1945年に滅びる日本を救って欲しいであります(未来知識チート)   作:火焔+

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35. 1840年 戦後処理

時代は1840年10月であります。

「薩英戦争」の戦後処理でありますよ。

 

 

――――――――――――――――

 

【戦利品】

 

●鹿児島港

 

「イギリス船の軍備を全て回収せよ。

 集成館にて西欧の技術を解析し我が力とするのだ。」

 

 島津斉彬の指示のもと、全てのイギリス軍船から大砲が取り外される

 いくつかは技術解析の為に集成館へ送り、残りは湾岸防衛のために新たな砲台として設置される予定になっている。

 

 10基の砲台を失いはしたが、イギリスの高性能艦載砲が数百門手に入ったのだ。

 建造費を差っ引いても儲かったと言えよう。

 

「手の空いたものは敵さんが盛大にぶっ放した大砲の砲弾を回収するのだ。

 この鉄は薩摩の発展に役立てさせて貰おうぞ」

 

 鉄資源がイギリス、朝鮮、ロシア頼りである現状、日本にとって鉄は貴重な資源であり、

 幕府が流通を管理しているため、1つの藩が自由にできる鉄はあまりに少ない。

 そういう意味でもイギリスから鉄製品を全て拿捕できたのは僥倖といえるだろう。

 

 

「若、座敷牢に軟禁しているイギリスの処遇は如何にしましょう?」

 

 一般水兵は流石に牢屋であるが、船長など上級将校は今後の交渉の為にも

 軟禁はしているが客人待遇でもてなしている。

 

 日英戦争にさせぬためにも落し所を模索する必要があるからだ。

 そうでなければとっくに海の底の沈めている。

 

「幕府に交渉させよう。

 我々を従えていると宣言しているのだ。

 国同士の外交は幕府がやるべきだろう。

 その様に使者を送れ」

 

「畏まりました」

 

 斉彬は勝者であるが故に『イギリスに譲歩させたい』と、どうしてもそう思ってしまう。

 だが、今回戦ったのが『下級艦隊』という主力では無いことも理解している。

 利益は欲しいが、欲をかき過ぎては滅びの道へと進むことになる。

 こういう場合は、当事者(島津、イギリス)ではなく第3者を間に挟むのがより良い選択だろうとの判断だ。

 

(『大欲は無欲に似たり』か……。私は大望を抱くものか、はたまた欲深いものか、どちらなのだろうな。)

 

 斉彬は無残に壊れた砲台と中破、大破しているイギリス艦隊を見つつそう思うのだった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

【エマージェンシー】

 

●江戸城―評定の間―

 

 薩摩では戦後処理をしている頃――――

 

「そ、それは真か!??」

 

「はっ! およそ4日前、英国から薩摩藩に対して懲罰勧告が行われました。

 イギリス艦隊の数は10隻とのことです。

 全て戦闘艦とのことです……。」

 

 老中首座の水野忠邦は薩摩に潜ませている諜報員からの報告を受けて顔を青白くさせ狼狽する。

 

「じゅっ――――!?

 本気ではないか!!!」

 

 狼狽しているのは忠邦だけでなく評定の間にいる全ての人物だ。

 もはや混乱状態といっても差し支えはない

 

 ペリーが日本を開国させたときでも9隻(内3隻は補給艦)であり、

 アヘン戦争でも50隻(内半数は補給艦)。

 1つの藩を攻めるには過剰戦力だった。

 

「と、兎に角、日英戦争に発展する可能性がある。

 親幕藩に動員指示を出すのだ。

 可能な限り兵と武装を送らねば……

 鉄道ならば不可能ではないはず。」

 

「確かに鉄道ならば――――」

 

「おぉ!その手があり申したな!」

 

 ギリギリ鉄道網が完成していたおかげでイギリスの上陸を防げるかもしれないと

 各員は戦時体制へと移行していく――――

 

 

 

 

 ――――翌日

 

「ご報告があります!!」

 

 忠邦たちが戦争準備を整えている最中、更なる報告が飛び込んでくる

 

「イギリスに何か動きがあったのか!?」

 

 この状況でイギリス関連以外の緊急事態はありえないし、

 それ以外は聞きたくもなかった。

 

「はっ! しかし――――偽報の可能性もございます。」

 

「情報源は信頼できぬのか?」

 

「いえ、諜報員からの報告ですので信頼性に問題はありません。

 ですが、内容が――――」

 

「よいから話せ。真偽は我々が判断する。」

 

 

「畏まりました――――」

 

 報告の者が一呼吸置き報告を始める。

 

 

「薩英戦争は終結し――――

 薩摩藩の完勝に御座います。」

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……何?」

 

 

 忠邦のみならず他の者も手を止め、報告の者へ視線が集まる。

 城内は時が止まったかの様に静まり返った。

 

 

「島津が……勝ったのか?

 負けたのではなくてか?」

 

 即日完敗なら、イギリスの強さから判断してあり得るが

 その逆は想像もできなかった。

 忠邦は自身の耳を疑い、報告の者へ再確認する。

 

「そ、その様に報告を受けております。

 『釣り野伏』が完全に入ったらしく……」

 

 戦闘の詳細報告を述べていくにつれて、

 島津が勝ったことが事実だと理解して、いや、理解させられていく。

 

「砲台を囮、そして艦隊相手に釣り野伏、あまつさえ成功させるとは……

 『鬼島津』は健在か」

 

 200年以上経過した今で尚、島津の戦闘力の高さを実感した忠邦たちは

 何とも言えない感覚に襲われる。

 

 下等艦とはいえ、世界最強のイギリス海軍に勝てた事の喜びと、

 島津がそれ以上に強いという危機感。

 それと――――

 

「天保野砲は西欧と渡り合える性能を発揮できたのは僥倖だ。」

 

 天保野砲が勝利を決定づけたという

 西欧に一矢報いる兵器を持つことが出来たという自負が混ざり合い

 不思議な気持ちとなる。

 

(島津の用兵があってこそなのかも知れぬが、言わぬが華よ)

 

「報告ご苦労。下がってよいぞ。」

 

 

 忠邦は報告の者を下がらせようとしたが――――

 

 

「もう1つご報告があります。」

 

「何だ?」

 

「島津は英国と和平を望んでいるそうで、

 その……幕府に交渉をと」

 

 急に胃の痛くなる案件が降りかかってきた忠邦は問い返す

 

「何故、薩摩で解決しようとしないのだ?」

 

 薩摩藩の手に余るというのはよくわかるが、

 明らかな丸投げに忠邦は不快感を表す。

 

「琉球藩併合が事の発端なのだからと……」

 

「ぬ…………」

 

 経緯的にそれを持ち出されると黙らざるをえない。

 相手の立場的にも、幕府No2の忠邦が向かうハメになった。

 

 

 

●鹿児島城

 

 ティーグリーンの外装が特徴的な浜松藩の特急列車『遠江』に乗って忠邦は薩摩までやってきた。

 

「ようこそ薩摩へ。」

 

「うむ。」

 

 出迎えたのは次期当主の斉彬。

 このように重役を務めさせることによって、斉彬の立場を決定的なものにさせるという当代斉興の指示によるものだ。

 

「あまり時間もありません。早速本題に入りましょう。

 今回の和平交渉で何としても和平に漕ぎつけて頂く様お願い申し上げます。」

 

「ぬ? 島津であっても次は勝てぬと申すか?」

 

「恐らくは。釣り野伏はもう使えぬでしょう

 それに砲台の修復が間に合いませぬ。」

 

 実際、現状の薩摩の戦力で有効打になるのものは10門の『天保野砲』のみ。

 それ以外は対イギリスには役立たずといっていい。

 

 幕府の力を借りる気がない薩摩としては

 これ以上の継戦は不可能と推測しているのだ。

 

「そうか……」

 

 やはりという気持ちと、重責で胃が痛くなるのを感じながら

 忠邦は鹿児島城のイギリス将官が居る屋敷へと案内されていくのだった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

【イギリスのそっくりさん?】

 

●薩摩藩の武家屋敷の1つ

 

(なんてことだ……陛下にお借りした船を失ってしまった……)

 

 軟禁されている武家屋敷の1つで旗艦ユーライアラスの船長そして、

 今回の懲罰艦隊の提督を拝している彼は一通り途方に暮れた。

 

 速攻で勝利して事を収めることを命じられたにも関わらず、

 こんな大敗を喫すれば降格し将官の位を失うのはもちろんの事、二度と本土の土は踏めないだろう。

 最悪オーストラリア送りになってしまうからだ。

 

 とはいえロイヤルネイビーの将官、一通り絶望した後、此度の戦闘を振り返る。

 

(戦力は清の初戦の5倍超、フランス・オランダ連合が相手でさえここまで惨敗はしないだろう。

 とすると、やはり私を含めた艦隊全体の気の緩みか……

 パーシュース、レースホースが不用意に接近したのもそれが原因だろう。

 そのつもりはなかったのだがな……)

 

 イギリスは清相手に完勝を続け過ぎていた。

 如何にして圧勝するかが佐官、将官の間で話されていた位に勝つのが当たり前になっていたのだ。

 アジアの大国でその程度、日本もその程度かそれ以下と心の底で思っていた。

 

(慢心が敗因の1つに間違いはないだろう。

 薩摩の用兵は非常に優れていた。それは全く以って誤算だった。

 それにしても被害が大きすぎる。

 

 最後に見た隠し玉の大砲の所為だろう。

 戦場も混乱状態でよく見る事すら叶わなかったが、

 上を取られてたとはいえ、想像以上に射程が長かった。)

 

 

 何故そんなものを日本が持っているのかを思案したところ――――

 

 

(そういえば、オランダで発生したベルギー独立戦争。

 終戦後、あの時に使った兵器をオランダが日本に輸出していたという情報が上がっていたな。

 そうか、あれは欧州産の大砲だったのか。

 ならばこちらに届くのも道理だ。)

 

 イギリスのスパイによってオランダの大まかな流通は把握されている。

 その情報にドライゼ銃や大砲などの兵器が日本に流出していたというモノがあったことを思い出したのだ。

 しかも、イギリスもオランダに(実験)兵器を結構売っていた。

 

(兵装の性能差はあまりなかったという事か。

 ならば、油断していた我々の不利は初めからあったと)

 

 

 そこで不思議に思う。

 何故オランダがそこまで日本にテコ入れするのかを……

 そして思考が何巡かした後、最悪のシナリオが描かれる。

 

 

(まさか、オランダは日本を東洋の番犬にする腹積もりか!?

 想像以上に精強な兵、そしてオランダ領東インドの様に植民地化してはいない。

 そして、日本は武士道精神といった騎士道精神に似た前時代的な観念に捕らわれた者たち。

 義に厚いなど、時代錯誤も甚だしい。)

 

 彼にとって不可解だったピースがはまり出し、1つの絵を浮かばせていく。

 

(これは不味いな……。全てが最悪の場合、大英帝国の威信が揺らぐ事態だ。

 ――――いや、それが整う前に事態を知ることが出来たのは僥倖だ。

 情報戦は我が英国が何より得意とするところ。

 だからこそ、オランダはひた隠しにしたのだろうな。)

 

 

 

 彼の描いた最悪のシナリオはこうだ

 

 オランダは日本に技術を与えて育てる。

 そしてその恩と長年(200年近い)の友好から最終的に日蘭同盟へと至る。

 

・オランダの経済的なメリット(ロシアを除く)

 日本製品の独占

 日本市場における西欧製品の独占

 日本を東洋の工場に仕立て上げ、オランダ領東インドの原材料を加工してから本国に持ち帰ることで利益率を高める

 

(日本製品の品質が近年明らかに向上していることから、その方針は間違っていないだろう。

 実際、欧州における売り上げも中華製品より高い。

 英国、フランスの紡織機も輸出したという噂もある)

 

・オランダの軍事的メリット

 日本が自前の軍備でアジアの番犬になることで東洋における軍事費の削減

 イギリスインド艦隊へ牽制

 

 イギリスはフランス・オランダを同時に相手しても勝ち切るだけの海軍を持つことを常としている。

 そこに日本というイレギュラーが混じった場合話が変わってくる。

 

(日本をオランダの0.75倍の戦力と換算した場合、

 英国はほぼ3か国同時に相手しなければならなくなる。

 フランスの参戦可否にかかわらず、オランダと衝突すれば武士道精神とか言って必ず出てくるだろう。

 そこにフランスが乗っかってこないと考えるのは愚かだ。

 ロシアも喜んで出てくるだろうな。)

 

 彼はロシアがこの情報をどこかで入手したのだろうと判断した。

 ならば、不可解な平等条約も納得がいく。

 対イギリスの戦略ならばロシアはやると。

 

 

(そして、圧倒的に足りない国威は我が英国艦隊を一度でも打ち破るという歴史的な快挙によって十分に満たされる

 その結果を以って、日蘭同盟へと至るわけか――――

 

 オランダが斯くも紳士的だったとはな。恐れ入ったよ。

 ならば、我々が打つ手は決まっている――――)

 

 

 

――――――――――――――――

 

 いやはや、イギリスの思い込みも大概でありますな。

 ただ、日本も情報をひた隠しにしているので、断片情報からそう思うのは無理ないであります。

 

 実際、このまま日本が成長してオランダと【揉め事がない限り】日蘭同盟は発生しますからな。

 国威的にも日本がイギリス海軍を沈めるという大きな功績を立てれば、オランダの国威も低下しないでありますからな。

 

 

【挿絵表示】

 

【私が育てた】

 

 ともあれ、その状況を察したイギリスが何もしないわけはありませんな。

 こっちでもオランダが勝手に黒幕になるとはこのリハクの目を(ry

 

※本当に考えてなかった。

 

 

――――――――――――――――

 

【和平】

 

●薩摩藩の武家屋敷の1つ

 

 幕府のNo2である老中首座の水野忠邦は、懲罰艦隊を率いたイギリスの将軍と対峙している。

 今しがた斉彬に案内されて、この席が設けられたのだ。

 斉彬は自分がいると邪魔になると早々に退席している。

 

「これは驚きました。

 よもや幕府の方がいらっしゃるとは。

(我々は日本と事を構えているつもりはありませんが?)」

 

「私も薩摩藩の代役として参った次第。

(日本とイギリスが事を構えているとは思っておりません)」

 

「なるほど、それはよかった。

 にしても随分と速いご到着で。

(これを見越して待っていらしたので?)」

 

「九州の査察に来ていたもので。

 このような事態、青天の霹靂です。」

 

 イギリスの将軍はチクチクと嫌な所を突いてくる。

 特に江戸から四日でここまで来たというのは知られたくはなかった。

 

「そうでしたか。(ロシア十字軍とか)最近悪い予感が当たるものでしてね

 つい疑ってしまいましたよ。」

 

「誤解が解けたようで何よりで。」

 

 

 

 前座が終わり、本題へと入っていく。

 

「まずは、何故このようなことを為されたのかお聞きしても?」

 

 忠邦は懲罰行動に出た理由が知りたかった。

 琉球併合前にイギリスには話を通したのは事実なのだ。

 

「おや?

 本当にわからないようですね?」

 

 イギリスの将軍は顔には出さないが本当に驚いて忠邦を見た。

 日蘭同盟まで見据えての琉球併合だと思ったが、どうやらアテがいい意味で外れたと。

 

(欧州流の外交には疎いようですね。これはチャンスといいましょうか。)

 

「まず、あなた方は琉球併合の話を通しに来ましたね?」

 

「ええ。それに対して了承頂けたものと」

 

「そうですね。英国にとって琉球でしたっけ?それは大した価値ではありませんし構いません。

 ですが、それを承認した場合フランスなどの欧州国家はどう思うでしょうか?

 あなた方は我々以外の欧州国家に話を通しましたか?」

 

「いえ。それが必要なのでしょうか?」

 

 忠邦は話についていけず額に汗を浮かべる。

 

「当然です。我が英国が強者であるのは他国がそう判断するからです。

 つまり、他の欧州国家より国力があり、国威があるからに他ありません。

 国力を実力とするならば、国威は他国の畏怖。精神的なモノといえます。

 

 今回の件、我々が清と戦争中に貴国が背後の琉球を併合したとき、

 フランスはどう思うかわかりますか?

 

 

 『イギリスは日本に火事場泥棒を許した』

 

 

 国際評価はこうなるでしょう。

 これでは我が英国の威信が地に落ちるのも当然ですね?

 それ故に今回の懲罰行動にでたわけです。

 

 まさか負けるとは、思いもよりませんでしたが」

 

 イギリス将官は不快感を露にして雰囲気で語る

 

 

 つまり、イギリスは了承したが許してはなかったという事だ。

 

 

 イギリス将官は日蘭同盟の為に、懲罰行動を起こさせたと思っていたのだ。

 本隊を派遣する前にオランダに露見すれば、間違いなく抗議する。

 ロシア戦争している間に足並みが崩れるのは冗談では済まず、

 ロシア義勇軍が間違いなく日本の防衛に現れる。

 

 ロシア極東軍は相当数を維持しているため、イギリスの上陸軍では勝ちきれなくなるのは明白。

 最悪、欧州でロシアに負けて、東洋でも勝てないし、清が勢いを取り戻すというケースにすらなりうる。

 

(とは、妄想の域で済みましたが。

 何処かが気が付けば事実になる。)

 

 思惑はともかく、事実だけは最悪のケースに進んでいるのだ。

 

 

 

「確かに、道理は貴国にもあるようで……」

 

(幕府も威信を以って各藩を支配下に置いている。

 それを崩されるのは許されることではない。

 イギリスの言い分も最もだ)

 

 忠邦は戦端が開かれた理由を知り、どの様に妥協点を模索すればいいか見いだせずにいた。

 額に浮かぶ汗が多くなり、手ぬぐいで額をぬぐう。

 

(まるでチェリーボーイの様だ。

 彼は全く以って外交官には向かないようです。

 それとも武士道というのはそういうモノなのでしょうか?)

 

 イギリスの将官は演技で威信を傷つけられて不快感を露にし、表情とは裏腹に冷静分析する。

 

 

(1つ手を打ってみましょうか)

 

 

「日本には『胸襟を開く』という諺があるようですね?

 我々もズルズルと戦闘を続ける気はありません。

 お互いの落し所を話し合いませんか?」

 

 イギリス将官は制服の胸元のボタンを外して襟を開く。

 本当に胸元を開く必要はないのだが、勘違いしている外人感を演出する。

 それは忠邦の緊張を緩和させ、胃の痛みを抑える効果を果たした。

 掴みはOKというわけだ。

 

「畏まりました。

 こちらも貴国と争うつもりは御座いません。」

 

「それはよかった!」

 

 彼は両手を広げ仰々しい振る舞いを演出する

 

「それではまず、絶対に譲れないラインを話しましょう。

 英国は勝利して終わるという事です。

 理由は分かりますね?」

 

「ええ。国威の低下を防ぐというわけですね?」

 

「そうです。そのためならばインド艦隊の全てを動員しても勝たねばならないのです。」

 

 イギリスとしてもそこまでやるのは最終手段であるため、

 主力艦隊のカードをチラつかせる。

 

「日本としては琉球、サラワクを含めた領土を失わないという事です」

 

 日本本土はもちろんの事、折角に手に入れた琉球、そしてサラワクはブルネイとの条約として割譲は不可能。

 

 

 

「なるほど、では次にこの揉め事によって得たいものに移りましょう。

 できれば貴公も胸襟を開いてくれればうれしいのですがね?」

 

 イギリス将官は暗に次はそちらから話すべきだと水を向ける

 

「畏まりました。

 貴公が腹を割ったにもかかわらず、こちらがそうしないのは信義に悖る。

 日本としては一刻も早く問題が解決することを望みます。」

 

「それだけでしょうか?」

 

 イギリス将官は忠邦の目を見据える。

 威圧感はなく『本当にそれだけか?』と問う眼差しだ。

 信義に悖ると言った手前、無様な内容だが言葉を続ける

 

「できれば、賠償金などの支払いは控えめにして頂けると……」

 

 金は大事だからそりゃそうだと。

 だが、そういうことは言いづらいのも事実。

 

「以上ですか??」

 

 本当はもう1つ。

 日本としては知りたいことがあった。

 

「国威。

 そう欧州に一目置かれるだけの国威。

 其れの得方がわからぬのです。

 日本はそれが欲しい。

 それがあれば此度の不幸は起こらなかったはず。」

 

「よろしい!」

 

 イギリス将官はニコリと微笑む

 

(余りに純粋過ぎる。

 やはり外交は苦手なようだ。

 相手から譲歩を引き出すために勿体ぶるのではなく。

 ただ単に恥から言い淀むとは)

 

 イギリス人であれば、それですら交渉の武器にする。

 だが、そんな芸当日本人に出来るはずもない

 

 

「我が英国が日本に望むもの。

 それは勝利の証である賠償金。

 それと10隻の軍船。

 こちらへ来た数と同じ隻数、そして軍資金を積んでいれば

 誰の目から見ても勝利であることは間違いないでしょう?」

 

 当然、真の目的たる日英通商はこの場では言わない。

 今切るカードではないからだ。

 

 

 

 そして、両国の譲れぬモノ、欲しいモノが出揃う。

 

「ふむ。これならば、落し所を探すのは思った以上に難しくないようですね?」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「ええ。バッティングしているのは賠償金の金額のみ。(あと、船も)

 名目上イギリスが勝利して賠償金を得る代わりに、日本に国土を要求しない。

 これで両国の譲れないラインは回避できます。」

 

 日本としては勝ちに拘ってはいない。

 世界最強のイギリスに一矢報いることが出来たという事実を得られたことが何よりの戦果。

 戦闘以前の状況に戻し、対外的に何事もなかったことにしたいのだ。

 このまま西欧に目を付けられて日本が西欧のおもちゃ箱にされることが一番の問題。

 イギリスとしても軍船を失ったことを無かった事にしたいため、

 戦前に戻りたいという思いは一致している。

 

「次の要求ライン。

 貴国の1つ目は、こちらとしても願ってもないこと。

 我々の努力により達成することは出来るでしょう。

 

 そして3つ目、国威の得方ですが

 普通であれば、他国より高い技術を獲得し技術的に優位に立つ。植民地を得るなどですが。

 元々の国威が無ければ、信ぴょう性に欠けますし、承認も得られないでしょう。」

 

 やはりかと忠邦は気を落とすが

 

「とすれば、欧州国家に勝利する

 貴国にとって最も確実な方法ですね。

 幸いなことにスペインの植民地であるフィリピンが近くにあります。

 これを攻めては如何でしょう?」

 

「勝つ見込みはあるのでしょうか?」

 

 忠邦からすれば、イギリスの先遣隊でギリギリという感覚だ。

 一国相手にして勝てる自信はない。

 

「薩摩の様に西欧武器に通じ、それを十分に扱える戦術があれば

 そして数を揃えれば可能だと思いますよ。

 

 スペインの『元』無敵艦隊を粉砕した女王艦隊を率いる英国の、

 そして貴国と実際に戦った私が言うのです。

 その私が言うのです。これ以上の太鼓判は無いと思いますが?」

 

 実際に島津の戦術、戦略であれば勝つことは可能。

 だが、島津の兵力だけでは勝つことは不可能でもある。

 

「わかり申した。貴公を信じましょう」

 

「ありがとう。もしスペインと戦争になった場合、

 英国は日本側に、最低でも日本よりの中立は約束しましょう。

 そうすれば、スペインは日本と差し向かいで戦わざるをえなくなります。

 そう仕向けましょう。」

 

 欧州主要国家が『全て』スペインを支持すれば、欧州vs日本になりうるが

 イギリスが日本側に立てばその前提は崩れる。

 もちろんイギリスが『アジアの一国にすら自力で勝つことが出来ないのか?』と挑発するからだ。

 その場合、内戦を興じているスペインは自力で勝ち切らないと、

 カスティーリャとアラゴンに離婚しかねない程の国威ダメージが入ってしまうからだ。

 日本に敗北した場合、当然フランスが

 

 

「アジアになんかに負ける国なんて欧州に要らないから、フランスに編入する栄誉をあげるよ」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 とかふざけたことを言うだろうから、イギリスがシャットアウトすることにはなるが

 

「スペイン本国に向かう場合、我が英国が補給してあげましょう。

 もちろん、有料ですよ?」

 

(スペイン相手にどれだけ戦えるか、いい分析材料になる)

 

「かたじけない」

 

(そうか。我が日本も列強ではない欧州国家に手が届きそうなのか……)

 

 あまりにも遠かった欧州との距離が思いのほか近くなっていたことに喜びを感じる。

 手が届きそうな程に目標が近くなると俄然やる気も出るモノ

 忠邦の中に闘志の火が燃え盛る。

 

「あ、そうそう。

 もしスペインに勝利し、フィリピンを得た場合

 我が英国が承認してあげましょう。」

 

「宜しいのですか?」

 

「ええ。貴国は(扱いやすくて)話が分かる国の様だ。

 それくらいはサービスしてあげましょう」

 

「誠にかたじけない」

 

 イギリスは全く領土を失わないのだから何の問題もないのだ。

 それで日本というアジアのイレギュラーを手懐けられるのであればやらない手はない。

 

「そして最後に、バッティングしている2つ目――――」

 

 忠邦は情報と対スペインにおけるイギリス立ち位置を、多く貰っているのに

 賠償金を値切ろうなど恥知らずだと思い、発言を取り消そうとするが――――

 

「いいアイデアを思いつきました。」

 

 イギリス将官に先手を取られる。

 

「いいアイデアとは?」

 

「確か貴国はオランダのベルギー独立戦争における戦時国債を購入してましたね?

 あれの半分を賠償金として貰いましょうか」

 

「え? 利息が払われる程度で焦げ付いておりますが……構わないのですか?」

 

 オランダは他の欧州国家への返済で

 日本には利息程度しか払っていなかった不良債権だったのだ。

 

「それが国威の差というやつです。

 我が英国なら問題なく取り立てられます。

 ここまで金を取りに来るより、コストもかからない。」

 

 ユーラシア大陸の反対まで回収しに行くより、オランダ本国に回収しに行った方が遥かに輸送コストは安い

 何せ本国が船で直ぐだから。

 

「それとそうですね――――

 オランダ、ロシアと結んでいる通商条約で残りの賠償金の代わりとしましょう。

 あぁ、居留地は要りませんよ。」

 

 イギリス将官はここで一番欲しいカードを切る。

 これが通れば船を失った汚名は返上できる。

 

 

・オランダを経由せずに鉄鉱石、鋳鉄の売買をする

・アヘン戦争の補給拠点にする

 

 

 元々このために戦ったのだから。

 

「そこまで譲歩して頂けるとは。

 感謝の念に堪えませぬ。」

 

「でしたら、貿易量で誠意を見せて頂ければ構いません。

 期待していますよ。」

 

 これでオランダと同レベルの貿易量は確保できるだろうと将官は踏んだ。

 

「あ、そうそう。

 日本で食料と弾薬の補給は出来ますか?」

 

 当然アヘン戦争における補給拠点とするためだ。

 インド、マレー半島に戻らず清から(人的含む)資源を得られるなら

 時間当たりの効率は段違いに上がる。

 

「確か火薬は在庫があったかと……

 銃弾は鉄鉱石を輸入させてもらえれば可能です」

 

 不良在庫になりかけていた、やらない夫の黒色火薬が陽の目を浴びることとなる。

 

「それは僥倖。もちろん対価は払いますよ」

 

 誠意は金額。

 イギリスらしく、そのあたりはしっかりと払う。

 

 

「あ、それと船は交易船で構いませんよ。」

 

「宜しいのですか?

 確かに軍船よりは直ぐに準備はできますが……」

 

 国外貿易の大型船舶はすべて幕府の管轄。

 もちろん島津にも10隻以上貸している。

 だからノータイムで渡すことは可能だった、

 

「ええ。本国が勘違いしてインド艦隊を派遣する前に報告したいので。

 確かオランダのクリッパー持ってましたよね?」

 

 何だかんだで手に入らなかったクリッパー船がついにイギリスの手に渡るのだ。

 軍船が欲しいといいつつ、譲歩したように見せかけて本命を得る。

 交渉のスタンダードだ。

 

「確かにこれ以上の不幸はお互いに宜しくない。

 明日にでも出港できるよう、準備させましょう。」

 

「助かります。」

 

 こうして日本とイギリスはファーストコンタクトを取ることとなった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 流石が英国ですな。

 負けたはずなのに、得る予定だったもの(通商と補給拠点)

 に加えて木製クリッパーまで持って帰りましたな。

 

 恐るべしブリテンマジック……

 

 

【挿絵表示】

 

 

 しかも日本にも利益のあるWIN-WINな取引なので尚の事でありますな。

 

 次回は、この後の波紋の広がりであります。

 薩摩もいつの間にか敗北したことになっていますし、

 イギリスがここまでやって何もないわけないでありますしな。

 

 

――――――――――――――――

 

 そうそう、アヘンは日本に輸出する気はありませんよ。

 そんなことより真っ当に貿易した方が儲かりそうですからね

 アヘンを売った方が儲かる場合?

 そりゃ売りますよ。

 

 

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