ワンナイト聖杯戦争 第二夜 激闘「マンモススレイヤー」 作:どっこちゃん
「つ、つまらねぇなァ。ないめりあ……」
うなだれるようにして、セイバーはぼどり、と血を吐きこぼした。
「あら、冗談だとでも思った?」
ナイメリアは冷然と、薄ら笑いさえ浮かべて巨漢を見下ろす。
「それにしても、さすがサーヴァント。まだちょっと時間があるみたいね」
「もそっとさがるがいいぞマスター。何があるかわからん」
自身も用心深く距離を取って、キャスターが老婆心よろしくの声を上げる。
「ったく。結局はお預けじゃァねーかよ?」
顔をあげたセイバーは、太い眉を
いまにも、のたり、と立ち上がりそうだ。
しかし、血にまみれ、蒼ざめたその顔はさすがに精彩を欠いている。
「私としても不本意なのよ? だけど、あなたが万一にもハンターを倒してしまうと困るのよ。伊庭さんの剣骸が無いと、古賀の魔術は成就しない」
「へェ? なーにを、しようってんだいお前ら? おいらをよぉ、こんな目にまで合わせてよォ……」
「そうね。あなたにはつまらない話だと思うけれど、一応話しておくわ。――古賀はね、世界を創ろうとしているの」
ナイメリアが示唆すると、キャスターはやれやれと首を振りつつ、紅い液体のようなものを虚空に放る。
すると、それは落下することもなくそこに静止し、ごぼごぼと泡立ちながら、人の背丈ほどの鏡面を造りだした。
その向こうには、カガミ写しの世界がある。
ただし、この場にいるサーヴァント達は元より、ナイメリア自身の姿もそこには無い。
カガミ写しのように見える、別の世界なのだ。
「鏡面世界よ。鏡の向こうに、現実の世界とまったく同じ、〝カガミ合わせの世界〟を作ろうとしていた――もちろん、抑止力から逃れるためにね。抑止力っていうのは」
すると、そこでさらに解説しようとしたナイメリアに、キャスターのよぼよぼとした声が待ったをかける。
「やめやめ。言っても無駄よ。どうせ絵空事じゃもん。それぇ」
キャスターはすねたように言う。
「ワシは無駄じゃと言ったのに! いくらワシの宝具をもってしても、完全な世界の複製など作れぬ!」
キャスターは途端に、まくし立てるように言った。
「……ま、その辺は見解が異なるみたいだったわね。古賀――の先代よねアレは?
「まったく無茶が過ぎる! こんな! こんな一夜だけの即席の儀式で根源にたどり着けるなら、誰も苦労はせんのじゃ! 抑止の力を甘く見すぎじゃもん、あいつら!」
「とは言え、案外、あなたの本体は根源の向こうに行ってしまったのかもしれないけどね。不老不死なわけだし」
プリプリと小柄な身体をいからせていたキャスターは、すぐに
「それは言ってくれるなえ。たとえ結論がそうなのだとしても、あらゆる時間軸のワシは常にそれを渇望しているのじゃし」
「……」
「あら。ごめんないねセイバー。最後につまらない話で。要するに、古賀の魔術は十中八九、失敗する。ハンターと伊庭さんはその過程で消滅するわ。そうなると、あなたはもう邪魔なのよね」
「――で、おいらよりもその爺を選んだわけか」
そりゃあね? とナイメリアは首を
「何せ、賢者の石だもの。レシピだけでも
言いさしたナイメリアだったが、そこでふと、言葉を切った。
「……あ、ありがとうよ。ないめりあ」
己が眼下で、再び首を折ったセイバーが、ぼたぼたと石畳の上に涙をこぼしているのがわかったからだ。
「おいらァよォ。おいらァよォ、いままで、
「……」
「ああ、あんまりだぁ。こんな終わり方はよぉ。……けど、仕方がねえのかなァ? バチってぇヤツなのかァ? なぁ、ないめりあ」
「……バチなんて当たらないわよ。誰かが誰かをハメる時、そこに余剰のモノなんてないわ。あなたが隙を見せて、私がそれを突いた。それだけなのよ」
「――、――」
「なに?」
「いかんぞい。マスター、あまり近付くな」
「最後だもの。……言葉ぐらいは聞いてあげるわ」
ナイメリアはわずかに目を細め、自らの胸を貫いたまま嘆きを漏らすセイバーに歩み寄った。
思えば、不憫なことだ。
武蔵坊弁解。本来なら老成して理知と忠義とを併せ持つ、
それが何の因果か、こんな半端な状態で召喚されたばかりに。
そう思うと、幾分の
「あぁ、ありがとよォ。――――ないめりあッ」
言って、顔を上げたセイバーの顔には、しかし、殊勝なセリフには似つかわしくもない、牙を剥くような笑みが張り付いていた。
「礼を言うぜィ!」
途端に、セイバーの周囲に彼の宝具たる999本の太刀が、入り乱れるように出現し始める。
すべてはブラフだったのか!?
――しかし、
「なんのためのお礼? あなたの
セイバーは眼を剥く。
出現しない。ナイメリアの身体を瞬時に切り刻むはずだった太刀が実体化しないのだ。
彼の宝具である幾多もの太刀は、虚空にその刃影を残すものの、すぐに掻き消えてしまうのだ。
魔力切れか? いいや、ちがう。
「こいつァ……」
「――
ナイメリアの背後で、キャスターが呟くかのように言った。
見れば、先ほどの紅い鏡がさらさらと、まるで蒸発でもするみたいに風化していくのが見えた。
さらに目を凝らしてみれば、その朱い粉塵の様なそれは、周囲の空間に、まるで霧でも掛かるみたいにして、充満しているのだ。
「キャスターの宝具。早い話が『賢者の石』よ。――その本質とは、あらゆる魔術の組成を自在に操作できるということ」
ナイメリアが言う。
「まだまだ改善の余地があってのぅ。本来は、より高ランクの神秘には干渉できん。ま、そんでも、この状況でなら話は別よ」
キャスターも少々得意げに丸い顔を
アッシュ・メザレフとはフラメルが賢者の石を精製する過程で彼を導いたとされる寓意図集のことである。
その製法よって精製された賢者の石は、個体だけでなく、液体、気体、果てはエアロゾル状になって、霧の如く形状変化し、周囲に堆積させることも出来るのだ。
そして、その真価はあらゆる万象を「健康」にも「不健康」にもできる、万能の霊薬である。
今、セイバーの五体を縛るのは、それを利用した、「あらゆる魔術の成立を阻害する結界」と言うところか。
宝具も、さらに言えばサーヴァントそのものも、いわば魔術に根差す存在。
ここまで弱っているなら、キャスターの宝具で干渉することが可能となるのだ。
「魔術師相手に腹芸なんて無謀だったわね。もうチャンスはあげないわ。――キャスター」
「やれやれ、悪趣味じゃのう」
「う、う、う、うげェ!! ――ぎ、ぎ、ぎぎ……」
セイバーの五体を、さらに凝固したアッシュ・メザレフの鎖が拘束し、その丸太のような手足を捻り上げていく。
否。拘束と言うよりは、侵食であろうか。
じりじりと、抵抗力を失い死にゆくだけの五体が苛まれていく。
単純な硬度による捕縛ではなく、サーヴァントの体蘇生そのものへの干渉を侵食を伴う拘束具といったところであろうか。
もはやセイバーに、これに逆らう術は存在しなかった。
「うがぁぁぁぁぁッッッ!!! こ、殺す――殺して、犯して! 切り刻んで――――……GUUURAAAAAAA!!」
もはや野獣の如く吼えることしかできないセイバーに、寸でのところまで近付いたナイメリアは、笑う。
「残念だったわね。トップクラスの『戦闘続行』のスキルも、こうなっては逆効果」
「む、ムカつくぜィ!! ――なぁにが
「自分の伝説に泥を塗るものじゃないわ。やはり
「は、半端ものォ? ――――へ、へへへ……」
そこで、一瞬ぽかんとしたセイバーが、また美姫の如く笑みを漏らした。
「何かしら?」
「……おっと、わりぃな。でもつい、な。おかしくってよォ。なんでかァ解るかい? おいらァ半端ものってんなら、それを呼び出したないめりあ、おまえさんも半端者なんじゃねぇかと思ってなァ」
「……」
「へへへへ。黙ったな? そらァそうだわなァ。でなきゃ、わざわざそんなセリフはでてこねぇよ。だんだん、化けの皮が剥がれてきたな?」
先ほどまで苦悶を隠そうともしなかったセイバーはここにきて息を吹き返したみたいに、揚々と語りだした。
「……無駄な足掻きはやめなさいな。バカらしい」
切って捨てようとしたナイメリアの言葉に、滑らかなセイバーの語気が、絡みつくように追随する。
「図星だなァ? おいらが
「……」
ナイメリアは息を呑み、言葉を失って立ち尽くした後で、ニタリと笑った。
「キャスター」
「……やれやれ」
「――――あが!? あぎぎぎぎッ! クソ! コラ、この! ないめりあ!」
「ナイメリアじゃないわ。それは偽名。私の名はオルトロス! オルトロス・ディルート!
ナイメリア、いや、オルトロスは咆えた。
「この儀式を執り行う、黒幕こそが私! お前らは、全部、全て、余さず! 我が手駒に過ぎない!」
言ってオルトロスは礼装たる筆を走らせる。
霧を裂くようにして刻まれた筆跡は、セイバーの五体を修復する。
当然、それはセイバーを助けるためのものではない。
次いで、礼装たる万年筆を放り出したオルトロスは人差し指をセイバーに向かって突き出す。
指先から離れた魔力がセイバーの身体を抉り、さらには氷結させていく。
「あがががが!? ――こ、こいつは……」
「そうよ。氷雪紋。コピーするのは簡単だった。さらに」
それからも、オルトロスは十数種にもおよぶ別系統の魔術を連続で使用して見せた。
物質の変性・転換は元より、元素変換・ルーン・カバラ・黒魔術・キネトグリフ・呪歌・神霊医術による素手での人体切開まで。
「――どう? 全て我らがこの一夜限りの聖杯戦争を繰り返して、集めた魔術よ。さらに賢者の石まで手に入れ、私の力はロードのそれにも劣らない!」
オルトロスはセイバーの臓腑を掻き分けながら、瞳に狂気を浮かべて咆える。
「……わかったかしら? 全ては私の掌の上。お前がどんなサーヴァントでも何の問題もなかった。お前の完全性など私には何の関係もない」
血まみれの手を引き抜き、ひらひらと
「マスター、その辺にするもんじゃ」
「……そうね。もういいわ。キャスター、さっさと始末して」
オルトロスはバツが悪そうに言った。そして付け加えるように。
「何も言わないでよ、キャスター。説教なんて無用だわ」
「もちろん。何も言わんとも。何も……」
「……全ての魔術を網羅すれば、それは完全な神秘たりえる。そうでしょ?」
黙れと言いつつ、オルトロスは言葉を続ける。焦点の定まらぬままの視線をキャスターに向けて。
「魔術とは人の無意識的な意思の集合体。その全ての網羅し、全てのピースを集めたなら。自然と根源への道は見えてくる! そうでしょう?」
「ああ、うむ。それは……」
押し迫るようにしてキャスターに詰め寄ったオルトロスは、言いよどむキャスターの応答を待たず、視線をひるがえし、ウロウロと狭い範囲を歩き回った。
「間違っていない……私は間違っていないのよ。我ら、オルトロスに間違いなど……儀式は全て順調だもの……古賀のような愚か者とは違うのよ……」
「ぶ――ぶははははァ!!」
そこで、爆笑、と言っていい笑いが沸き起こった。
処置なしだとでも言うように萎れていたキャスターではない。
血にまみれて半ば死んだようだったセイバーが、いきなり笑い出したのだ。
「いや、悪りぃな。あんまりにも
「――何のこと?」
オルトロスは再びセイバーに近づく。
「おまえさんも、要するに人のものが欲しくてたまらねェんだろ? なんでェ? そりゃあ、おいらと一緒じゃねェかと思ってよォ」
「――なに、が」
「そんでェ、おいらァ解っちまったよ。おいらァ、別に刀が欲しかったんじゃァねえんだ。一番になりたかったんだァ。けど、そいつァつまり、おいらァ自分が一番じゃないんだって、解ってたってェことじゃねェか」
かなしいねェ。――と、セイバーのしみじみと語る様な口調に、オルトロスは意表を突かれたような顔をする。
「負けたことなんてなかったのになァ。ただ漠然と、何かが足りなかったんだよなァ。それで、何かでそいつを埋め合わせようとしてたわけだ。――お笑いじゃあねぇか。おいらも、お前さんも」
「……黙りなさい。私は違う」
「ちぃがわねぇよォ。おまえさんも何かが足りねぇと思ったんだろ? でもよ、そいつァ要するにテメェに自信がねぇってぇ話なんじゃねぇのか?」
「やめなさい」
オルトロスは無表情なまま、ささやくように言うが、セイバーは止まろうとしない。
むしろ、朗々と言葉を続ける。
「おいらもそうだったんだ。なんとなく、わかったぜィ。なんでもおいらァ、
「……」
「けどよ。おまえさんのおかげで、目が覚めたぜ。他人のものを欲しがって、集めて、満足してる奴はよォ。本物じゃねぇってことだ。ハタから見るとよくわかるぜ。きっと、その義経ってお人はよぉ。そんな事とは無縁の、
「……だまりなさい。いや、黙れ! 私には、私には関係のないッ」
「それに気づけた。――だァから、改めて礼を言うぜ♡
「いかんわ! さがれ、マスター!!」
キャスターの声は遅すぎた。
オルトロスの視界は、最後に呟いたセイバー・武蔵坊弁慶の笑みを見た。
まるで悪童のような笑みだ。
してやったりとでもいうような。
――演技!? どれが? どこまで?
考える暇はなかった。
身体ではなく、心を制されたオルトロスに、
ベンケイの五体を突き破り、血油に濡れる太刀が、雪崩れうって飛び出してきたからだ。
さながら爆心地のごとき有様であった。
屋敷は瞬時のうちに崩壊してしまい、辺りにはしばしの静寂が残された。
そして、薄暗い地べたを這う蟲がそうするようにして、オルトロス・ディルートはがれきの中から這い出してきた。
意外にも、その身体は軽傷である。
ただし、あくまで身体は、であるが。
幽鬼のように立ち上がったオルトロスは、あらん限りの悪態をまき散らした。
「あ、の、不良品が! 粗大ごみ! よくも、私を……この偉大なるオルトロスを! サーヴァントの分際で!! 半端者――誰が、半端者だ!! 」
セイバーはあの最後の瞬間、自分の宝具を
これなら、キャスターの宝具の効果を受けることもない。
しかも、自害せよという令呪の強制力を逆に利用した形になる。
「マス、ター……」
そこで蚊の鳴くような、と言うべき声が聞こえ、オルトロスは近くのがれきを跳ね上げた。
見るも無残なキャスターの姿があった。
その五体は寸刻みになっており、もはや無事な部分を見つけるほが難しいという状態である。
オルトロスはマスターたる己を呼ぶ声には応えず、面倒そうにキャスターに近づいた。
そして、その手が辛うじて握っていた賢者の石を、もぎ取るようにして取り上げた。
キャスターの五体はそのまま、物言うこともなく、砂像が崩れるように消滅していった。
「――う、ぐぅぅ……うう」
ナイメリアはその賢者の石を使って、自らの五体を修復した。
――危なかった。とっさに令呪でキャスターを盾にしていなければ、自分も危なかった。
だが、これでキャスターに精製させた賢者の石は失われる。
いや、構わない。不完全であっても、賢者の石の精製法は手に入れた。
足りないものは他から補えばいいのだ。
必要なモノは、いくらでも奪えばいい。それでピースを集め続ければ、必ず根源にまで届くはずなのだ。
「――半端者? ハ……アハハハハ! 一緒にするなデクが! 享楽と酔狂で刀狩りなどやっていただけのガキに! 私の! 何が! わかる!?」
そうだ。我らの、何がわかる!? 根源を目指すための、崇高な目的も知らぬ、凡愚の分際で……分際で…………。
「――――そう。ただの、スキを誘うための、ブラフ! あんな言葉に意味などない! 狂言! 戯れ言! こちら気を引くためだけの……そうに、決まってる…………」
しばしの間、ナイメリア――いや、オルトロスの首領、
「見ていろ――時計塔の、ザコども! 魔導を勘違いした、凡俗どもの集まりめ!
そして、ぷつりと言葉を切ったかと思うと、人形みたいな足取りで、姿を消した。
それきり、彼女がこの街に関わることは、二度となかった。