ナツミ・シュバルツ嬢が国民の期待と賢人会のパワハラ激務より押しつぶされる先の未来。これは王選開始を告げる半年ほど前の話だ。
「――おっし、終わった!」
机上に並べられた二つの紙束を持ち上げ、『可』と書かれた箱に投げ込み、その他をゴミ箱に投げ込んだナツミ嬢は腕を伸ばして肩を回した。
「そろそろ、昼休憩しよーぜ!」
「「はいっ!」」
「あっ、このゴミ箱に捨ててある書類は早めに焼却処分しといてな。多分大丈夫だと思うけど情報漏洩とか怖ぇし」
彼女の補佐として付けられた新人の文官達が気持ちの良い返事を返してくれる。
俺様口調を何とも思わない出来た後輩達だ。
「じゃっ適当に外で済ませてくるわ」
「「いってらっしゃいませ!ナツミお嬢様!!!」」
(…やけに元気な、今日なんかあったっけな?)
ナツミ嬢は自らの知る普段との変わりように少しだけ違和感を覚えるも、空腹の鐘が後押しとなり、少しだけ恥ずかしそうにしながら執務室を後にする。
「―――
『出かしたでぇ、ヨシュア』
『ミミも連絡するよ!ユリウスが動いた!』
『ふふふっ順調順調♪ 今からナツミ嬢ちゃんのはねむーんがいつになるか…想像するだけで顔のニヤけが止まらんわ』
ナツミ・シュバルツ嬢が預かり知らぬ中、黒い陰謀ならぬピンク色の陰謀が蠢こうとしていた。
「おっ」
「あ」
ナツミ・シュバルツはお気に入りのレストランの前でユリウス・ユークリウスと出会った。
「もしかしてお前も今から、飯か?」
「あぁ、こんな偶然があるのだね」
この二人、実は会うのは二ヶ月ぶりである。
ナツミ嬢は久しぶりに会う
「久しぶりの再会だ。僕の奢りで少し話さないか」
「おおっ気前良いじゃん!」
肩をバシッと後ろから叩かれ、満更でもない顔をして「レディとしてこのようなスキンシップはどうかと思うよ」と言うユリウス。
「異性として意識したことないから別に良いんだよ」と信頼を込めて返したナツミ嬢。
見えない杭が刺さったかのように一瞬心臓を掴む仕草をするユリウス―――
この光景をとある場所から監視していたアナスタシアは、双眼鏡を横においてニンマリと目元柔らかな吐息を漏らした。
「――イける」
ナツミ嬢に対してユリウスが敬語を使っていないという点。
久しぶりに会う状況特有の微妙な距離感。
然り気無いエスコートをするユリウス。
今までこの二人の関係をじっくり観察してきたアナスタシアは、かつてない程の高条件に今日彼らの関係が大きく動く予感をビビっと感じ取っていた。
「何を頼み、ましょうか?」
「そうだな…」
一応上級階級御用達のレストランである為、外面上は令嬢として振る舞うナツミ嬢。
ユリウスはメニュー表を広げ一点を指差す。
「この、サラダなんて」「申し訳ござませんお客様!そちらはブレックファーストメニューでして、此方がランチ用でございます」
ユリウスの横から現れた眼鏡を掛ける小柄な獣人の少年がメニューを回収し、先程までアッサリしていた物ばかりだったそれがボリューム感のある肉料理を中心としたメニューに替わった。
「あらっ丁度肉料理を食べたいと思ってましてよ。運が良いですわねユリウス……様。」
「う、うむ?」
何処かで見たような獣人の少年を視線で追うユリウスは違和感を覚えつつナツミ嬢の言葉に頷く。
「じゃあ私はこのニンニk…」
「申し訳ございません!お、客、様!此方もブレックファストメニューでした!此方が本当のランチメニューでございます」
『ニンニクたっぷりキムチ鍋』を選ぼうとするナツミ嬢にまたもや現れた獣人の少年。
「どうやら、忙しい時間帯に訪れてしまったようだね」
「そのようですわね。落ち着くまでお互いの近況報告でもしていましょうか」