亜種聖杯戦争‐純血の聖杯‐   作:ら・ま・ミュウ

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機械になった人間

「――目標を捉えた」

 

スコープから覗く暗い眼下に見初められ、吸い寄せられるように接着する一つの弾丸が薔薇の花を咲かせたイギリスの夜道。煙を吐いたその唇が火薬の匂いを充満させ、鼻腔を擽る。その男――衛宮切嗣は無線を取り出し指定された場所へ回線を繋いだ。

 

「マスター候補の魔術使いを仕留めた。処理は任せる」

『――了解』

 

女性の声だ。

 

「…僕は次のターゲットに向かう」

『お気をつけて』

 

淡々としたやり取りの中、煙草に火を付けニコチンで肺を満たした彼はスナイパーライフルを縦長のリュックにしまいこみ鼠の気配すらない廃ビルの屋上から階段を目指す。

 

魔術師殺し。まさにその名に相応しく一つの命を奪ったばかりだと言うのにその表情は機械のようにひんやりと感情の感じられない無機質な物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供の頃は正義の味方になりたかった。

けれど―想い人を殺し、父を殺し、母のように思っていた人を殺し、数えきれない人間を殺し……僕の人生はそんな物と相反する邪悪な物で、救い上げたと思っていた命を都合のいい道具に変えるような畜生に僕は堕ちていた。

 

『万能の願望器』

 

今回のそれは粗悪品らしいが、僕が正義の味方ならそれを欲し『恒久的な平和の実現』なんて夢物語を目指したのかもしれない。いや、本物ならば例え今のように堕ちてしまった自分でも罪の清算をしようと身を食い潰す勢いで参加していたかも。

どちらにしろ――英霊を召喚出来たこと事態がイレギュラーで魔力を溜める事は出来ても願望器たる性能を持たないこの聖杯。

アーサー王伝説に登場した聖遺物としての価値が魔術協会と聖堂教会のやる気に火をつけ()()()()()()()()()()()()()()()()亜種聖杯戦争にしては異例の大規模となり僕のような殺し屋にまでお呼びが掛かってしまった訳だが儀式としての形が崩れた時、どれだけ多くの血が流れる事か。

 

「――考えても僕にはどうしようもない」

 

無関係な人間が魔術協会と聖堂教会の聖杯を掛けた奪い合いに巻き込まれ火の海となる――幼き日にみた絶望と重なり吐き気を覚えるが、正面からやり合う度胸も力もなくこそこそ闇討ちするしか取り柄のない殺し屋一人に何も変える事が出来る訳がないと頭を振るう。

 

「次は――ミズナ。英国の古い魔術師の一派の現代当主」

 

魔術協会から依頼を受けると共に手渡されたここ半年の間にこの街に拠点を構え移した魔術師の資料の中から年若い女性の顔写真を取り出す。

 

とても、笑顔の輝いた人だ。

 

此方側の人間にはとても見えない。偶然この街に訪れただけなのだろうと切嗣は思ったが、彼の結んだ契約は私情で破棄出来るほど生易しいものではない。

今回の仕事のミスは死と同義。自己強制証明により人生を三度は遊んで暮らせる額の対価に彼はそういう契約書にサインしたのだ。

そして、何より――「望まない相手を殺すのは慣れてる」

 

皮肉げに呟いた彼はターゲットの構えたホテルをカーナビに登録させ車を走らせる。そのハンドルを握る利き腕は不自然な火傷痕に包帯が巻かれていた。




絶望し過ぎて気づかない。

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