「私にとって姉ちゃんがどんな人だぁ~?」
元貧困街・開発区画にある人気の飯処。
客のピークが過ぎたその頃、看板娘であるフェルトはナツミ・シュバルツの知人を名乗る赤毛の男から質問を受けていた。
「何でたってそんな話を聞きたがるんだが、騎士様の考えは私には理解出来ねぇが……」
その微笑み一つに金を払う女だっているだろう憎たらしいぐらいの美少年。
地位や名誉に縁のないフェルトでさえ、彼が一介の騎士という身分に収まらないことは暗に理解出来た。
ラインハルト・ヴァン・アストレア
世に言う天才であり、精霊の寵愛を受けた、神のごとき人。
何れはこんな傑物が自分を御輿の上に担ぎ上げて、一の騎士を名乗るなんて想像もしていなかっただろう。
フェルトはチラリと皿を洗うロム爺を見て、あれが終わるまで賄いにはありつけない。なら暇潰しには丁度いいかもしれないと椅子を引いた。
「最近はあんまり会ってないけど、取り敢えず昔の話でもすればいいのか?」
「――ええ。お願いします」
ラインハルトの返事を受けてフェルトは瞑想する。
ナツミ・シュバルツと初めて会った日のことを。
盗品屋―――それはまだフェルトとロム爺が裏稼業にて食い扶持を得ていた頃の話。今日も今日とて富裕層の誰某から適当に金品を頂戴してロム爺に換金して貰おうかと考えていた早朝であった。
その女は突然やってきた。
「私の名はナツミ・シュバルツ!
博覧強記にして天下不滅の億万長者ッゥ―――ふがくっ!??」
「「…………あ?」」
盗品屋の扉を勢いよく叩いて、打ち反った扉に弾き飛ばされる貴族風の女。
「依頼人か……?」
「億万長者とか言っとったし、そうなんじゃないかのぅ?」
あまりの珍事件にフェルトとロム爺は互いの顔を見合せる。
報酬にケチをつけてロム爺に尻を叩かれる依頼人はいたが自分で開いた扉に閉め出される依頼人など初めてである。
それでも一応、客かもしれないのでどっちかが見に行くかと面倒事を押し付けあっていると、
「あの……ハンカチ貰えません?」
鼻血を垂らした女が申し訳なさそうに扉を開いた。
お高そうな白いドレスは散々な有り様で、路上で転げ回ったのか髪は土と枯れ葉交じりでボサボサだった。
「はぁ~~仕方なねぇな。これで拭けよ」
フェルトはそこでテーブルにあった雑巾を投げ渡す。
「…ありがとうございます」
女は躊躇いなくその雑巾で顔を拭った。
…どうやら目の前の女は馬鹿らしい。
フェルトがその事を理解するのに時間は掛からなかった。
「―――少し、よろしいでしょうか?」
「何だよ、まだ始まってもいないじゃねぇか」
「いえ……」
フェルトが目を見開くとそこには困惑したような赤毛の少年の姿があった。
「ナツミ様は従者の一人もつけなかった……いえ、ナツミ様はお一人で来られたのですか?」
「うぉん?
そうだな、姉ちゃんは一人だったぜ」
「(ナツミ様は仮にも伯爵令嬢だぞ……、騎士団は何をしていたのだ?)」
「――あー、続けていいか?」
「話の腰を折ってしまって申し訳ありません。お願いしてよろしいでしょうか」
「貧困街で事業を立ち上げたい?」
「その通り!私は軽犯罪専門の裁判官をやっているのですが、貧困街での犯罪発生率のまぁ高いこと!
このままだと私が過労死しかねないので、いっそのこと大規模な事業を起こして、非労働者の暴れる時間を金を稼ぐ時間に当てさせ、得た金銭で暴力以外に娯楽を見出ださせれば、犯罪率も少しは下がるのではないかと思いましてこのナツミ・シュバルツが一肌脱いでやろうかという話よ!……あ、です!」
鼻血が止まらないらしいナツミという女――ナツミ姉ちゃんは、お世辞にも清潔とはいえない雑巾を鼻の穴に突きつけて、テンション高く話したてる。
その光景があまりに面白いので暫くみていることにした。
話の内容をみるにここら一体のクソ野郎どもから盗品屋の店主として顔の立つロム爺に関連する話のようだが、姉ちゃんは乗りの軽いヤツみたいで部外者の私がいることにとやかく言うつもりはないらしい。
「まぁお前さんが言いたいことは分かったが、こんな偏屈な場所で金になりそうなことなどあるまい」
ロム爺はクソ野郎どもの心配よりも、金もなければ畑もないここらでどのような仕事を作るのか単純に疑問に思ったようだ。
「それは、街道作りとか橋を作ったりとか公共事業として国に金を払わせるんですよ」
「勝手にやったって国は払わんぞ。お前さんは裁判官のようだが、上にパイプはあるのか?」
「騎士団には昔馴染みがいます。
協力を得られる確証はありませんが、とある一件で剣聖様と個人的な付き合いも得られました。すぐには無理でも、公的事業というのはいくらお金があっても手が回らないもの。
何れは国も認めて予算を当ててくれる筈です。それまでは私の貯金を崩していけば、なんとかやっていけるかと」
「……ふむ。嬢ちゃんや、何人ぐらい必要かの?」
「十……いえ、二十人も集まればよいかと」
ロム爺は何故かいつになくやる気だった。
話半分に聞いていたフェルトは至って真面目に話し合う二人へと横を指す。
「二十人って、少な過ぎねぇか?」
ここら辺だけでもクソ野郎の数は百は下らない。
ナツミ姉ちゃんが言うように犯罪率とやらを下げるには、全てとはいかなくとも過半数以上のクソ野郎を働かせなければ意味がないのではないだろうか。
「フェルトや。そうは言っても此方側の人間は基本我が身可愛いさに臆病な者ばかりよ。初めはどうしたって大した数は集まらん」
「二十人でも多いほうってか……はっ、下らねぇ」
折角のチャンスを臆病風吹かれて棒に振るなどフェルトからしてみればありえない話だった。
仮にフェルトがクソ野郎共の立場だったら何が何でもそのチャンスを掴み取り、権力者であるナツミ姉ちゃんに取り入って、金を稼いで、稼ぎまくって、こんな生活とはおさらばしてやる……少なくとも、それほどの意気込みを持って飛び付いた筈だ。
「……負け犬め」
故に侮蔑の意味を込めてフェルトは大っ嫌いなクソ野郎共を軽蔑する言葉を吐き出した。
「――――ていっ」
その額に指先が走る。