「亡くなったのは、この映画の原作者茶谷千先生の担当編集者である
通報に駆けつけた捜査一課の目暮警部は、現場に居合わせたお馴染みのメンツにまたかと苦笑いした。
犯人である可能性の低い一般人や報道関係者たちは別室で待機させている。お馴染みのメンツの一人である毛利蘭や鈴木園子らも、今はその部屋で事件の解決を待っているだろう。
被害者を恨んでいた人に心当たりは? という警部の問いに、別室に集められた映画関係者たちは皆揃って首を傾げた。
ここに集まっているのは皆映画スタッフであり、出版社の人間は一人もいない。ほとんど関わりのなかった人物に殺される理由があるかなんて分からない、というのは、この場にいるほとんどの人間が思ったことだろう。
「普通に考えれば、参加者の中で一番被害者と繋がりの深い人間が怪しいんだが……」
これにはかの有名な眠りの小五郎も頭を抱えるしかないらしい。
パーティーに出席していた人間の中で、被害者が所属する出版社の人間は編集長しかいない。しかし、彼は犯行前後にステージから一番離れた入口付近にいた事が確認されており、あの短い時間で犯行に及ぶのはどう考えても不可能である。
「ねえねえ、原作者の茶谷千先生は? その人なら被害者と繋がりが深いんじゃないかな」
「それが、茶谷先生の正体は、社長と担当編集である被害者しか知らないらしいんだ。今出版社の方に連絡して社長に確認を取ろうとしているけど、どうやらタイミングが悪くて連絡が取れないみたいでね」
当たり前のように毛利探偵についてきた少年は、高木刑事の返答に口元に手を当てて考え込む。他の編集者どころか編集長まで知らないとは、大層な秘密主義である。
「では、このパーティーで何か変わったことはありませんでしたかな?」
「あ、あの……」
それならというように警部が出した質問に反応を返したのは、この映画でヒロイン役を務める女優の柴山瑠璃子だ。
「今日のスピーチの時、司会をしていた被害者の人の立ち位置がリハーサルと違った気が……」
「ああ、そういえば、彼はリハーサルではステージの一番端に立っていましたが、本番の時は……」
ステージ後方の中央付近……
同意するような笛川の言葉に目暮警部が続ける。
「それでは、本番の時に被害者が立っていた場所には、本来は別の人が立つ予定だったということですか?」
「はい、本番では彼が内側に立ったことで、僕達の立ち位置が一つずつズレたはずですから……」
関係者の視線が一気に監督の井上礼一に集まる。本番の時彼は司会者の隣に立っていたので、リハーサルでは被害者の場所には彼が立っていたことになる。
「お、おい! 俺は何もやってねぇぞ! 大体、立ち位置の変更の話なんて誰も聞いてねぇんだ!」
「たしかに儂らも聞いておらん。あの若造が自ら立ち位置を変えたとすると、相手の立ち位置を予期して殺害計画を立てるのは些か無理のある話じゃな」
演出家の老人が監督に同調し、彼の的を射た発言に刑事たちは再び首を捻った。見事なまでの膠着状態に、唸り声をあげることも出来ない。
「もしかして、被害者の人は誰かに間違われて殺されたんじゃない? 例えば、本来あの場所に立つ予定だった、監督の井上さん……貴方に間違われたとかね」
「!!」
少年──コナンの言葉に、井上は顔を真っ青にしてその場に座り込んだ。
ザワザワと何かを囁き会う関係者たちに、警部がじろりと睨みをきかせる。
「それではあなたたち全員、犯人である可能性が高まったということですな?」
一方その頃、一般人用に用意された別室では、事件に巻き込まれたパーティー参加者たちが不安な面持ちで情報が入るのを待っていた。
「あ! いたいた蘭ちゃんたち」
「美織ちゃん」
キョロキョロと部屋中を見回していた美織は、端に並べられた椅子に座っている蘭と園子を見つけた。
「よかったぁ見つかって! 一人じゃ心細くって」
警察の人が来てくれたから大丈夫だっていうのは分かってるんだけど……と言って、彼女は空いていた蘭の隣の椅子に座る。
「大丈夫よ。今回もおじさまが素早く解決してくれるって!」
「小五郎おじさまが? そんなにすごい探偵だったのね」
「そっか、美織は海外にいたから知らないのね」
なんでも名探偵毛利小五郎といえば、ここ数ヶ月で数々の難事件を解決に導いてる有名な探偵らしい。いつも眠ったような体制で事件の真相を話すので、眠りの小五郎と呼ばれているそうだ。
そんな探偵さんがいるなら大丈夫ねと笑った美織は、ふと蘭の周りを見回して首を傾げた。
「ねえ蘭ちゃん、コナン君がいないみたいだけど」
「そうなのよ。コナン君ったらまたどこかに行っちゃったみたいで……」
探しに行こうかと思ったんだけど、警察の人に部屋から出るなって言われてるから……と眉を下げる蘭。心配そうに周りを見る彼女を、園子はなんでもないように笑って励ました。
「大丈夫よ! どうせまたおじさまにくっついて行ってるだけでしょ」
おじさまも見ていてくれるだろうから大丈夫だと言うが、蘭はそうだといいんだけどと不安そうだ。
「コナン君って、そんなにいつもどこかに行っちゃうの?」
子供があんまりウロウロしたら危ないんじゃないかしらと首を傾げる美織に、蘭はそうなのと大きく同意する。
「いつも突然いなくなったと思ったらお父さんについて回ってたりして……きっと新一と同じで事件が好きなのよ!」
思い出したらイライラしてきたあの推理オタク! と言って、蘭はここにいない人物に腹を立てる。大体遊園地で人を放ったらかしにして勝手に帰ったと思ったら、今度は事件を追いかけて帰ってこなくなるなんて! と過去の行いを掘り返して怒りに震える蘭。その話についての蘭の怒りは全く正当なものなので、園子と美織はアハハと苦笑いをするしかなかった。
「犯人は貴方です、カメラマンの
中央のソファに腰掛けて、眠ったような体勢のまま犯人を告げる毛利小五郎。関係者が集められた部屋では、既に眠りの小五郎の推理ショーが始まっていた。
容疑者は、映画のスタッフで事件当時ステージの近くにいた四人。主演俳優である
笛川と柴山、馬場の三人はスピーチのためにステージで被害者の隣に並んでいたし、長谷部はカメラマンとしてパーティーの様子を撮影するためにステージ後方でカメラを構えていたことから、被害者を殺せるのはこの四人であるということになったのだ。
「そ、そんなのデタラメだ! どうして俺が監督を殺さないといけないんですか!?」
犯人として名指しされ、長谷部は焦って無実を叫ぶ。しかし、真実を追い求める探偵にそんな演技は通用しない。
「貴方は監督である井上さんの酷いパワハラに苦しめられていた……殺害しようとする動機はそれで十分です」
それに、スピーチを行う皆さんは全員被害者の隣に並んでいました。監督と間違えて被害者を殺せるのは、殺害のためにステージ後方の幕の裏側で息を潜めていた貴方しかいないんですよ……
芝居がかった台詞で追い詰める探偵に、長谷部はがっくりと膝をついて犯行を自白した。
動機は推理通り、監督からの酷いパワハラ。後の取り調べで長谷部は、カメラマンとしてそこそこキャリアも積んでいた自分のプライドが井上監督によって酷く傷つけられ、犯行に至ったと供述している。
間違えて殺してしまった被害者の方には本当に申し訳ないことをした。これから一生掛けて償っていきますと謝罪したそうだ。