---ダン---
初見殺しである。次には使えないだろうな。相手が8分裂で助かった。9分裂だと、ダメだったかもしれない。それにNWOのイベントで、スキル【狙撃眼】と言うのを手に入れていた。狙撃を500回ほど成功させると貰えるスキルらしい。アスカはそれのアイテム版の『スナイパースコープ』を持っている。アスカの方は射程10キロであるのに対し、俺の方は射程500メートルであるのが、決闘リング内であれば、外すことは無いので安心である。
「次はフィガロか、カシミヤねぇ」
セコンドにはレイレイが着いてくれた。彼女のアドバイスは為になる。
「ねぇ、役立ったよね?役立ったでしょ?今日は朝まで寝かせないよ」
それは、朝帰りパターンか?サリーの眉間に皺が寄る気がする。リリアーナに見つかると、次回が激しくなるし。見つからないように、宿屋へチェックインしないと危険が一杯である。
「責任とってね」
アバターの裸を見ただけだろうに…ガン見したクロムも同罪だぞ!なんで俺だけ…それに見ただけなら、クラン全員が見ていただろうに。
「じゃ、今度、ジャポンに行ったら、リアルデートしよう。色々した後で責任取ってね」
「はぁ?それ、おかしいでしょう?」
もしかして、見た目と歌以外は残念な人なのか?
「どこが?」
いや、おかしいロジックだと思う。責任取らせる行動を取る気満々のレイレイ。その時、戦艦クマの弟と目が合った。コイツに押しつけるか?
---レイ・スターリング---
アイツがレイレイさんといた。
「おい!レイレイさんに何をしているんだ?」
俺はアイツとレイレイさんの間に入って、アイツを牽制した。
「お前が責任を取れよ!あばよ!」
アイツはいきなりそんなことを言い、その場から空へ逃げた。空へ?飛べるのか?責任?何のことだ?
「レイレイさん、大丈夫ですか?」
パシーン!
俺の頬に、目に一杯の涙を溜めたレイレイさんの平手が叩き付けられた。どうして?
「何、ジャマをしてくれたの?やっとログイン出来たのに…次はいつログイン出来るか分からないのに…」
気づくと俺はログアウトしていた。再ログインしようとすると、
『デスペナ中につき、ログイン出来ません』
と表示された。いつ、キルされたんだ?
翌朝、兄さんからメールが届いた。
『お前、いつかウマに蹴られて死ぬぞ!』
と…うん?どういう意味だ?
---白峯理沙---
イベント時だけ超加速するNWOと違い、イベントらしいイベントの無いデンドロは平時で3倍加速である。それはNWOに比べ、濃厚なプレイが出来るということだ。濃厚なプレイ…字面がエロいなぁ。まったく、あの日からダンさんを意識しまくって近づくのも怖い。ゲーム内での妄想が、実体に影響するとは…バーチャル、恐るべし。
週末、モロボシ菓子店へと向かった。今日も一番乗りかな?
「早いなぁ、理沙」
笑顔の正さんが出迎えてくれた。今日も、厨房用の制服を借り、試作の様子を見学する。アスカさんが型から何かを取りだしていた。あれは、ゼリーかな?
「これ?これは寒天だよ」
ワンピースを切り出してくれたアスカさん。それを試食する。土台は抹茶味で、上はスイカ味だ。
「スポンジとゼリーで試したんだけど、舌解け感が良く無かったんだよ。だから、寒天オンリーにしてみた。水羊羹感覚のケーキだよ」
赤い部分と緑の部分を一緒に食べてみる。スイカの甘みに抹茶の仄かな甘みと香り、苦みが合う…
「意外な組み合わせだと思ったんだけど、スイカを食べながらお茶を飲む感覚だよ」
あれ?たまに塩気と酸っぱみも感じる。
「隠し味として、タネを除いた梅干しを細かくしてから裏ごしして、乾燥させたのをスイカの寒天に散らしてみた。スイカに塩を掛ける感覚だよ」
しかし…
「これって、和菓子では…」
そんな素朴な疑問が浮かび、訊いてみた。
「洋菓子屋が和菓子を作ってはダメってルールは無いよ。品名も『今月の水羊羹』にしたし」
メイプルのゲーム感覚みたいだよ。ダンさんはリアルでも、斜め上に行くなぁ~。
◇
七月に入り、楓と共に正さんに勉強を見て貰う。赤点を取る訳には行かない。ゲーム禁止令が怖いし。
「ケーキ屋さんになるには、どんな教科が必要ですか?」
「うん?家庭科と物理化学と美術かな」
意外な教科が飛び出した。物理化学って…
「化学反応は覚えておいた方がいいし、物理の法則も知っていた方がいいと思う」
「数学は?」
楓が訊いた。
「まぁ、最低限知っていた方がいいかな。でも、1+1が2に成らないから、その辺りの仕組みは知っておいた方がいいな」
mol数だっけ?分子の大きさの違いで、量が変わるんだよな。
「まぁ、それ以外にも色々と知識は大事だよ。フランス語と英語も必要だし、イタリア語も必要。和訳している本でもいいけど、誤訳は致命傷になるからね」
ね」
原書を読めるようになれってことだな。取り敢えずは、正さん達と同じ高校を志望しようか。
「志望校は無理しない高校がいいぞ。高望みをすると、好きな勉強やゲームが出来無くなるからな」
え…そうなの?一緒だとマズいかな。意外なことにこの兄妹は進学校に通っていたりする。
「学校で勉強して理解出来るレベルで無いと、家や塾とかで学校の勉強をしないとダメだろ?それだと、ケーキの勉強や、息抜きのゲームが出来無くなるしね」
なるほど、参考になるなぁ。
◇
無事に試験期間が終わり、点数も前回よりも上がり、親からの苦言は無かった。夏休みはゲーム三昧でも大丈夫かな?そんなことを考えながらモロボシ洋菓子店へと向かった。
「理沙、今日も早いなぁ」
厨房用の制服…私専用の物を用意して待っていてくれた正さん。おっ!一歩リードかな?
「今日は何をしているんですか?」
また何かをしている正さんと明日奈さん。
「8月の新作の試作中だよ」
洋菓子店本気の水羊羹は売れ行きが良いそうだ。で、今回は?半切にしたスイカの皮が、作業台に載っていた。
「これを器にするんだよ」
半切にして中身をくりぬいたスイカ…これを器に?
その器に直径の小さいバームクーヘンを台にして、スイカの直径に合う物を置いていく。そして出来た隙間に、イチゴシェークのような物を流し込んだ。これは一体?
「これはスイカのミルクカンの素だよ。スイカジュースをフリーズドライにして、牛乳で戻して、寒天と混ぜてみた」
だけど、これだと…
「切り分けられないですよね?」
「そこだよ。ホールとかカップにしないと売りにくいって思う事を止めたんだ。これは基本、喫茶ブース専用だ。スプーンで掬って皿に盛るんだよ。但し、どうしても持ち帰りたい客の為、店売り用は予約制であの器ごと売ることにする」
また、斜め上を…持ち帰るのが大変そうだ。イズさんは持ち帰りにチャレンジしそうだけど…
「単に兄さんが、バームクーヘンを食べたいから創作しただけ。深く考えたら負けだよ、理沙ちゃん」
明日奈さんがニコニコしている。美味しかったようだ。
「そのバームクーヘンはウチの自前だから、直径を器の実測に合わせて、焼けるし」
その柔軟な発想が、パティシエには必要なのかな?
---諸星正---
「ここって、有名なのか?」
「あら?ジャポンに住んでいて、知らないの?とっても有名よ。チョコで出来たグランドピアノを購入したことあるのよ」
そういえば、誰かのコンサートの時に、会場で設置した気がする。少し気になり厨房から入って来た客をチラ見した。はぁ?なんで、ここに来たんだ?椋鳥修一…相手は世界的な歌手のレイチェル・レイミューズでは無いか…芸能記者がいたら突撃取材しそうなカップルだな。
「今月の新作は…水羊羹?ケーキ屋さんなのに?」
二人は喫茶ブースに向かった。レイチェルの仕草が脳内でデジャブのように蘇る。これって、まさかなぁ~、ありえ…ちょっと待て…レイチェル・レイミューズ…まさか、あのレイレイか?遂に俺の家を突き止めたのか?
「兄さん、スイカンのセット2つ」
明日奈がオーダーを取ってきた。言われたテーブルにスイカのミルクカン、バームクーヘン添えをお持ちすると、戦艦クマのテーブルだった。バレ無いように平静を装ってテーブルに置いた。
「うん?お前…まさか、ダンか?」
バレた…なんでだ?
「どうして…」
「今咄嗟に平静を装っただろ?呼吸が微かに乱れている。なんでだと考えて、俺とレイレイを知っているヤツかなって思ったんだ。それも俺達の近くにいて、俺達が正体を知らない人物を思い浮かべた。そこに浮かんだのは、お前だ。最近レイレイの傍にいるよな?」
あんな一瞬で見破ったのか?さすがリアルチーターだ。
「モロボシ…あぁ、だからダンだったのか。ちょっと待てよ~。モロボシ…そうか、お前はあの諸星正か?!」
戦艦クマこと椋鳥修一が勝ち誇った顔で俺を見上げている。今『あの』呼ばわりされたようだ。俺は有名人じゃ無いぞ。芸能活動はしたこと無いし。
「なんで分かったんだよ、戦艦クマ!」
アバター名と本名までも…
「お前の歩き方で分かったよ。目視による歩行認証だ。諸星正の試合は何度も見に行っているしな」
椋鳥修一は天才肌のリアルチート人間であるが、まさか、そんな能力があったとは…リアルでそんな能力を持てるのか??って、俺の現役時代を知っているのか…ちょっとグレていた、あの頃を…
「そう、あなたがダンなのね」
レイチェルが俺に抱きつき、いきなり唇を重ねて来た。お前が責任を取れぇぇぇぇぇ~!クマぁぁぁぁ~~!突然の舌の乱入で、固まる俺。
◇
知り合いということで、同じテーブルでコーヒーを飲んでいる俺。俺の両親がびっくりしていた。いきなり北欧系美女が俺に抱きつき、濃厚なキスをしてきたからだ。いや俺も驚いた。欧州人、恐るべし。これが挨拶代わりだとレイチェルが言うが…
「そうか、ここの後継者なんだ。ジャポンに来たら、また来るよ。うぅん、ジャポンにいる間、毎日来るよ。ダンに会いにね」
そんなにヒマでは無いはずだ。今、世界ツアーの真っ最中では無いのか?
「あの諸星兄妹か。お前の妹は噂で知っていたよ。格闘技界ではお前達は有名だからな。兄妹で中学生チャンプを独占って。お前ら、リアルでもバトルジャンキーだったよな」
戦艦クマには言われたく無いが、俺と明日奈は兄妹で剣道、柔道、空手の男子部門、女子部門の全国1位を、中学時代に独占していた。
「今、俺も妹もケーキ職人一筋だ」
明日奈は厨房から出てこない。完全にビビっているようだ。
「ふ~ん…」
信用していない元格闘技界最強の男。
「えぇぇぇぇ~、ダンが美女とリアルデート?」
俺と抱き合っているレイチェルを、運悪くやってきたイズに見られた。
「レイレイと、戦艦クマだよ」
咄嗟に、ゲーム関係者だと説明するが、
「うそっ!」
まぁ、ウソのような話だ。そして、運の悪さは伝搬するようだ。何故か、今日に限って続々と喫茶ブースにとやって来る『楓の木』の面々…
「ここが、リアルクランホームか?」
「違うって…ここは俺の職場だぁぁぁぁ~!」
---ダン---
その夜インすると、レイレイの顔との距離がいつも以上に近い。
「責任取ってあげるわ。ご両親に挨拶も出来たし」
なぜ、コイツは俺の両親に挨拶をしたんだ?父さんはレイチェルのファンでサインを貰って喜んでいたが…って、何の責任だよ~!
周囲のみんなは、何も言ってくれない。楓を除く女性陣は、レイチェルのサインを貰って喜んでいたな。って、有名人がこんなゲームしたらダメだろうに。イメージ商売なんだから。それは戦艦クマも同じである。クマの中の人は、天才子役からの元俳優で、元歌手で、元格闘家である。最近、芸能ニュースに出ないから、クマの中の人の現在の職業をレイチェルに訊いたら、今は家賃収入で生活しているヒッキーらしい。
「すみません!ダンさんはいらっしゃいますか」
誰かが訪ねて来た。俺はレイレイから逃げるようにホームの玄関へ向かうと、ユーゴーがいた。
「クランに入団しに来ました。クランマスターはいらっしゃいますか?」
奥からメイプルを連れてきて、入団は即決定した。
「ダンさんのお知り合いなら、大歓迎です」
ニコニコ顔のメイプル。
「随分とかわいい子がマスターなんですね」
「戦闘狂で、一番エグい攻撃をするけどな」
ちなみにメイプルVSレイレイは、ヒドラ1発でメイプルの圧勝だった。あれ、大抵のヤツは無理なんじゃ無いのか?戦闘フィールドを毒の海にするなんて…レイレイも状態異常攻撃だが、ヒドラの猛毒の嘔吐、いやブレスを前にして毒の海で溺れていた。そして、恒例のメイプルと新人さんの手合わせなのだが…
「俺は【高位操縦士】なんで戦えませんよ」
鍛錬場に連れて来られたユーゴーは、戦え無いアピールをしている。しかし、バトル大好き少女メイプルが許す筈が無い。
「問題無いですよ。『全武装展開』」
メイプルの姿を見て固まる初見のユーゴー、レイレイ、そしてビースリー。メイプルの姿は、問題が大有りだと思うのだが…
「なんですか、それ…」
「バケモノ使いじゃ無いの?」
「それは、鎧巨人でも無理かな…」
だよね。普通はそう思うはずだ。見慣れている楓の木の面々がおかしいよな?
「じゃ、クマさん、お願いします」
レイレイと共に、ここを訪れた戦艦クマにお願いするメイプル。
「ここじゃ無理クマ」
俺もそう思う。戦艦はここに入らないと思う。機龍もダメだったし…
次話でメイプルが新形態を会得したり…d(^^;;