虎杖と東堂が時限爆弾を解除する話。

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タイガー&テンプル

 

 

 

 「時間が無いな。手早く済ますぞ。虎杖(ブラザー)

 

 「……おう」

 

 珍しく緊張したような虎杖と非常に真剣な目つきの東堂の前には、金属でできた直方体が一つ。色は黒。縦六十センチ。上下の正方形は、各辺三十センチほどか。上部に設置されているカウンターは、残り三分を示していた。

 

 「……赤か」

 

 「黒か……」

 

 そして、二人して口走った色と同じ線がカウンターの後、メンテナンス用のハッチから飛び出ている。

 そう、これは時限爆弾。このスタジオを吹き飛ばすかもしれないし、このトイレだけ――いや、虎杖と東堂の二人だけを吹き飛ばすかもしれない爆弾の解除に彼らは、挑んでいた。

 何故こんなことになったか。呪術師二人が爆弾解除なんてハリウッドな事になったのか。事の起こりは、数時間前へと遡る……。

 

 

 

 +++

 

 

 

 パチ――コンプラ的に、危ないところから帰ってきた虎杖は、るんるんだった。フォギアがいい感じに回って、懐は温かい。ハズレ臭かった映画も中々いい具合。そんな感じで、いい一日だった。いや、そうなる筈だった。

 

 「やあ、親友(ブラザー)

 

 誰もいないことをいい事に、軽やかなスキップと鼻歌で感情表現をしていた虎杖の足を止めたのは、聞き覚えのありすぎる声。本来ならここではなくて、西の方に居るはず。

 だが、幻聴ではない。声の主は、素で幻覚を決めているが。

 

 「げっ……東堂」

 

 出会いは突然。再会も突然。転校した幼馴染と高校で再開するのは、学園を舞台にするラブコメからアクションの定番だ。地味だった少女が美しく成長しても良い。美しい少女がそのまま成長していても良い。

 そして、何より再開は、突然がいい。

 

 「いや、相手が女の子ならそうでしょ」

 

 思わず、虎杖はツッコミを入れていた。何故かそう言わないといけないと思ったのだ。次元の壁とか気にせずに、ずぱんとツッコミを入れておくべきじゃないかって、本能的に。感覚的に。

 

 「ふっ……どうした。突然の再開に胸が踊っているのか? 虎杖(ブラザー)

 

 なんて、廊下で、特徴的な立ち方をしているのは、京都校随一の嫌われ者にして実力者の東堂葵。その人。

 

 「いや、踊らないから。天と地が海辺で、T.M.Rev○luti○nしない限り無いから。生足魅惑じゃねえから。ていうか、東京で何してんの? ついに京都追い出された? 俺の部屋は嫌だぞ? 隣もやだからな?」

 

 「今日はな、ビッグイベントがあるんだ。虎杖(ブラザー)

 

 「全く聞いてないな……。あ、待って、当ててやるから。絶対あれでしょ。あの関連でしょ。ぜーったいあの子だわ。いやもう、言わなくても分かる。言われなくても分かる。間違いないね」

 

 「だが、あえて言おう。高田ちゃんのテレビ収録だ……!」

 

 「あ、当たってた! やっぱりか! そんなことだと思ったよ!」

 

 「流石だな。虎杖(ブラザー)。俺たちは、以心伝心だ。心は、いつも一つ」

 

 ふっといつものように不敵に笑う東堂。無駄に様になっているのが腹立つ。

 

 「ああ、まあ、お前が出張する理由なんて、呪霊か高田ちゃんくらいだよな……。それならなんで、高専に?」

 

 「こっちでも用事があってな。高田ちゃんのテレビ収録までの時間潰しをしていたのさ」

 

 「ほーなるほど」納得したように頷いて「じゃ、楽しんでこいよー」

 

 虎杖は、非常に自然と、かつ素早く踵を返した。嫌いではないが微妙に苦手だったからだ。

調子が狂うというか相手のペースに引き込まれるというか。事実、つい最近の交流戦の際、虎杖は、東堂ワールド(仮称)に取り込まれていた。

 

 「虎杖(ブラザー)

 

 脇を抜けていく虎杖へ東堂が呼び止める。虎杖は、ぴたりと足を止め、怪訝と振り返った。

 

 「うん? なんだよ」

 

 「ここに」すっと東堂は、胸ポケットから「チケットが二枚ある。分かるな? 虎杖(ブラザー)……!!」

 

 「東堂……!! お前……!!」

 

 なんて奴だ……! この展開を見越してたのか……!――戦慄の虎杖。チケットには、マンマ御殿の文字があったのを彼は、見ていた。

 

 踊る!マンマ御殿!! それは、超有名人気司会者マンマさんのゴールデン番組。様々な分野の有名人が集い、面白可笑しくトークする長寿番組。虎杖も勿論見ている。ツボを穿ちすぎたチョイスだった。

 

 「行くだろ!? なあ! 虎杖(ブラザー)!!」

 

 ここまでされたら答えは一つ! なにせそう。虎杖悠仁は――!

 

 「ッ……ああ!!」

 

 呪術高専一年生、虎杖悠仁は、テレビっ子であるっ……!!

 

 

 

 +++

 

 

 

 「へー! ここがスタジオかー。すげえな! 広いしでかい。こういうとこで、テレビって出来てんだなー」

 

 おおーと、虎杖はいつもテレビで見ているセットや小道具の数々に、感嘆の声を出さずにはいられなかった。

 

 「ふっ……気持ちは分かるがあまりはしゃぐなよ。虎杖(ブラザー)

 

 都内某所、収録スタジオ。その観客席に、虎杖と東堂の姿はあった。正直、めちゃくちゃ目立っていた。なんたって、東堂がでかい。身長190に筋肉隆々。虎杖のお上りさん感も中々。

 

 「あー今回は、マンマ御殿のテレビ収録に起こし頂きありがとうございますーー」

 

 客席前方で、若い男性スタッフが観客に注意次項を説明し始めた。虎杖は、興味深げに耳を傾け、「ほほー」だの「ははー」だのちょっとアホっぽい相槌を打つ。

 

 「――――というわけです。撮影中の出入りは、出来ませんので、お手洗いなどは事前にお願いしまーす」

 

 「あー結構長いんだなー。ちょっとトイレ行ってくるわ」

 

 東堂を置いて、虎杖は腰を上げた。返答はない。瞑想中だからだ。これから始まる収録へ向ける集中力を瞑想によって、高めているのだ。脳内は、さぞ高田ちゃんで……いつもいっぱいだが今は、いつも以上に違いない。気持ち悪いなこの男。しかし推しへの想いだけは、誰にも負けない高田ちゃんガチ勢たる東堂にとって、このくらいは当然の行動。

 

 「あ、すんませーん。トイレってどこっすか?」

 

 「そっちの扉くぐった先の廊下を右に行って、突き当りを左に行ったすぐッス」

 

 「あざーっす」

 

 「収録までそんなに時間無いんで気をつけてくださーい」

 

 「うーっす。分かりましたー」

 

 スタッフに会釈した虎杖は、言われた通りに廊下を辿っていると、

 

 「うん? アレってもしかして……」

 

 虎杖の目がきらきらと輝いた。彼の視線を辿ってみれば、小柄な男性が一人。黒いサングラスに、黒スーツ。大きく出た額と後頭部で整えられた髪。奇妙だったりする物語やいつもウキウキドキドキワクワクで笑っちゃったりする番組とかの司会をしていることで有名なあの人!

 

 「タマさんだ……!!」

 

 芸名タマリ。誰もが知ってる大物司会者。そんな彼が何故か廊下でキョロキョロしていた。何かを探している様子で、ちょっと焦っているようも見えスーツに不似合いなスポーツバックを肩がけにしていた。

 

 「タマさんっすよね? どうかしたんすか?」

 

 「え、あー……丁度よかった!」

 

 物怖じしないコミュ力お化けな虎杖は、察したらすぐに話しかけていた。話しかけられたタマさんが困惑するほど。それも一瞬、あっという間に調子を取り戻した様子。流石、大物司会者か。

 

 「君、トイレどっちか知らない?」

 

 「俺も行くとこだったんスよ。こっちこっち」

 

 「そっちだったかぁ」

 

 「そっちなんスよー」

 

 あっという間にトイレに到着。そんなに入り組んで無かったから時間はそうかからなかった。案外、タマさんって方向音痴なんかなーと虎杖は、思ってから、野薔薇に自慢してやろっと内心でほくそ笑み。伏黒は、あんま興味ないだろなーと内心呟いた。あいつ、テレビとか見ないし。

 

 「お、ありがとありがと。助かったよ」

 

 「いやーー。俺も丁度トイレだっただけっすよ」

 

 「なるほど。でもまあ、ありがとう」

 

 有名人に感謝を伝えられ、てれてれと満面の笑みを浮かべた虎杖に、タマさんは、いつも虎杖がテレビで見ている笑顔で頷いた。

 

 「って、時間やべっ。俺さっさと済ましちゃいますね」

 

 「ああ、私もそうするよ」

 

 なんて言うと、二人、男性用トイレに並んで。

 

 「いきなりご挨拶だな」

 

 「ほう?」

 

 直後、衝撃。ぐおんと大気が吹き荒れた。

 虎杖の拳とタマさんだった誰か(・・・・・・・・・)の拳が真正面から激突したのだ。タマさんの立っていた場所には、虎杖よりも少し大柄なサングラスの男が立っていた。服装は、タマさんの着ていたものと変わらない。だが、内側から押し上げる筋肉は、あまりにもかけ離れている。

 

 「ちっ、呪術師だったか」

 

 「ピッカピカの1年生だけどな。それに、そんだけ呪力纏ってれば不意打ちも警戒するよ。あ、ところでタマさんって、自分のこと僕って言うんだよ。知ってた?」

 

 「……付け焼き刃だとボロが出るのは、理解した。勉強になったよ」

 

 「テレビっ子舐めんな。で、あんたの術式、幻を見せるとかそんな感じだよな」

 

 「ほう、何故わかった?」

 

 素直に問うてくる男に、にやりと笑って、虎杖は答えた。

 

 「今のもそうだけど、廊下歩いてる時、微妙に足音がズレてた」

 

 呪詛師の身長は虎杖より高い。そして、タマさんは、虎杖よりも小柄。必然、又の幅が変わる。なら足音の鳴る地点も変わるだろう。

 

 「ちっ、天与呪縛の化物め。その通り。俺の術式は、認識操作。視覚へジャミングをかけることで幻を見せている。対象は、私自身。もしくは触れている、いたもの」

 

 「ひでえこと言うな」術式の開示と罵倒に、むっと虎杖は唇を尖らせ「俺のを受け止めてるあんたも大概だと思うけど?」

 

 隙作ったのは俺だしなー。こういう口先の苦手だと虎杖が思う眼前。

 

 「これは、」

 

 キュンッと微かな機械音。虎杖の反応は、素早かった。早々に拳を離し退避――すると。

 

 「こういうものだ!!」

 

 変形。ほんの一瞬前まで、ただの手だったものが手の形を失い――唸る咆哮。弾け飛ぶスーツの袖。それは、耳障りで騒がしい。そして、溢れる威圧。ぶんと空を払えば風が荒ぶ。

 

 「か、か、か……」パクパクと金魚みたいに口を開け閉めして「かっこいい……!」

 

 「ふっ……」男はにやりと笑い掲げるのは「これぞチェンソー! 神殺しのチェンソーだ!!」神殺しを冠する文明の利器!

 

 「神殺しの……!?」

 

 虎杖悠仁、驚愕。神殺しのチェンソー!? え、何それは!? かっこいいけど、意味分かんないな!! やっぱりナチス製か!? 兵器人間名作だよな!! 内心めちゃくちゃ動揺しつつも顔には出さない虎杖クオリティ。出てる? いやいや、出てない出てない。

 

 「これは、名のある御神木を斬り倒し続け、地元神主やらその他諸々の呪いを無数に背負ったチェンソー……! 私の前に立ち塞がった呪術師は、皆、このチェンソーの刃を受け、上下お別れしてきた。如何に天与呪縛であろうとこれには、敵うまい!!」

 

 「っ……!」

 

 冗談めいた由来だが虎杖に伝わるビリビリとした感覚は、濃密な呪いを感じさせる。彼の語る言葉がどこまで本当かは、兎も角、あれはハッタリじゃないのだ。誠に遺憾ながら。非常に遺憾ながら。

 

 「さて、どうすっかな……」

 

 呪力を走らせ構えた虎杖は、対敵への思考を巡らせると同時。

 

 「チェリャァッ!!」

 

 間髪を入れずとばかり男から突き出されるのは、高速で唸る回転刃! 呪力迸る以上、虎杖も触れればただでは済まない。

 

 「くっ!」とバックステップし、「うっそ!!」虎杖は、驚愕を零す。

 

 彼の視線の先を追えば、空振ったチェンソーが便器をまるで豆腐を叩き落としたように粉砕していた。バターを熱したナイフで斬るより容易い様は、チェンソーの殺傷力の高さを証明している。

 

 「ヒャァ!!」

 

 振り下ろしたチェンソーが跳ね上がって、逆袈裟と斬り上げてくる。上体を反らし、虎杖は再度回避。

 

 「ふっ……神殺しに恐れをなしたか……」

 

 「なーんかムカつくなっ!!」

 

 男のチェンソーから距離を取って構え直した虎杖は、不敵な男にぼやく。そんなに時間はかけたくない。この後の撮影見逃したくはない。芸能人を間近で見れたりするチャンス。何よりサインとか貰えちゃうかも。

 

 「あ、色紙買ってくるの忘れてた」

 

 ――繰り返す、虎杖悠仁は、テレビっ子である……!!

 

 「イィヤァッッ!!」

 

 そんな明後日の言葉を零した虎杖の胴を薙ぐように、チェンソーが疾駆し――空中で切っ先が消え失せた。術式だ。虎杖は、すぐに思い至る。

 

 「そこっ、だッッ!!」

 

 「んなぁ!?」

 

 変わらず響く音から当たりをつけ、踏みつける(スタンプ)――虎杖の靴裏が見事にチェンソーを踏みつけた。その反動で、虎杖が飛び、代わりに男がバランスを崩す。

 生まれた隙を虎杖は見逃さない。背後へ着地すると即座に背中へ回し蹴りを放つ。

 

 「掠った……だけ!」

 

 男は前方へと跳躍し、回避していた。故に、後頭部の側面を虎杖の足先が掠るだけで終わる。

 

 「ぐお……!」

 

 筈なのに、男を襲う目眩。当然、動きは乱れ、たたらを踏む。動きが止まる。理由としては、単純な話。虎杖の蹴りが異様に強烈なだけだ。

 チャンス――! 高速での接近から放つのは、単純なストレート。風を切り、男の背中に突き刺さらんと迫ると。

 

 「ハァァッ!」

 

 「はぁ!?」

 

 背中がぱかりと、丁度肩甲骨の辺りが左右に開いて(・・・・・・・・・・・・・)、ジャキンと飛び出したのは、一丁の木製ボウガンとつがえられた木杭。それも一本じゃなくて、扇形に並んだ六本が虎杖に先端を向けていた。

 

 「御神木ボウガン!!」

 

 「んな、罰当たりな!?」

 

 あまりの事に叫んだ虎杖の顔面向け、木杭が射出され、七発全て壁に突き刺さった(パンッ!)

 

 「……は?」

 

 突然の変化に、男は、目を丸くして。虎杖は、即座に理解する。

 二人の位置が入れ替わっていた。故に、矢は空を切り、虎杖は、男に背中を向け、男は虎杖の背中を見つめることとなる。

 この理由は、ただ一つ。トイレの出入口、ドアに背中を預け、額に青筋を浮かべた男―― 一級呪術師、東堂葵。アイコンタクト。虎杖と東堂の間で、声無き意思疎通があった直後。

 

 「ぐぼっ!?!!」

 

 男の頬に、虎杖の背面空中回し蹴りが突き刺さり、腰側面に、東堂のミドルキックが叩き込まれた。錐揉み舞いで吹き飛んだ男は、男性用トイレに激突。派手に破片を散らしてからピクリとも動かなくなった。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「とまあ、しゃけしゃけしかじかなわけ」

 

 「なるほど。理解した」

 

 「どうどうどうどう……落ち着け。落ち着けって」

 

 「高田ちゃんに危害が及ぶところだった。許せん。二度とそんなことを考えられないようにしておかねば」

 

 青筋を顔面全体に東堂は、浮かべていた。いや、怖いな!? 虎杖は、一瞬ビビった。

 

 「いやいや、ちょい待て、落ち着けって」

 

 戦闘になった経緯を虎杖が東堂に説明し終えると最初からマジギレしていた東堂が殺気満々で、便器に頭を突っ込んだままの男に向かおうとする。それをどうにか虎杖は、抑えるため、

 

 「あ、そうそう。そいつなんだけどさ。背中が開いたんだよ」

 

 話題の方向性をずらす作戦に出た。

 

 「ほう……これか」

 

 虎杖の目論見は、成功したらしい。興味深げに、しゃがみ込むと。

 

 「呪具が人体に融合しているな。何らかの手段で腕のチェンソーと同じように接合しているようだ。似た例として、過去、呪骸と呪詛師が融合していたことがあった」

 

 「その呪詛師は?」

 

 「死んだ。体のほとんどを呪骸に奪われて、暴走状態。祓って済む段階を過ぎていた。と報告書にはあった」

 

 「……そっか」

 

 言葉少なく返し、男から視線を逸した虎杖は、そこで初めて男の荷物を思い出した。大きめのスポーツバックが床に置かれたままだ。

 

 「これ、何が入ってんだ?」ファスナーを開け、「服と箱……?」虎杖は、眉を顰めた。

 

 出てきたのは、真っ黒な直方体。素材は金属でツルッとしてる。色は、黒。縦六十センチ。上下の正方形は、各辺三十センチほどだ。虎杖が両腕で抱え込めるくらいの大きさ。持ってみたところ、結構な重量があるのが分かった。

 

 「なんだこの数字」

 

 ひっくり返したりしているとある一面に数字が浮かんでいるのに、虎杖は気づいた。カウントダウンしている。

 

 「……これ、もしかして」

 

 悟った虎杖の背中にびっしりと冷や汗が浮かぶ。これは、もしかして。いやもしかしなくても――――。

 

 「十中八九爆弾だ。微かに、呪いの気配は感じるが呪物ではないな」

 

 伸した男を縛り上げた東堂が、虎杖の中に浮かんだ言葉を声に出した。

 

 「やっぱそう思うか?」

 

 「あからさまだがな。虎杖(ブラザー)。最初、こいつは、タマさんの姿をしていたと言ったな?」

 

 「ああ、そうだよ。幻を見せる類の術式を持ってた」

 

 「なるほど。合点がいった」

 

 「?」

 

 「こいつは、タマさんに罪を着せようとした。私怨――いや、仕事だな。この男は、呪詛師で、そういった仕事を請け負う業者だ。それなら、これもタマさんという人間に、深い恨みを持つ誰かからの依頼を受けての行動になる。この爆弾が機械式なのもそういう理由ありきだろう」

 

 「そんなのいんのか……」

 

 「ああ。こいつの他の荷物を見てみろ。スタジオの警備員IDに、制服。この後はこれを着て脱出する腹積もりだったに違いない」

 

 「用意周到だな」

 

 「プロフェッショナルってのは、そういうものだ。さて、時間が無いな」

 

 納得した虎杖に当然とばかりの言葉を返し、東堂は、話を戻した。カウンターは、残り五分を指している。付け加えると収録開始も五分後だ。

 

 「どうする? ギリギリで投げて、空中で爆破させるか?」

 

 「虎杖(ブラザー)の肩なら可能だろう。しかしその方法は、最終手段にしたい」

 

 「どうしてだ?」

 

 「一、爆弾の火力が分からん。俺たちは、呪術のプロフェッショナルだが爆弾は、専門外だ。この爆弾が本当に爆発のみなのかが分からん。二次被害が大きくなる可能性がある」

 

 「まあ、確かに」

 

 爆弾なんか映画やテレビでしか見たこと無いから虎杖も納得せざる得なかった。

 

 「二、避難誘導は間に合わん。既にタイムオーバーだ」

 

 「それもそうだな……」

 

 カウンターの残り時間の通り。この建物内の人間全員を避難させるには、時間がなさすぎる。

 

 「三、これが最も重要なことだが――爆弾騒ぎが発覚すると収録が中止になる」

 

 「最後が全てだろお前」

 

 最後の最後に完全無欠の私情をぶち込んでくるのは、なんなんだ。思わず虎杖は、げんなりとしてしまう。

 

 「高田ちゃんの笑顔を曇らせてしまう。それだけは、絶対に許せん」

 

 「ま、言うと思った。じゃ、どうする?」

 

 予想はできていたので、虎杖もダメージは、少なかった。すぐに思考を切り替える。

 

 「ここで、解体する」

 

 意を決した東堂の言葉に、虎杖が怪訝と問う。

 

 「え? 東堂お前、爆弾の知識とあんの? 専門外って言ったよな?」

 

 「フッ、愚問だな」不敵に笑い「高田ちゃんへの愛が俺を導く……!」

 

 「あのさぁ……って、これ」

 

 無造作に伸ばした虎杖の指がカウントダウンを続けるカウンターの後ろの辺りを触れて。

 

 「やっぱだ。隠してんな」

 

 「ほう、よく見つけたな」

 

 「さっき見たからな」

 

 脳裏に浮かぶのは、男の背中が開く様。あの時も急に背中に切れ目が入った。

 

 「ここか? ああいや、こうか?」

 

 開くまで気づかなかったけど今なら……そう、虎杖の爪が何かを求めて黒い表面を擦る。

 

 「あった。これだ」グッと指に力がこもり「よっと」直方体の一部が開く。

 

 同時に、虎杖の引っ掛けていた取っ掛かりも鮮明になった。こういうものなのか、あの男の術式か。前者か後者も判別が難しかった。

 

 「赤と黒の線……爆弾って、まじでこういうのあるんだな」

 

 虎杖が釣り上げた線は、赤と黒。フィクションだとどちらかが罠、片方が解除というのは定番だ。

 

 「仕掛けた当人が計画破棄せざる得なくなった際の緊急停止だろう。線を分けたのは念の為か」

 

 東堂は、そう推測を口にして「ふむ……」腕時計に目をやった。

 

 「時間が無いな。手早く済ますぞ。虎杖(ブラザー)

 

 「……ああ」

 

 虎杖は、頷き、緊張から額を伝う汗を手の甲で拭った。

 

 

 ――こうして、冒頭へ時間は巻き戻る。

 

 

 「虎杖(ブラザー)。ここは、俺に任せてくれ」

 

 「……ああ、分かった。頼む」

 

 「…………高田ちゃんのイメージカラーは、黒だ」

 

 「ごめん。前言撤回してもいい?」

 

 キメ顔の東堂に、虎杖は、めちゃくちゃ不安になった。

 

 「俺を信じろ。俺が信じ、お前が信じる俺を、な……」

 

 「すこぶる不安だ……。やっぱ俺がやったらだめ? いざって時は蹴り飛ばすからさ? な? そうしようぜ? そっちの方が安全だって。な?」

 

 「待っててくれ、高田ちゃん。俺、すぐに行くから――!」

 

 「だめだ。聞いてない」

 

 虎杖が溜息を吐いて、呪力を込めた東堂の指が赤を切断する。

 

 「――いいのかな?」

 

 その時、瞬く間に世界が切り変わる。東堂の視界に広がるのは、中学の頃、虎杖と過ごした教室であり、

 

 「た、た」

 

 「本当に、それでいいのかな?」

 

 「高田ちゃん!!」

 

 セーラー服を身に纏った高田ちゃんの姿。窓を抜けた風に、スカートの裾がふわっと舞い、毛先が緩くそよいだ。可憐だ……と、東堂は見惚れた。

 

 「本当に、それを切るの?」

 

 「高田ちゃんのイメージカラーを避けるのは当然じゃないか!」

 

 夕暮れの教室で、東堂は叫ぶ。真剣な表情だ。自分の選択肢に間違いがないことを確信している。

 

 「よく見て。虎杖くんは、幻を見せるって言ってた」

 

 「ああ、だがこれは二者択一だ。それ以上のブラフはない」

 

 「でも、東堂くん言ったよね。この爆弾から呪いの気配があるって」

 

 「それは確かに……」――先のあれが術式ならば。「まだ、何か残っている?」

 

 「呪いの気配は薄いから大掛かりじゃない。多分、小さな小さなちょっとしたもの」

 

 「ちょっとしたズレ、違和感……」そこまで呟いて、ぱちんと指を鳴らした「もう一本あるな」

 

 あの呪詛師は、自身の術式で攻撃を隠す手法を好んでいる。不意を打ち、対処できない内に倒す。隠していたチェンソーにしろ。六発に見せかけ七発放ったボウガンにしろ。どれもトリッキーだ。ならばここで使わない筈がない。

 視界がほんの一瞬、ブレる。看破した東堂の指の間の赤が黒に変わる。黒は黒のまま。そして――。

 

 「うお!?」

 

 「なるほど。呪力を微かにまとわせていたのは、これを誤魔化す為か。呪術師以外への対策が仇となったな」

 

 黒の間にもう一本、赤が現れる。

 

 「個握、BD、武道館……感謝してもしきれんが伝えねば。この圧倒的感謝」

 

 ――残り十秒。カウントダウンは、そこでストップした。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「…………ぐすん」

 

 「東堂…………」

 

 当然のことだが、気絶した呪詛師と解除した爆弾を放置して置けるはずもなかった。高専への連絡から敢え無く二人の休日は、無に帰った。付け加えれば東堂のチケットも無駄になった。

 これには虎杖も残念だった。折角のチケット。折角の収録。有名人を間近で見るチャンスをふいにしてしまったのだから。たが、虎杖は、整理がついていた。チャンスは、またあるさとかそれくらい。それに東京に住んてれば街中で遭遇とかもあるし? などとあくまでポジティブシンキングなのは虎杖の長所だろう。

 

 だが、隣の東堂は違った。あんまりにもマジな顔だったからどうしようと虎杖が困っていた。男泣きなんてしてるから流石に虎杖も対処に悩んでいた。そんな彼の前で、今の今まで――――警察や高専からの呪術師の到着から一時間経った今まで――――保たれていた沈黙を破り、東堂が口を開いた。

 

 「俺が切ったのは、赤の線ではなく赤い糸だったか……。運命を斬り裂いてしまったようだな……」

 

 「そんな時計じかけの摩天楼じゃないんだから」

 

 「俺は、クロスロードが好きだ……」

 

 「ああ、良いよな。俺も好きだよ。名作だし、舞台京都だし、服部かっこいいし。お前にぴったりだよ」

 

 スタジオの裏口。スタジオのスタッフに、警察、呪術師。男泣きしてしゃがみ込んだ東堂の隣で、忙しげな大人たちを見ながら虎杖は、一つ、思った。

 

 「なあ、東堂」

 

 「……なんだ、虎杖(ブラザー)

 

 「腹減ったな」

 

 くぅっと腹の虫が鳴る。晩飯時だった。夕刻を過ぎ、夜に差し掛かる頃。日もほとんどビルの下で、街灯がちかちかとつき始めていた。

 

 「俺は、悲しみで腹いっぱいだ……」

 

 「悲しみで腹は張らねえよ。ほら、ラーメン奢ってやるから行くぞ」

 

 しゃがんだ東堂のしょぼくれた背中をぱしんと叩くと虎杖は、一足先に歩き出した。するとすぐに東堂が追いついてきて。

 

 「親友(ブラザー)……! 次郎にしよう」

 

 「いいね。それに、どうせまた高田ちゃんに会いに来るんだろ? 東京なら付き合ってやるからさ」

 

 「虎杖(ブラザー)…………!!!! 全マシにしよう。腹が減って敵わない」

 

 「あーいいな。がっつり行きたい。結構動いたしな」

 

 気軽に承諾した虎杖に、東堂は、やや慎重に尋ねる。

 

 「ところで虎杖(ブラザー)は、次郎に行ったことはあるか」

 

 「んや、初めて。気になってたんだよなー。なんか呪文唱えたり、めっちゃ大盛りらしいじゃん?」

 

 「……ふむ、そうか。何、気にするな。虎杖(ブラザー)には、問題ないさ。なにより、俺がついている」

 

 いつもの通りな不敵さを取り戻した東堂に、虎杖は、思わず吹き出して。

 

 「そっか。なら心配ねーな」

  

 「ああ、そうだとも!」

 

 なんだかんだ色々あったけど楽しかったし、いい一日だったな。と虎杖は、ケラケラ笑った。

 

 

 

 +++

 

 

 

 

 

 

呪術杯制覇記念に頂きました。

 

 

 

 




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