最後に見たものは───ほくそ笑むマースの顔だった。
血塗れな上に、必死な形相で軍法会議所から出て行ったと聞き、血痕を辿ってーマースを追った。やっと見つけたと思ったら、電話ボックスで妙な奴に殺されそうなところだったとは笑えない話だ。
咄嗟に庇う様に前へ出る。共に誓いを立てた戦友を、こんな戦場でもない場所で失ってたまるか。
相手を付き飛ばしてから分かったことだが、銃を向けている相手は彼の優しい奥さんに見えた。どうりでコイツが反撃もせずに突っ立っていると…しかし、拳銃を向けているなんて明らかに異常だ。彼女は愛する夫にこんなことをする人間ではない。
突然、錬成反応に似る赤い光が相手を包む。ゆっくりと下からせり上がる様に肉体が変化し、奴が立っていた場所には全くの別人の姿があった。予想通り相手は彼の本当の奥さんではなく、姿を偽っていた様だった。
一瞬で容姿が変わる…人間技じゃない。例のエルリック兄弟の件の第五研究所連中辺りが関わっていそうだと当たりを付け反撃する。
錬金術師として変身の仕組みが気になるところではあるが、今はそれどころではない。
何より、こんな卑劣な策で友人を殺されそうになったとあらば、私の腸が煮えくり返るのを抑えられるなどと、どうして言えようか!!
庇った拍子に軽く被弾したがこんなものに構っていられない。
周囲の空気から水を錬成し踊る様な動きで相手に襲わせている間、裏でマースの水人形を錬成し本人は逃した。水蒸気で爆発を起こし、マースが逃げる姿を隠す。
視界が開けると奴はすぐそこまで迫っていた。
「クソッ!余計な手ェ出しやがって!ドラグニル!お前はすっこんでろ!!」
敵が発砲した弾丸を、鋭い刃の様に錬成した水で弾き飛ばしながら考える。奴の言い草からすると、私が造ったマースの身代わり人形は上手く奴を騙せている様だ。
マースを狙い、私の顔や名前を知っているということは…敵はある程度こちらのことを調べているとみて間違いない。更にマースは軍法会議所内で負傷している。敵が軍内部まで入り込んで来るとは…こいつの好きな人間に変身出来る能力を使えばそれも容易い、か。
しかしマースは会議所内の軍用電話ではなく、治療もしないまま態々外に出て一般の回線からどこに電話を掛けようとしていたんだ?内部で援軍を求めた方が…まさかこいつの様な奴が他にも居るのか!?…それが分からないからこそ用心していたのか…敵は一体…いや、とにかく今は友人を護ることに専念しなければ。彼が安全な場所に逃げるまでもう少し時間を稼がねばならない。
しかし、水人形はただの木偶の坊ではなく、生きた人間の様に見せる為に常に錬成し続ける必要があり体力や気力を使う。長くは保たない、早急に片をつけなければ。
「いいぜ。お前は人柱候補だがここで殺してやる!!」
防戦一方では敵にも怪しまれる。あわよくば捕縛を、と仕掛ける為に数歩踏み出せば、奴はいきなり距離を取った。
予備動作もなく、敵が再び錬成反応に似た赤い光に包まれたと思えば、そこにはマースの姿が。その姿に衝撃を受け動きを一瞬鈍らせたのが運の尽きだった。
気付いた時には───
「いつかお前が大総統になったら、俺たちが支えてやるよ」
「それは頼もしいな」
「よく言うぜ!」
いつか大切な人たちと語った夢を思い出した。
目を開けるとそこは瓦礫の山と血の海だった。
周囲の瓦礫の山からは血が滲み出ており、多くの人間が巻き込まれたのだと推測できる。
焦げ臭い───人の焼ける、嗅ぎ慣れた戦場の臭いだ。
あのクソ野郎はあろう事か私の友に姿を変えやがった。怯んだ拍子にやられてしまったと思ったが、ここは一体どこだ?気絶している間にこうなったのかとも考えたが…
積み重なる瓦礫はコンクリートで、コンクリートの間からは所々鉄の棒の様なものが飛び出している。煙でよくは見えないが、遠くの街にはやけに明るい光が灯っている様に見える。やけに近代的だ。
何より──。
今の自分は軍服を着ていなおらず、それどころか、とても成人した人間の身体には見えなかった。