ワンナイト聖杯戦争 第二夜 激闘「マンモススレイヤー」   作:どっこちゃん

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「あー、っと。その、私は……」

 

 伊庭は全身をしょげかえらせるようにして頭を下げた。

 

 彼が行おうとしているのは神秘を漏えいさせかねない相手への諸注意。

 

 ――すなわち「警告」である。

 

 下手に威圧的な行いをすれば、相手は逆ギレして強硬な手段に出てくるかもしれない。

 

 だからこその低姿勢。あくまで低姿勢。

 

 自分はあくまで「上」の意向を届けに来た、()()()()()の伝書バトでございます。

 

 と、全身で主張しつつ、頭を下げるのだ。

 

 これでとりあえずは、いきなり殺し合いになることは避けられる。

 

「とりあえずはナイメリアだけで許してちょうだい。だってフルネームのほうは嫌いなんだもの」

 

 ――学者めいた格好の女だった。

 

 歳の頃は20歳前後にも見えるが、案外40代でも通るかもしれないと思える容姿だった。

 

 若いように見えて、その仕草は妙に妖しく艶めかしい。

 

「やるわね。依頼を受けて、私のところに来るまで一日かかってないんだもの」

 

 そして、その両眼はどこか猛禽めいてカッと見開かれたままだ。

 

 目を剥く女――ナイメリアは、その大きな眼で伊庭を見据えつつ、そんな奇妙な事を言った。

 

「……そ、そりゃあ、どうも」

 

 伊庭はオドオドと頭を下げた。

 

 依頼を受けて? ――この女、どこまで知っている?

 

「座って下さる? 飲み物は冷蔵庫そこからお好きにどうぞ」

 

 リビングには小型の冷蔵庫が置かれていた。

 

 それ以外の場所は書籍や書類、覚え書きや写真で埋まってしまっている。

 

「……」

 

「お茶は無いの。熱いのって嫌いなんだもの」

 

「あのぉ……、ぃえ、えぇーっと、そのぉー、長居する気はなくてですね」

 

「座ってもらえる? だって話があるんだもの」

 

 きっぱりと言い切られて、伊庭は困り果てたカオで座り込んだ。

 

 重要なのは相手の機嫌を損ねないことだ。

 

「そのぉー。もう、ご察しのようですが、協会の方からですね」

 

「良いわよ。全部知ってるから。て言うか、()()もわざとよ。普通はあんなにわたりやすく筆誅(ひっちゅう)しないわ」

 

「ひっちゅう?」

 

「そうよ、筆誅! 筆誅すべし!!」

 

 言って、ナイメリアは手にした万年室をズバッと突き出した。

 

 筆誅。筆にて誅を下すということだろうか?

 

 ようするに、紙面などで他者の罪悪や欠点をアレコレと書き立てることである。

 

 ――本来なら、だが。

 

「なんてね? 要するに、最近はSNSのせいで()()()()()()()が増えたでしょ? で、そう言う奴らをこらしめる仕事を請け負ってるのよ、わたし」

 

「はぁ……。ではぁその。……いつもは、こうではないと?」

 

「とうぜんよ。依頼する側も、あんがい殺すことまでは望まないものよ」

 

 いって、ナイメリアは手元にあった羊皮紙を切り裂く様に万年筆を走らせた。

 

 すると、羊皮紙が奇妙な色の炎に包まれる。

 

 ――その筆誅とやらの証拠の隠滅とも取れるが、伊庭は動かない。

 

「結構お金になるのよ? 時代が進んで魔術師もやりにくくなった、なんて言うけれど時代に合わせてやれば、うまくいくものよ」

 

「はぁ……」

 

 魔術を濫用しての呪殺行為。――魔術師としては褒められたものではないのだろうが、まぁ人のことを言える立場ではない。

 

 伊庭の仕事は説教をすることではない。

 

「ま、そう言うわけで、()()はわざとよ。わざとやりすぎたの。そしてそれは、()()()()()()()()()()()()()よ」

 

「……」

 

「なんでって顔してるわね。教えるわ。あなたに来てほしかったのよ。今日、この日、日が落ち切ってしまう前までに」

 

 ナイメリアはそこで言葉を切った。

 

 大粒の、しかし愛らしいとは言い難い、猛禽めいた両目で、伊庭を見据える。

 

「あなたに、ここにたどり着いてほしかったのよ」

 

「……それはぁ、……どうも」

 

 伊庭は、にへらと、わらった。

 

 この女がなにを言いたがっているのかが解らなかった。

 

 なにが望みなのか……。

 

伊庭(いば)(かい)。――現、「剣骸可渡状(けんがいかとじょう)」所持者」

 

 唐突な言葉に、伊庭は一瞬、()()()()()()()()なった。

 

「なぜって顔してるわね。わたしも調べるのが得意な魔術師なのよ。――そして待っていたの。()()()()()()()()魔術師を」

 

「せん……? りょく……ってぇ、……いや私はですね、ただ「上」からの」

 

「仕事はしてもらっていいわ。全面的に協力するもの。でも、その前に手を貸してほしいの」

 

 ナイメリアは手にした羊皮紙のたばをべちべちと叩きながら言う。

 

 ――呪い殺した相手の詳細といったところか。

 

 断れば、あれを先ほどと同じように処分するとでも言いたげだ。

 

「……」

 

「手間は取らせないわ。朝までには終わる用事だから」

 

「いえぇ……、そんな私なんて、とてもお役になんて……」

 

 伊庭はこの上なく萎縮した風に情けない声を出す。

 

「……見事ね。それがあなたのスキルなわけね?」

 

「……」

 

「調べたって言ったでしょ? 擬態。欺くこと。騙すこと。それがあなたね?」

 

 ナイメリアは感心する様に呟いた。

 

「人が、言葉ならず発してしまう何気ない仕草、無意識の挙動。つまりはノンバーバル・コミュニケーション。それを完全にコントロールする技術」

 

「……」

 

「魔術とは関係のない技術だけに、魔術師を欺くことに長ける。――魔術師への注意喚起なんて()()()()()()()()()()()()()()()()を任されるのは、そのスキルがあるからなんでしょう」

 

 伊庭は、しばし死んだように押し黙る。

 

 さすがに想定外の事態だ。

 

 まさか情報が抜かれるとは。しかし、どこまで抜かれた?

 

 どこまで知られている?

 

 ――それを知るまでは、帰るわけにもいかなくなってしまった。

 

 仕方なく、伊庭は力を抜いた。すると、伊庭の姿は先ほどの萎れた風とは別人のように変貌してしまった。  

 

「……凄いわね。何の魔術も使わず、何も変わってないはずなのに、別人みたいに見えるわ」

 

 背筋、体勢、体幹、重心、そして表情。――少なくとも10歳は若返って見えたことだろう。

 

 これが本来の伊庭である。

 

 事務所でクダを巻いている時ですら、基本的に擬態は解かないのだが、看破されたとあっては仕方あるまい。

 

「――それが解るんだから、あんたも相当な魔術師だな」

 

 先ほどまでとはまるで違う、落ち着いた響きの声で伊庭は言う。

 

「解るんじゃないわ。データを手に入れて喋ってるだけだもの。でなきゃ完全に騙されてたわ」

 

 伊庭は颯爽とした仕草で冷蔵庫を開ける。冷えたコーラの瓶を取り出した。

 

「あら、ビールもあるのに」

 

「歓談したいんじゃないだろう? このあと、あんたの頼みを聞かないと仕事を終わらせられないらしい」

 

「うふふ。そうよ。私の頼みを聞いてくれないと、SNSで火遊びをして死ぬやつが多発するわ。そしてあなたは報酬をもらい損ねる」

 

「――で、なにをさせたい?」

 

「今夜、殺したい魔術師が居るのよ。――あなた、聖杯戦争って知ってるかしら?」  

 

 

 


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