ワンナイト聖杯戦争 第二夜 激闘「マンモススレイヤー」   作:どっこちゃん

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「だ、だめって――??」

 

 伊庭が二の句を継ぐ前に、ハンターは、ズイ、と伊庭に肉薄してくる。

 

 間近に迫った彼の肉体は、まるで黒曜石のように煌めいていた。

 

 スチームのような蒸気をまとい、静止していながらも、同時にはち切れんばかりに躍動する筋肉の起こりは、三度伊庭を驚愕させるにふさわしい。

 

 ――マンモスを仕留めることで、そのステータスの上昇は固定され、さらなるパッシブ効果も付与される。

 

 そして、それは彼の最終宝具の使用が可能になったことを意味する。――現状、無意味なことではあるが。

 

「だめってどういうことだ!? このままだと鏡子は何をするか解らない。お前じゃなきゃ止められないんだ! 行くってくれよ!!」

 

 しばし絶句した伊庭だったが、いつまでもおののいてはいられない。

 

 まくし立てる伊庭に対して、ハンターはまったく斟酌する様子も見せずに、首を横に振った。

 

「ダメ」

 

「――」

 

「ダメ。お前、置いていけない。お前、弱い。置いていけない。連れていけない。お前、守る」

 

 そしてたどたどしいながらも、大人が子供に言い聞かせるように、――説教でもするように、ハンターは語った。

 

 伊庭が言葉を返す前に、ハンターは背を向ける。

 

 言うべきことは言った。もはやすべては決したとでも言うように。

 

「――――ま、待てよ!」

 

 伊庭は言葉を発するが、ハンターは取り合わない。

 

 再び猛禽のように跳躍し、氷の巨人を鎧袖一触とばかりに粉砕していく。

 

 だが、伊庭は言い知れぬ感覚に身動きを封じられていた。

 

 ――なんだこれは? なんなんだこの状況は? 

 

「な、――待ってくれ! 確かにサーヴァントがマスターを守るのは」

 

「ダメ!」

 

 顔も向けず、ハンターは背中に追いすがろうとした伊庭に同じ言葉を繰り替えずばかりだ。

 

 このままでは()()が明かない。伊庭は異議を唱えるため、ハンターの言葉を無視して近づこうとした。

 

 ――が、その伊庭を、黒い風のように取って返したハンターが張り飛ばした。

 

「危ない、ダメ! 前出る、ダメ!」

 

 言って、ハンターはさらに氷像に挑みかかる。 

 

「――――待てよ」

 

 さすがの伊庭も、感情敵になっていたと言わざるを得ないだろう。

 

 ただ、ただ、何かがブツリと切れるような感覚があった。

 

 そして、伊庭はハンターの前に躍り出た。

 

 そのまま剣骸の熱閃で氷像を両断しつつ、目を剥いたハンターの顔面に、鉄塊よろしく凝固した鋼の拳をたたきつけたのだ。

 

「少しは――俺の話も聞きやがれ、この、原始人ヤロウ!!」

 

 図らずも渾身――といっていい手ごたえだった。

 

 しかし、当然ハンターには大したダメージは無いらしい。 

 

 ただギョロリと、ハンターは眼を剥いて伊庭を見る。

 

 そして拳――というには巨大すぎるそれが、返答代わりに返ってくる。

 

 まるで流星を生身で受け止めたかのような衝撃が走った。

 

「――――がはッ! ……」

 

 ――こうなれば令呪を使用するしかないのか?

 

 吹き飛ばされ、横になったまま、伊庭は本気で考える。

 

 だが、そんなことをしても、伊庭だけでは古賀鏡子を止めることができない。

 

 八方ふさがりだった。どこか投げやりな無力感が伊庭の五体を縛っている。 

 

 気が付けば、仰向けになって星を見る伊庭のすぐ脇で、ハンターは血走った目を伊庭に向けてくる。

 

 なにがあろうと異論は認めない、と全身で表現するかのように。

 

 もはや伊庭にできることはないらしい。

 

 ――しかし、それでも伊庭は己の無力感に抗うように、立ち上がった。

 

 よろよろと、自分でも情けないと思うようなありさまで。

 

 それでも立ち上がり、ハンターを睨み返す。

 

 いい加減、うんざりしていたからだ。

 

 いつもいつも、この、何とも言えない感覚に首をくくられたみたいに、伊庭は何かに抗うのをやめてしまっていた。

 

 友を失ったあの日から、ずっとだ。

 

 

 昔はそうじゃなかった。

 

 なぜ自分が生家を出てまで、無為な探偵業についてまで、なぜ安易な道を選ばすに生きてきたのか。

 

『――抗うためだ』

 

 何に? ――おそらくは、この世のすべての抗うために、伊庭は生きてきたのだ。

 

 いつしか、友の遺言を言い訳にして、自分が最も忌み嫌う生き方をしていた。

 

 それが、己への罰なのではないかと、都合よく考えたりもして。

 

 だが、そんな事はウソだ。

 

 自分自身に愛想が尽きたふりをして、楽な道を選んでいたに過ぎない。

 

 それだけだ。

 

 もしやハンターは、それを見抜いていたから、伊庭を人間扱いしなかったのかもしれない。

 

 だが、それもここまでだ。伊庭は口から言葉ならぬ気を吐き捨てる。

 

 ――オレはひとりの人間で、お前に指図されるだけのペットでも、守ってもらわなきゃならない子供でもない!

 

 伊庭は言葉や、擬態の技術で何かをあざむこうとするのを止めた。

 

 ただ、ありのままの自分を放り出して、ハンターへの意思表示とする。

 

『――俺をなめるな!』

 

 と。

 

 すると、それが通じたのかは定かでないが、ハンターは伊庭を睨むのをやめ、何やら難しそうな顔をして、うなった。

 

 ――おいおい、俺はお前の、思春期の息子じゃないんだ。気まずいオヤジみたいな顔をするなって。

 

 伊庭としても、なんとも気まずい。三十路の男がなぜこんな問答をしなけりゃあならないのか。

 

「……後ろ、来てるぞ」

 

 伊庭が言うまでもなく、ハンターは難しい顔のまま背後にいた巨像を粉砕した。いつの間にか、氷像はそのほとんどが砕かれてしまっていた。

 

 いや、なぜこんな扱いを受けなきゃあならないのかといえば、伊庭の方が半人前のまま中年になっちまったからだ。

 

 それを誰かのせいには出来ない。

 

 こうやって思春期のガキみたいに扱われるのは、伊庭がやってきたことへの率直な反応なのだろう。

 

 そんな、率直な反応を返すやつが、このハンター以外にはいなかった。

 

 それだけのことなのだ。

 

「――なるほどな。現代ってのは、とことん()()()()の効いちまう社会ってことなんだな」

 

 そして、おそらくハンターの生きた時代には、こんなごまかしや擬態の入り込む余地がなかったのだろう。

 

 誰もが真っ直ぐに、むきだしの人間としてぶつかり合い、接していた時代だったのだ。

 

 ――なるほど、伊庭の擬態も通じない訳だ。

 

 伊庭が皮肉を感じていると、漆黒の風のようにハンターが舞い戻ってきた。

 

 そしてあらためて四肢を踏ん張り、押しつぶすようにして、伊庭に肉薄してくる。

 

 もはや互いの体臭まで感じられるような距離だ。

 

 だが、伊庭も逃げない。

 

 考えても見れば、逃げる理由は無いのだ。

 

 逃げる理由もないのに、漠然としたなにかから逃げるように、伊庭は人を避け、過去から、そして己の本心から逃げていた。

 

 もう、たくさんだ。

 

「…………」

 

 一向に引く様子の無い伊庭に、ハンターは「しかたねぇなぁ」と言わんばかりに視線を外し、頭をかいた。

 

「いちいち、頑固オヤジみたいな反応するなよ。お前も」

 

 伊庭の愚痴もなんのその、ハンターは意を決したように、自らが粉砕した氷像に向き直る。

 

 バラバラになって転がっている氷塊は未だに動き続けており、小さな破片同士が組み合わさりながら蠢いている。

 

 放っておけば、また襲い掛かってくることだろう。

 

「……どうする気だ?」

 

 伊庭の言葉に応えず、ハンターはそれを観る視線に、さらに力を込める。

 

「………………おい、おいおい、まさか」

 

 すると、その視線の先で、氷塊が、大本の人型のモノとは、別の形に組み合わさっていく。

 

 四足の、分厚い、小山のような形状のソレ。

 

 そう、そこには、新たなるマンモスが出現していたのだ。

 

 氷の実体を持ち、ハンターが狩ったものと比べると遥かに小さいが、まぎれもないマンモスである。

 

 当然、まるで生きているかのように挙動し、雄叫びまで上げている。

 

「ウソだろ!?」

 

 半ば叫ぶようにして伊庭は言った。

 

 しかしハンターは動じず、武器を手放し、その場に胡坐をかいて座り込んでしまった。

 

 さらに、腕まで組んでじっと伊庭を見てくる。

 

 言葉などなくとも、もはや間違えようもない。

 

 ハンターは『認めてほしければ、お前も狩ってみろ』と言っているのだ。

 

 伊庭にも、あのマンモスを狩って見せろと。

 

「――クソ! クソ、上等だ! やってやるよ!」

 

 伊庭も引くわけにはいかなかった。既に燃え上がる寸前の身体も構わず、半ばやけくそで剣骸を展開した。

 

 そして氷のマンモスへ、突貫した。

 

 

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