「次回のイベントは2月だそうだ」
情報通のクロムが自慢げに話している。
「2月かぁ~」
洋菓子屋にとっての稼ぎ時である。
「ダンさん、どうしたんですか?浮かない顔をして」
メイプルが俺の顔をのぞき込んだ。
「2月って、リアル世界でイベントがあるだろ?俺とアスカは参加出来無いかもだな」
誰が考えたんだ?バレンタインデーなんて…チョコレート業界の陰謀か?
「あっ!そうか。リアルでは忙しいんですね」
流石、察しの良さは天下一品なサリー。
「まぁ、その日を超えれば、大暴れするかもだ」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。固まるまでの時間はイン出来ると思う」
生チョコで無ければ、固くなるまで、デコレーションは無理だな。
「あれって、配合とかあるんですか?」
俺とアスカとサリーしか参加していない。他のヤツラは俺達の家を知らないんだな。
「企業秘密だよ。一般家庭だと買えない銘柄もあるから…近所だし、来れば食べ比べさせてあげるよ。試作品だけどね」
「絶対に行きます」
何故、メイプルは不思議そうな顔の一団に含まれているのだ?
「ねぇ、話が見えないんだけど…」
イズが堪らず訊いて来た。
「あぁ、アスカの中の人は、パティシエなんだよ。正式にはパティシエールだけど」
フランス語は面倒である。男性形、女性形など、1つの単語に2つの言葉があるのだ。日本で定着しているパティシエは男性形で、パティシエールは女性形になる。
「アスカさんて、ケーキ職人さん?」
カスミに聞かれた。
「う~ん、職人では無いかな。まだ見習いだよ」
「ダンさんは?」
ミィに訊かれた。いつの間に来たんだ?
「俺は、アスカのアシストだよ。だから、バレンタインデーの前は、試作とか仕込みとかで、イン率が悪くなると思うんだ。あの日を超えたら、バリバリPKするよ」
「そうすると、アスカさんの菓子作りって、PSなのかしら?」
俺の言葉をスルーして、質問をするイズ。
「まぁ、そんな感じだよ。ただ、流石にゲーム内だと材料が限られちゃうから、多彩には作れないけどね」
アスカを中心に話が盛り上がっている女性陣。
---サリー---
2月に入ると、イベントの詳細が分かった。通常フィールドで、イベントフィールドへ行けるアイテムをゲットするのが、第一段階だと言う。問題は、その入場券的なアイテムが山積みになって、ギルドホームに置いて有ることだ。誰がやらかしたんだ?
「これって、ダンさんぽいよね?」
マイの言葉…そう、彼は第一容疑者である。
「みんな、おはよう!」
メイプルがホームにやってきた。
「ダンさんからの伝言、AGIがゼロな人が多いから、入場券を狩って来たから、自由に使ってって」
予想通り、第一容疑者は下手人だった。
「これって、PKの結果だよな?」
クロムが苦笑いしている。
「さて、行って来ようっと」
メイプルは入場券的アイテムを使い、イベントフィールドへ転移していく。
「俺も使わせて貰うよ」
クロムが転移すると、皆が次々に転移していった。じゃ、私もだな。入場券には入手先は書かれていないしね。
---ダン---
漸く解放された。さて、イベントを楽しむかな?アスカと共に、イベントフィールドに飛んだのだが、別々の場所に転移したようだ。効率良く回るには案内人が必要だな。ミィにメッセージを飛ばし、合流した。
「遺跡を見つけて、探索がいい感じかな」
俺と二人の時は素のミィ。金色装備の俺にはモンスターは寄りつかず、PKばかりしている。俺とミィを襲う?アイツらバカか?
このイベントフィールドでは、HP回復アイテムとHP回復スキルが使用不可というが、勝手に再生してしまう【自己再生】は使えている。なので、ミィの盾をしている俺。
遺跡探索よりも重要なアイテムを見つけた。濃厚な蜂蜜である。前回同様、女王蜂を倒すと得られる。気づくと、俺達は蜂蜜ハンターになっていた。何回目かの周回プレイで、働き蜂を追っていくと、他の蜂蜜ハンターに出会った。
「ダンさん、ミィさん?」
メイプルとペインがいた。
「蜂蜜を渡せ!そうすれば命までは取らない」
「はぁ?ダンか?お前とは戦い…」
前口上が長いと死ぬぜ。ペインがドット落ちして消えていく。
「メイプルは敵か?」
「な、な、何を言っているんです。仲間ですよ。で、蜂蜜をどうするんですか?」
「アスカに渡して、なんか作らせるんだ」
「あぁ、それは手ですねぇ」
こうして、蜂蜜ハンターは3名になった。蜂を倒すのは簡単である。金色装備に帯電しているエネルギーを放電するだけ。蜂の針が避雷針となり、感電死してくれるのだ。帯電エルギーは歩くだけで補充出来るし。
「ダンさん、また先を行ったんですね」
涙目のメイプル。蒼き装備に変えて、メイプルをオンブしてあやす嵌めに…因みに金色装備で背負うと、メイプルがデスします…
「親子三人でハイキングって感じですね」
ミィのテンションが上がった気がする…
◇
遺跡を見つけたので、1つくらいは探索をしてみる。俺、メイプル、カエデ、コンコン、ミィに、襲い掛かる無謀なモンスターの皆様。俺達にザコが勝てる訳ないだろうに。メイプル、カエデの絶対的防御、コンコンの妖術、俺の32連打、ミィの高火力魔法。ボスクラスで無いと、勝て無いぞ、きっと。
洞窟内では、コンコンが照明代わりに狐火とか人魂を出してくれ、暗くても問題は無い。
ゴーレムエリア、【ウッドオクトパス】の地面から垂直に飛び出す貫通攻撃で一撃で8体仕留める。俺のカバーはカエデ担当である。
「なんか、このパーティーは楽しいですね」
メイプルが楽しんでいる。ミィは余裕があるし、先へ進むか。
「お~い!ダン!」
後方から名無しの大盾の声が聞こえた。振り返ると、クロム、ミザリー、カナデ、マルクスがいた。ミィの表情が固くなっていく。あぁ、ミィの素を知らないマルクスがいるので、炎帝を演じるようだ。訳知りの皆は、ミィを暖かい目で見る。
「う~ん、何も言うつもりは無いが、最強パーティーか?」
クロムに訊かれた。
「いや、アスカがいない」
アイツ、どこにいるんだか?いや、それよりも、ミィをリラックスさせてやりたい。マルクスの背後に回り、腕を首に回し、一瞬で首の骨を折ってやった。マルクスがドット落ちして消えていく。
「ミィ、これで素で通せるだろ?」
「あっ…ありがとう…」
ミィの表情が炎帝から少女へと戻っていく。
「それだけの理由でマルクスを?」
クロムが驚いている。
「お前にとって、それだけかもしれないが、俺にとっては、フレンドの居心地の良さの方が、重要なんだ。お前も消えるか?名無しの大盾君」
「うっ…いや…わかった。見なかったことにする」
「そう、それが良いぞ。あぁ、掲示板で書いたのを見かけたら、俺達兄妹は、お前を敵認定する。たとえ、同じギルドであってもだ」
クロムの顔は青ざめている。
「さて、先に行くか。ケツ持ちは名無しの大盾君だ」
先に進む俺達一行。
◇
暗い階段…ミザリーがランタンを出してくれた。狐火、人魂よりも明るい。しかし、コンコンの出してくれた照明達は、ランタンの灯りが届かない箇所を照らしてくれている。
階段の先に大きな扉があった。メイプルが押したり、引いたりしているがびくともしない。
「力自慢ってことは無いが、メイプル、どけ!」
メイプルがどいたので、ドラゴン装備に変えて、【機龍】の尻尾で一発…粉々になる扉。力は正義だな。
「う~ん、その装備、ずるいなぁ~」
「そうか?俺はメイプルの天使がずるいと思うぞ」
「う~ん、そうかもしれないね。なんか、褒められた感じだよ」
褒められたと思ったのか、メイプルの表情が明るくなっていく。褒めてはいないんだけど
扉の向こうには迷路が展開していた。こういうのは、得意なヤツに任せれば良い。カナデに丸投げした。カナデの先導で、迷路を進んでいく。
「う~ん、ミィさんが、移籍したいって言うのが分かるわ」
俺に話し掛けて来たミザリー。
「そうか?」
「そうよ。適材適所が行き届いている上、仲間優先で外道なマネを出来る人もいるし」
後者は俺かな?
「ミザリー、ギルドホームの雰囲気を忘れてはいけないわよ」
「そうね。あのホンワカ感は居心地が良いですよね。部外者の私達が行っても、雰囲気が壊れないのもいいなぁ」
他のギルドは、違うのだろうか?
「戦闘になると鬼畜以下だぞ。仲間でも容赦無い時もあるし」
クロムが後方から話に加わってきた。
ギルマスのメイプルは、俺の背中で寝ている。緊張感の無さを、まずは論じるべきでは無いか?カエデを片手で抱っこし、もう片腕にはミィが抱きついている現状。鬼畜を論じる前に、今の状況を論じて欲しいものだ。
「普通なら、緊迫するシーンだけど、このメンバーだと、コレもありですよね?」
論じずに、賛同しているミザリー。凶悪なモンスターや即死クラスの罠をするりするりとすり抜けていく。罠はカナデが無効化し、モンスターはコンコンと、カエデが蹴散らしていく。この二人でもダメな場合、ポチが出てきてかみ殺しているし。俺の出番は無いのか?
そして、今までと雰囲気の違う部屋に辿り着いた。メイプルを起こし、警戒を強めていく。部屋の最奥には、金と宝石で飾られた大きな棺が一つ置かれているだけである。こういう場合、棺からアンデッドって、パターンかな?俺は【ウッドオクトパス】で、棺の真下から貫通攻撃を真上に向けて放った。
棺は砕け、粉々になった骨が辺り一面に散らばっている。その骨片はドット落ちして消えていく。
「なんだ、何も無かったのか?」
俺と使い魔、メイプル以外の者達が目を見張っていた。
「い…いたんだろ?その骨…スケルトンだったんじゃ…」
クロムが重い口を開けているようだ。俺はカエデの【身捧ぐ慈愛】のエリアに入りながら、棺のあった場所へと近づいて行く。
「人数分の巻物とメダルがあるぞ」
なんか、呆気なかったな。まぁ、皆で山分けして、ギルドホームへ戻るか。
◇
翌日からは、イベントフィールドで、アスカと共に、食材探しを始めた。手持ちの食材では、あの濃厚蜂蜜を生かす食材が無いのだ。まぁ、途中で狩りもしているけど。
「ペイン!みっけ!」
アスカの近接攻撃で、股間から頭上に向けて、真っ二つに切り分けられたペイン。最強プレイヤーのペインのデスシーンを見ているヤジ馬達を、俺が屠っていく。
「獲物はいるのに、食材が無いねぇ」
「もしかて、モンスターがドロップするのか?」
「あぁ、可能性はあるねぇ」
モンスターを片っ端から狩る俺達。
「ねぇ、あの赤い花…」
ドロップ品はジャムだった。
「ダメだな。フレッシュなフルーツが欲しいのに…」
「そうだ!1層のカフェで、仕入れ先を訊こうよ」
あぁ、確かに、あそこにはフルーツケーキがあったなぁ。
---サリー---
久しぶりに鬼畜兄妹とギルドホームであった。何をやらかしたんだ?ホーム内に甘い香りが漂う。当然のようにミィとミザリーがケーキでティータイムを過ごしている。ここってカフェにでもなったのか?
「よぉ~、サリーじゃないか」
「これはどういう事態?」
ダンさん達は、イベントで濃厚な蜂蜜を大量にゲットしてきたそうで、それで甘味の開発をしていたようだ。
「ミィとミザリーには、試作を食べて貰っていたんだ。サリーも喰うか?」
出されたケーキを一口食べてみた…はぁ?何、この美味なる物は…
「うまいだろ?」
「うん、うん、おいしい…」
「作った甲斐があるな」
だけど、材料はどうしたんだろうか?
「ねぇ、このパイ生地はどうやって再現したの?」
「それは…訊かない方がいいよ」
なんか、やらかしているのか?
「訊かない方が良い食材?」
「そうだな。ここはリアルと違う挙動をする食材が多いから…へたに訊くと、喰えなくなるぞ」
ははは…笑うしかない。それは、普通、食べない物なんだろう。何かの死体とか死体とか…