丁寧に説明した。

 一週間後に待ち受ける悲劇の事。襲いかかる敵の事。

 そして俺が死を切欠にループしているという事。

 このままでは間違いなく前と同じ二の舞になってしまう事を。懇々と伝えた。

 

「――そう。私は、その化物に……」

 

「うん。あ、いや……山吹が特別弱いとかそういう訳じゃあないとは思ってるんだけどさ。多分、そいつが滅茶苦茶強いとか、相性が悪いんじゃないかなって……」

 

「む…………お気遣いありがとう。私は全然気にしてないから平気……まあ化物相手と負けた事なんて、ないから平気だと思うけど……」

 

「あーほら、お前アレだろ? 氷使いだし。多分遠距離特化だ。でもあいつは物理特化な気がするから、もしかしたら懐に入られて……」

 

「……運動神経は別に、悪くないつもり。易々と懐になんて入れない……」

 

「ま、まあ仮の話だ。もしかしたら遠距離攻撃が効かないとかさ」

 

「……私の魔法も別に、弱い訳はない。今の所必中だし、一撃で相手を殺す威力がある……」

 

「さっき気にしてないって」

 

「……気にしてない」

 

 滅茶苦茶気にしてるじゃん。普段の寡黙さはどこに言ったってぐらい食い気味に否定してくる。

 今まで全然接点なかったが、まさか彼女のこんな意外な一面を見る事になるとは思ってなかったので、かなり新鮮な気分だ。

 とは言え山吹さんはこの数少ない情報を下に戦わなきゃいけないんだよな……俺ももうちょっと情報収集に徹してればよかった。

 

「なぁ山吹。ちなみにだけど俺が言った化物に心当たりはあるのか?」

 

「……残念だけど、ない」

 

「そっかぁ……なら手分けして何か情報集めないとな……」

 

「……」

 

 記憶を絞り出せ。何かしらヒントがあるんじゃないか。

 例えば奴が現れるのはあの公園に何か理由があるとか、それとも山吹が狙われているのか。はたまた奴の狙いは俺だったとか。とにかく考えないと山吹が死んでしまう。

 最悪山吹さんがあいつに出会わないようにすればいいかもだけど、倒さないと山吹さん意外の誰かが犠牲になってしまうのかもしれないし、それに――、

 

「……高遠さん」

 

「うーん、俺が狙われるなんて理由があったりするのか……? ……ん? どうしたんだ山吹?」

 

「高遠さん……教えてくれてありがとう。大丈夫。あとは私が一人でやるから」

 

 …………。あん?

 

「いや、何でそんな話になる?」

 

「……高遠さんは無力。奴と出くわしても戦えない、だから後は私がやる」

 

「おい、おいおいおい、ちょっと、ちょっと待てって! 今更ここまで来て無関係でいろなんて言うつもりかお前……!」

 

「そもそもの話、一般人である貴方を関係させてしまったのがこちらの不手際……だから、ごめんなさい。後は気にしないで生活して……」

 

「んな馬鹿な話があるか、今更気にしないなんて出来るか!?」

 

 頭がカっとなる。血が上る感触。俺は山吹に食ってかかって思わず詰め寄っていた。

 人の死を目の当たりにして平然と過ごせるほど俺は無神経でいられないし、それが身近な人であるなら尚更だ。

 

「大体山吹が、その、やられちまったから俺が忠告しにきたのに、それで一人でなんて無理だろ……!」

 

「無理……? 情報があるのとないのとじゃ大違い。早めに教えてくれたから対策は出来るはず」

 

「それでも一人じゃ限界がある! いざとなったら俺だって加勢出来る、不意をついて攻撃とかっ」

 

「……高遠さん。気持ちは嬉しいけどそれでも私は頷けない。貴方がいても力にはなれない、むしろ邪魔なだけ」

 

「っ、邪魔……だと! んな事やってみなっ、ぐぁっ!?」

 

 怒りのボルテージが上り詰め、今まさに行動となって現れそうになった直前、俺は気付けば山吹さんに足元を刈られ、首根っこを掴まれていた。

 一連の動きは目にも留まらぬ速さで、それでいて俺の首を掴む力はありえない程強い。その折れてしまいそうな細腕すら解くことができなかった。

 

「魔法使いになったら人間を遥かに上回る力を持つ……分かるかな。今の私はこれでも全然力は入れてない」

 

「か、ふ……ッ、ぐ、ぅッ」

 

「……多分、その化物はこんな私よりも全然強い……きっと、高遠さんが加勢しても、すぐにやられちゃう……」

 

「……ッ、……ッ、っか、ア……ッ! ――ッ!? げほっ、げほっ、がふっ、けほぉっ!」

 

 肺が悲鳴をあげ、空気を求めて山吹さんの腕に爪を突き立てて暴れればようやく彼女はその手を離してくれた。俺は長距離マラソンの直後のようにその場で大げさに息を吸い立てる。

 

「……ごめんなさい高遠さん。そういう事だから大人しくしていて。……大丈夫、これでも私はこの街の担当魔法使い。高遠さんも、みんなも守るから……」

 

 そして山吹さんは背を向けると茜色の日が差す図書室から薄暗い廊下へと消えてゆき、俺は一人、その場所に置いていかれた。

 

 

「……っ、げほっ、けほ……っ……」

 

 

 俺は未だに痛みを覚える肺に必死に空気を送り込みながら、涙を流していた。

 あんな俺よりも小さな子に負けるという情けなさから。そして今の俺が彼女の言う通り足手まといにしかならないってことが理解できてしまった事から、自分が恥ずかしくて恥ずかしくて……涙を何度も流していた。

 せめて俺にも魔法使いのような力があったら、きっとこんな事にはならなかった。なんで俺にはその力がないんだと、嘆いた。

 

 そしてそれから――最悪な事に、俺はその涙を流してから山吹さんの言う通り大人しくしてしまった。

 

 ……いや、山吹さんには否定されてしまった後も必死に反抗しようと考えてはいた。自分なりに情報収集をしようと試みたし、格闘技を習おうかとも思った。

 それでも、一週間という短い期間では結局空振りにしかならなくて。あの時の恐怖からか彼女の自信にも縋りたい気持ちがあって。やがて――、

 

 

『――続いてのニュースです。先日の未明。●●市の△△公園において近所の高校に通う16歳の女性が血を流して倒れているのが見つかり、病院に運ばれましたが死亡が確認されしました。警察は胸部に不自然な切り傷がある事から殺人事件として捜査を――』

 

 

 どうしようもなく弱い俺は、とうとう3度目の茜さんの死に直面してしまう事になった。

 

 

 

 

「……」

 

 後日、急遽行われた山吹さんの葬式の帰り。

 俺はやっぱりあの公園の近くまで来ていた。

 殺人現場として保存されているためか、『立入禁止』のテープで囲われたその場所は、同じぐらいの時間帯なのにあの時よりも更に不気味に思えた。

 

 四方をテープで囲われ封印された空間に、良心の呵責を覚える事無く無断で立ち入る。その中は思った通り様々な破壊の痕が残されていて、山吹さんが如何に苦戦したのかがよく分かった。

 工夫するとは言っていたが、彼女はどう立ち回ったんだろうか。魔法使いになれたとしても即座に格闘技世界チャンピオンにはなれやしないと思うのに。

 

 進んだ先に見えたのはドラマでもよく見る、彼女の死体があったであろう枠線と、地面に染み込んだ血の痕。俺は自然とその痕の近くまでやってきて、じっと外形を視線でなぞっていた。

 

 今見ている光景に現実味があまりにもない。

 実際にその場にいなかったからか。

 彼女の顔をあの後見ることがなかったからか。

 

 葬式の間も悲しいと言うよりかは呆気にとられていたというのが正しく、今に至っても涙なんてどこにも見当たらなかった。

 

「……だから一人は駄目だっていったじゃん」

 

 無性に悲しくなりたくなったけど、そんな気持ちは微塵も浮いてこない俺は冷血がすぎるんじゃないかと自分でも想う。いっそのこと惨めに泣ければどれだけ良かった事か。本当に自分という奴は度し難い、山吹さんの死を見過ごしてのうのうと生きているなんて。

 

炉ぴホゑ陞凅樅?

 

「……」

 

お袠ヨむ烮翛つォ、懈おヨて彳デ禲とゲ鼮恒鉶

 

 ――あぁなんだ。丁寧じゃねえか、俺の元にまた来てくれるなんて。

 俺も丁度お前に会いたいと思っていた所だ、このクソ野郎。

 

 後ろから聞こえてくるあの甲高い気味の悪い声。

 振り向いた先に居たのは、例のサラリーマンの化物。その化物はあの時と同じく、にっこり笑顔をみせてくる。

 

皋ォ爏磉死

 

 畜生。お前だけは絶対にぶち殺してや■■■■■■。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「山吹から離れろっ、このっ、化物があぁあぁあぁぁ――――ッ!」

 

 それから俺は何度となく、それでいてあてもなく一週間前に戻され続けた。

 一週間でひたすら山吹さんを助けるために足掻き。苦しみ、そして共に死んだ。

 

 例の化物は必ず決まった時間、決まった場所に現れた。

 そして定められていたかのように山吹さんに襲いかかって、彼女を殺した。

 山吹さんは凄まじい冷気を操る事が得意で、戦闘技術も素人目で決して低くないように思えたが、その化物に対してはほとんど通用していなかった。

 

 なので俺は時に彼女に加勢した。

 無駄と言われようとも一助になれればと思って、無茶をやった。

 

 拳を振り上げてぶちのめそうとした。

 ラケットで殴りかかっていった。

 包丁片手に刺し殺そうとした。

 警官から拳銃を奪ってそれで戦おうともしたし、時には親の車で轢き殺そうとした。

 

 しかしそんな抵抗は毛ほどでもないと言わんばかりに、俺は化物に鎧袖一触され、簡単に殺されてしまう。

 そして俺のヤケクソのような突撃は、俺が足を引っ張った結果山吹さんがいつもより早く死ぬ事に気付いてからやめざるを得なかった。

 

「手を離して、高遠さん……! 私は逃げるなんて事、出来ないの!」

 

 加勢という手段を諦めた俺が次にしたのは山吹さんと化物を会わせない事だった。

 俺は彼女に自分の身の内、事実を伝えた上で戦わないでと懇願した。

 

 しかしながら彼女は俺が思った以上に頑固だった。

 

 どんなに強い敵がいると警告しても、それに負けてしまうんだと言っても決して化物を倒すことを諦めようとしない。土下座しても、外面もなく泣きわめいても、それこそ襲いかかっても駄目。

 まるでそれが決められた運命であると言わんばかりに、彼女は月曜日の午後9時32分、あの公園で死を迎える。

 

 それで山吹さんが先に死んでしまうと、無力な俺をあざ笑うかのように化物が俺の元に現れ、ご丁寧に一週間前に戻してくれる。

 それはまるで俺というちっぽけな存在では、用意された運命という巨大な筋書きに何ら大きな影響を与える事はないと教えるようだった。

 

 

「……どうして、私を、そんなに助けてくれるの……?」

 

 

 あくる週。予定調和といわんばかりに化け物の攻撃を庇って倒れた俺に、山吹さんは表情を歪めながらこう零した。

 頬に当たる、彼女の長い睫毛から零れ出る涙の熱さが少し心地良く。そしてまるで映画の一シーンのようだと思いながら、俺は口を開いた。

 

「は……、ぎ……な、なんで、だろ……なっ……」

 

「理由もなく、命をかけて誰かを助けるなんて意味が分からない……! 少なくとも高遠さんは私なんか、見捨てるべきだった……!」

 

 そんな薄情な事言うなよなぁ。折角俺が命かけたんだからさ。

 でも正直な話、俺だって自分でも分からないんだ。

 山吹さんとは普段会話なんてしないし、趣味も趣向も得意分野も全然違う。接点なんて探すのが大変なくらいな知人に対して、たかだかループ能力しか持ってない一般人がどうして命なんてかけてるんだろう。

 

「……っ、ごめんなさい、助けられたのに、言うべき話じゃないのは、分かってる……全て、貴方の忠告通り……この結果は私が自分の力を過信していたせい……!」

 

 ほんとだよ、ちゃんと山吹さんが俺のいう事を聞いてくれたらさぁ。

 まあ、もう過ぎた事だ、気にしないでいい。

 命の灯がなくなりそうになると、なんかすべてを許したくなる。磔になったキリストさんもこんな気持ちだったんだろうか。

 

「……げほっ、げふっ」

 

「っ、もう、喋らないで高遠さん……すぐにあいつを倒して、貴方を病院につれていくわ」

 

「……っ、ぁ」

 

 ……おい、おいおいおい。そりゃあないだろう。

 俺はお前に逃げてほしいから、生き残ってほしいからやった訳で。

 

「大丈夫……あとは任せて高遠さん……少しだけ待っていてね」

 

「ぁ、ふ、ぐ……んぁ、ぐ」

 

 畜生。血泡しか出ない。

 あぁやめろ、そっちに行くな……頼むから、頼むから。頼むからぁあ。

 

 

 やがて俺を置いて吹き荒れる風雪と暴力の嵐。

 俺は荒波にたゆたう小舟のように振り回されながら、ふと思った。

 

 

 あぁ……なんか思い出した。俺が山吹さんを助ける理由、分かったぞ。

 

 我ながらちっぽけで、我ながら馬鹿すぎる理由だ。

 

 もう本人だって覚えてないっていうのに、ほんと……でも。

 

 

 薄れゆく視界の中、化け物が山吹さんに飛びかかり。

 山吹さんの首がぽん、と冗談みたいに飛んだ。

 

 

 俺、山吹さんに一緒に花火に行こうって誘われたもんな。

 

 

 そう思い至った後、急速に近づく化物の顔を最後に俺の意識はぷつりと途絶えた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

『先日未明、●●市で起きた不審火の事件ですが、●●市警察は調査の結果ガス漏れによる事故であったと発表。老朽化していたガス配管から発火し、一気に燃え広がったと伝えています。犠牲者3名を出したこの事件は当初――』

 

「……」

 

 加勢も駄目。逃がすも駄目と、とうとう八方塞がりになってしまった俺だが、諦めるという気持ちは微塵も湧いてこなかった。

 冷静に考えて幾度の死を体験したせいでおかしくなっていると言ってもよいかもだけど、ヤケクソに近い俺の意地が、諦めることを許してはいなかった。

 

「……っていってもなぁ」

 

「えー。何何? 茜何悩んでんの? 珍しいじゃん」

 

「るせぇ、いつも悩みのないお前と一緒にすんな」

 

「ひっどー!」

 

 ただ、如何せん一週間という短い期間では俺に出来ることなどたかが知れていた。

 一週間で戦闘のプロになれるでもなく、警察を呼ぶなんて手も通用せず。山吹さんを止める手立ても今の所見当たらない。ならば何が出来る? どうすれば俺と山吹さんは生き残れるんだ? どうすればあの化物を倒せるんだ? 

 

「あーしだって悩むことぐらいあるし! っていうか絶対あーしの方が茜より悩んでるし!」

 

「へいへい。そりゃようござんした、あっちいってろ」

 

「何さその上の空ー!」

 

 お前の悩みなんて今日は焼きそばパンと三色パンどっち食べようかなんてレベルだろ。こちとら生き死にがかかってんだぞ。一緒にしないでほしい。

 

「っつかマジ悩みー? 両親と喧嘩した?」

 

「喧嘩どころか最近ロクに口利いてねえよ」

 

「じゃああれ、歯が痛いとか」

 

「入れ歯なしの全部健康だ」

 

「テストの点数が悪かった!」

 

「100点中30点は俺の中で上位の点数だ」

 

「また男に告白されたとか!」

 

「喧嘩売ってんのか」

 

 このよくつるんでくる鏑木は良いやつではあるが、長時間一緒に居るのは疲れてくる。案の定だんだんダルくなってきた俺は机に突っ伏しながらコイツをさっさとあしらおうとして、

 

「えーっとえーっと、じゃあじゃあ最近の連続放火事件の犯人が身内だとか!」

 

「俺の身内にそんな度胸のあるやつは……あ?」

 

 連続放火事件――?

 

「……そんなのあったか?」

 

「え、そこ食いつくんだ……うん、あるよー。ほら今日もニュースでやってたじゃん。隣町でガス漏れだって発表された家の話、あれ実は放火が原因だってよ!」

 

「ガス漏れっていってんなら放火じゃなくえねえか」

 

「いやいやいや、茜Doitter見てないのー? 明らかに怪しい放火の痕が現場から残されてるんだって、写真結構出回ってんよ? なんかもうガス漏れっていうかゴジラでも現れたってくらいに吹き飛んでてさ、やべー化物がいるんじゃないかって」

 

「……」

 

 化、物。

 

「近隣住民も変な音を聞いたとか、変な人間を見たとか言ってるし、なんか陰謀があるんじゃないかーって噂もちきりよ? つい3日前も変な不審火あったしさー」

 

 ……そうだ。不審火騒ぎのニュースは最近、やたらと多かった。隣町で頻繁に起こっていたあの事件。もしかしなくても例の化物が絡んでいるんじゃないのか。

 

 そして、山吹さんはかつて言っていた。

 『()()()()()()()()()()使()()』だと。

 であるならば、今隣街でその化物と相対しているのは――、

 

 

「別の魔法使い――っ!」

 

「はい? ……ちょ、何処行くのさ茜ー! これから授業ー!」

 

「早退だ! ちょっと……あれだ、頭が悪いから休む!」

 

「はぁぁ!?」

 

 

 初めて頭に浮かんだ、望みの見える解決策に俺は居ても経っても居られず、その場所へ向かっていた。確か俺の記憶のとおりだと放火事件は丁度今日の夜にも起こっていた筈。場所は隣町の古い駄菓子屋だったと思っている。

 

 時刻はまだ昼。夜まで時間があるっていうのに俺はママチャリに乗って現地に全速力で向かっていた。願わくば俺の仮説が正しいものでありますように……! そう願って現場で出待ちした。してみた。

 

 

「~~~~~ッ!?」

 

縇誺ゃぢゐ輭ゎ稘いミげ氆遺!

 

 

 結果から言おう。俺の仮説は正しかった。

 俺の目の前で漆黒のドレスを身にまとった美しい女性と、お爺さんの姿をした不気味な化物が、辺りに甲高い金属音を撒き散らしながら駄菓子屋の前で、縦横無尽に舞っていた。

 

 黒のドレスと思ったそれは喪服と見紛う程光のない、真闇のウェデイングドレスだった。

 薄黒のヴェールに顔を包んだ彼女は、そのスラリとした長身と同じくらいの長さの騎士剣を使って、人ならぬ動きを繰り返すお爺さんをやたらめったら斬りつけて甚振っている。

 

 あの女性……多分魔法使いの人が振るう剣も勿論凄いが、使う魔法がまた凄い。彼女が空いた片手を軽く仰ぐと地面から剣が生えたり、空中から剣が落ちてきたり。またはどこからともなく剣が飛来してくる。そして剣のそれぞれが指向性を持って瞬く間に化物に襲い掛かるもんだから、化物は常にたじたじで。怒涛の攻勢に反撃すら出来ていない状態だった。

 

 見た目からは山吹さんを殺した化物とは離れているが、見覚えのある細長い手に四足で移動する不気味な動きから、同じ化物であると推察が出来ており、そしてその化物がみっともなく逃げ回る姿に、俺はどこか溜飲を下げていた。

 

「危ないよ」

 

「うおっ!?」

 

 そんな光景に呆気にとられていた俺の体がふわりと宙に浮かんだかと思えば、そのすぐ下を至る所から血を流した化物が猛スピードで通り過ぎ、民家の塀の端を壊して逃げていった。

 

「――また逃してしまったか。しぶとい奴め……あぁすまないね、急に抱き上げてしまって。怪我はなかったかい?」

 

「うぇっ、あっ、あ、あぁべ、別に」

 

 お姫様抱っこの形で抱えられたため、顔と顔が向かいあう形になってしまったのだが……間近で見てもトップモデル、いや一国の姫様と言われても信じるくらいのその顔の造詣の前にドキリとしてしまう。

 薄青で耳に髪が掛かる程度のショートヘア。少したれ気味の目と目元のほくろに、どうしようもない色気を感じる。またその女性は長身でスタイルもよく、接触する部位は柔らかく、ほのかに香る甘い匂い、そして何よりも纏う衣装と雰囲気はどこか妖艶で、俺はそんな気もないのに胸を高鳴らせてしまっていた。

 

「ただこんな夜更けに一人で出歩くなんて関心しないね。僕がこの場に居なかったら、一体君はどうなっていた事か」

 

 音もなく着地した彼女は、まるで俺をお姫様のように優しく地面に下ろして安心させるかのように笑いかける。

 俺は未だに赤い顔を更に赤くしてたまるかと彼女から顔を背けていた。今はそんな事してる暇ではない、目的を果たさねば。

 

「……い、いや、それよりも」

 

「それよりも? ……あぁ、これは失礼した。名前を伝えてなかったね。ボクは西条、西条瑠璃(さいじょう るり)だよ、この地区の魔法使いを担当させてもらってる」

 

「あ、俺の名前は高遠茜……いや、そうじゃなくてさ」

 

 やけにあっさりと正体を明かす彼女に、俺は拍子が抜けてしまう。

 その服装からはどこか暗いイメージがあったから、こんなぬけぬけと話すとは……。

 

「驚いただろう、うん。よく分かるよキミの気持ちは。しかしながら言わせて貰えばさっきの戦いは見て分かる通りCGじゃあないし、アクションスタントでもない。現実の話だ。端的に言えばあの変な御爺さんみたいなのは悪者で、僕が魔法少女みたいなもんなんだけど……」

 

「あ、うん。いや、それはいいんだよ」

 

「……おや? あっさりと認めるんだね。実はキミ、日々世界を疑う趣味趣向があったりするかい? それともこういうのに憧れがあったとか?」

 

「ねえよ」

 

 そんな危険思想な持ち主な訳あるか。こちとら明日の食事の事とラクロスとゲームの事しか普段考えてないわ。あとそんな派手な衣装は絶対に着たくない。

 

「……ふむ。似合うと思うけどね」

 

「似合う似合わないの問題じゃあないんだよ、んなフリフリ衣装はまっぴら御免だ。んなことよりもお願いがあるんだが」

 

「なんだい、やっぱり魔法使いになりたいのかい? 悪いけど魔法使いは「引継ぎ制なんだろ」……知ってるのかい。ならやっぱりキミは――」

 

「俺は魔法使いなんかじゃない。いや、出来ることならなりたいが、今の俺はちょっと変な力を持つただの凡人だ。……単刀直入に言う、俺の知り合いを助けてくれ」

 

「……詳しい話を聞こうか」

 

 全壊した駄菓子屋、その瓦礫のひとつに座り込んで俺は事情を話した。

 この一週間を繰り返している事。知り合い(山吹さん)が魔法使いをしている事。

 その魔法使いが西条さんが戦った化け物に襲われた事。そして知り合いが殺されてしまう事。

 淡々と喋っている間、地域の住民が騒ぎ出すんじゃないかって思ったけど、魔法使いは戦いの最中は結界を展開することで、気づかれなくする効果があるらしい。

 

 西条さんは俺の話を静かに、考え込むかのように目を瞑って聞き、そして俺が話し終えた後少しの静寂を置いて話だした。

 

「君は……君は友達でもない知り合いの子の為だけに何度も一週間を繰り返しているのかい? 呆れるくらいに良い子だね」

 

「はぁ!? 良い子とかそういうんじゃ……!」

 

「あぁゴメンゴメン! からかうつもりはなかったんだ。悪かったね……いや、キミの心がけに感心してしまってね。で、僕の元に来たって訳だね」

 

「……あぁ。山吹には悪いが俺の見立てじゃアイツとあの化け物の相性は最悪だ。だっていうのにアイツはテコでも助言を受け入れないからな……だけど、さっき見せてくれたアンタの実力があれば、倒せる筈」

 

「そうだろうね」

 

「……頼む。いきなりこんな事言い出して迷惑なのは分かってる。だけど、これしかもう方法は思いつかないんだ。アイツを、アイツを助けてやってほしい!」

 

 その場で立ち上がって、俺は頭を直角に下げて頼み込んだ。

 俺の少ないおつむじゃこれ以上の策なんて考えられないし、もうこれ以上アイツの死を見たくなんかない。

 

「――さっき相手をしていた化け物は、『腕長おじさん』と呼ばれている」

 

「腕長、おじさん……」

 

 いや、確かにあいつの腕は長かったけどさぁ、その安直な名前は正直どうかと……。

 

「君の察しの通り、あの化物は熱や寒さと言った変化に強い。加えて何よりも素早い。そして厄介な事に人を餌として取り込んで、姿形を変える特性がある」

 

 だから今見た姿と未来で見た姿が違っていたんだな。

 恐らく駄菓子屋の店長はこの化物に襲われてしまったんだろう。

 

「特に一番厄介なのは、その取り込んだ人のエネルギーを我が物とするその特性だね」

 

「!」

 

「そして、アイツはより強い力を持つ相手を狙って襲い掛かる趣向がある……だから僕や君の言っていた山吹さんのような魔法使いが真っ先に狙われる。アイツ、前に出会った時より、比類なく強くなっているよ」

 

「……オイオイ。まさか、まさかだけどあの化け物が滅茶苦茶強い理由ってのは」

 

「察しがいいね。うん、多分だけど他の魔法使いの力が取り込まれてしまったんじゃないかな?」

 

 いや、簡単に言うけどそれは大問題じゃないのか!?

 今もなお強くなってるっていうなら早く倒さないと、それこそみんなやられて……!

 

「ただね、実のところ騒ぎ立てる程大した相手じゃぁないんだ」

 

「は?」

 

「君が分からないのは無理もないだろうがね、僕ら魔法使いが夜な夜な相手にしているのは『腕長おじさん』だけじゃあない。実はもっと厄介な相手がうじゃうじゃと夜の街を徘徊している」

 

 淡々と、しかしながら重苦しい雰囲気を纏わせて語る西条さんは、俺の目を見つめて語り続ける。

 

「『黒染め歯車』『突撃遊戯』『斜塔』『0匹の小猫』『かりほのいおり』……災厄とまで呼ばれる化物はまだ夜の中のうのうと生きている。『腕長おじさん』はそれらとは比べるまでもなく弱い相手でしかないよ」

 

 なんだよ、何だよその言い草。

 俺の知り合いが死んじまってんだぞ。

 西条さんだってその化物を危ない奴って言ってたじゃないか。

 やめてくれ、頼むから、頼むからその次の言葉は言わないでくれよ。

 

 

「遅くなってしまったが僕の結論を言おう。僕はその子を助ける事はできない」

 

「……ッ!」

 

 

「悪く思わないでくれ。僕も長い事夜な夜な化物とは戦ってはいるが、それも目的あってのことだ。誰彼構わず守るためではない」

 

「……」

 

「そして僕はこの町の担当魔法使いであって、君の町の担当ではない。申し訳ないが担当している以上、勝手に離れる事は出来ないのさ」

 

「そんな、そんなお役所仕事みたいな事……!」

 

「しかし本当にそう定められてしまっているんだ。体の良い断り文句という訳ではないのはご理解頂きたいね」

 

 拳に力入ってしまう。あまりの怒りに目元が熱を帯びてくる。

 そんな事を言われて納得できるか……! 折角藁にも縋る気持ちでお願いしたのに、ここまで来て空振りなんて……またみすみすアイツを死なせてしまう事になるなんて……あんまりだろ! 

 クソっ、あぁそうさ、どうせこいつも命が惜しいんだ、実力がないから、わざわざ他人なんて助けたくないからそんな簡単に断ることが出来るんだ……!

 

「そう睨まないでおくれよ。僕のこれは慈善事業ではないし、出来る事ならこんな立場になんてなりたくなかったくらいなんだ」

 

「……分かった。分かった、分かったよ、もういい。頼んだ俺が馬鹿だった。忘れてくれ」

 

 その場から立ち上がり、怒りのままに去ろうとした俺だが、即座にその歩みを止めてしまう。なぜなら、この女……西条が俺の後ろから抱き着いていたからだ。

 

「……なんのつもりだ」

 

「ふふ。そうカッカとしないでくれ。結論を急ぐのは良くないよ」

 

 背中に受ける柔らかな感触。耳元で囁かれる、どこか蠱惑的な物言い。

 俺もクラスじゃ背は高い方だが、この女は俺の更に5cmくらいは背が高いようで、すっぽりと細い腕に包まれると、なんともむずがゆい感触が俺に襲ってきた。

 

「助けて、くれないんだろ。じゃあ話すことはない筈だけど」

 

「確かに僕はその子を助けない。しかしだね……君が助けると言うのなら話は別だ」

 

「……俺が?」

 

 俺がどうやって助けるっていうんだ。

 魔法使いでもなんでもないし、肉壁にもならないただの凡人だぞ。

 

「正直な事を言えば――その子の事を確実に助けられる余力ぐらいなら僕にはある」

 

「ッ!」

 

「あぁほら、逃げないでおくれよ。まだお話は終わってないんだ……そうさ、僕ならきっと助けられるだろう。でもやらない理由は何よりも、僕にメリットがないからだ」

 

「……メリット」

 

「うん。他所の縄張りに別の街の魔法使いが出しゃばるのはちょっと問題があるし、何よりも赤の他人を助けて『ありがとう』の言葉や感謝の気持ちだけじゃあ労力に釣り合わないと思わないかい?」

 

「……」

 

「物事には何事にも対価が必要だ。分かるよね?」

 

「……ようするに。俺の依頼は虫が良すぎるってか」

 

 ぴんぽーん。と軽いノリで言う西条。俺は回らない頭を精一杯回して、この女が何を求めているのか考えるが、彼女の真意はどこまでも分からなかった。

 

「金なんて全然ないぞ」

 

「お金には執着はないから安心していい。で、欲しい対価というのはだね――率直に言えば、君だ」

 

「はっ? ――ぴぃっ!?」

 

 背中から回された手が、つつ、と俺の腹部をなぞり、一瞬で全身に鳥肌が立ってしまう。

 

「へ、へへへ変態め、警察っ、警察を呼ぶぞ!」

 

「おやおや。案外初心なんだね。まあ僕はそういう子の方が断然……」

 

「お、おい馬鹿どこ触って、こ、このやろぉ!?」

 

 こいつ本気で俺の体狙いなのか!?

 何で俺の体なんか……物好きっていうかあり得ないだろ変態野郎め! なんて本気で焦って腕の中で藻掻いていると急に拘束が解かれ、俺は全速力で彼女から距離を取っていた。

 

「――というのは半分冗談でね。本当の事を言えば君には僕の部下になって欲しいんだ」

 

「な、なにを言い出すかと思えば部下だぁ……っと!?」

 

 急に俺に投げつけられる黒いサインペンを咄嗟に受け取る。

 何でこんなものを投げつけられたかは分からないがコレで何をしろと。

 

「明かしてなかったが僕の目的は復讐。家族を殺した化物をずーっと追いかけているんだ。ただその化物は探しても探しても見つからなくてね。……魔法使いのコミュニティはひどく閉鎖的だし、探られるのは嫌うようでね、みんな情報を明かしたがらないんだよ」

 

 だからこそ君が欲しいと、西条は言う。

 

「君は()()()()()()()()()()()自由な立場だ。探りを入れるには最適な立場だろう。それになにより友を思う強い気持ちが僕は気に入った」

 

「……別の街で情報収集をしろってか、俺にそれが務まるかは」

 

「務まらないなら務まらないなりに役立って貰うさ。そして、その対価が今渡したサインペンだよ」

 

 どこか高そうな刻印の入ったサインペンに視線が向かう。

 俺の手から少しはみ出すくらいのそのペンが一体どうして報酬になるというのだろうか。

 

「君にそれを授けよう。それには僕の魔法がかけられているから、ひょっとすれば敵に致命傷を与えられるかもしれない。もしもそれで無事に『腕長おじさん』を倒したらその時は――僕の部下になって貰う」

 

「……」

 

「そんなに睨まなくても使い方は後で教えるよ」

 

 彼女は俺に一方的に告げると、無残にも瓦礫の山となった駄菓子屋に対して掌を向ければ、まるで図ったかのように業火が家全体を包み始めた。

 

「証拠隠滅」

 

「……放火事件の犯人ってアンタだったんだな」

 

「元はと言えば腕長おじさんのせいさ。派手にやるから派手に証拠を消さないといけない……それで、返答の方はどうだい?」

 

 ごうごうと燃える火炎をバックに肩越しに俺を覗く瑠璃さん。

 その視線に対して俺はもう、頷くしか手段はなかった。

 

 ……あぁ分かったよ。言われた通り口車に乗ってやる。

 そんなんでアイツが助けられるんだったら、やってやろうじゃないか。

 

 

 

 

「交渉成立だね。うんうん、即断即決とは素晴らしいね」

 

「事実上選択肢が俺にはないから交渉も何もないと思うけどな――アンタさ、魔法使いっていうか魔女って言われたりしないか?」

 

「嬉しいね、君は僕の事を魔女って呼んでくれるんだ。僕は魔女って響きが好きなんだけど、巷じゃ『ソードマスター』なんて呼ばれて嫌で嫌で仕方なくてね、『剣の魔女』の方が格好良いと思わないかい?」

 

「……」

 

 

 

 § § §

 

 

 

 忌まわしき月曜日。午後9時。

 俺は決して逃げる事無くこの公園に来ていた。

 

 動きやすい服装。両ひざにつけたサポーター。使い慣れたラケットを片手に持つ姿は、今からラクロスの試合が始まってもおかしくない出で立ちだった。

 そして例のサインペンをシャツのポケットに差して、虎視眈々とその瞬間を待っていた。

 

「――よぉ山吹」

 

「高遠、さん……何でここに」

 

「言っただろ、ここに来るなら加勢するってさ」

 

 そして思った通りに公園の入り口に山吹さんの姿が現れる。

 いかにも学校帰りという服装で。鞄を片手にこちらを唖然とした表情で見ている。

 

「……危険性は説いた筈。さっさと帰って欲しい」

 

「俺だって何度も山吹には危険だって言った筈だ。そっちこそ帰るべきじゃないか?」

 

「少なくとも、私より弱い人には言われたくない」

 

「だろうな」

 

 夜の公園で立ち尽くして対面する俺達。

 だがあの化け物が現れるまで時間がある。俺が座らないか、とベンチに彼女を誘えば、彼女も特に異論はないのか素直に座ってくれた。

 

「……理解不能」

 

「何が?」

 

「高遠さんは弱い。普通の人間。助力なんてしたら逆に迷惑になるから関わるなって言ったのに、何で聞いてくれないの」

 

 俺はその言葉に苦笑してしまう。

 今回、俺は自分が一週間を繰り返しているという事実を彼女には伝えていない。

 何度となく死んだ事実を無駄に伝えても山吹さんは動揺するだけ。なので、この公園で例の『腕長おじさん』に二人共殺されるという事のみ伝えていたのだ。

 

「酷い言いぐさだな。ま、ほぼほぼ事実だけど……もちろん、その話は聞けないね」

 

「……高遠さんは私を助けたいの? 殺したいの? 貴方が居た方が負ける確率が高まるから、関わるなって言ってるんだけど」

 

「だーかーらー、俺が居なくても山吹は間違いなく負けるって口酸っぱく言ってんだろ。その代わり俺に秘策があるから協力してくれ」

 

「はぁ……その秘策がなんだか知らないけど、それは間違いなく『腕長おじさん』を殺せる物なの?」

 

「一か八かで致命傷を与えられる可能性はある」

 

「話にならない。帰って」

 

 山吹さんはぴしゃりと言いのけ。俺を凄い力で無理やり立たせて公園の外まで押し出そうとし始めた。

 

「いや、待て待て待てって、言っただろ!? あの化物にはお前の氷攻撃は全く効かない、物理攻撃しかほぼ通らないんだぞ!」

 

「結構。私にだって物理攻撃の手段くらい……少しはある。いいから帰って」

 

「山吹のその少しの物理攻撃じゃどうにもならないから俺が出張ろうとしてんじゃねえか!」

 

「そんな一か八かに頼れるほど私は楽観的じゃない」

 

 あぁもう、本当前前から思ってたけど頑固すぎるだろこの野郎。

 以前から責任感が強すぎるって言うか、与えられた『魔法使い』という役割を全てを押しのけて優先すべき使命だって思ってんのか、他人よりもまず自分を犠牲にしたがる!

 

「なぁ頼む、いいから協力してくれ! これしかもう方法はないんだ!」

 

「帰って、帰って高遠さん。私の前で死ぬような真似はお願いだから、やめて。高遠さんの死体を、私は見たくない」

 

――俺だって山吹の死体なんか見たくねえよ!

 

 自分でも驚くぐらい大きな声が出た瞬間、俺を押す彼女の力が止まり、そして公園の中が瞬く間に静寂で満たされていった。

 

「……分からない。私とあなたに接点なんてなかった、なかったのに何でそこまで関わろうとするの」

 

 背中越しに伝わる静かな、それでいてどこか縋る物をなくしたかのような声。

 

「教室でいつもするように、無関心でいてくれればいいのに……なんで。どうして」

 

 彼女の戸惑いを大いに含んだ、今にも崩れ去りそうなか細い問い。

 山吹さんの魔法使いへの思いは余りにも強い。

 魔法使いになるまでは自らに取り柄がないと言っていた事から、彼女は現状の立場を拠り所にしている節がある。

 

 『弱い人を助ける』は今の彼女にとって譲れないアイデンティティーだ。

 

 だからこそ、そんな『弱い人』が逆に彼女を助けようとする事に驚きと悲しみを隠せないのだろう。

 

「いいじゃねえかお互い無関心でも、お前より弱かったとしてもさ。俺は俺の目的を果たすためにお前を助けようとしてる。そのためならやられたって自業自得だって割り切ってる」

 

「……何なの……その目的っていうのは……?」

 

 山吹さんには悪いが俺の目的に大義なんてないし、崇高さの欠片もない。

 それは自己満足の最果てにある、迷惑も甚だしい、自信を持って馬鹿だと言える目的でしかなかった!

 

「その目的はな――週末の花火大会に行くことだ」

 

「え……?」

 

「……っと、その前に。お出ましだぞ山吹。そろそろ変身した方がいいんじゃないか」

 

 理解出来る筈もない独善的過ぎる俺の回答、その種明かしの時間は与えてはくれやしないようだ。公園の入り口に黒い靄のような物が現れ、俺は片手にラケットをぶら下げる。

 

――ガ爻犤ぐ駜セ鸣グ就聝ゐびざ……

 

「っ、高遠さん。さっきも言ったけどあなたは早く逃げ……!」

 

「――数秒。数秒だけ俺にチャンスをくれ、さっき言った俺の秘策を切る」

 

「でも!」

 

「今の俺は()()()()()()使()()なんだ。だから、悪いけどまあ、後詰めはよろしく頼むぜ()()()()()使()()さんよ――!」

 

 山吹さんが俺を止めようと手を伸ばしたようだが、飛び出した俺に届く事はなかった。

 そして同じタイミングで黒い靄から歪な笑顔を浮かべたおっさんの顔が浮かんだと思えば、更に細長い右腕がまるで槍のように突き出されていた!

 

 俺の頭部を余裕で貫く、鋭利すぎる手刀!

 その攻撃はかつての俺を5回は殺した。

 しかし俺は前もって分かっていたかのように体を横に傾け避ける事が出来ていた。

 

 彼我の距離は現在7mぐらい。

 

 今度は奴の左腕が鎌のように俺の腹部めがけて振り回される!

 その攻撃はかつての俺を4回は殺した。

 しかし俺は余裕を持ってスライディングを行い、頭部の上を薙ぐ恐ろしい攻撃を避けていた。

 

 彼我の距離は現在3mぐらい。

 

 両腕を既に振るい切った奴の最後の攻撃は、その頭部!

 びっくり箱のように急激に伸びた、奴の顔が俺を首元を噛み殺さんと襲い掛かる。

 その攻撃はかつての俺を数えきれないくらい殺した。

 だから、俺は()()()()()()()()()()()()と言わんばかりに奴の口にラケットの柄を噛ませていた――!

 

儼傼箺!?

 

「チタン製のラケットの味は美味いかこのクソ化物がッ……!」

 

 狙い通りに奴の口を封じた俺は、そのラケットから手を離し、代わりに胸元に差していたサインペンを振りかぶっていた。

 何の変哲もないサインペン、そのキャップを親指で弾き。鋭利な先端を奴に向け。今までの怒り、悲しみ、鬱憤、ありとあらゆる情動を込めて――、

 

 

「ちっぽけな魔法で悪いがなぁ、今までの分ッ、全部受け取りや、が、れ、え、ぇええぇぇぇぇえええ――ッ!」

 

痛爻犤駜鸣就聝痛ッ!?

 

 

 奴の肩口に、思い切り突き刺していた。

 スーツを貫いたそのペンは残念ながら深々と肉に突き刺さり、奴の悲鳴をあげさせる事に成功していた。

 

――ヨ瀂敠ォはギニッ!

 

「がっ!?」

 

「高遠さん!?」

 

 でも奇跡はここまで――俺は奴の反撃を避ける事も出来ずに腕に弾かれ、街灯に叩き付けられてしまう。

 背中に走る強い衝撃。肺から空気が押し出され、痛みと苦しみが一斉に襲い掛かってきて、何もできなくなってしまう。

 

「……ッ! ぁ、ぐ……」

 

「やっぱり、無茶なんてするから……!」

 

「だ、いじょうぶ……大丈夫だ山吹、俺は、奴を突き刺してやった……!」

 

「そう、貴方はただのペンを突き刺しただけ! それじゃ意味なんて何も……!」

 

「いいや、もう終わりだ」

 

 肩にペンを突き刺したままこちらへと迫る『腕長おじさん』。

 何でもない獲物に逆襲されたという事実が気に食わないのだろう、口に押し付けられたラケットの柄をまるで煎餅のようにかみ砕き、怒りの表情でこちらに近づいてくる。

 

 しかし、すぐにその歩みを止めざるを得なかった。

 

痛瀂敠っ!?

 

「え……!?」

 

 ペンが、瞬きをする間もなく2mほどの無骨な大剣に変わった。

 

 位置はそのままに奴の肩に刺さったペンが大剣に変化する、それすなわち奴が大剣に貫かれるのと同じ事で。異常に気付いた時にはもう遅い、奴は抵抗する事も出来ずに肩から股にかけて異物が差し込まれた形になり、体を縦に真っ二つにされ――悲鳴を上げることなく、果てた。

 

 俺と山吹さんはその光景を静かに眺めていた。

 俺は確信を持って、そして山吹さんは驚愕を持って。

 

「ど、どういう事……? 高遠さんが、何でこんな事……まさか、貴方……!?」

 

「言っとくが、俺は魔法使いなんか、じゃない」

 

「嘘。魔法使いじゃなければあんな事は出来ない」

 

「嘘じゃないって、ちょっと隣町の魔法使いに力を借りただけ……俺の魔法はこれでおしまいだ」

 

 おーいてて、と背中をさすりながら立ち上がる。

 よろめく俺に肩を貸す山吹さん、だが身長差的に俺の方が大きいからあんまり支えって感じにはなれないが、こうして俺も山吹さんも生き残れているという事実を思えば、屁でもない。

 

「……けほっ、げほ」

 

「骨、多分折れてる……すぐに病院行かないと駄目……ほら、掴まって」

 

「マジ、か。ここまで来て死ぬダメージだったら……ちょっと嫌だな」

 

「だったら無茶なんてしなければよかった。私に全部、任せればよかった……」

 

「ははは……まあ結果良ければ全て良しだろ」

 

「……コレは良い結果とは思えない」

 

「はいはい、悪かった悪かった……」

 

 引きずられるようにして移動する最中、山吹さんにねちねちと文句を言われてしまう。しかして本気で怒っているというよりかは、ただやり場のない感情をぶつけられているような、そんなむず痒い感覚。微笑ましさに頬が緩んで仕方なかった。

 そうだ、俺は悪夢のような一週間を等々突破したんだ。繰り返し繰り返し山吹さんの死を目の当たりにし、俺自信も死を遂げながらもとうとう化物を退治してやった。他ならぬ俺の手で! それは得難い達成感であり、俺はようやく胸につかえていた違和感、不安を消し去ることができたのだった。

 

「……ねぇ。さっきの」

 

「ん……?」

 

「さっき言ってた花火大会……アレってどういう意味だったの……?」

 

「あぁ……あれか」

 

 そう言えば、言ってしまっていたな……いや、本当のことを言っても良いし、むしろ言うべきかもだが……何だろう。今更アレのことを説明するのは、なんというか……個人的に、恥ずかしいように思えてきた。

 テンション舞い上がってた時なら言えたかもだが、冷静になるとちょっと格好つけすぎたというか……う。そんな目で見ないでくれ。余計言い辛い……。

 

「……気にしなくていい」

 

「あんな事言われて気にしない訳がない。言って」

 

「いい」

 

「良くない」

 

「しょうもない理由だから、いいだろ」

 

「そんなしょうもない理由で命を助けられたなら、尚更気になる」

 

「……」

 

「黙らないで。黙秘権はない」

 

 山吹さん特有の頑固さを持って顔を覗き込む形で迫られると、まるで小動物に餌をタカられてるような気がしてくる。あぁぁ、もうあんな事、言わなければよかった。顔、赤くなってないだろうな。なんて二人で押し問答をしていたのだが――、

 

「っ、危ないっ!」

 

「え……? ぐ、ぁあっ!?」

 

 急に彼女が叫んだかと思えば、俺は地面に突き飛ばされてしまう。

 一体何が、と地面に転がりながら事態を探れば、くたばった筈の『腕長おじさん』の姿がそこにあった。

 奴は体が真っ二つになっていたが、片腕と片足だけで地面を這い、半分中身を零しながらも俺たちを殺そうとしていた。

 ……いや、違う。奴の目的は俺だ。重症を負わせた俺を意地でも殺そうとしている。見せなかった奴の怒りの表情は俺を見ている。

 

――お、ゐ…鋳苦…屍……

 

 俺はさっきの怪我でうまく動けないし、山吹さんも転んでしまっており、復帰に時間がかかっている。このままじゃ奴が腕を伸ばして俺を殺す方が早い。

 

 万策尽きた。

 あぁ畜生が、最後の最後でお前が根性見せるんじゃねえよ。

 

「こ、の、高遠さんっ、逃げて――!」

 

 俺が出来る最後の抵抗は、奴の顔と俺の顔めがけて伸びる腕を、睨みつける事だった。

 悔いが無いと言えば嘘だが、あれだけもがいた結果ここまで出来たのなら……上出来だ。俺はお前に一糸報いてやったぞ。ざまあみろ。

 次は確実に、確実にお前の事を殺してやる……! と内心で吠え猛りながら俺は訪れるであろう確実な死を受け入れようと動かずにいた。が、

 

 

「最後の最後で詰めが甘いよ。茜」

 

 

 ――覚悟したその瞬間は、俺に訪れることはなかった。

 

 伸びた腕に1本の剣が突き立ったかと思えば、次々と剣が空から降ってきて、奴の体に突き立っていく。

 腕、太もも、手、つま先、背中、肩と昆虫採集の虫よりも大げさに剣を突き立てられた奴は苦悶の声を漏らし、そして最後に頭部に大剣を突き立てられ、本当に朽ち果てた。

 

「……お、おぉ?」

 

 呆気に取られるとはこの事だ。

 死を覚悟したというのに蓋を開けてみれば、第三者による介入により俺は救われた。

 山吹さんもぽかんとした表情でこの光景と、その第三者を眺めていた。

 

「西条……」

 

「うんうん。そうだよ瑠璃お姉さんだよー。間一髪だったね」

 

 羽毛の如く俺らの前に降り立ったのは隣町の魔女、西条だった。

 黒いウェディングドレスを身に纏う彼女はクスリと笑いかけてきた。

 

「……他の街に干渉するのは協定違反じゃないのかよ」

 

「たまたま夜のお散歩をしてたら一般市民が襲われていたからね、通りすがりついでに助けただけさ」

 

「どうだか……」

 

 のらりくらりとのたまう彼女はそのまま俺に手を伸ばして立たせてくれた。

 山吹さんと違って怪我をしてふらつく俺をしっかりと支え、肩を組んでくれた。

 

「それにしても本当にやり遂げるなんてね、僕は少し感動したよ。アイツの攻撃をすいすいと避けて、ペンで一刺し! 実体化させて斬りかからなかったのは正解だね。幾ら切れ味が良いと言っても、キミじゃあの剣は持て余しただろうからさ」

 

「おい、お前見てたのかよ」

 

「おっと。推察さ、推察。現場状況を見てね」

 

「……」

 

 ご丁寧にも最初から俺らの事を監視していたらしい。

 それだったら最初から助けてくれれば良い物を……と言ってもこの魔女はメリットがなければ、そんな事してくれないだろうな。

 

「……貴方。もしかして、貴方が隣町の……?」

 

 そして半ば置き去りになっていた山吹さんが堪らず声をかける。

 しまった、そう言えばこの魔女の事はなんと説明すればいいか……。

 

「おぉ、君が茜から聞いていた山吹さんとやらだね、始めまして。僕の名前は西条瑠璃。『ソードマスター』の方が通りがいいかな?」

 

「……山吹志築。『ソードマスター』……貴方が、どうして高遠さんと……?」

 

「どうして? ふふ。茜は言ってなかったのかい? それが泣かせる話なんだが――」

 

「おいやめろ魔女。それ以上言うな」

 

 もう過ぎた事だ。こうして二人共助かったんだからわざわざ言わなくていい。

 言外に怒りを滲ませ、奴を至近距離で睨みつけると最初はきょとんとしていた瑠璃は、やがてにんまりと笑顔を見せてきた。

 

「君って奴は本当に健気だねぇ……分かったよ。君がそう言うなら言わないでおこうかな」

 

「待って……二人で納得しないで、貴方と高遠さんの関係は何? どうして貴方は私達を助けたの? どうして――」

 

「おいおい言っただろう山吹さんとやら。茜は言いたくないと言ったんだ。それを無理強いして聞くのは彼の覚悟を汚すに等しい事だと思いたまえ」

 

「――っ」

 

 う。山吹さん、頼むからそんな目で俺を見ないでくれ。

 でも、今更言い出し辛くて言えないんだ。理解してくれ。

 

「何にせよ君の為を思っての行為なのは違いない、君がすべきことはまずは詮索ではなくて感謝じゃないかな、と僕は愚考するよ」

 

 まあそんな感謝の言葉よりも真っ先にするのは茜の治療だけどね、と魔女は俺を強めに抱擁してくる。柔らかい感触もあるがそれ以上に痛めた背中に響いて苦悶の声が出てしまう。

 

「……貴方の言う通り、高遠さんを病院に」

 

「あぁ。僕が連れていくとも、大事な大事な僕の下僕をね」

 

「げ、下僕……っ!?」

 

「おい、なんで部下から格下げになってんだ」

 

「ははは、広義の意味では同じだろうから良いじゃないか」

 

 冗談じゃないぞ。部下と下僕じゃ立ち位置が全然違うじゃねえか。

 更なる抗議をしようと口を開こうとすれば、困惑の極致に居た山吹さんが先に問うてきた。

 

「待って――待って、待って待って。意味が分からない。下僕? どういう関係? そ、そんなことよりもせめて、私が高遠さんを連れて病院に」

 

「それは市民病院にかい? 学校や茜さんの親御さんが大わらわだね。何事だーって、この子は一般市民なんだよ」

 

「それは……」

 

「僕は空を飛べるからすぐに茜を連れていけるし、何より事情通の凄腕の医者がいる。彼女に任せれば一瞬で元通りだ。うん、誰が誰を連れてった方が自明だね?」

 

「……ッ」

 

 さっきから何で魔女は山吹さんに当たりが強いんだ……お陰で山吹さんのこちらを見る目はさっきからどんどん強くなっているじゃないか。

 あぁもう折角一難去ったっていうのに、喜ぶに喜べないぞこの魔女め……。

 

「……もういいから、早いとこ連れてってくれ」

 

「おっと、悪かったね茜。じゃあ行こうか、それじゃあね山吹さん」

 

「待……っ、う、待たなくて、いい。あの、高遠さんをお願いします……」

 

 ふわり、と支えられた俺の体から重さが消え、空に浮かび初める。

 徐々に小さくなる公園と山吹さんの姿。彼女は滅茶苦茶悔しそうな表情を浮かべてるから、どうしようか迷った俺はこうして声をかけることにした。

 

「山吹! えーっと……えーっと、まあ、あれだ!」

 

「……?」

 

 葛藤。感謝。達成感。困惑。約束。謝意。それらが頭の中でないまぜになってる状態の中、最終的に縋るような視線を向ける彼女に伝えられたのは、たったの5文字だった。

 

「――また学校で!」

 

 もう山吹さんと会えない、なんて事はない。

 悲しみと怒りに惑う日は現時点では訪れないのだ。

 でも彼女とかつてした約束は、彼女はもう覚えていないし、魔法でも取り戻せない。

 

 だったら明日、改めて自信を持って伝えよう。

 約束を継ぎ、今度は俺の方から。

 果たせなかった思いを伝えるには、今じゃ何もかも足りないから。

 

 視界の中で急速に小さくなる山吹さんは、返事はくれなかったけれども頷いてくれたのが見えて、俺はその様子に満足したのだった。

 

 

 

「……青春だねぇ。瑠璃姉さんはさっきからもぞもぞして仕方ないよ」

 

「実際にもぞもぞしないでくれ、地味に背中に響いて痛い」

 

 夜の風を切って移動する俺達は、空中でも会話を広げている。

 自分の街の夜景をこうして一望出来るのはいいが、命綱もない状態で飛ぶというのは、中々どうして恐ろしいものだった。声が震えてるのがバレてないといいが……。

 

「いやいやいや、それにしても大したもんだね茜。僕が思った以上に君は優秀だったみたいだ。コレは思わぬ拾い物をしたよ、ふふ」

 

「……気軽に部下になるとか言わなきゃ良かったかも」

 

「ふふふふ、今更キャンセルは効かないよ? 君は魔女と契約してしまったんだ、今後一生君は僕の奴隷さ」

 

「おい、何で俺の地位がさっきからどんどん格下げされてんだ、部下でいいだろ部下で!」

 

「広義的な意味じゃ一緒だろう? まあまあ悪いようにはしないさ。馬車馬のように働けなんて言わないし、待遇もそれなりに良い感じにするつもりだ。なんだったらご褒美もあげちゃうよ」

 

「……うひゃいっ!? み、耳に息を吹きかけるな息を!」

 

 未成年相手に何をさせるつもりか分からないけど、こう、この魔女の言動は一々危うく感じて仕方がない! 睨みつけ返すと「茜は可愛い奴だねぇ」なんて頭を撫でられた。解せぬ。

 

「でもね、本当に日常生活の範疇を超えない程度には明日から精力的に動いて貰うから覚悟するように」

 

「はいはい」

 

「詳しい話はまた明日するよ。君がどんな力を持っているか気になるしね」

 

「って調べるのは俺についてかよ」

 

「まずは自分の力の事を知らないと困るだろう? しっかり瑠璃お姉さんと現状把握に努めようよ、()()()()()使()()さん」

 

「……はい? 俺が魔法使い?」

 

「なんだ、気付いてなかったのかい。大体の話魔法以外の力で時のやり直しなんて起こせる訳がないじゃないか」

 

 いや、まあ確かに言われてみるとそんな気もするが、俺には魔法使いのように変身もしないし、魔法使いが持ってるべき驚異的な身体能力も使えてないんだぞ? 大体いつ俺が魔法使いになったっていうんだ、魔法使いは引き継ぎ制だって言うのに――!

 

「困惑してるねえ、まあ明日以降君がどうしてそうなったかもしっかり調べようじゃないか。僕が思うに君の力は強力な物だし、まだ覚醒しきれてないと思っているよ」

 

 ま、もしもそれが勘違いだったとしてもさ、と魔女は嗤いながら続けた。

 

「君が誰かを想う、心優しい魔法使いなのは間違いないと僕は思ってる。これからよろしくね、茜」

 

 

 ――どうやら、しばらくは俺に平穏な日々は訪れないようだ。俺はため息をつきながらも、この先に待ち受けているであろう非日常に胸を輝かせるのだった。 

 

 




私:ほほう、面白いプロットやん…一杯行間を読んで盛り上げないと…。
私:俺って一人称だけど主人公の性別は特に指定されてないな!よっしゃイケる!(戦犯)
私:ヒロインは目隠れだと、頑固一途ロリだな!(一般常識)
私:僕っ娘魔法使いだぁ? 短髪ショートグラマー素直クーデレスキンシップ過多お姉さんで家族が殺された重過去ありだな! 決まったァ!(性癖盛り)
私:花火大会の約束が果たされないなんて許される訳なかろうぐゎあ!(唐突なエンディング変更)

そんな様々な葛藤を潜り抜けて出来上がったのがこの作品です。
いや、これでもプロット通りに従ったんです。本当なんです…信じて…。

※活動報告に、今回の作品のプロットを公開しています。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=233036&uid=165314


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