ヴィランネーム Green Valley   作:lane

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やっぱり、ある程度の筋は通さないといけないと思うんですよ。
そうした方がみんな幸せになると思うから…
あと、24巻でキュリオスに過去突きつけられて自分に言い聞かせるように私は不幸じゃない、って独白するトガちゃんを完全に救うんや!

という気持ちで書かれたもう何度目かわからないラスト。


番外編 愛の逃走2

 逃亡生活も一ヶ月が経った。あの日トガちゃんと再開してからは、ひたすらヒーローの目を欺き続けた。彼女がそう望んだようにボクもそれに応えた。まるで新婚旅行のような雰囲気で各地を転々とする。その生活は楽しかった。ボクはトガちゃんが止めたいと思うまで付き合ってあげたい。トガちゃんのやりたいようにやらせてあげたい。この子を悲しませたくない一心だった。だからこそ抜け落ちていた問題を尋ねられる。

 

「そういえば、デクくんのお母さんは、わたしたちのこと知ってるんですか?後悔していませんか?」

 

 優先するべきはキミで他の事なんて考えもしなかった。

 

「い、いや…お母さんには何も言ってないよ」

 

 ボクを泣きながら見送ってくれたお母さん。憧れのヒーローにようやく成れた日に出て行ったっきり帰ってこない息子。どれほど心配してるかは想像に難くない。

 

「それはやっぱりだめです。デクくんのお母さんはデクくんのことを大事に思ってます」

 

 トガちゃんの家庭環境は以前聞いたことがある。何でも、トガちゃんは幼い頃から血に興味があって、それを気味悪がった両親はその衝動を矯正しようとしていたと。普通になってほしい…という。彼女には残酷な願いだ。中学の卒業までは、トガちゃんも衝動も感情も抑えて皆から好かれる明るい元気な子を振る舞っていたようだ。普通を演じていた。しかし、卒業後当時好きだった子を刺して傷口から血を吸い出す、という事件を起こしてからは失踪。晴れてヴィランになったという。わたしは不幸なんかじゃない。普通の人がにっこり笑うようにわたしは、血を吸って笑う…と言った彼女はまるで自分に言い聞かせているように見えた。

 

「わたしは両親のこと、ちょっぴりだけ後悔してます。もっと、自分の想いを打ち明けていれば分かり合えなかったとしても、何かやれることはあったんじゃないかと時々思うことがあります」

 

 トガちゃんは自分に正直に生きるために犠牲となったモノに想いを馳せる。親までヴィラン扱いされるようなこの世界でそれを考えなかった日はないんだろう。だからこそ、ボクに問う。いや、その問いは言わせてはならない。本当にわたしのために全部捨ててくれるの?皆デクくんを大切に思ってるのに、わたしのためなら全てを断ち切れるの?と。

 

「その先は言わなくていいよ、トガちゃん」

 

 彼女を幸せにしたい。辛そうな顔をたださせたくなかった。泣いてる顔を笑顔に変えたかった。きっと、これはボクの最初で最後のヒーロー活動なんだろう。2つとも選ぶなんて到底できない。ヴィランである彼女を一生幸せにするならば、自分の周り全ての柵を断ち切るしか方法はない。

 

「ボクは君を一生幸せにする。この世の全てが君を否定したって、ボクだけは君を肯定し続ける。そのためならば何も厭わない」

 

 改めて誓う。ボクの記憶の中に残り続けるトガちゃんを忘れた日なんて一度もない。あの時から…ずっと自分に正直に生きる君に惹かれていた。

 

「えへへ…嬉しいです。でもそれなら尚更わたしはデクくんのお母さんに挨拶しに行かないとだめです!」

 

 突拍子もない彼女の言葉。いや、ボクがお母さんに説明をしないと駄目な流れだったよね…?ボクの思ってることを伝えないと後悔するっていう話だったと思うんだけど…

 

「会ってデクくんをお持ち帰りすることを言わないとです」

 

「えっと…ごめん、わからないや。どうして?ボクは自分で伝えなきゃって思ったんだけど」

 

 トガちゃんは自分の胸に手を当てる。

 

「わたしも1人だったらそうした方がいいなって思いました。そうした方が後悔しないって。でも」

 

 ボクを抱きしめるトガちゃん。その目は真っ直ぐこちらに向けられており、優しい顔をしていた。

 

「わたしたちは1人じゃありません。わたしにはデクくんが居て、デクくんにはわたしが居ます」

 

 

「だから、デクくんが捨てたモノはわたしが拾います」

 

 ボクが捨てたモノ…捨てようとしているモノ。

 

 

「そ、そんなんじゃまるでボクが救われてるようなものじゃないか」

 

 

 

「んふふっ、知らなかったんですか?デクくんがわたしを救いたいようにわたしもデクくんのこと救いたいのです」

 

「わたし、ただ救われてるだけじゃ、やです。デクくんの苦悩も全部、わたしが拾ってあげたいです」

 

 ボクはトガちゃんを笑顔にすることしか考えていなかったのに、本当は出来ていなかったみたいだ。ただ一方的に愛情を向けて、他は切り捨てる。そんなこと、彼女が罪悪感を感じないわけがない。ボクだって、自分のためにトガちゃんが全てを捨てるなんて言ったら、全力でそれを止めて拾いに行くだろう。そんなこともわかっていなかった。

 

 

「まいったなぁ…これじゃどっちがヒーローかわかんないや…」

 

 僕の目から涙が溢れる。こんなこと言われて泣かないわけがない。

 

「うん、うん、挨拶に行こう。ボクの捨てたモノを一緒に拾いに行こう」

 

「はい!デクくん!」

 

 満面の笑みで応えてくれるトガちゃん。敵わないなぁ…と思う。

 

「でも、トガちゃんのお母さんとお父さんにも会いに行こうね?君が捨てたモノはボクが拾う」

 

「えっ…?でも、わたしの両親は…わたしのこと気持ち悪いって…」

 

 彼女が抱えているモノ。捨てたモノ。もう彼女では拾いに行けないそれを僕が拾いに行く。だからヒーローとして培ってきた安心感を与える笑顔をトガちゃんに向ける。

 

「大丈夫!!僕がいる!!こんなカッコいい君のヒーローがここに居るんだ!なんとかなる!ならせる!」

 

「それに、君の両親も後悔しているはずだよ…だから、大丈夫!」

 

 彼女の閉ざされた心を開く。

 

「だから、トガちゃんもお母さんとお父さんに挨拶しに行こう!」

 

 

 

 

 

「わたし、怖いです。やっぱり…でも…でも…!!」

 

 

「わたしも、お母さんとお父さんともう一度仲直りしたいよ…!!血が好きなこと、認めてもらいたいよ…!!」

 

 

 トガちゃんの目からも涙が一滴流れる。そういえば、ぼくはトガちゃんの涙を見たことがなかった。いつも自分に正直に生きている裏で、こんな気持ちを抱え込んでいたのかと思うと自分が情けなくなってくる。

 

 彼女の頭を撫でて胸に抱き寄せた。ただ逃げるだけじゃだめだ。過去を、置き去りにした過去も拾わないとだめなんだ。

 

 

 

 

 

 ドアの前、その呼び鈴を押そうとするも、体は動いてくれない。何て説明すればいいんだ…と頭でグルグル考えてしまって一歩勇気を出せば簡単に押せるはずのそれが、今はテコでも動いてくれなかった。

 

「大丈夫だよ、デクくん」

 

 隣から腕が伸び、呼び鈴を押す。

 

「デクくんにはわたしが居る」

 

 僕の代わりに彼女が、彼女の代わりに僕が出来ることをする。それだけの話だ。

 

「はい、どちら様で…出久ぅ!?!?」

 

 ドアから出てきたお母さんに僕は、少しの間言葉に詰まりながら

 

「た、ただいま…」

 

 帰宅の言葉を呟いた。

 

 

「おかえり…心配したんだから…あと、隣の子は…?」

 

 目に涙を溜めながら、おかえり、と言うお母さん。心配をかけてばっかりだ。本当に。

 

 そして、僕の隣のトガちゃんに気付く。

 

「初めまして!お義母さん!わたし、トガです!トガヒミコ!」

 

 元気良く挨拶をするトガちゃん。そして、とんでもない問題発言が繰り出される。

 

「デクくんの…お嫁さんです!!」

 

 隣からの更なる爆弾発言に僕も驚く。た、確かに雰囲気的にそうだったかもしれないけど、明言してなかったしそこまで頭が回ってはいなかった。

 

「お、おおおっおよめ、およめ…!」

 

 案の定、お母さんも口をあわあわさせている。どうやって説明しようか悩んでいたのに、彼女の一言で一発だ。一撃で僕らの関係性を示してしまった。

 

「出久ぅ!!!!!」

 

 失神した。

 

 

 

 

 

「爆豪君から話はきいていたんだけどねぇ…」

 

 あの後正気に戻ったお母さんは僕たちを家に招き、詳しい話をする。

かっちゃんが、僕が誘拐されたのではなく合意の上でヴィランの女の子と逃げたと。簡潔に、説明してくれたようだ。頭が上がらない。逃げてごめんよ、かっちゃん。それとありがとう。

 

「出久がまさか、女の子と、それもヴィランの子と駆け落ちするなんてびっくりだったんだから」

 

「お母さん…黙って居なくなって心配かけてごめんなさい…」

 

「わたしも、デクくんのこと誘拐しました、ごめんなさい」

 

 僕たちはお母さんに謝った。

 

「確かに、びっくりだったけれど、出久はこの子を救いたかったんだよね?」

 

 お母さんはよく僕を知っている。何でもお見通しみたいだ。

 

「うん、この子は記憶が無くなる前の僕の仲間で、恋人…だったんだ」

 

 より正確に言えばヴィラン時代の記憶は忘れていなかった。彼女との記憶だけは。しかし、実際に会ってみるまで確信が持てなかった。

 

「記憶が戻ったの!?あと、やっぱりあの時のことなのね…」

 

 お母さんはあの時のことをあまり思い出したくないらしい。そりゃそうだ。息子がヴィランになって、記憶喪失で帰ってくるなんて、とてもじゃないが耐えられないはずだ。

 

「記憶は彼女のことだけで…」

 

 

「そうなのね…」

 

 しかし、お母さんは諦めなかった。ダイエットに勤しんでいたらしい。なんで?って聞いても、答えてはくれなかったけれど。きっとすごく重大なことが起きたんだろう。それを詮索するつもりは、ない。

 

 

「そういうことならわかったわ!ヒミコちゃん!」

 

 

「あ、はい!」

 

 トガちゃんに目を合わせるお母さん。ヴィランでいて、その立ち位置が曖昧な彼女にお母さんは何て言葉を言うんだろうか。

 

 

「出久のこと、よろしくね?この子、すぐ誘拐されちゃうの。だからヒミコちゃんが出久のこと守ってあげてね?」

 

 人を漫画のヒロインみたいに…そもそも僕はヒーローだよ?お母さん!

 

「勿論です!デクくんは誰にも渡しません!!…でも、わたし、ヴィランです。きっと…」

 

「言わなくていいわ。両思いで愛し合ってるんでしょう?なら障害なんて全部跳ね除けちゃえばいいのよ」

 

 随分と豪快な持論を展開される。これにはトガちゃんも目を見開いてえ?いいんですか?本当の本当に貰っちゃいますよ?なんて言ってる。

 

「なら、偶には帰ってくること!それが条件!」

 

 そんな、条件ですらないことを言われる。直前まで考えたあれこれが何も必要なかった。

 

「嘘みたいだ…こんなのって」

 

「デクくん!許可でちゃったよ!」

 

 腕にしがみつくトガちゃん。可愛い…

 

 

「あら、私はお邪魔みたいね、待ってて、いま何かお菓子でも持って」

 

 腰を上げるお母さん。しかし、今立ち止まるわけには行かない。立ち止まれば僕もトガちゃんも決意が鈍ってしまうだろう。逃げてはいけない。このまま行くべきだ、と判断した。

 

「お母さん!まだ終わってないんだ。次はこの子の家に行かなきゃならない。なるべく早く」

 

 僕の言葉にお母さんは一度目を閉じる。ごめん、今ゆっくりはできないんだ。そして、目を開いたお母さんは、両手を胸の前に持ってきて

 

「そう…なら!応援してるわ!2人とも!!」

 

 僕たちのことを応援してくれたのだった。

 

「うん!お母さん!」

 

「はい!お義母さん!」

 

 僕たちの声が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 今度はトガちゃんの手が呼び鈴に止まっている。彼女を今、物凄い葛藤が襲っているんだろう。だから、僕は無遠慮に無慈悲に呼び鈴を押す。

 

「デクくん…わたしまだ、心の準備が」

 

 珍しく、眉を寄せて少し手を震えさせるトガちゃん。

 

「必要ないさ。大丈夫だよ。僕がいる」

 

 その震えを少しでも止めたくて、笑う。彼女のためだけのヒーロー。

 

「どちら様でしょうか……ヒミコ…!?」

 

 事件を起こした後何年も帰ってこず、ヴィランになった娘。元々血が好きで異常だと言っていたけれど、娘が帰ってきたことの方が今は大事…だと思う。

 

「久しぶりだね、お母さん…。えっと…ただいま…」

 

 戸惑いながらも、再会を果たす2人。

 

「おかえり…ヒミコ…」

 

 

 

 

 

 

 お父さんを呼んでの挨拶は難航を極めかけた。何せトガちゃんはヴィランなのだ。このヒーロー飽和社会でヴィランの親、というだけで白い目で見られる。しかし…

 

「あの時私たちが認めてやれずにごめんねヒミコ。窮屈な思いをさせてしまっていたわ。あの時認めて上げられればこんなことにはならなかったかもって私思うの」

 

「すまんかったなヒミコ…」

 

 気味悪がられることも覚悟していた僕たちにその謝罪はひどく肩透かしを受けた。

 

 

「お母さん、お父さん…わたし、自分に正直にしか生きられなかった!何も言わず出て行って…ごめんなさい…」

 

 

 トガちゃんのご両親とも和解できたようだ。血が好きだったから。抑圧されて悪い方向に行ってしまった関係が、今修復されたんだ。

 

 

 

 

さて、僕の出番かな。

 

 

「お母さん、お父さん。改めて僕は緑谷出久と申します。僕と彼女の関係は…えっと、婚約者です」

 

「あなた…テレビに出てたヒーローさんよね…?」

 

「一応、元プロヒーローと言いますか、僕は彼女と添い遂げることにしました。だから元ヒーローです」

 

 

「彼女はこれからも血を欲し続けるでしょう。抑圧されている限り彼女にとって生きにくい世の中です。そして、たとえ彼女がヴィランであっても幸せに生きるためなら、僕は何があっても彼女の味方で居続けます」

 

 

「正しいとか正しくないとか、罪を償うとか償わないとか、全部関係なく、彼女の意思を優先します」

 

「だから、トガちゃんを、ヒミコを僕に任せてください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えへへ…2人と仲直りできました。嬉しいです、デクくん」

 

 ホテルのベッドで横になる僕たち。あの後、ヴィランとか関係なくヒミコを幸せにして下さい、という2人の想いを胸に、僕たちはまた、逃亡生活のようなものに戻る。国外に飛んで暮らそうという目標もできた。

 

「良かったね、本当に」

 

「はい、全部デクくんのおかげです」

 

「それはこっちも同じだよ」

 

 互いが互いの捨てたモノを拾いあった。迷いや過去を振り返った。取り戻した。

 

 

 

 そして首筋にナイフを突きつけられる。彼女はひどく興奮していて、もう1秒も待てない様子だった。

 

 

「デクくん、わたし今人生で一番幸せです。愛してます。だから、ちうちうしたいです。いいよねぇ?」

 

「いいけど、僕が死なないようにしてね」

 

 

 

 翌朝、血痕が派手についたシーツを見て僕らはホテルの人に何と説明しようか頭を悩ませるのであった。

 




初吸い

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