てっきり、西の古い火酒でも置いてあるものだと思っていた。
衣装箪笥の最下段に二つ並んで納められていた蒔絵の箱は、あの体躯に見合わず所作の細やかな槍には似合いのようで、けれど同じくらい大きな御手杵が持ってみればその手には随分小さい。箱の中は空だったが、それが何であるか御手杵には分かっていた。
「どこで買ったんだこんなの……」
ぬめるような漆の黒に浮かぶ花と月。さして珍しいデザインではないが、御手杵の口はそう呟きを漏らした。この箱と、殆ど同じ意匠の文箱を知っている。巴紋を箱と蓋にそれぞれ置いてやれば、一目では判別できなくなると思うくらいのものを。
日本号と御手杵とがまだ天下の二名槍と呼ばれていた頃に、幾度か文の真似事などしたことがある。勿論当時の彼がは肉を持たぬ身であったから、意を飛ばして会いに行く方が余程楽なくらいではあったのだけど、人の真似と言おうか、わざわざ霊力に
本来、槍の語り口など血を流す他にない。けれどいかに人の目には映らぬとは言っても、黒田と松平の名を背負う東西名槍が私闘などとは決して許されぬ時流であることくらい、西も東も理解していた。顔を合わせればそういう情の交わし方を望んでしまうから、だろうか。わざわざ手紙の形を取って歌を送って寄越したのは、日本号が先だった。
文箱に入れて寄越したというのに中には折り畳まれた紙が一枚きり、紙には歌が一つだけで名の一つもなし。それでも霊力由来のものの送り主が分からないということは決してない。そうでなくとも御手杵には、黒田の藤巴の入った箱で文を、それも姿を見せるでもなく送って寄越すような奇特な知己は一条しかなかった。
箱も中身も所詮は霊力を推し固めた物でしかなく好きにできたが、二度三度と遣り取りするうちに文箱は同じ形で贈るようになっていた。御手杵の方が結城巴の紋を入れるのはともかく、その頃はまだ母里の槍だった日本号の方も藤巴の入った箱を使ったのは、二槍を結ぶのが東の松平と西の黒田というその比較だったからだろう。
三位の槍はそれはうつくしい文字を書いた。あの、ひとの上にも立てるほどの位持ちは、おおよそすべての物の手本となるような整った字を綴る。御手杵とて仮にも結城の家宝と望まれて生まれた身、それなり以上の字は書けるが、それと比べてもあれは別格だ。きっと号持たぬ頃からのものだろうと思う。号も銘もなくただ位だけが付喪としての存在を担保した頃からの。
龍の苛烈さと相反するようなあの字で、一度として歌に名を添えることのなかった彼は、しかし炎に焦がれるような歌を寄越した。互いに家を負っていれば、どうあっても直接には言えぬようなことば。それを彼は、ある無銘の槍からというていで、真実無銘のあの槍は送った。あの瞳の赤に似た、龍の息吹が確かに彼の本質であることを、御手杵はこの本丸で初めて知った。
御手杵も、当然ながら日本号も、あの頃に甘い言葉を口にしたことはない。ひと月も経たずに消える三十一文字と、時折花を一房。愛とか恋とかそういう物は箱の中にすべて閉じ込めた。それでもぐつぐつと心中で煮立つような情が溢れてしまいそうになったからそのうちに、歌を送るのも辞めにした。返さなくなったのがどちらからだったのかは覚えていない。
「今度は俺から出すかなあ」
墨と筆──でなくとも良いか。
それで、あの頃のように歌をひとつ。書いて入れておく。日本号が知らないままなのであればそれでもいい。けれどわざわざ文箱など買って二人部屋に置いておいたのは彼の方だ。きっと、近いうちに気付かれるような気がしていた。
そうしたら今度こそ何かが始まればいい、と。始まってもいい、と。あるいはどちらも。