1945年に滅びる日本を救って欲しいであります(未来知識チート) 作:火焔+
申し訳ありません。
ショックアブソーバーは20世紀越えの技術がないと試作も無理ですわ……
ガスの封入とか如何頑張っても無理ですよね。
今回は「貿易用商品の開発および振興」「オランダ関連」の4つであります。
1836年5月のままでありますな。
★ベッセマー転炉の発明
★パーカッションロック式ライフル
●陶器、漆器などの貿易用商品の開発および振興
●藍、茜、紅花、綿、麻、桑、養蚕などの商品作物の開発および振興
●オランダと通商条約締結
●オランダからゴムの輸入開始「10枠」(インドゴムの木)
・ポルトランドセメントの実用化(5か月)
・馬力コンバイン・ハーベスターの開発(5か月)
・ばね式サスペンション開発(6か月)
・ボルトアクション方式ライフル開発「2枠」(6か月)
・木材パルプ開発「2枠」(10か月)
・ビタミンの発見「2枠」(1年)
★研究:材料「5枠」
★研究:材料「5枠」
★研究:材料+2「4枠」
・研究:軍事「2枠」(6か月)
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●ブランド戦争勃発
オランダとの貿易量が増え、ロシア、清、李氏朝鮮との貿易も活発になってきた頃、各藩は更なる生産力を求める様になる。
欧州における東洋製品の需要はまだまだあると、スパイの情報によって確実視されていたからだ。
各藩が最初に行った事は、商品作物の最適化だった。
各藩の知恵袋は経済学で言う「絶対優位」の概念を経験則で知っていて、救荒作物(1話参照)のモノカルチャー化で有効であると。
そして薩摩の焼酎が日本一である(という評判)から売り上げが急増したという事実があったからだった。
※絶対優位:2つの国(地域)の単位あたりの財を生産するのに労働量を数値化した場合、効率の高い品物を生産して余剰分を取引する事でwin-winの関係になる事
例)イギリスとフランスでワインと毛織物の必要労働力を比較した場合、
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ワイン、毛織物
イギリス:120、 70
フランス: 80、110
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イギリスは毛織物を生産し、フランスはワインを生産して貿易すれば両者が儲かるということになる。
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【浜松藩】
「我が浜松藩では【緑茶】を最重要作物とする。皆の者、これを心に命じ我が藩の活動方針を決めるぞ」
最重要作物が一つとは限らないが、それぞれの藩が自分の土地でよく育つ品目を選択し、藩が全力を以って開墾、栽培、品種改良を行う事となった。
つまり【名産品】を持つことに決めたのだ。
「――――ということで、職業訓練所でしっかり技術を身に付け、茶の生産に励むように!
藩が品質良き茶葉と判断したモノは、通常より高く買取り、更に報奨金を与えよう。」
「ホントですかい、お侍様!?」
「ああ! 駿河の国を日本一のお茶所にするぞ!」
「へいっ!!」
経済成長がうなぎ上りの日本では、新しい事をやろうとすると百姓たちは自主的に乗ってくれる様になった。
それだけ百姓達も豊かになってきたのだ。
こうして名産品が整いつつある状況で隣の藩はライバルではなく力を合わせ利益を分け合うものとなり、ライバルは同種の品目を生産する他の地方となっていった。
駿河の「緑茶」で言えば、京都(宇治茶)、薩摩(実は日本二位の生産量)が強力なライバルであった。
それぞれ「日本一の生産量」「日本一の銘茶」「日本一早く新茶が味わえる」など、気合の入れ方が今までより段違いである。
その結果、ブランド戦争が勃発する事となる。
当然商品作物だけでなく織物、染物、漆器、陶器などの工芸品もだ。
こうして1836年、ブランド概念が確立されて、永遠に終わらないブランドの戦国時代が幕を上げた。
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ついに始まってしまいましたな……ブランド戦争。
今はまだ日本の中だけでありますが、いずれは世界中で戦い続ける宿命であります。
その激しさは皆様の方が良くご存知でしょう。
ん? 終わらない事は無いでありますか?
確かに終わりはあるでしょうな、敗北して市場から姿を消せば……。
因みに幕府はブランド戦争を振興する側ですな。
各地方がガチで戦うので、生産量、品質共に向上して、日本にとっては世界と渡り合えるようになるでありますしな。
この結果、日本のお茶はそこそこ有名になり
綿織物、絹織物もイギリス、フランス、イタリアより安いのに品質はさほど変らないという現象が発生するであります。
日本製品が競合しないかって?
皆様も日本製と書かれていると心に感じるものがありましょう?
彼らも自国で、西欧で作られたものに同じ様な感覚を感じるでありますな。
言い方は悪いでありますが、
今の時代、こちらの世界の欧州での日本製品の評価は、皆様の世界の中国製品と同じ様な感じであります。
「極東の非文明国にしては結構いいもの作るな。」という印象であります。
日本の知名度と国威が低すぎるのが原因でありますな。
あと、如何でもいいかもしれませぬが浜松藩の藩主、実は水野忠邦殿であります。
輸出品目として優秀な「お茶」の話にする事は決めていたでありますが、まさか浜松の藩主が忠邦殿だったとは……
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●日蘭通商条約
【長崎 出島】
「マイド!!」
大量の物資を積み降ろしたオランダ商人が、堺の商人を真似て言う。
日本は西欧の家具、機械など今まで購入していたものだけではなく、ワインやチーズなどの嗜好品も少しずつ買うようになっていた。
その貿易量は1830年に比べると10倍以上、実質1870年と同じくらいの貿易量だったのだ。
そりゃあ、オランダ商人も『毎度』と言いたくなる。
「ははは、毎度!」
日本人にとってもそうだ。
輸入超過だった関係は解消されたと言っても良く、非常に健全な貿易となっていた。
寧ろ、戦時債権の利子で若干量だが金が流入して来るほどに。
「こちらが、半年分の利息分となります。」
民間の商人たちとは別の場所で、役人同士の政治取引が行われていた。
オランダ外交官は幕府の役人に相当量の金・銀を送る。
オランダ『の』戦時国債は日本が一番購入しているのだから、利子だけでも大きくなるのは仕方の無い事。
(ベルギー含めるとフランスが一番貸してるが。)
「これはこれはご丁寧に、ところでなのですが――――」
日本はオランダとの通商条約を求めた。
オランダにしては各種書籍を送り機械を売ってきた手前、以前からその可能性は十分あると準備を重ねてきた。
寧ろ日本の提案が遅いと思うほどに。
仕方の無い事だった。
何せ1835年の日本は国内の制御で手一杯だったからだ。
軽工業から始まり、重工業、国立大学の設立に、蝦夷(北海道)の本格的な開拓と、1つ舵取りを失敗するだけで大変な事になってしまうものばかりだった。
通商条約については、国家承認と今まで行ってきた事を明文化する作業が重きに置かれた。
なら目玉はないのか? と言われればそうではない。
(オランダにとって)一番の大事は、日本とオランダの双務的最恵国待遇の締結だった。
本来であれば、西欧の雄が、列強の一国が東洋の強者とはいえ(西欧的には)蛮族を最恵国待遇などするはずが無いのだ。
オランダは平時であれば、そのような国威に関わる事を認めることはない。
日本を西欧諸国と同等に扱うという意味を持つのだから……。
だが、戦時国債で大量の借金が(欧州にも)あるオランダにとっては日蘭貿易は生命線となりつつあった。
本国からも日本が提案してきた場合は止むをえないと苦渋の決断を下していたのだった……。
(日本にとって)一番の目玉は、出島の新規解放とオランダの居留地開放であった。
「日本としては、第1希望をスラバヤ(インドネシア第2の都市。日本で言う大阪)、第2希望をバリクパパン、第3希望をパレンバン。この内2つを居留地として開放して頂けると嬉しく思います。
日本側の新たな出島は堺、京に近い神戸、江戸に近い横浜を提案します。」
江戸時代、神戸も横浜もド田舎だったりする。
というか出島として開放したため、貿易の中心地として急激に栄えたのだ。
「スラバヤ(植民地貿易の中心)は流石に……。パレンバンとバリクパパン……?
というか、パレンバンはマラッカ海峡付近なのでわかりますが、バリクパパンは何故?」
オランダ外交官にとっても、バリクパパンは入植したばかりで何の意味があるのかと首を傾げざるを得ない。
「パレンバンはご推察の通りで、バリクパパンはティモール(ポルトガル)に近いので情報収集を兼ねてです。
近過ぎず遠過ぎず(オランダの領有地を挟むためポルトガルもいきなり海戦なんて事は出来ない)の場所ですので」
「なるほど、パレンバンのあるスマトラ島は英蘭条約で我が国の領土、マレー半島はイギリスの領土。
パレンバンからイギリスを探り、バリクパパンからポルトガルを探ると……。
わかりました。この2つでしたら、私の裁量で許可する事は出来ます。
スラバヤを望む場合は本国へ持ち帰る必要がありますし、結果は期待できないでしょう。
如何為さいますか?」
日本にとってスラバヤはダミーに過ぎない。
居留地など作れなくて当然、本命のパレンバン、バリクパパンが通り易くなるように仕掛けただけなのだ。
「わかりました。でしたら、パレンバン、バリクパパンの2つでお願いします。」
こうして日本は外洋、東南アジアに出る準備が整った。
スラバヤ、パレンバン、バリクパパンの地図
●おまけ
「東インド領ではゴムが取れるそうですが、パレンバンで買い付けに行ってもよろしいでしょうか?」
「ジャワとスマトラのゴムノキですか。まぁ構いません。ですがブラジルのゴムよりは量も少ないですよ?」
オランダ外交官は、よくもまぁインドゴムノキを知っていたものだと思う。
だが、ブラジルのパラゴムノキは、日本は鎖国という政策をとっている以上、入手手段が無いのも知っていた。
秘密裏に貿易しているロシアではゴムを手に入れるのは難しいだろうと分かっていたのもある。
「はい、存じております。
最近、雨具も需要が高まってきましたので。少しでも多く手に入れられればと。」
ヨーロッパでは18世紀から雨具、消しゴムという形で使用されてきた。
加硫ゴムができるまではその程度だった。(暖かいとベトベトし、寒いと弾力が無くなるので大して役に立たなかった)
だが、日本としては未知の資源が欲しかったのだ。
(頭のいい連中が有効利用してくれるかもしれないし)
日本人役人の偉業は数年後に絶大な効果を発揮する事となる。
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●双務的最恵国待遇?
オランダと日本が双務的最恵国待遇になった事は、西欧に波及を呼んだ。
「何故オランダと日本が……?」
「オランダは何か弱みでも握られているのか?」
「それとも、オランダは日本で何かをしているのか?」
多額の負債を抱えたとはいえ、内紛を治め返済も滞りなく行っているオランダが極東の島国とそのような条約を結ぶなどありえない。
何かがあるはずだと各国は思う。
「そうか! 最近のオランダが輸入している東洋製品!」
「なるほど、オランダが投資して日本に作らせているということか。」
「ならば最近の日本製品の質が高いのも納得がいく。
多少の投資など直ぐに取り返せるからな。」
まさか日本が5年でやったなど誰も思わない。
技術というのはワープするかの様に進歩はしないからだ。
オランダがプランテーションさせたのならば辻褄が合うと、各国は常識に当てはめて結論を出したのだ。
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ついに日本は外洋への手立てを手に入れたでありますな。
パレンバンとバリクパパンは石油(および、天然ガス)の産出で有名でありますな。
パレンバンだけでも20世紀の日本全土の年間石油消費を上回るとか言う化け物級であります。
バリクパパンも同レベルで、さらに石炭・銅・スズも産出するらしいであります。
実は……調べていて分かったのですが、1836だとバリクパパンはオランダが入植していない可能性が高いであります。
なので、この世界ではギリギリ入植していたという事にしておいて下さいであります。
代わりに他の地域の入植が遅くなるであります。
ニューギニアは1848年にオランダが領有するでありますが、もう少し遅くなるであります。
頑張れば日本がニューギニア島全土を領有できるかもしれないでありますな!
因みに小スンダ列島もバリが入植されているだけで、殆ど手付かずであります。
そのため、バリあたりの居留地ではポルトガルとの最前線になってしまうので、候補には入らなかったであります。
思った以上にオランダの入植は遅かったでありますな。
居留地の地図
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●オランダの西欧における近況
※あくまでもイメージです
※あくまでもイメージです(大事な事なので――――)
フランス「オランダく~ん。今月の支払いまだなんですけど~~?」
イギリス「あぁん? オランダ君に直で貸したウチが先やろ!?」
プロイセン「武器の代金早く払ってくれませんかね~~?」
ロシア「極東の怪我が治る酒、はよ寄越せや!!!(極東軍が殆ど飲んで西に回ってこない)」
オーストリア「オランダ君がネーデルランドで居られるの、誰のおかげ(ウィーン体制)か分かってるんだよね? 努力足りて無いよ??」
オランダ「待って!待って!! 直ぐ払うから!!」
オーストリア「あぁん!!? これっぽっちかい!! 財布にタンマリ入っとるんは皆知っとるんやで!(日本とオランダ領東インドの儲け)オカネ、キミにプレゼントしたんとちゃうぞ!!!」
フランス「少ないよぉ~~オランダ君? 払えないんだったらベルギーの土地(このために戦った)、抵当に入れてもいいんだよ?(返すとは言ってない)」
イギリス「ダッチクリッパーの設計図(命綱)で立て替えてもええんやで?」
プロイセン「寧ろ日本との貿易権(生命線)の譲渡でもええよ?」
ロシア「それ、ええな。ウチもそれでええで。(怪我が治る酒が直接買える)」
オランダ「待って!待って!! ちゃんと色(利子多めに)付けて返してるじゃないか! ちゃんと返せるから!!」
欧州各国「「「「「足りんのじゃ!!!!」」」」」
もっとマイルドですが、概ねこんな感じです。
なので日本には利子分返すので精一杯です。
おかしいね、列強なのに、世界で1,2を争うほど稼いでるのにね。
仕方ないね、他の全列強から袋叩きに遭えばイギリス・ロシアでさえ滅びちゃいますからね。
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「貿易用商品の開発および振興」「オランダ貿易関連」による閃きボーナス効果は以下の通りであります
・ブランド振興の強化
・パレンバンの産業振興の【閃き】が解禁
・バリクパパンの産業振興の【閃き】が解禁
・加硫ゴムの開発の【閃き】コストが半分になる
・ブルネイとの国交を結ぶ【閃き】が解禁
・ベトナムとの国交を結ぶ【閃き】が解禁
・タイ(シャム)との国交を結ぶ【閃き】が解禁
・ミャンマー(ビルマ)との国交を結ぶ【閃き】が解禁
※カンボジアはベトナムの属国なので国交は結べない
※ラオスはタイの属国なので国交は結べない
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【日本の技術レベル】
|科学:01(基本的な理学全般)
|工学:06(モノづくり全般)
|材料:07(素材やエネルギー全般)(+4)
|生物:03(農業・畜産・医学・薬学など)
|電磁:01(電気製品・発電・コンピュータなど)
|環境:00(地学・建築・土木・自然保護など)
|流通:01(物流や兵站など)
|政経:08(政治経済や社会問題の解決能力全般)(+1)
|文化:01(外交・異文化交流・芸術・娯楽など)
|軍事:01(兵器開発・戦術・軍制など)
※00を史実相当、30(Max)を2020年相当とします
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【年表】
・1830年
救荒作物推奨令が公布される
・1832年
共通規格化令が公布される
職業訓練学校が開校する
・1833年
幕府公認の銀行(後の日本銀行)が設立される
株式会社の設立を幕府が許可する
日本初の和製クリッパー船が航海する
水稲農林一号が開発されて全国で栽培が開始される
・1834年
様々な農機具、農技法が編み出されて全国に広がる
特許法が制定される
・1835年
【第一次産業革命の発祥】
日本初の軽工業工場「富岡紡績工場」が稼動開始する
日本において公衆衛生の概念が確立される
北海道の開拓が一段落着く
兌換紙幣の実用実験が始まる
帝大が設立される
諜報機関の設立(非公開情報)
釜石にて試験用製鉄所が建設される
・1836年
【第二次産業革命の発祥】
【鋼鉄が大量生産される】
一般工場法(労働法)が制定される
釜石鉄鋼所が稼動開始する
オランダとの通商条約が結ばれる
各地に名産品、特産品が振興される
現代から見た考察
このときに結ばれた日蘭通商条約により、パレンバン、バリクパパンが日本の居留地となった。
ここから産出される石油は現代でも重宝されている。
当時の史料では西欧諸国の調査拠点として選ばれたと記載されているが、ピンポイントに石油の産地を抑えたのは慧眼といえる。
また、この時期から日本各地で名産品、特産品の振興が活発になっている。
これらは西欧への輸出用とも、拡大する内需に対応するためとも言われている。
事実、このときに興った産業は現代でも有名な品目ばかりである。
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さて、次回予告ではありますが次回は「ポルトランドセメント」「馬力コンバイン・ハーベスター」であります。
新しい閃きでありますが、劇的な効果のある実用化済み技術は少なくなって来たでありますな。
今は着実に技術力を向上させて、実用化技術の現代化と未来技術の実用化に備えるであります。
現在必要なのは、航海のための望遠鏡でありますな。
天文学と羅針盤と船はほぼ近代レベルではありますが、望遠鏡はオランダから暴利で買うしかないであります。
だったら自国で作るしかないであります。輸入代替です。
幸い日本の工学技術は西欧レベルになって来たでありますから、やってやれんことはないのであります。
後、加硫ゴムも重点案件でありますな。
銃や機械の気密を得るためにであります。電気はカスレベルなので絶縁体としての有効性はまだまだ先でありますな。
そうそう。
重工業が始まってきたので、そろそろ環境レベルを上げないと公害待ったなしであります。
まだ生産量も少なく、鋼鉄くらいなので余裕はありますが、10年以内に工学レベルの2/3は欲しいでありますな。
●ポルトランドセメントの実用化(5か月)
●馬力コンバイン・ハーベスターの開発(5か月)
・ばね式サスペンション開発(6か月)
・ボルトアクション方式ライフル開発「2枠」(6か月)
・木材パルプ開発「2枠」(10か月)
・ビタミンの発見「2枠」(1年)
+加硫ゴムの開発(1年)
+ルブラン法によるガラス精製(1年)
+ケプラー式望遠鏡(単眼鏡・双眼鏡)の発明(1年)
・研究:軍事「2枠」(6か月)
+研究専用13枠:工学+4→科学+1
+研究専用13枠:材料+3→環境+2
な、なげぇ……
出来れば3000~5000文字に収めたいのに……