ワンナイト聖杯戦争 第二夜 激闘「マンモススレイヤー」   作:どっこちゃん

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 伊庭は驚愕に声もなかった。 

 

 言葉では納得していたが、まさかこれほどの大魔術を、こうも簡単に……。

 

 オルトロス共が組み上げたというこの儀式、粗雑な模造品と聞いていたが、なかなかどうして侮れない。

 

 おそらくは幾度にも繰り返されたがゆえの――

 

 そこで、伊庭の思考を断ち切るように、その巨大な影は、ぬっと、信じられない距離まで歩み寄ってきた。

 

 なんとも自然で、無駄のない動きだった。

 

 野生の獣が、音もなく獲物に忍び寄るかのような動きだ。

 

 伊庭は声もなく、その巨人を見る。

 

 褐色――というよりも黒檀(エボニー)に近い、輝くような肌。

 

 波打つような朱い髪をヒモで粗雑にまとめている。

 

 そのヒモは動物の(けん)を裂いて作ったものだろうか。

 

 首や腰には動物の骨を使ったらしい装飾品が下げられている。

 

 ――原始人?

 

 率直な印象は()()だった。

 

 動物の毛皮を使った腰巻と脚絆(きゃはん)。顔に塗られた、なにがしかの塗料による奇怪な化粧。

 

 そして一切のコミュニケーションを絶するような、まっすぐにこちらを見つめてくる視線。

 

 ――言葉は、通じるのか?

 

 とりあえず声をかけようとして、伊庭は言葉に詰まる。

 

 一応は自分がマスターだ。令呪も――確かにある。一画だけのものだが、確かに。

 

 だが、この原始人めいた英霊? に、はたして言葉が通じるのだろうか?

 

 召喚された英霊ならば、時代の別を問わず言葉は通じるはずなのだが……

 

「……っと、あんたは」

 

 意を決した伊庭が何かを言いかけたところで、背後から「おほぅ!!」という猿か何かのような奇怪な声が轟いた。 

 

「い~ぃ男だなぁオイ!」

 

 セイバー・ベンケイだ。

 

 伊庭にもナイメリアにさえ目もくれず、ランランと目を剥いてその原始の男に肉薄する。

 

 巨漢が並び立った。

 

 体躯と言う意味では、ほぼ同じサイズを有する両雄であった。

 

 長大さ、分厚さ、存在感。そして身に纏う圧力まで。

 

「色男だ」

 

「……いつの時代の英霊なのかしら?」

 

 ナイメリアがさすがに声を上ずらせながら言う。

 

 たしかに、全くそれが不可解。不鮮明だった。

 

 いったい何が触媒になった? それとも触媒に関係なく呼ばれた英霊なのか?

 

 伊庭もいぶかるが、その間にも原始人めいた男は、その巨躯からは想像もできない身軽さですいっ、と脇に移動した。

 

 そして祭壇の上の置かれている物品に目を向ける。

 

 そして、小玉のスイカほどの大きさの、楕円形の石を手にとった。

 

 セイバーが声もなく眉を上げた。さすがに無視されるとは思っていなかったのだろうか。

 

「え……っと、その、なんだ」

 

 伊庭も声を掛けようとするが、原始の巨漢は見向きもしない。

 

 そして手にした岩をジェラルミンの床に叩き付けはじめた。

 

「おぃおぃおぃ?」

 

 弁慶が噴きだす。

 

「……あれは?」

 

「隕石よ。かなり古い地層から見つかったものらしいわ。ただ珍しいってだけのものなのだけれど……」

 

「……隕石」

 

 何をしようとしているのかが、まるでわからない。途方に暮れる三者三様を無視し、原始の巨漢はさらに宝物の類いを引っ掻き回し始める。

 

「……何か、工作を始めるつもりみたいね」

 

「魔術師、なのか……」

 

「あり得るわ。原始の時代のシャーマン……けれど、問題なのは」

 

「どの程度やれるかってぇことだろ」

 

 先ほど黙殺されて黙っていたベンケイが再び、地を揺るがすかのように踏み出す。

 

「よぉよぉよぉ。――知らねぇって面だな」

 

 そして四股でも踏むみたいに、身をかがめた。

 

「おまえさん、おいらァをしらねぇって面に見えるぜ」

 

 さらに大見得を切るようにして丸太のような腕を振るった。

 

 伊庭も、ナイメリアも身をすくませた。

 

 セイバーの手には一本の刀が握られていたのだ。

 

 日本刀ではない。太刀だ。しかし……しかし、その大きさ、分厚さときたら。

 

 もはや刃物ともいえない。これではむしろ……大ナタ、いや、もはや金棒みたいなものじゃないか。

 

「そ、それは……」

 

 言葉を失う伊庭に、セイバーは得意げに語る。

 

「なぁんでもねぇよ。ただの()()()()だァ。むかし、貴族のボンボンがよぉ。伊達を気取って下げてやがったから、とりあげたんだ♡」

 

「とりあげたって……」

 

 言われてみれば、華美なまでの装飾はこのセイバーの趣味とは似つかわしくない。

 

 そもそも異形の(こしら)えは、なるほど、実用品と言うよりは見世物と言われた方がピンとくる。

 

 どだい、並みの人間が振り回せるようなものではない。

 

 ――が、その白刃めいた金棒を、この巨漢は枯れ木の枝でもつまむような気軽さで構える。

 

 そしてくすくすと、子供のように笑った。

 

「自分でも振れねぇモンをよぉ。だからおいらァ、おかしくってよぉ。ちょいと意地悪をしちまった、ってぇはなしよ♡」

 

 そして己に勝るとも劣らぬ巨躯の男に、抜身の大太刀を突き出した。

 

 原始の巨漢も、これには顔を上げる。

 

「止めてセイバー」

 

 ナイメリアの声にも、セイバーは横顔で()()()と答えるだけだ。

 

 すると、原始の英霊は突き出される刃に目を向けた。

 

 しげしげと、白刃を見る。

 

「お? わかるかい?」

 

 途端に、刀身が一回転した

 

「もってみな」

 

 セイバーは刃の部分を掴み、ハサミでも人に渡すみたいにして原始の英霊に金棒の柄を握らせた。

 

「……」

 

 しげしげと、原始の英霊は手にした金棒を見る。

 

 こちらもまた、普通の人間では保持するのも難しいであろうそれを軽々と扱っている。

 

「へぇ。様になってるじゃあねぇか♡ 悪くねぇ、悪くねぇぜ……」

 

 しかしセイバーは何をしようとしているのか。

 

 周囲の思惑もなんのその、巨漢はまるまるとした手で金棒の刀身を掴んだ。

 

「だぁいたい、分かったぜ色男♡ 返してくれろ」

 

 にやにやとした笑みを浮かべたまま、弁慶は刃を握ってそれを取り上げようとする。

 

 ――が、原始の英霊も手を離さない。

 

「なんだい? 気に言っちまったのかィ? コイツぁ困ったな。おいらぁ、人からもらうことはあっても、人にものをやったことァねェんだ」

 

 真っ直ぐに相対する原始の巨漢は、声を発しない。

 

 ただ、互いに野太い金棒を握り合ったまま、真っ直ぐに、互いに視線をぶつけ合うみたいに向かい合う。

 

「……ちょっと、やめてよ。だから、これから共闘」

 

 ナイメリアがさすがに狼狽えたような声を上げた瞬間、ベンケイは空いた方の腕で、原始の巨漢の顔面をぶん殴った。

 

 それだけで広い地下室にあったあらゆる物品が、木っ端のように吹き飛んだ。

 

 当然、その場にいた魔術師たちも同様にである。

 

 衝撃波!? ナイメリアも、もちろん伊庭も、この時点で仲裁に入る余地など失っていた。

 

 如何に巨漢とは言え、人型の存在が暴れただけでそんなものが発生するはずもない。

 

 ――が、しかし、目の前で起こった以上は認めなければならない。

 

 想像のはるか上だ。あまりにも手におえないバケモノ。  

 

「あは♡」

 

 しかし離さない。原始の英霊は、まともに拳を受け、後方に大きく仰け反りながらも金棒の柄を握ったままだ。

 

 そしてぎょろりと、まるでダメージのなさそうな顔でベンケイを見る。

 

「ほぉらやっぱり♡ いい男だァ」

 

 金棒が引かれた。

 

 今度はベンケイが踏ん張る。――が、身体が、巨躯が前に泳いだ。

 

「と? とっとっと」

 

 原始の英霊はさらに金棒を引く。ベンケイも刃を握ったまま引く。

 

 綱引き状態だ。

 

 ギリギリと音だけが鳴り響く。

 

 両雄の間で()()()()される金棒が、音を立ててひしゃげていくのだ。

 

「おぃおぃ……困るぜ、おいらの得物がよぉ」

 

 また喜悦を浮かべようとしたベンケイの顔を、今度は原始の英霊が捕まえた。

 

 そのまま、壁ぎわまで押し込み、叩き付けた。

 

 ジェラルミンの壁が冗談のように陥没し、壁に床に、巨大なひび割れが生じてしまう。

 

「……うそでしょ」

 

 ナイメリアは地下室の隅に避難したまま驚愕に目を剥いている。

 

 これが英霊か。これがサーヴァントか。

 

 物理的にも万全を期したはずの要塞が、まさか内輪の、それも()()()()()で崩壊していくなどとは……。

 

「う……うふふ。うふふふふふふ。すごいわ。想像以上……これってすごい……」

 

 この巨漢共にとっては、万全を期した要害も紙同然なのだ。   

 

 しばしの押し問答、いや()()()()()とでも言おうか、もみあいをしていた両者は離れた。

 

 金棒めいたダンビラはどちらの手に?

 

 正解は()()()()()()()である。どちらも最後まで手を離さなった。

 

 その鋼の塊はねじ切られ、もはや修復のしようもないほどに破壊されてしまっていた。

 

「あーらら。高くつくぜぃ。お兄さん。――ま、元々もらいもんなんだけどな♡」

 

 二人の巨漢はまた、しばし沈黙した。

 

 かたや太い喜悦を浮かべたまま、かたやじっと観察するかのように。

 

 仲裁など不可能だった。両サーヴァントは完全にやる気になっている。

 

 もはや止めるには令呪を使うしかないのか?

 

 しかし、それでは何のための召喚したのかもわからない。

 

「――待ってくれ」

 

 そこに、伊庭が踏み出した。

 

「待ってくれ。たのむ」

 

 両雄もこれには目を剥いた。

 

 伊庭は衣服をまとってはおらず、しかも総身を血に染めていたのだ。

 

「たのむ――たすけてくれないか」

 

 


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