これは少女の過去のお話。
少女──阿部美織が初めて人を殺したのは、十一歳の時である。
その頃には少女はもうとっくに自分の才能に気が付いていたし、自分の容姿が他人より優れていることにも気が付いていた。そして、自分の一言で人間がいなくなる可能性があるということも。
実際に少女がしたことは、善良な大学職員の一人にぽろりと零しただけである。
『両親が私を利用しようとしてる』
それが事実であるかどうかはさして問題ではない。少女がそれによって苦しめられている、という解釈が存在するだけで十分なのだ。
その話は職員から教授に伝わり、教授はそれを聞いて何らかの策を使い、そして──
少女の両親は死んだ。
何もかもが、少女の計画通りだった。
少女の両親は普通の人間だった。
母親は白人と日本人のハーフで、父親は日本の古くから続く名家の生まれではあったが、それでも普通の人間だった。二人とも一流企業に勤め、すこぶる優秀な人間ではあったが、それでも一人娘の特異性には遠く及ばなかった。
少女は銀のスプーンどころか、神様からのギフトまで持って生まれてきた。ギフトを持たない両親は一人娘の才能を持て余すことしかできなかったが、少女はそんな事は関係ないというように自ら沢山の知識を吸収した。
ある日母親が言った。
『天才のことは天才に任せればいいのよ』
その一言で、少女のイギリス行きが決まった。両親も海外赴任という形でついて行く事になったのは世間的には褒められるべきことだが、少女にとっては大して良いことではない。
こうして、少女とその両親は、少女の才能を伸ばすためという名目で──その実ほとんど厄介払いというような状態で──そこそこ仲良くしていた友人と別れ、母親の母国であるイギリスに向かったのである。
さて、イギリスに行って難関であるオックスフォード大学に入学したところで、少女の特異性が紛れるわけではなく、相変わらず少女は特別だった。
そもそも、イギリスの大学に日本人の七歳の少女がいる、という状況が既に普通ではない。
ましてやその少女が、神からのギフトも銀のスプーンも両方持っているような特別な少女であるのなら、ほとんどが一般的で、努力して入学してきた秀才の集まりである大学の中で、存在が浮かないはずがないのだ。
それでも少女は‘‘世界有数の超難関大学’’という場所を得て、まるで新品のスポンジのようにどんどん知識を吸収していった。
ギフトを持つ可愛らしい少女は、同じくギフトを授かった一握りの人間にとても気に入られた。彼らは少女に次々と有益な情報を与え、そしてその誰もが少女の持つギフトの素晴らしさに感服した。
また、彼女は大層可愛らしい見目麗しい少女だったので、ギフトを持たない普通の教授の中にも(また違う意味で)彼女を気にいる人間がいた。彼は少女をとても可愛がった。しかし少女はただ無駄に可愛がられるだけのような素直な頭脳をしていないので、次第に教授は彼女の言いなりになっていった。
そして、少女はいつしか退屈した。
彼女を重宝する教授たちから全ての知識を引きずり出して、吸収して、それでも尚少女の知識欲は満たされなかった。答えのある世界に失望し、退屈し、そして自ら未だ答えのない世界へと足を踏み込んだ。しかしその世界でも、少女が答えを見つけてしまうのは時間の問題だった。
その頃から、両親の存在は彼女にとって両手足を縛る鎖になりかけていた。
両親は少女の才能を妬み、疎ましく思うと同時に、利用価値を見出すようになっていた。少女の研究で金儲けを考え、よりお金になる方へと彼女の研究を誘導しようとした。これが、彼女にとって最も疎ましい事だった。
少女は考えた。
こんな疎ましいことがなくなる方法を。
どうしたら両親が自然に、確実に、そして自分の与り知らぬところでいなくなってくれるのか。
どうしたら少しも疑いの目を向けられることなく両親を殺せるのか。
そして、事は起こった。
少女の両親が交通事故で死んだのは、彼女が十一歳になって大学を卒業し、大学院に進学した矢先のことだった。
少女は大学の研究室でその知らせを受け取り、突然両親を失った可哀想な女の子になった。
全てのことが、そっくりそのまま少女の計画通りだった。