ワンナイト聖杯戦争 第二夜 激闘「マンモススレイヤー」   作:どっこちゃん

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「――剣骸:血刀異類(けっとういるい)!」

 

 伊庭の身体は限界だった。

 

 融解した鋼を凱甲の如く身体にまとう。

 

 たたきつけられた氷像の牙を防げたのは千℃を超える剣骸を装甲として使用しているからだ。

 

 氷の牙でこの赤熱する鋼を貫くことは出来ない。

 

 しかし貫かれないからと言って、衝撃まで緩和できるわけではない。

 

 巨獣との交錯の度に、伊庭の身体は木っ端の如く吹き飛ばされ、蹴り上げられ、無様に転がされる。

 

「剣骸:朱狂脈(しゅきょうみゃく)ッ」

 

 伊庭に課されたイニシエーション。マンモス狩りの儀式は始まって、まだ数分も経ってない。

 

 だが、伊庭はとうに満身創痍だった。

 

 ただでさえ、身体に合っていない魔術刻印を最大限駆使して、家よりもデカイ巨獣に立ち向かう。

 

 その上、これをマスターである伊庭が排除する必要などなく、さらに気がめいることに、このマンモスを造りだしたのは彼のサーヴァントたる、ハンターなのだ。

 

 伊庭は頭がバカになりそうだった。この状況の全てが異常である。

 

「剣骸:血尖陣(けっせんじん)!!」 

 

 それでも、伊庭は果敢に己の五体を、土砂災害さながらの危険地帯へと捻じ込んでいく。

 

 まるで命を投げ出しているかのようだ。と、自分でも思う。

 

 どこか、他人事のように。

 

 だが、それは今までのように、何処か自分を罰するかのような行為とは違っていた。

 

 今の伊庭を突き動かすのは、奇妙な高揚感だった。

  

 いうなれば、ヤケクソに近い。

 

 こんなわけの変わらない状況。何も得ることの無い、無駄でしかない戦闘。

 

 にもかかわらず、叩けば戦うほどに、伊庭は何かが吹っ切れていくのを感じていた。

 

 立つのもままならなかったはずの五体は、灼熱の血潮をまき散らしながらも、弾けるように駆動する。

 

 心臓が発火しかけているのがわかった。

 

 それでも、不思議なほどに、迷いがない。

 

「――剣骸:弧導雨輪(こどううりん)!!」

 

 周囲へ、地面へ、或いは虚空へ。幾重にも撒き散らされた剣骸の飛沫が、夜に在りうべからざる灼熱の日輪を描き出す。

 

 そこから走った横なぎの驟雨(しゅうう)のごとき刃が、ついに氷像のマンモスを削り切った。

 

 マンモスは断末魔を上げて崩れ落ちる。

 

 ――ったく、こんなとこまで真に迫ってやがる。

 

 しょせんは作り物の筈なのだが、ハンターの思い込みのせいなのか、戦ううちに、伊庭にとっても、とてもそうは思えなくなっていた。

 

 まるで、自分が本当に、巨獣に挑む狩人になったかのように。

 

 おそらく、ハンターがマンモスを狩るのは、それが仕事だとか、生活のためだとかいう、以上のものだったのだと、今の伊庭には理解することが出来た。

 

 強大なものに挑むことは、つまり、己の存在証明だったのだ。

 

 己自身に、己の価値を証明すること。

 

 それを、伊庭は放棄していたのだ。

 

 他人にはいくらでもごまかしが出来る。なんなら、もうソイツと会うのをやめてしまえばいい。

 

 それでなんとでもなる。

 

 だが、自分だけはそうはいかない。自分の価値を、常に自分に証明し続けなければならない。

 

 そう言う人間もいる。そして、伊庭はそう言う人間だった。

 

 何かに抗い、何かに挑み、そうしている間だけ、己自身に己を証明することが出来た。

 

 勝ち負けなど度外視して、――そう、その間だけ伊庭は、()()()()()()で在れたのだ。

 

 もはや体温を下げることが出来ない。

 

 徐々に炎に包まれながら、死にゆく伊庭の元へハンターが歩み寄る。

 

 ハンターは最初から知っていたのだ。

 

 伊庭がそう言う人間だということを。

 

 ハンターと同じ、何かに挑んでいる間だけ、己を存在を許せる人間であることを。

 

 だから、伊庭にウソを吐くなと言ったのだ。

 

 己自身にウソを吐くな、と。己の存在証明から逃げるな、と。

 

 ようやく、伊庭にもそれが解った。理解することが出来た。

 

「ありがとうよ、ハンター。なんだか、……ハハッ、気持ち、いいや……」

 

 炎に包まれながら、伊庭は笑いかけた。

 

 その伊庭を、

 

「――――ぅお!? おい!?」

 

 ハンターは、ガッツリと、抱え込んだ。

 

 ハグ――ってやつか!?

 

 よせやい。こちとら日本人だ。――いやそれよりも、

 

「いくらおまえでも、この温度は……」

 

 しかし伊庭の言葉など効かず、己の五体が、両腕が、顔が焼け爛れるのも構わず、ハンターは伊庭をねぎらった。

 

 全身全霊での、言葉にならない、ねぎらいだった。

 

 良くやったと。お前を認めると。

 

 そして、ベリベリと、自らの皮膚が剥がれるのも構わず伊庭から身を離し、手にしていた氷塊を押しつける。

 

「――」

 

 しかし数千度にまで高まっている伊庭を体温を下げるには足らない。

 

 ハンターはさらに手製の杯のようなものを取り出し、剥がれた皮膚から滴る自らの血をそこに注ぎ込む。

 

「おいおい、まさか……」

 

 伊庭はいかにも嫌そうな声を上げるが、ハンターは構わず、近くに転がっていた氷のマンモスの残骸を掴み、自らの血の中に混ぜ込んでいく。

 

(ちから)、取り入れる。力、強くなる。――お前、もう、負けなくなる!!」

 

 ぶつ切りに言って、ハンターはその杯を進めてくる。

 

 伊庭はわずかに逡巡(しゅんじゅん)した後、観念してそれを受け取った。

 

 ここで抵抗することに意味がないことは、とっくに理解しているのだ。

 

 それに、このねぎらいを受けない選択は、あり得ない。

 

 そのくらいは今の伊庭にもわかったからだ。

 

 伊庭がそれを飲み干すと、ハンターは巨躯を折りたたむようにして目を閉じ、何かを祈り始めた。

 

 まるで、この男の良く先に、祝福が有らんことを願うかのように。

 

 

 

 

 

 ハンターの血と行動が、どの程度効いたのか解らない。

 

 だが、とりあえず立って動くことは出来るようになった。

 

 燃え尽きる寸前だったことを考えれば、とんでもなく効果があったということなのかもしれない。

 

 しかし、伊庭にしてみれば、妙な感じはない。――と言うよりも、以前よりもずっと、今の方がすわりが良いというべきか。

 

 ずっと、ピントがずれてしまっていたかのような人生の全てが、今の瞬間にぴたりと収まってしまったような感覚があった。

 

 つまり、ようやく伊庭は、かつての、そしてそれを自分自身と呼べるような状態の自分に立ち戻ることが出来たということなのかもしれない。

 

 喜ぶべき――なのかねぇ?

 

 伊庭は苦笑しながら、ハンターと共に古賀鏡子を追った。

 

 イニシエーションは数分間のことだったが、それでも致命的なロスになってしまった可能性はある。

 

 いまさら悔みはしないが、それでも急ぐ必要があった。 

 

 そもそも、鏡子の行き先はどこなのだろうか?

 

 時間的にも魔力の残量的にも、ダウジングくらいしか索敵の手段はなかったため、探すのに、さらに手間取るかと思った。

 

 しかし、以外にもそれはすぐに見つかった。

 

 ――というよりも、間違いようがなかった。

 

 何をやっても、反応はその一点からしか返ってこなかったのだ。

 

「――なんてこった」

 

 伊庭はそこで足を止め、周囲を見渡す。

 

 ――どうして、今まで気が付かなかった? 

 

 この街はがらんどうだった。

 

 伊庭はいつの間にか、()()()()()()の中にいたのだ。

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