ワンナイト聖杯戦争 第二夜 激闘「マンモススレイヤー」 作:どっこちゃん
伊庭はようやく気付くこととなった。
この街には――いや、この世界には伊庭たち以外の人間がいないのだ。
夜の民家からは灯りが消え、ただぽつぽつと、街灯の類いだけが茫々と灯っているばかりだ。
――模造品だ。伊庭はようやく、全てを察していた。
そして、今の今まで、どれだけ自分の視野が狭まっていたのかと自分の頭を小突く。
ここは元の世界ではなく、魔術的に造られた複写世界だったのか。
複写――カガミ写しの鏡面世界だ。
だが、いつから?
――ナイメリアの工房だ。
あそこから出た時、すでに自分は別の、鏡面世界に移動させられていたのだ!
伊庭もようやく、ナイメリアの裏切りに気が付いた。
なるほどアイツは最初から
疑いもしなかったとは、どこまで他人事だったのか――。
伊庭はまた、泣きそうな顔で自分に皮肉を漏らす。
いまさらナイメリアに恨み言を言う筋合いではない。魔術師とは最初からそう言うものだ。
「さて、問題は、ここからどうするか、だな……」
伊庭は改めて、ハンターを仰ぎ見る。
ハンターは、満面の星空を睨むようにして、じっと何かを見上げている。
言うまでもなくハンターも察しているのだ。
この世界には、人間がいない。
つまりは、古賀の魔術を邪魔する他の魔術師も、聖堂教会の使徒たちもいない。
この世界でなら、古賀はいくらでも、おおっぴらに大規模魔術を使用できるのだ。
マンモススレイヤーの見据える先、おそらくはこの巨像世界の中心部。
そこで、古賀鏡子は今もこの世界を拡張する大魔術を使用し続けているのだろう。
今や、この鏡像世界そのものが、古賀の体内だと言っても過言ではない。
この世界に一人取り残された時点で、伊庭の負けは決定していたのだ。
――――と、ナイメリアは考えているのだろう。
だが、伊庭もまた、ナイメリアには伝えていないことがある。
伊庭は静かにハンターを見る。
ハンターもすでに解っているという風に頷いた。
本来はどうあっても使用できない。まさか、使用する機会などあろうはずもないと高をくくっていた、ハンターの持つ、もう一つの宝具。
「
ハンター・マンモススレイヤーは常に一つの権利を有している。
それが「人類最強の一撃を放つという権利」である。
かつて、ハンターが生きた時代、彼が放つ投げ槍はあらゆる人類が成し得る所業の中において、まさしく「最強の一撃」であった。
そして彼の存在は、その最初のタイトルホルダーとして星の記憶に刻み込まれたのだ。
それがハンターの持つ最大の宝具「
そこまではいい。
彼が生きた時代なら、それはただの優れた投擲技術でしかない。
問題は、彼が
現代、この21世紀に置いて人類に成し得る最強の一撃とは何か。
――即ち、水爆(水素爆弾)である。
途方もない話だが、それが
未だ人類が体験した事さえない水爆核の威力を、ハンターの放つ投槍は忠実に再現してしまうのだ。
ハンター自身も感覚でそれを解っているのか、確認するまでもなく、それを使用する気はなかったはずだ。
だが、今、その
「――ハンター、令呪を持って命ずる」
ここで儀式を止めることに、そこまでの意味はないのかもしれない。
古賀はもはやこの世界で、ただひたすら根源を目指すための研究を続けるのだろう。
伊庭さえおとなしく諦めれば、外側の誰にも迷惑は掛からないことになる。
――だが、伊庭には約束がある。
あの古賀鏡子を、しがらみから解放すると。
もはや鏡子自身も望んでいないのかもしれないが、それでも、伊庭にはそうするだけの理由がある。
「この世界を破壊しろ。お前の宝具を持って!!」
令呪の消失と共に、ハンターはものも言わず駆けだした。
自らが造りだした石槍を雄々しく掲げ、凄まじい速度で駆け始める。
体中に充填された魔力が、ハンターの五体が生み出す全ての熱量とエネルギーが、全て、一点に収束していく。
「HO―――――――――ROROROROROROROROROOOOOUU!!!!!!!!!」
謳うような雄叫びと共に、槍は放たれる。
それはもはや槍と言う形容を受け付けぬ閃光体と化し、戦慄く様に胎動する鏡面世界の中核を目指して飛翔する。
瞬間、凪ぐがごとく平静を保っていた鏡面世界が針を穿たれたかのように波打ち、異形の半流体となって絶叫を張り上げた。
迎え撃つがごとく、無数の朱い蛇が鎌首をもたげ、飛来する飛翔体に襲い掛かる。
しかし――無駄だ。
TNT(爆薬)換算で50メガトン超の破壊力を生み出す核出力を前にしては、いかに賢者の石もってしても、もはや処置なしだ。
事前に対処できれば何とでもなったかもしれないが、後手に回った時点で、もはやどうしようもない。
それだけの破壊を抑え込める魔術など存在しない。
それを可能とするのは、五つの魔法だけであろう。
「終わりだ」
伊庭の呟きとともに飛翔する閃光は着弾し、次いで、すさまじい閃光と山津波のごとき爆風が全てを包み込んだ。
――次の瞬間、伊庭の身体は静かな場所に移動していた。
崩壊した鏡面世界から放り出されたようだ。
人目は無い。ただ、のどかな夜の街並みに、確かな人の営みを示す灯りが灯っている。
無人のがらんどうではない。――戻ってきたのだ。
近くの茂みで、猫が鳴いていた。
「……ああ、なんだかな」
生き残っちまった、か。
伊庭は一人、冷え込んだ道ばたでつぶやいた。
月並みだが、本当に、思い残すことはなかったのだが。
「ああ、無事だったか。――ありがとよ、ハンター」
傍らには、当然のようにハンターの、黒鉄のような巨躯がそびえたっていた。
ハンターはまた無言のまま、伊庭へ、何かを手渡してくる。
「……これは、聖杯の……欠片?」
伊庭は小さく、そしてゆっくりと脈動する鉱石のようなそれを受け取る。
そうか、ナイメリアは何かをミスったらしいな。
ここまでアレコレと画策しておいて、ご苦労なことだ。
伊庭は小さく苦笑しつつ、聖杯の欠片を見る。
本来ならナイメリアに渡すべきなのだろうが、最初から伊庭を始末するつもりだったヤツに、律儀に従うのも
もとより欲してなどいなかったが、まぁ、ここは受け取っておくべきなのだろう。
しかし、こんなものよりも、大事なことがほかにある。
「……なんか、いろいろと世話になっちまったみたいで…………」
伊庭はハンターに向き直るが、いざとなると、何を言ったものかと言葉に詰まる。
一方のハンターはそんな戸惑いに構うことなく、ただ率直に、すさまじい勢いで伊庭の背中をひっぱたいた。
何事かと悶絶する伊庭に、ハンターは初めて牙を剥くような満面の笑みを浮かべて見せる。
「……ったく、ようやく一人前だってか?」
泣きそうな顔で伊庭が言うと、ハンターはまた右腕を夜の上天に向かって突き上げる。
なるほど、しみったれた言葉じゃなくて、か。
ガラじゃないなと思いつつ、伊庭も同じように右手を突き上げる。
「……ほんとに、ありがとな、ハンター」
そして、一瞬のまばたきの間に、ハンターはその雄々しい姿を消した。
「さて、どうしたもんかね、コイツは……」
ひとりになり、伊庭は冷えた夜に取り残された。
聖杯の欠片。誰かに譲り渡せば結構な金にはなるのだろうが……。
「……いや……もう、探偵や忠告役を続ける事もないんだな」
伊庭はひとりごちる。
彼を縛っていたモノは、一夜にしてあっさりと消え去ってしまったのだ。
伊庭に残っているのはこの聖杯の欠片と、行き場を失った剣骸のみだ。
「聖杯――か」
そして伊庭はつぶやき、静かに帰路へと付いた。
奇妙な衝動を、その胸中に持て余したまま。