1945年に滅びる日本を救って欲しいであります(未来知識チート) 作:火焔+
日本国への【閃き】は以下の4つであります。
●和洋あいの子弁財船の開発(近代帆船)(1か月)
●水稲農林一号の開発(1か月)
・正条植えや乾田化などの促進(1年3か月)
・北海道の開拓(2年)
・富岡製糸場建設(2年)
・開国準備(2年)
・発展を阻害する各種規制緩和(8か月)
・あいの子弁財船
和船の技術と西洋船舶の技術を融合させた船舶であります。
実は西洋船舶は和船に比べて性能は高いのですが、製造コストが1.5倍ほど高いであります。
つまり船体は和船で、帆装は西洋船の、双方のいい所をあわせた船を「合いの子船」と呼んだであります。
合いの子船は内航船(国内輸送)に限っては西洋船を超える事すらあったそうです。
活躍期間は明治~昭和初期であります。
・水稲農林一号
1931年(昭和6年)新潟の並河成資・鉢蝋清香によって品種改良された寒冷地用水稲であります。
極早生種(早く収穫できる)で美味しく、多収量、とこれまでの稲を置いてきぼりにする品種であります。
何てチートな稲と思うでありますが、なんと「コシヒカリ」の親、「あきたこまち」「ひとめぼれ」などの祖父となる品種であります。
皆様の世界で作られている米の多くは、農林一号を祖とするであります。
「一号」の名を冠するに相応しい米でありますな。因みにコシヒカリは農林100号であります。
第二次世界大戦中・戦後でも収穫量の多さから、多くの人を飢餓から救ったであります。
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1830年某日 長崎出島
当時はまだ自他共に認める放蕩息子だったやる夫。
オランダの一品、懐中時計以外にも大きく衝撃を与えたものだった。
「で、デカいお…………。」
出島に停泊するオランダのクリッパー船と比べると、和船のなんと小さき事かと。
道楽者とはいえ廻船問屋の息子。
最先端の船に感じ入るモノは大きかったのだろう。
「滅茶苦茶欲しいお……でも、こんなのやる夫の財布じゃ作れないお……
――――そうだ!」
やる夫が思いついたのは、実家の廻船問屋の広告塔にすることである。
「オランダ船とほぼ同等の船を持つ廻船問屋というのは必ず客を引き寄せるお!
自分の金だけじゃ無理だけど、実家の金なら何とかなるお!!」
三流の道楽者なら諦める所。
超一流の道楽者やる夫はその(金が無い)程度じゃ諦めない。
「という事で(賄賂とか使って)構造を調べるお!」
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【1831年】
オランダ人船員と友人になり、得た情報と廻船問屋の家のものである自身と船大工の友人の知識と蘭書の知識をつき合わせて何とか設計図が完成する。
「やったお!!! 後は作るだけだお!!」
喜ぶやる夫を見て、友人の船大工はまさかと思って尋ねる。
「やる夫……500石以上の大型は、西洋船含めてお上から製造を禁止されているぞ。」
そうなのだ。
幕府の大型船禁止令により、商船を除く500石以上の船舶は建造できない。
そこに西洋船も含まれていた。
「……………………」
流石にやる夫絶句。
道楽者とはいえ、お上に逆らうのは生命の危険がある。
(何とか、何とかしないとこの船を作れないお……)
1.実は法改正が最近行われた
2.水野忠邦氏が颯爽と現れて何とかしてくれる
3.作れない。現実は非情である
「……………………」
「……………………」
「……………………」
3.作れない。現実は非情である
「作れないものは仕方ないお、500石以下で作ればいいお。
オランダ船と同型船があるだけでも広告塔にはなるお。」
やる夫は諦めない。
自分があの船に乗りたいからだ。
「無理だわ。速いかもしれないけど、建造費が和船に比べて1.5倍もするんだわ。」
「……………………」
「何とかして建造費を1.2倍くらいまで下げてくれたら作ってみるよ。」
意外な事に和船の製造コストは安いのだ。
「……わかったお。
ま、とりあえず模型を作るお。」
たくさんの模型を作りつつ、【閃い】たアイデアを盛り込みつつ1年が過ぎる。
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【入速出屋】
「たのも――――!!!」
「はいぃいい!!(声が大き過ぎるお!)」
1832年初頭、共通規格関連で幕府のお偉いさんである水野忠邦と面識を得ていた。
彼がやる夫の元に尋ねてきたのだ。
「ん? 何だその模型は?」
「オランダ船ですお。
中身もちゃんと作ってますお!」
趣味に手を抜かないのがやる夫クオリティ。
水野忠邦が図面や模型を見て考えこむ。
「この模型、実寸サイズに落とし込んでも、船として成り立つのか?」
「勿論ですお。蘭書とオランダ人船員と船大工が監修してるお!」
水野忠邦的には生産される物資の量に比べて水運がキャパシティオーバーになりつつあるのを感じていた。
「では、幕府としてその船の建造を命令する。造れ。
費用は幕府から出す。」
「え? いいんですかお?」
やる夫としては願ったり叶ったりだが、当の幕府が大型西洋船を禁止しているはず……と。
(ま、いいか。きっと幕府は対象外なんだお。余計な事は聞かない方がいいお)
(ん?500石以上の軍用大型船は禁止しているだけなのだがな?)
「軍用に転用は出来ないのだろう?」
「勿論ですお」
実は幕府としては、500石以上の軍に転用可能な軍用大型船を禁止しているが商船は許可している。
其処に西洋船であるかの条件は存在しなかった。
鎖国で西洋の物はダメだと時代の雰囲気で西洋船NGだと勘違いされていただけである。
事実禁止令の中にそのような明記はされていないし、幕府は西洋船、中国船、和船の融合である三国船を1787年に建造していたりする。
(なるほど、庶民は(藩も)勘違いしているようだな。)
「水野様は建造したオランダ船を如何なさるおつもりですかお?」
「幕府の物資輸送に使うつもりだが、お前はどうするのが幕府にとって利益になると思う?」
「藩主に貸し出して、使用料を利益の数割とすればいいのではありませんかお?
オランダ船員から聞く限り、今の船の3倍の速度はでるらしいですお。
国外と貿易する薩摩、対馬、弘前藩は間違いなく飛びつきますお。
船体を赤く塗りたいくらいですお。」
当時の船の速度は西洋船ですら3.5ノット(6.5km/h)だったのだ。
クリッパー船は14ノット(26km/h)を叩き出す化け物だった。
(最高17.5ノット(32.5km/h)にもなるクリッパー船【カティ・サーク号】も存在する)
「ふむ。ではそうしよう。
(幕府から貸し出すことにすれば、商品の流通を把握する事もできるな。
それに利益から年貢を計算する事で、年貢は増減するが藩が立ち行かなくなるほどの負担にもなるまい。
各藩から上がる利益により相対的に幕府の力が上がる。)」
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【1833年】
「ついに……完成したお!!!
ハハハ……他の船がゴミのようだお!」
大阪湾に浮かぶ勇姿は日本の技術の結晶たる和製快速船(クリッパー船)だった。
「これは――――すごいな。」
老中水野忠邦も、これにはニッコリ。
「さっそく処女航海だお。水野様も乗るお!」
「うむ!」
大海原を超スピードで駆け抜ける快速船は既存の船を軽々と追い抜いていく。
それもそのはず。やる夫が魔改造したクリッパーは完成形とも言える船型だったのだ。
木製のカティ・サーク号といっても過言では無い程に(装飾はないが)。
「これだけの帆と木材。産業を振興せねばなるまいな。」
チラッと聞いていたやる夫は親父と兄貴にリークして、入速出屋は更に儲ける事となる。
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「そういえばさ、和船と西洋船を合わせた中型船の話は進んでるのか?」
やる夫の友人である船大工は、多分忘れてるだろうなと思って聞いてみる。
「あ…………」
「…………」
「そうだお! 基本の船体は和船そのままに、帆とかのうわモノを西洋式に変えるといいお。
最初から融合し過ぎると慣れてない船大工に敬遠されて普及が遅れるお。
わ、忘れるわけ無いお!(滝汗)」
「なるほど、確かにそうかもしれないな。
俺達はこの船を作ったからイケるけど、地方の船大工は難しいかもしれないしな。」
(よかったお。無事誤魔化せたお)
と思ってるだろうな。と友人は思う。
なんだかんだで付き合いは長いのだ。とっさの判断で誤魔化す時は大概忘れてる時だ。
(ま、いいか。)
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当時の船は西洋船で3.5ノット程度でありました。
中国からニューヨークは今まで6ヶ月(180日)掛かっておりました。
それがクリッパーのおかげで84~102日という半分まで短縮したであります。
初期型のクリッパーですら、この速さなのです。
ほぼ無風のスエズ運河のお陰で帆船は没落してしまいますが、1880年代ですら半数が帆船であったであります。
しかも、鋼鉄製の船体やマスト、帆を張るワイヤーなど日本の発展により、まだまだ進化の途上であります。
史実でもこれらだけの進化をしてきたであります。
・1827年に初の鉄製マスト
・1850年に鉄の肋材・木の外板の複合船体
・1850年代に初の鉄製ワイヤー
・1890年代にウインチ
更に最終形態「ウィンドジャマー」がまだ存在するであります。
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【年表】
・1830年
救荒作物推奨令が公布される
・1832年
共通規格化令が公布される
職業訓練学校が開校する
・1833年
幕府公認の銀行(後の日本銀行)が設立される
株式会社の設立を幕府が許可する
日本初の和製クリッパー船が航海する
現代において
和製クリッパー船は世界一の速度を誇っていた事が判明している。
構造からオランダのクリッパー船が基になっているとされているが、詳細資料は存在しないため謎のままである。
正解:2.水野忠邦氏が颯爽と現れて何とかしてくれる