1945年に滅びる日本を救って欲しいであります(未来知識チート) 作:火焔+
日本国への【閃き】は以下の3つであります。
●共通規格の制定(1年4か月)
・和洋あいの子弁財船の開発(2年1か月)
・水稲農林一号の開発(2年1か月)
・
・
・
と、言いたい所でありますが……
1830年8月にオランダで一大事が発生したであります。
オランダは西欧で唯一、日本が貿易をしている所であります。
日本が文明開化を行うためにも、オランダから齎される西欧の知識は大切なのであります。
――――――――――――――――
1830年8月某日 オランダ
この日ベルギーはネーデルラント連合王国からの独立戦争を起こした。
原因はベルギー地域に住むフランス語を話すワロン人への扱い、
カトリックのベルギーとプロテスタントのオランダという宗教問題、
ベルギーの関税による農産物の保護貿易要求とオランダによる自由貿易、
オランダ人による下院の寡占など様々だった。
ベルギーの人々はオランダの人々に政治、宗教、経済のすべてを抑圧されており、
もはや1つの国であるには生理的に無理なレベルであった。
フランスの七月革命により火が点いたベルギー市民はオランダと決別することを決めたのだった。
戦争当初、オランダ軍が破竹の快進撃を決めるがベルギーはフランスの支援を受けてこう着状態に陥る。
そのため、列強の介入を許す事となってしまった。
結果、戦争はかなりグダグダとなり最終的に1839年まで「9年間」も続く事となる。
・ベルギー独立否定派
ロシア:ポーランドの反乱に対処するため、積極的な支援が出来ず
プロイセン:同じくポーランド……
・ベルギー独立支持派
フランス:フランス語圏を【平和的】に併合するため
イギリス:フランスへ併合させないための牽制
オーストリア:???(ウィーン体制に背く行動を何故?)
――――――――――――――――
と、西欧では革命、反乱が活発化したであります。
上記で少し触れたポーランドによる11月蜂起は死傷者が両軍合計併せて10万人を超えたであります。
イタリア地方でも「青年イタリア党」という政治結社が作られ、これが最終的に「リソルジメント(イタリア統一運動)」にまで発展するであります。
そういえば、フランスでも「六月暴動」という反乱が発生するであります。
さて、オランダのアクションはもう少し先になるので、日本の発展に戻るであります。
――――――――――――――――
1830年 大阪(堺)
むかーしむかし、堺の町に「
「商品を仕入れては即座に世間に出す」という思いを屋号に込めたのが始まりだそうです。
その次男坊に、やる夫という名前のとんでもない道楽息子がおりました。
この息子、店を働きもせず小遣いをせびっては友人たちとくだらないものを作って遊んでばかり。
「大店の息子だから生まれながらに人生勝ち組!
店は兄貴に任せて親父から小遣いもらって趣味に生きるお!」
やる夫は蘭学に興味を持っており、長崎の出島まで行って直接学びに行くほどでした。
「欧州はスゴイお。やる夫の知らないものばかりだお
特に懐中時計っていうのがシャレ乙でカッコイイお!
やる夫も作ってみたいお!!
だけど――――
懐中時計の様な精密機械を作るにはネジ、ギアが必要。
しかも小さな部品が【共通化】されている必要があるらしいお……。
こんな小さな部品を――――??」
時計という技術の塊に驚愕と作成不能という事実を突きつけられます。
「ま、いっか。とりあえずやってみるお。
寸法は蘭書に書いてあるメートルにするお。」
やる夫は友人(技量はあるバカ)や職人に依頼して、ネジ、ギア、ノギスなどの寸法道具を作ってもらいました。
ちなみに懐中時計は出来ませんでした。
そんなある日――――
ぼんぼり職人の友人がやる夫の商家にやってきました。
「やる夫、お前が以前言ってた、共通規格っていうの?
部品の寸法を揃えるヤツ?
あれさ、ぼんぼり職人の仲間内でやってみたら、使えるの何の。
流行の柄にすぐに変えられるし、枠に傷が付いてもパーツ交換だけで修理できるし。
しかも、同じ形のものを作るのは弟子たちの訓練にもなるしな。
めっちゃ儲かりそうなんだけど。というか、儲かってるし。
やる夫の発案だし、一応断りを入れておこうと思ってさ。」
懐中時計は無理でしたが、共通規格の発想は友人を通じて一定の功績を上げたようです。
「そりゃいいことだお!
全然やっていいお!
あ、素材の購入とか、製品の販売は親父や兄貴の顔立ててうちの店使ってほしいお!」
当時は規格化の概念は薄く、職人の製品は同じものが無い芸術品でした。
つまり故障したら、そのパーツを一から作る必要がありました。
それに、ぼんぼり並べても職人によって形が違い、統一感は余りありませんでした。
それ故に、お祭りの参道に同じ形のぼんぼりがズラッと並ぶ様は、堺の職人、商人たちに衝撃を与えたのでした。
1831年になり、共通規格という概念が急速に広がり始めた頃、入即出屋に見知らぬ者がやってきました。
「たのもーー!!
ここに、入即出やる夫という者は居られるか!?」
「な、なんだお!? 一体誰だお?」
「私は水野忠邦である。おぬしがやる夫か!?」
「そ、そうだお……。一体、武士様が何用ですかお……?」
武士が訪れる(しかも天上人に近い、老中クラスの)様な事をした覚えの無いやる夫はビビリながらも自分がそうだと答えました。
「ぼんぼり職人から、お前が「共通規格」なるものを考えたと聞いたが真か!?」
「は、はいですお!!(威圧が凄いお……)」
「ならば良し!「共通規格」は幕府が主導する事となったが良いな!?」
「は、はいですお!!!」
例のぼんぼり街道を歩いた水野忠邦は、共通規格を天保の改革の一柱にすべきと判断したのです。
水野は工業品、商品作物などあらゆる物に規格を制定し、特に主力の輸出製品である生糸は、太さや糸によって数段階の品質を制定するなど、大きく力を入れていました。
商人や職人、購買者も品番で物が管理出来る様になった為、商業は更に活性化したのでした。
「因みにやる夫!
お前は何の為に共通規格を思いついたのだ!?」
「は、はいですお!!!!」
「『はい』ではない! 何故かと聞いている!!」
「それは――――」
やる夫は懐中時計を作る為に規格の統一化が必要だったと話すと――――
「何!? 時計を作れるのか!!??」
水野にとっても衝撃を受ける出来事でした。
時計ほどの精密機械を作れれば、輸入超過で金・銀・銅が大量に海外に流れるのを止める事が出来るからです。
「で、できないですお!!(恐いお!)」
「なんだ、出来ぬのか……」
流石の水野も残念と肩を落とします。
「精密かつ、同じ物を作るだけの技術が足りないですお……」
「ふむ。幕府お抱えの宮大工、鉄砲職人でも無理か?」
「それほどの方々でしたら可能かもしれないですお。
でも、たくさん数を作るには人が足りないですお……」
「では、その者達が職人たちを鍛えるのはどうか?
ヤツラは技量だけでなく、感性も必要な職業だ。
技量だけで職を奪われることは無かろう。
感性が豊かな者はそのまま雇われるだろうしな。」
1832年。水野忠邦は、技術力の高い職人たちに通常の倍を超える給金を出して職人の教師を募りました。
所謂、職業訓練校を設立したのです。
ちなみに、やる夫は蘭学者として世間に認識されるようになりました。
――――――――――――――――
この時代は皆様の世界だと、全ての製品がオーダーメイドだったであります。
オーダーメイドと既製品の価格差は皆様の知っての通りです。
共通規格のお陰で、製品の作成コストが大幅に減ったであります。
そしてメンテナンスコストはそれ以上に削減できました。
共通規格による経済効果は非常に大きく、幕府の権威は高まることになったであります。
その結果、こちらから介入できる閃き数が1つ増えたであります!
――――――――――――――――
【日本の技術レベル】
|科学:00(基本的な理学全般)
|工学:01(モノづくり全般)
|材料:01(素材やエネルギー全般)
|生物:01(農業・畜産・医学・薬学など)
|電磁:00(電気製品・発電・コンピュータなど)
|環境:00(地学・建築・土木・自然保護など)
|流通:00(物流や兵站など)
|政経:02(政治経済や社会問題の解決能力全般)
|文化:00(外交・異文化交流・芸術・娯楽など)
|軍事:00(兵器開発・戦術・軍制など)
※00を史実相当、30(Max)を2020年相当とします
――――――――――――――――
【年表】
・1830年
救荒作物推奨令が公布される
・1832年
共通規格化令が公布される
職業訓練学校が開校する
後世の歴史家によると
共通規格化令は、天保の改革の大柱の1つとされる。
この年から天保の産業革命が始まったとされている。
――――――――――――――――
さて、次回予告ではありますが次の閃きは以下の4つであります。
・和洋あいの子弁財船の開発(近代帆船)(9か月)
・水稲農林一号の開発(9か月)
+正条植えや乾田化などの促進(1年11か月)
+田沼路線と洋書を参考に産業の近代化研究(8か月)
【予告』
-水野忠邦-
「ここに辞書があるではないか。読め。」
-徳川家斉-
「いいよ!」
「寧ろ歓迎しますお。」
-やる夫-