---フレデリカ---
ギルド対抗戦を前にして、ピリピリしているギルドの上層部。結局、あのリスポーン狙撃犯が、誰か分からなかったのだ。
「運営では、誰なのか把握しているみたいだな」
ペインが、運営から発表された裏ボスのリストを見ていた。一人は最大狙撃数を誇るスナイパー、もう一人は瞬間殺戮数を誇るテロリストである。
「こいつらが、プレイヤーかAIかは分からないが、少なくても、うちにはいない」
いれば、わかるはずである。ギルドメンバーのステイタスはギルドの上層部が把握しているが、スナイパー属性の者はいなかった。まして、テロリストになり得るスキル持ちもいない。
「テロリストの方は、炎帝の【トラッパー】が第一候補だぜ」
ドレッドが自信を持って言いのけた。【トラッパー】とはトラップ設置の達人である。
「そうなると、スナイパーも炎帝の可能性が大だな。ところで、フレデリカ、楓の木の情報を掘り下げてきてくれるか?お前、あそこのホームに入り浸っているそうじゃないか」
「いつも、同じメンバーしかいないですよ」
ダンさん目当てである。ダンさんのいない時は、長居しないし。
「誰がいるんだ?」
「ダンさん、メイプルさん、クロムさん、あと双子の少女が二人…それしか見てません」
「五名が極振りだったなぁ。そうなるとその五名か?蒼い装備のヤツはいなかったか?」
「見かけていません」
◇
事態は動いた。イベント前日に運営が公開した映像のせいである。見た者全員が絶句したであろう。同じゲーム内の事とは思えない映像であった。
「怪獣大戦争…あんなヤツラがいるのか?」
「大亀ってメイプルだよな…そうだとして、残りのヤツラもメイプルのギルドか?おい!フレデリカ!探って来い!」
もの凄い剣幕のペインに命令された。そして、楓の木のホームへと向かった。
「イベント前日だぞ、いいのか?」
ダンさんに心配されている。
「えぇ、ちょっと息抜きです」
ケーキと紅茶を私の前にサーブしてくれた。
「それ、妹が調理したんだ。口に合えば良いけどな」
一口食べてみると、上品な甘さが口いっぱいに広がっていく。ギルドの移籍もありかな?ここはピリピリ感を感じない、憩いの空間に思えた。
「おいしいです。で、妹さんは?」
「最終調整に出ているよ」
最終調整?まさか、前衛陣はいつも出ているのか?だから、見た事が無いのか?
「ここって、何名くらいいるんですか?」
「イベント前だぞ、言える訳ないだろ?フレデリカのことはフレンドであっても、お前のギルドは敵だぞ」
あっ!怒らせてしまったか?マズい。出入り禁止はマズいぞ!私の憩いの空間なんだから。
「そうか…イベント前で探りに来たのか?」
「そうじゃないです」
顔に出ていたのかな?
「証明できるか?」
証明…え…どうすれば…
考えこんだ、次の瞬間リスポーンをしていた。何があったんだ?
---ダン---
フレデリカに【魅了】を掛けると、自らデスしてくれた。と、いうことは、彼女は敵対者ってことである。
【魅了】からのデスであれば、街中でのPKは可能である。【魅了】は攻撃スキルで無いので、PKにならない予感である。そもそも自らデスしているので、俺のPK数には反映されないし。その上、戦闘中の死亡では無いので、戦闘ログにも載らない。
「そうやって、ルール破りしているのね?まぁ、今回はスパイ退治だから良いけど」
サリーが入って来た。フレデリカが来たので、初対面組は、修練場に退避していた。あぁ、アスカはフィールドで5キロ狙撃の練習中であるが。
「殺された事を、気づかせないのは、1つの手よねぇ」
一応、運営公認のテロリストですから。それにしても、兄妹で指名手配って、どういうことだ?
「初日はテストも兼ねるよ。密閉空間なら、遣りようがあるかもしれないからな」
言いようによっては、凶悪な使い魔揃いだし。彼らは死にそうになると、勝手に指輪に戻って来てくれるのも良い。
「イベントが愉しみよね。一体何位なれるのかな?」
もの凄く楽しそうな表情のサリーだった。
◇
そして、イベントの日を迎えた。参加人数は全員である。一人も欠けること無く揃っている。
「目指すは上位で!」
「「「「異議なし!」」」」
メイプルの言葉に、皆が声を合わせて、賛同の言葉を上げた。そして、俺達はバトルフィールドになる、イベント会場へと転移をした。
転移陣の光が霧散していくと、目の前に見えたのは、緑色に輝くオーブとそれが乗った台座であった。ここが自軍エリアであることは、すぐに理解出来た。この広い部屋から伸びる通路は三本。早速、サリーとカスミが動き、台座の後ろ側にある二本の通路を素早く探索して戻ってきた。
二本とも休憩所へ続く道で行き止まりだそうだ。そうなると、入り口に伸びるのは残り一本である。
「小規模ギルドだからね、造りはシンプルなんでしょう」
と、サリー。背後からの奇襲は出来無い造りのようだ。
「じゃ、手筈通り、行くわよ」
初日、昼間の部はサリー、カスミのコンビ、俺とメイプルのコンビによる。恐怖の植え付け第一弾である。入り口にはクロムが立ち、自軍エリアの周囲をアスカが護る。
「まず0時方向に3、3時方向に5…」
見える範囲の敵を、次々にPKしていくアスカ。
「じゃ、私達も出発よ」
俺はメイプルを背負い、サリー達と逆の方向へと走り出した。蒼い装備の男が黒い装備の少女を背負い進軍している。古株は俺達を避け、新顔達は俺達に襲い掛かる。襲われる度に、メイプルを降ろし、返り討ちにしていく。
「メイプル、一人は残せよ」
「了解です!」
逃げていくヤツラのうち、一番足の速いヤツだけ、殺さずにスルーし、ポチに追ってもらう。コイツらのエリアへの案内人である。
「ここか?」
「ヒドラ!」
メイプルのいきなりの毒攻撃…ハンパないなぁ、うめき声が響く洞窟内。その声が聞こえなくなると、メイプルが入って、オーブを奪って来た。
「全滅でした。えぇ~っと、20名くらいかな」
小規模ギルドの最大値は50名である。リスポーン地点が毒塗れだと、デスの重ね掛けかな?それは、運営の手落ちってことで、先を急ごう。俺はメイプルを背負い、先を急いだ。
中規模ギルドがいた。メイプルと分かっても引かないようだ。メイプルには【悪食】を控えるように言ってある。
貫通攻撃がたまに来るが、【カバームーブ】か【強奪】で凌ぐ。俺とメイプルの攻守は相性が良いようだ。体力盾の俺は、斬られようが、魔法を受けようが、前に出る。回避出来るが、恐怖を植え付ける作戦なので、受けきって耐える作戦なのだ。それに、触れただけでMPドレイン出来るので、ヒールを湯水の如く使えるし、自己再生スキルもあるし。
メイプルを護りながら、相手の数を削っていく。しかし、女性比率が低いなぁ。【魅了】が掛けにくい。いや、掛けても意味が無い人数か?
2回目の中規模ギルド戦は、スリープからの添い寝を試して見た。密閉空間ではないので、スリープしない者もいるが、それらは物理的に排除していく。メイプルの【シールドアタック】でデスしていく。そして、5分後、悶絶死した大量のプレイヤー達。
---フレデリカ---
自軍の防御を任されていた。イベントページには、リアルタイムで情報が更新されていた。殺戮数ランキング、所謂PK数ランキング…1位のギルドは、ダントツで楓の木であった。通常では考えられない程、カウンターの上がり方が異常であった。一瞬で2桁とか3桁レベルで上がる時があるのだ。
「何んだ?このギルド…」
ドラグの顔は蒼い。
「そんな…隠し球がいたのかな…」
3桁レベルでの殺戮…高位魔法にある広域魔法系だろうか?そんな魔法使いがいたら、話題になっているはずだ。2桁レベルの殺戮は、あの青い装備の子だろう。そうなると、楓の木には、あの青い装備者が2名いるってことか?あのホノボノな雰囲気はフェイクだったのか?
「コイツらが来たら、護り切れるか?」
ドラグの声が震えている。
「無理…オーブを手にして逃げるのが一番かな」
【多重詠唱】は出来るけど、広域魔法はない。ロングレンジから放たれれば、助からないだろう。
「よぉ!フレデリカ、ここにいたのか?」
突然聞こえたダンさんの声、背筋が凍り付く。隣にいたはずのドラグが消え、蒼い装備を纏ったダンさんが、そこに立っていた。紫色に染め上げられた洞窟に入っていくメイプルさん…ソレを尻目に、私へ抱きついて来たダンさん。
「何もしなければ、何もしないよ」
「そうもいかない!ごめんなさい…」
ダンさんへ魔法を放ったのだが、カウンターされた。えっ!身体半分が吹き飛んだ…私。死ぬ…そう思ったのだが、
「だから、言ったのに…苦しまないように、回復してあげる。だから、大人しくな」
敵である私に回復魔法を惜しげも無く使うダンさん。その代わり、私のMPは総てドレインされた。魔法使いである私の無力化である。
「今、リスポーンすると、即死だよ」
それは、自軍エリアが毒塗れってことか?
「ダンさん、取ってきました」
毒塗れのメイプルさん…毒無効なのか?そのメイプルさんを抱き上げて、空に舞うダンさん。まさか、飛行能力…ダンさん達が遠くへと飛び去って行くのを見ているだけの私…
---ダン---
自軍エリアに奪ったオーブを保存する。3時間保持しないと得点にならない。
「じゃ、防御ターンだな」
「そういうことね。防御ターンが終われば、夜間の恐怖シリーズをするわよ」
徹底的に恐怖を植え付ける作戦のようだ。
「ねぇ、このギルドの総殺戮数がもの凄いことになっているけど…」
イズに言われた。確かに…運営め、こんな物を出したのか。狙われるじゃないか。個人別で無いのは救いであるが。
「お兄ちゃん!3時の方向から100以上来るよ」
そこまでの数になると、アスカの火力では、無駄時間が多くなる。時間が掛かれば、接近を許してしまう。運が良ければ、後ろのヤツまで貫通するらしいが…アナを召喚して、礫攻撃を指示して、全滅させた。
「鬼だ…三桁を一瞬で…化け物だよね」
サリーが笑っている。俺は戻ってきたアナをねぎらい、指輪に戻って貰った。いや、こんな作戦を思いついたサリーの方が鬼だと思う。
「夜の部は、メイプルとユイとマイ、後は、鬼畜兄妹でお願いね。私とカスミは休憩で、ガードはクロムさんカナデ、イズさんです」
サリーの計画が発表された。休みながら、戦い続けるイベントである。人員の睡眠スケジュール管理は大切であるのだ。
「取り敢えず、この3時間の保持タイムは起きていてね」
俺とアスカに、サリーが言った。この後、俺達の仮眠タイムがあるようだ。
「あっ!ペイン、みっけ!ドレッドもいるなぁ」
楽しそうなアスカの声がし、レールガンが弾を吐き出している。死んだな。5キロ先なんか、俺には見えないので、詳細は分からないけど。
◇
3時間守り通し、ポイントが加算され、暫定1位に踊り出た。殺戮数は既に見たく無いレベルである。ギルドメンバーの個人データは、同じギルドメンバーが見られるそうで…
「ダンさん、ダントツですね~」
俺の背中に乗っている、メイプルに褒められているようだ。
「お兄ちゃんの火力ってハンパないなぁ。あれ、私もデスされちゃうよ」
味方からの辛い反応。
「あぁ、でも夜間セッションは、メイプルが有利かな?」
暗闇に紛れて悪魔が3匹、走り回るらしい。そして、オーブはマイ、ユイコンビで奪取するとか。一方の俺達は、メカゴ●ラ状態の俺にアスカが載り、暗視スコープでの狙撃らしい。
「でも、ダンさんの尻尾攻撃がハンパないよ~。私、ノックバックしたもの」
ノックバックで済んでいるメイプルがスゴイ。普通、圧死だろうに。
「無理に奪わないで、恐怖を与える方向でいいからね。奪うのは、早朝のPKタイムだよ」
と、サリー。そうなると3時くらいには戻って、仮眠だな。
ズッド~ン!
俺の足音がデカイ。地響きが起きているのでは無いのか?見つかるだろうに…機龍モードは、夜間でも暗視ゴーグルのように視界がくっきりしている。何かが蠢いていたので、試しにメイサー砲を発射してみると、遠くで人型の物がはじけ飛んでいるのが見えた。
「お兄ちゃん、それ、エグすぎだよ」
アスカにはバッチリ見えているようだ。あの一発で、殺戮数が50上がった。
「じゃ、アスカに任せた」
「あぁ、任されたよ」
---ミィ---
夜間セッション…相変わらず、楓の木の殺戮数カウンターが止まらない。一気に50もアップしているし。暗視ゴーグル持ちが多数いるのか?
うん?何やら、地面が揺れている。何か大きな物が迫っているようだ。
「何か来ます!デカイです!」
見張りの者が駆け込んでいた。デカイ?それは、昨日公開された怪獣か?外に出て確認をすると、月明かりが反射する物がこちらへと迫っていた。デカイ…
「おい!魔法使い達、前に!射程に入ったら、一斉に貫通魔法を撃ち込め!」
しかし…こちらの射程距離に入る前に、仲間達の頭が次々に吹き飛ばされていく。超遠距離からの狙撃のようだ。魔法が届かない距離から、撃ち込まれている。それも頭部に向かってである。楓の木の殺戮数カウンターが止まらない。アレは楓の木の秘密兵器だと確信した。アレはマズい…
「弓隊は射程距離に入るまで、隠れていろ。魔法使い達もだ!」
アイツらの殺戮数カウンターが止まった。それと共に、地響きが消えた。
「目標物が消えました!」
危機は去ったのか?しばらくすると、カウンターが再び動き始めた。何が起きているんだ?
「ヒドラ!」
メイプルの声…
「ミィ…強ばるなよ」
ダンさんの声…
首元には爪が向けられている。横目で見ると、あの蒼い装備の人物が立っていた。まさか、ダンさんが…殺戮王なのか?
「何もしなければ、ミィには何もしない」
「オーブ取ってきました」
メイプルが、私達のオーブを持っている。メイプルを使いっ走りにしているダンさん。まさか、あのギルドマスターって、ダンさんなのか?
「何もするなよ。今リスポーンすると、デスが増えるからな」
それはリスポーン地点に何かが仕掛けられているってことか…でも、ギルドマスターとして…うっ!意識が遠くなっていく。
---ダン---
ミィをスリープさせた。フレンドを俺の手でデスしたく無いからな。そして、カエデ達を指輪に戻し、アスカを抱いて、空を飛び自軍エリアに戻った。
「炎帝から取ってきたの?」
サリーが驚いている。
「リスポーン地点は毒塗れだ。夜間セッションでは来られないと思う。聖剣の方は持って逃げているようだよ」
集う聖剣も襲って来た俺達兄妹。
「あぁ、ペインを仕留めたから、リスポーン地獄に嵌まっているんじゃ無いかな?」
アイツを5デスに追い込みたい俺達兄妹。でも毒耐性は持っていそうだな。しかし、メイプルが進化し、毒ではなく猛毒になっているため、ダメージを受けまくるはずだ。
「鬼畜兄妹めっ!」
イズが苦笑いしている。じゃ、俺達は仮眠だな。休憩所へ向かおうとすると、
「おいおい!3時間は起きていてくれよ」
サリーに呼び止められた。
「朝駆けのPKタイムは?」
「鬼畜兄妹は睡眠タイムだよ。お昼からの部を頼みたい」
昼か…クロムとメイプルが既に寝ているそうだ。じゃ、俺達で護るか。マイ、メイも睡眠で、カスミがオーブ番をするそうだ。俺とアスカで1つだけの入り口を護る。ちなみに、イズとカナデは、秘密兵器として温存だと言う。
「ほぉ~二人だけか?」
しばらくすると、10人くらいの集団が来た。
「ゴメン、見逃した」
と、アスカが、通常装備の俺の隣に来た。俺達を全然警戒していない集団が息巻く。
「おい!オーブを出せ!」
「そうだな。お前達が命を差し出せば考えてやる」
「ヒドラ!」
俺の後方に、勝手に出てきたカエデからの猛毒攻撃。入り口の前は猛毒の海である。攻めてきたヤツラが、猛毒の海で溺れている。ソイツらの頭を、レールガンで消し飛ばしていくアスカ。
「一昨日来やがれ!」
賊を殲滅した。
「アスカ、寝てこいよ」
見逃したってことは、疲れているサインである。
「うん…ゴメン、お兄ちゃん…」
アスカが奥に下がり、カナデが出てきた。交代要員がカナデしかいなかったらしい。
「目の前が毒の海ですか?」
カナデに笑顔で、Vサインをしているカエデ。
「さすが、カエデちゃんだ。ハンパ無い」
仕留めたのはアスカであるが、黙っておこう。