ホームズとモリアーティ   作:蔗糖

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第二話

 

 

「…………くん、……君、コナン君!」

 

 目を覚ますと、あたりはべた塗りの暗闇に包まれていた。いや、黒い布で目隠しをされているのでそう感じるだけである。両手は後ろ手に縛られており、頬に触れる床はひんやりと冷たいので、おそらくフローリングにそのまま転がされているのだろう。目覚めたばかりのぼーっとした頭で、先程からずっと聞こえる自分を起こした小さな声が知り合いの少女のものであることを認識した。

 

「……み、おり?」

 

「っ、よかった、目が覚めたのねコナン君」

 

 具合はどうかという問いかけは自分の頭の後ろから聞こえてくる。おそらく背中合わせになるような形で寝かされているのだろう。大丈夫だと答えてハアとため息をつく。硬い床の感触が少し痛かった。

 

「さっきまで男が三人この部屋にいたけど、今は出ていったみたいなの」

 

 だから君を起こそうと思って声をかけたのよ、と言って同じようにハアとため息をつく美織。取り敢えずは室温も丁度いい好待遇だが、それがいつまで続くか分からない。最悪の場合殺されるかもしれないのだ。不安なのは当然だろう。

 

「ここはどこなのかな」

 

「それは分からないけど、犯人の目星はついてるわ」

 

 本当!? と食いついた俺に、ええと返して彼女は話しだした。

 

「私を誘拐するってことは、普通の身代金要求じゃなくて私の研究が目的の可能性が高いわね」

 

 私の顔はまだ日本ではそんなに知れ渡ってないし、顔を見て分かるのは知り合いかその道に詳しい人くらいよ。犯人は私を眠らせるために薬品まで用意してた。ということは計画的な犯行だろうし、身代金を要求するだけなら誘拐現場を見られたくらいで君まで連れてくる理由がないもの。おそらく犯人はそれなりに社会的地位の高い人間で、絶対に犯行を知られたくないんだわ。

 

「ということは、犯人は美織姉ちゃんの研究を止めさせたいか、自分のものにしたい……?」

 

「そういうこと。おそらく私のスポンサーのライバル会社の人が犯人ね。スポンサーに巨額の金を要求して、そして私を殺して研究を頓挫させるか脅して自分の会社に引き抜く。どちらにせよスポンサーの会社は大損害を被るってわけ」

 

 美織の言葉を聞いて、俺は額に冷や汗が浮かぶのを感じた。彼女は自分が殺される可能性にまで言及した。あまりパニックになっていないのはいいことかもしれないが、誘拐されたというのに些か冷静すぎる気もする。無理をしてないといいのだけど。

 

 俺の聴覚が僅かな足音を捉える。誰か来たと囁いて、何事も無かったかのように未だ目覚めてないふりをした。崩していた脚を元通りにして、ぐったりと力を抜く。背後で美織が身じろいだ気配がした。

 ガチャリと扉の開く音がして、硬質な足音が近づいてくる。おそらく三……いや四人分。そのうち二人が真っ直ぐこちらに向かってきて、すぐ近くで立ち止まるのが分かった。

 

「おい、起きてるか? お二人さん」

 

 ぐい、と布が引っ張られて目隠しが外される。目の前には少しガラの悪そうな体格の良い男。彼のバックには沢山のデスクが整然と並んでいて、ここがオフィスのような場所であることを知った。体をひねって顔を後ろに向けると、美織はすぐ後ろにある低いソファに寝かせられていた。

 同じように目隠しを外された美織は、彼女の目の前に立った男をキッと見上げて沈黙を貫いている。鋭い眼差しで睨まれたインテリ風の初老の男性は、口の端をニヤリと歪ませて笑った。

 

「お嬢さん? 突然ですまないが、今日から君は私の会社で働いてもらおう」

 

 拒否権は無しだ。命が惜しいならね。

 芝居がかった仕草でくるりと後ろを向きながらそう言った彼は、おそらくもういい歳なのだろうがそれを感じさせない美しい姿勢で立っている。

 

「……あなた、誰なの」

 

 優雅だった動きがピタリと止まった。まさか自分のことを知られていないとは思わなかったのだろう。それまでと一転してぎこちない動きで振り返った彼は、額に青筋を立てて作りものの笑みを浮かべる。

 

「君のスポンサーのライバル会社、三葉製薬の社長をしている須郷丈一郎(すごうじょういちろう)。今日から君の新しい飼い主になる男だ」

 

 

 

 

 

「コナン君、戻ってきませんねえ」

 

 早くしないと先にサッカー始めちゃいますよ! と言って、光彦は地面に置いていたサッカーボールを持ち上げた。

 何かあったのかなと心配そうに眉をひそめた歩美に、本を読んでいた哀は顔を上げてため息をつく。まったくあの人は、とでも言いたげな表情に、元太は焦れて座っていたベンチから立ち上がった。

 

「ちょっと見に行ってみようぜ!」

 

 コナンのやつ、どうせあのねーちゃんと長話でもしてんだろ! そう言った元太に、歩美と光彦は賛同してずるいずるいと喚き立てる。仕方ないわね、というように哀が本を閉じて立ち上がったので、子供たちは連れ立って公園を出た。

 

 

 

 美織やコナンが曲がった路地をみんなで同じように曲がると、薄暗くてどことなく不気味な雰囲気を醸し出す道に全員が眉をひそめた。両側が高い建物に囲まれていてちょうど影になっているのだ。道の向こう側には明るい大通りが見える。

 

「誰もいないな……」

 

 大通りまで出ちゃったんでしょうかという光彦の言葉に、全員でまとまって細い路地を歩く。路地の出口付近まで来たところで、コンクリートの地面に黒いものが落ちているのが見えた。

 

「これ、お姉さんが被ってた帽子じゃない?」

 

 ホラ! と笑って拾ったべレー帽子を被ってみせる歩美。確かに美織は黒いベレー帽を被っていた、と全員が彼女の服装を思い出した。落としたのだろうか。歩いている時に、自然に? それとも何か、被っていた帽子が落ちるような何かが──例えば誰かと揉み合ったとか──あったのだろうか。

 

「大通りにも江戸川君たちはいないみたいよ」

 

 路地を出て通りの様子を見に行っていた哀が戻ってくる。

 美織はまだしも、コナンまでどこにも見当たらないのはおかしい。幾度となく事件に巻き込まれてきた少年たちはそう考えた。やはり何かあったのだ。事件に巻き込まれた? 強盗にあったとか? それとも──

 

「誘拐、かしら」

 

 哀の言葉に、正義感溢れる小さな探偵たちはハッと顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 なんとか両手を拘束していた縄を外して、コナンは無人のオフィスの中を調べる。

 主犯と思われる須郷を含めて四人いた男たちは、美織のスポンサーである相馬正蔵氏に身代金要求の電話をかけた後、どこかに行ってしまった。見張りはドアの外にいる。コナンは犯人たちが当分戻ってこないだろうと考え、場所を特定できるものがないかあちこち調べ回っていた。

 美織はどうやら車に連れ込まれた時に足首を捻ったらしく、調査には参加しないで大人しくソファに座ってもらっている。縄の跡がくっきりと残った手首をさすって、美織は俯いて呟いた。

 

「ごめんねコナン君。私のせいよね」

 

 え? とコナンが振り返ると、彼女は眉を下げて悲しそうに薄く笑っている。闇夜を溶かしこんだような真っ黒の瞳がゆらりと光った。

 

「私がもっと気をつけていれば、誘拐なんてされなかったわ。コナン君が巻き添えになることもなかった」

 

「美織姉ちゃん……」

 

 「いつもはボディーガードを連れて歩くし、あんな細い路地なんて入らないの。でも、あの時はちょっとしたお出かけのつもりだったし、いつもいつも黒スーツのSPと一緒だなんて気が滅入るのよ。近道してすぐに帰ってくれば大丈夫だと思ってた。私の顔はまだ日本ではそこまで有名じゃないって話だったし」

 

「でも、迂闊だったわ。ごめんなさい」

 

 弱気になっている彼女のことを、コナンは少し意外に思った。彼女ほどの人でも、自分の置かれた境遇を窮屈だと感じることがあるのだと。そこら辺の大人より桁違いに優れた頭脳を持っていても、やはりまだ俺より年下の子供なのだ。いや、七歳の頃から大人に囲まれて育った分、普通の高校生より精神的には子供っぽいところがあるのかもしれない。

 気が滅入るなんて、そんなの当たり前だ。幼い頃からずっと窮屈な暮らしに当たり前のように耐えてきたのだ。イギリスにいた頃なんかは今より窮屈だっただろう。約十年ぶりに帰ってきた母国で、少し浮かれて羽目を外してしまっても誰も責められない。

 

「美織姉ちゃんのせいじゃない。悪いのは犯人だよ」

 

 少女はゆるりと顔を上げて、コナンの顔を見る。本当か、と問うようにじっと目を見つめる彼女に、コナンは青い目をキラリと煌めかせて力強く頷いた。

 自信に満ち溢れた顔だった。

 

 ここは一体どこなのか。その手がかりが、ようやく掴めたのだ。

 

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