ワンナイト聖杯戦争 第二夜 激闘「マンモススレイヤー」 作:どっこちゃん
「んー。困ったわね。でも、このまま
未だにニヤニヤと口元を歪ませているナイメリアに、伊庭は嘆息混じりに言う。
「ゴシップもほどほどにな」
「あら、分かれの言葉みたいね」
「その可能性があるってことだ」
途端に、伊庭の総身から血が噴き出した。
その血と同時に炎も。赤々と夜に灯る炎が、形を成す。
「借りものなんじゃないの?」
「……ケリを付ける。今気付いたが、死人には返しようがなかった」
その、「しようがない」まま、伊庭はずっと生きてきたのだ。ずっと、止めようもない時間から目をそらしたまま。
その生き方にも、もう見切りをつけてもいい頃だろう。
「それはごもっとも。――では、また会いましょう」
言ってナイメリアは姿を消した。
氷の巨象がそれを見とがめるようにこちらを見る。
しかし身をふるがえそうとした氷象を、マンモスの鼻が捕まえる。
巨体がたたらを踏む。マンモスはそのまま氷像に長大な牙を突き立てた。
氷像の五体は貫かれ、全身に亀裂が走る。
そして、次の瞬間には巨大な氷の巨大はバラバラに砕け散り、地面の上に散らばってしまった。
マンモスはさらに激昂した様子でそれらの氷塊を踏み砕く。
大地が沸き立つかのごとき振動が襲ってくるなか、伊庭は散らばった氷塊のひとつに歩み寄った。
「……この期に及んで独り相撲とは、おもしろいサーヴァントですね」
ドレスでも脱ぐかのようにその氷塊を解いた鏡子は、かわりに、ある種の颯爽とした空気さえまとって伊庭を見据える。
「あー、悪い奴じゃないんだよ。まぁ、俺も会ったばっかなんだけどさ……」
そして敵を失ったマンモスはもう一体のマンモスと戦っているハンターを標的として、再び大地を揺らして突進していく。
こうなると、確かにハンターの独り相撲でしかない。
「いいえ、お似合いですよ。あなたのような
鏡子は微笑を交えて言った。先ほどまでとは様子が異なる。
少女然とした堅さは鳴りを潜め、何処か奥行きのある、それでいて強かさを兼ね備えた、熟練の魔術師の風格さえ漂わせている。
今宵の超常的な戦闘を経て高揚しているのか。
――――いいや、違うな。
「下郎……ね」
伊庭に動揺はない。どんな言葉を掛けられることも覚悟の上だ。
少なくとも、伊庭が生きてこの場にいるのは彼女から兄を奪ったことによるものだ。
それは揺るがしようのない事実なのだから。ただ……、
「――ああ。そうですね。念のため。勘違いはしないでいただけますか? 兄のことで貴方を恨んでなどおりませんので」
鏡子は微笑んだ。ニタリと、二重の笑みが小さな顔の中に浮かび上がる。
「あの
鏡子の中には別の何かがいた。
皮膚の内側――いや、もっと霊的な領域に至るまでが、何かに侵食されている。
魔術刻印だ。古賀が伝える魔術刻印その〝片割れ〟。
それが、鏡子の人格をも支配してしまっている。
――知っていたことだ。すべてを知って、伊庭は何もできずにいたのだ。
古賀の嫡子は常に男女で当主を襲名してきたという。
ともに古賀の血を引く兄と妹、あるいは姉と弟で子を成し、純潔を保ってきたのだと。
そして母となる女は古賀の魔術の基本となる氷雪紋を受け継ぎ、「鏡」の名を受け継ぐ。
「
鏡子の中に巣食う何かが、
「……アイツは、最期まで君のことを心配してた。
妹は、己が己でなくなることを恐れていた、と。
己の中に巣食う何かを恐れていた、と。
それでも自分にはどうすることも出来ない、と。
繰り返し伊庭に告げていた。自分には妹を救えない。だから、自分に何かあったら、と。
「ナ、二を――何を言っているのか解りませんね? あのゴミから何か聞いたのですか? ――ハヤく返セ! 剣骸ヲ――剣骸を返していただけますか?」
迷惑な話だと思った。
伊庭は鏡子の有り様を
ただ、ただ迷惑な話だと思っていた。
家だの、魔術だの、しがらみだの、そう言うものから逃れようと必死だった伊庭に、そんな事ばかり言うあいつが、
だから、アイツが伊庭自身を守って命を落としたことさえ、何処かで計算ずくのことだったのではといぶからずにはいられなかった。
死んでしまった友人を、疑い続ける自分に嫌気がさす。――それでも利用されているような気がして、伊庭は動けずにいた。
「余計な心配は無用ですよ。私は完璧な――ものトナリ――ました。そして今夜、もっと完璧なものと――ナルのダ!! だかラ、ハヤく、剣骸を、ヨコセぇぇぇぇぇぇ!!!」
鏡子の身体が、内側から何かに突き動かされるようにして、伊庭に向かってくる。
友人に利用されているのだと思いたくなかったのか、それとも、ただ託されたものに受け止めきれずにいただけなのか。
わからないまま、答えを出せないまま、時間だけが過ぎ、気がつけば、中年だ。
伊庭の五体から噴き出していた火潮が、一瞬、凪いだ。
「――――剣骸:
「ムダ――」
次の瞬間、爆発的に燃え上がった伊庭の左手から、螺旋を描く火炎が噴き出した。
それは二匹の蛇が絡み合うようにして虚空を直進し、鏡子の胸、心臓の位置を正確に射抜いた。
「悪いな。オレと『剣骸』は
「剣骸」とは、「氷雪紋」と共に古賀の当主が代々受け継ぐ
とうぜん、正当な適合者ならば片割れである「氷雪紋」の所持者を「剣骸」で攻撃することなど不可能なのだ。
しかし、そもそもが「剣骸」と相性の悪い伊庭はこの制約を受けることなく、剣骸を振るうことが出来る。
――それは友人がここまで見越していたのではないかと、伊庭が疑わざるを得ない理由のひとつでもあるのだが。
伊庭の左手から走った炎の螺旋刃は、そのまま渦を巻いて左右に
「――う、ぐぅッ」
同時に伊庭も膝を突く。
剣骸との相性が悪いということは、それを使用することで伊庭自身にも尋常でないダメージをもたらすということを意味する。
「……まったく」
伊庭は白煙のごとき息を吐く。五体からも、もうもうとした蒸気が渦を巻く。
排熱をして体温を下げなければ即刻命を落とすことになる。
融解した鋼同然の血潮は尋常ではない高温を帯び、伊庭自身の命を削っていくのだ。
対策はしていたつもりだが、文字通りの焼け石に水だ。
だからこそアイツが恨めしい。友人面をして、最期の最期でこんな重荷を人に背負わせやがって。
それでも、今の伊庭の胸に去来するのは、どこかすがすがしい思いだった。
「……ようやく降りたってことなのか。……肩の荷ってヤツが」
伊庭はアスファルトに座りこもうとする。
吐く息が白い。あまりにも濃く、白い。
――気付く。
伊庭が熱いのではない。
「
キンと冷えた虚空に、宝具の真名を唱える言葉が響く。
無残に両断され、アスファルトの上に転がったはずの鏡子の上半身が、何かに吊り上げられるように持ち上がっていく。
それはすでに立ち上がっていた下半身に吸い寄せられるように移動する。
目を凝らせば、その二つを引き寄せるようにして繋ぎ直そうとしているのは、まるで融解したルビーのような、或いは血液が結晶化したかのような、流動する鉱石のごとき物体だった。
「何が降りたですって? ――無駄ダと言って――いるでしょう。そもそも、氷雪紋は剣骸――ヲ御すため二――生まれた術式」
言いながら、鏡子の上半身と下半身はぎゅちぎゅちと音を立てながら結合していく。
専門外ではあるものの、
「『賢者の石』――か。それがお前の召喚したサーヴァントの宝具!」
当初の予想通りだ。
鏡子は、自らが召喚したサーヴァントの宝具を転用して、この常軌を逸したレベルの魔術を使用していたのだ。
しかし、ここまでのことをやって退けるとは……。
「ハズレです」
鏡子は冷然と言いながら、再びガンドを打ち込んできた。
伊庭の五体が、急激に冷却されていく。
――マズい!
「確かにこの宝具はサーヴァントのもの。しかし、私が召喚したとは、誰も言っていませんよ?」