ヴィランネーム Green Valley   作:lane

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ついに始まる雄英林間合宿襲撃。その束の間の出来事。

晴れてヴィラン連合の一員として認められたトガちゃん。彼女はお腹を空かせてアジトにやってきた…
 


番外編 破綻者

 普通の雑居ビルに違法でテナントしている僕たちのアジト。室内は薄暗く、壁のレンガタイルは所々が抜け落ち、寂れた雰囲気を醸し出している。しかし、床には塵1つとして見当たらず、ここが丁寧に清掃が行き届いた場所だと伺わせる。僕と弔くんと黒霧さんは普段ここで寝泊りしていて、作戦が始まるまでは開闢行動隊の皆には招集をかける時以外は各自で生活してもらうことになっている。そのはずだった。

 

 チリーン、と誰かが入ってくることを知らせる鈴の音が鳴った。こんな時間に誰かを招集する予定はない。僕たちは一斉に警戒しながら侵入者を見やる。

 

 

 

「お腹空きました!!」

 

 

 お腹を両手で軽く抑え、そう主張する彼女に辺りは沈黙に包まれた。

警戒した雰囲気は霧散し、誰もが彼女を無視した。弔くんと僕はチェスの続きを、黒霧さんはグラスを磨く作業に戻る。もはや、この自由奔放な彼女の相手をする者は誰もいなかった。

 

「無視しないでください!!」

 

 尚も主張する彼女。彼女の名前はトガヒミコ。最近ヴィラン連合に加わった新しい仲間だ。

 

「おい、トガ。招集はかけてない、来るな」

 

 弔くんがめんどくさそうな声で遇らう。

 

「あと、たかりにも来るな。ここはそういう店じゃあない」

 

 ここはあくまでもバーなのだ。決してレストランではない。純然たる事実にトガちゃんは、頬を膨らませる。

 

「むー…だって、デクくんのお料理美味しかったんだもん!」

 

 この前開いた歓迎会のことか。いや、たしかに彼らはどうやって食いつないでいるのか気になる所ではある。マスタード君はお金払ってそうだなぁ、と益体のない事を考える。

 

「ねぇ、デクくん!作ってよ!ご飯!!」

 

 トガちゃんは弔くんと話していても無理だと悟り、僕に直接頼むことにしたようだ。

 これに関しては了承が出来ない。無償で与えるだけ与えるのは違うからだ。例えばステイン。彼の知名度が、連合にとって有益なものとなるから、仲間になる前でも脳無を貸し出した。

 しかし、現在トガちゃんがこちらに与えられる物はない。開闢行動隊に関しては、林間合宿襲撃時に本当に仲間か判断する…という弔くんの慎重な結論に至ったからだ。歓迎会はあくまでも歓迎会。こちらもおんぶに抱っことはいかないんだ。

 

 そこまで考えて、ある一つの解決策が浮かぶ。これなら弔くんも渋々許してくれるだろう。

 ボクはトガちゃんに酷いことを言ってしまった。オールマイトに否定されたことを忘れて、トガちゃんを否定する…という自分がされて一番嫌なことをしてしまった。一応許してはもらえたのだが、その影響でボクはトガちゃんを無下には出来なくなっていた。

 

 

「あー、ちょうど食材切らしてて、今日買い出しに行こうかなって思ってたんだよね。だから、トガちゃんが手伝ってくれたら作ってやれないこともないと思うよ?」

 

 なんとも情けない提案だ。そもそも、買い出しなんて1人で出来る。自由奔放なトガちゃんは寧ろお荷物になるかもしれない。けれどこれがギリギリのラインだと思う。弔くんが認めるギリギリ。

 

 

「ほんと!?行く!買い出し行こうよ!デクくん!」

 

 心底嬉しそうなトガちゃんに少し胸がときめく。いや、今はそういう感情は極力控えろ。ボクはヴィランとして闇に潜む者。浮かれていてはすぐに足がつく。

 

 

「おい、お前はこいつに甘いんだよ。マスキュラーが頼みに来てたら断っただろ」

 

 弔くんもボクを注意する。それとマスキュラーごめんなさい。あなたは間接的に断られました。

 

「だめかな?弔くん。最低限のギブアンドテイクは果たしていると思うけれど」

 

 弔くんは与えたら返してくれる男だ。こう言えば納得してくれる…はず。

 

 

「はぁ、わかったよ。許可する」

 

 渋々。本当に渋々ながら彼は応えてくれた。

 弔くんの許可おりました!やったね!トガちゃん!

 

「良かったね、トガちゃん。いいってさ」

 

 ボクは微笑みながらトガちゃんに話が纏ったことを伝える。彼女は既に感極まっていた。

 

「本当ですか!?行きましょう!!今すぐ!」

 

 一瞬でボクの間合いに入り腕を掴まれる。はっや…!何今の。ボクが反応すらできないなんて…。見れば弔くんたちも唖然としている。この身のこなしのレベルはおかしいよ、ほんと。

 

「じゃあ、行ってきま〜す!」

 

 

 なんとも暢気な声でトガちゃんはボクの腕を掴んだままバーを後にするのであった。

 

 

 

「おい、黒霧。あいつのスピードおかしいよ。見えたか?」

 

「いえ…残像が出来ていたようで…何も」

 

「俺もだよ。あの緑谷すら反応できていなかった…」

 

 知らない所でトガちゃんの評価は上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この前、麗日さんと鉢合ったスーパーとは別の場所。大分離れた所までボクたちは来ていた。

 

 

 

「デクくんは何でお料理してるんですか?好きだからですか?」

 

 買い物カゴを持ったトガちゃんに聞かれる。連合の皆はしないもんね。

 

「これには理由があって、ボクの訓練スタイルと深く関わってるんだ」

 

 一瞬、聞かせるのを迷う。異常なやり方だし、なんとかして濁そうかなぁと考えた。しかし。

 

「聞かせてほしいです!もしかして、それで血の匂いがすごく濃くて良いのかもしれません!」

 

 トガちゃんは血が好きらしい。そうだね。多分聞かせたら更に喜びそうだ。

 

 

「えっと、まず、健康で頑丈な体を作って体調のコントロールをするんだ。そして、その体を自分の個性で殴って痛めつける。痛めつけたら個性で治して更に頑丈にするって感じを日に数十回やるんだけど…」

 

 

 ボクの常軌を逸した訓練方法にトガちゃんは目をキラキラさせて

 

 

「素敵です!!だからそんなに美味しそうな香りがするんですね!」

 

 

 普通なら気味が悪いと思われる訓練方法で、ボクもあまり他言したくはなかった。けれど、トガちゃんはボクを肯定してくれる。ボクの心を溶かしていく。柄にもなく安心感を感じていた。もっと隣に居て欲しいと少しだけ思った。

 

 

 

「ありがとう。そんなこと言われたのは初めてだよ」

 

 笑顔になってしまう。いかん、ボクはヴィランなんだ。もっと気を引き締めないと…

 

 

「えへへっ…デクくんの血吸いたいです」

 

 あ、これはまずい。今は人目もあるし、こんな所で流血沙汰を起こすわけにはいかない。

 

「ストップストップ…今したら買い出しが出来なくて、ご飯も食べられないよ?」

 

 なんとか宥める。自分に正直に生きるあまり、周りを顧みないのは今この状況だとまずいことをトガちゃんに伝える。

 

「あ…そうでした。買い出しも大事です」

 

 なんとかわかってくれたようだ。こういう話題は避けた方が良いな。お互いのために。

 しかし、次の話題がない。ボクが黙ったのを見てトガちゃんは口を開く。

 

 

「あ、もう一つ聞いていいですか?」

 

 質問を変えてくれるようだ。女子との会話が苦手なボクには、リードしてもらえることは非常にありがたい。トガちゃんは破綻しているけれど、空気も読んでくれる優しい子だ。

 

 

「うん、いいよ」

 

 彼女は特大の爆弾を投げかけてきた。

 

「デクくんっておじさん…オールマイトが大好きなんだよねぇ?でも、そのオールマイトをめちゃくちゃにして殺したいって思ってるんだよねぇ!」

 

「わたしも、好きな人に成りたくて好きな人を殺したいです!!それって…」

 

 

 

 

 

 

「それって…わたしとおんなじです!!!」

 

 

 自分が同種の破綻者だと告げられる。

 

トガちゃんは好きな人に成りたいがために、好きな人を殺す。

 

ボクは、オールマイトが大好きだったけれど、否定されたがために、全てが裏返った。憎んだ。殺してボクのことを後悔しながら死んでほしい。道端の石ころで誰にも相手されないような無個性野郎だった奴に復讐されてNo.1の最大の障害だったと脳に刻みつけながら殺したい。

 

 

 本当だ。人を破綻者だと言う前に自分が破綻者じゃないか。同じだ。同じじゃないか。笑えてくる。自分のことをいかに知ろうとしなかったか。それを、最近仲間になった少女に突きつけられる。

 

 

「ふっ…ふふふ。確かにおんなじだ。笑えてくる」

 

 

 ボクの様子の変化に目をパチクリさせるトガちゃん。今すごくお礼を言いたいんだ。

 

「ありがとう、トガちゃん。ようやく自分のことが分かった気がする」

 

 

 胸の中が解放されたような気分だ。今なら何でも出来る気がする。あぁいい、いい気分だ。

 

 

「どういたしまして、デクくん」

 

 

 にっこりと笑うトガちゃん。

 

 

「でも、デクくんはヒーローにもなりたいんだよね…」

 

 彼女の呟きはボクには聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクの目の前には、オムライスが作られていた。トガちゃんは血が好きそうだからケチャップも好きなんじゃないかと考えた結果だ。

 

 

 

「はいどうぞ、トガちゃん」

 

 

 大人しく椅子で待ってくれたトガちゃん。オムライスが乗った皿を机に置く。いや、本当に大変だった。わたしも手伝います!と元気に返事してくれたとこまでは良かったんだ。

 

黒霧さんのエプロン(ハート柄)を着させていざキッチンに立たせると、壊滅的な手つきでキッチンを汚していった。ナイフを上手く扱えても料理は出来ないのだということがわかりました。しょうがないので、椅子で待っていて貰ったんだ。

 

 

 

「わぁぁぁ…美味しそうです!」

 

 

 反応が良くて困る。また作りたくなってしまうから、そういうのって。

 

 

「良ければまた作るよ」

 

 だから、つい、こういう言葉が出てしまう。

 

「本当ですか!?やった!!」

 

 

 純真無垢な子どものように万歳するトガちゃん。餌付け??いいえ、これには深いわけがあり…

 

 

「おい、勝手に決めるな」

 

 

 話を聞いていた弔くんが横槍を入れる。まぁ、当然だよね。でも、あれを見たからには納得してもらうしかない。

 

「弔くん…あの速さは惜しいよね?」

 

 

 ボクを一瞬でバーの外へ出した一連の動き。その初動。誰も反応出来なかったそれを、ボクは引き合いに出す。

 

 

「ちっ、これだからリア充は爆発すればいいんだ」

 

 

 これを言えば聡明な弔くんなら、わかってくれると思ったよ。

 

 

「やったね、トガちゃん。明日も来ていいよって弔くんが言ってる」

 

「ありがとう!弔くん!」

 

 トガちゃんの顔はもう笑顔だけで人を殺せそうだ。それだけの破壊力がある。

 

 

「外出してくる」

 

 煩わしく思ったのか、バーの外へ出る弔くん。

 弔くん、ごめんね。また騒がしくなっちゃったね。許して!!

 

 

 

「オムライス、美味しいですぅ…」

 

 ほっぺたが落ちるくらい頬張るトガちゃん…それを頬杖をつきながら見て、あっ、幸せそうだなぁ、とボクはなんともヴィランにあるまじき考えをしていた。

 

 

 

 

そんな、作戦前の束の間の出来事でした。




ウェッヘッヘ…トガちゃんを餌付けだぁ…!
黒霧さんのエプロンネタを回収していくぅ!

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