鋭い痛みがフェルトの脳内を駆け巡る。
呆れたように此方を見るナツミの放った風来の一撃はフェルトの額を軽く弾いて桃色に染め上げた。
「ッゥ―――何すんだよ!」
突然そんなことをされれば怒られるのも無理はない。
「いや、お前があんまりにもあれな顔をしてたんでつい」
「あれな顔ってなんだよ!」
「……アへ顔?」
「私はそんな変態じゃねえ!!!」
「ま、そうカッカすんなって」
姉ちゃんはさっきまでの小綺麗な態度とはうって変わって、ゲラゲラ笑うそこらのヤンチャ坊主のような砕けたものになっていた。
「あれだな。お前ごときが世界を推し量ろうとは百年早い!
いや、世界に絶望するのはまだ早い……か?
とにもかくにも、そんなつまらなそうな顔すんなって」
今に思えば、姉ちゃんは私に気を使って無理な言葉使いをしていたのだろう。
突然の豹変にロム爺も面食らっている様子であったが、「すまん。こっちが素なんだわ私」と言う姉ちゃんの言葉に苦笑して話を続けさせた。
「そうだな、フェルト!
良いものを見せてやる。と言うわけでお前も私の事業に付き合え」
「……は、何で私が」
「まぁ騙されたと思って着いてきなさいよ。ちゃんと給金は出すし、なんと今ならマヨネーズも付けちゃう!」
「成る程。貧困街の開拓はその時から始まったのですね」
―――ま、そう自信満々に言ったんだけど、集まった奴らが備品を盗むわ、飯を奪いあって喧嘩し始めて散々な結果だったんだよ。
でも、マヨネーズは旨かったぜ。
今でも失くなったら姉ちゃんに作って貰いにいくんだ。
「……ナツミ様も初めから完璧ではなかったと」
ラインハルトは意外そうに目を見開く。
あの頃の姉ちゃんは今と同じで行動力の化け物みたいな感じだったけど、経験が足りなかったんだろうな。
地頭も良いし色々知ってるけど、肝心な所で抜けているんだわ。
「経験、ですか」
それに昔の姉ちゃんは、あんまり人を頼ろうとしない人だった。
いつも笑ってるけど、いつも誰かの為に苦労してその苦労が空回りしたら、一番自分が頑張っただろうに泣き言も言い訳も吐かずに迷惑をかけたヤツらに頭を下げに行く。
『何だって損な役回りばっか引き受けるんだよ。姉ちゃんは働きたくねぇから、クソ野郎共に仕事をあてがったんだろ?
上手くいかなかったなら諦めちまえばいいじゃねえか。確かに姉ちゃんの仕事の量は変わらないかもしれないけど、こっちと本業の二足のわらじを踏むことはないんだから』
自分は隣に立って何もしてこなかったけど、姉ちゃんの頑張りは誰よりも見てきた自負があった。
そしてこれ以上やっても芽は出ないだろうから、諦めろと言ってやったんだ。
そしたら姉ちゃんは、悔しそうな顔をして言ったんだ。
『まだやれる』
……と。
『うぜぇぇぇ!!!!』
なんかウザかったから思いっきり尻を蹴り飛ばして川に落としてやった。
「……え?」
ずっと隣にいた私に一言も頼ろうとせずに格好つけようとする様を四六時中見せつけられてどれだけイライラしたことか。
一人で無理なら私を頼れ。私で無理ならそのラインハルトなんちゃらを頼れ、別に私はどれだけ姉ちゃんが情けなくても他人頼りの無能でも
腹の底から心からの気持ちを叫ぶ。
『……ぷ、ハハ。マジかよ、ハハハハハハハハ!!!!』
私の叫びを聞いた姉ちゃんは、腹を抱えて笑った。
それはもう笑い死ぬんじゃないかと思うぐらい。
『ありがとうフェルト。お陰で目が覚めたわ』
そして笑い終わって憑き物が落ちたような顔をした姉ちゃんは、次の日オットーとか言う商人を引き連れてきた。
なんかナヨナヨした情けないヤツだと思ったけど、これが意外と出来るやつで、姉ちゃんの完璧に思える案に商人ならではの視点からズバズバ指摘してくる。
姉ちゃんの頭脳とオットーの経験が合わさると、まるで足りなかったパズルのピースが揃ったみたいに今まで滞っていた問題が次々と解決していった。
そのまま順調に進んで貧民街が開発区画と呼ばれるようになったころには、街並みは一変してゴミが見当たらず路道に花畑なんか作られるようなった。
姉ちゃんは自業自得なのだが、貧民街の開発で膨らんだ仕事のせいで現場に出てくる暇もなくなって、オットーがそのあとを引き継いだ。二人が小まめに文通しているのは知っていたが、私もその頃になると盗品屋が飯所に変わってロム爺に頼まれて仕方なしに始めたウェイター仕事で忙しくなった。
稼ぎは盗みの時よりもずっと少なかったけど、それは楽しい日常だった。クソ野郎だった奴らはやれ子供が可愛くて困るだの、嫁さんの尻に敷かれて辛いと楽しそうに飯を囲んで、あぁ…姉ちゃんが見せたかったものはこれなのだと私は満足していていたんだ。
『フェルト。お前が王様になるべきだと私は思う』
でも、お前が私を王選の候補者として見出だして姉ちゃんが私を推薦したせいでその日常にも罅が入った。
「……はは」
なに笑ってんだこの野郎。
『お前がお…私を蹴り飛ばしてくれなかったら、今でも私は回りの見えてない道化だった。お前に知恵が足りないと言うのなら私が貸すし、私の友達が貸してくれる。
フェルト、私はお前が王になった国で尽くしたいんだ』
知ってるからな?
お前が姉ちゃんを囃し立てたなんて。
姉ちゃんは実質の女王とか言われてたから、仮に私が断っていたらどれだけ大変なことになっていたことか。
「だが、貴方は断らなかった」
当たり前だ。
私は姉ちゃんが作ったこの国が好きだ。
私以外のやつが王になって、この国のあり方を変えてしまうようなら、私が王様になって姉ちゃんに国を動かしてもらった方がいいに決まっている。
それが傀儡の王だとか笑いたいヤツは好きにしとけばいい。
私は姉ちゃんがおかしくなったら尻を蹴飛ばしてやれるヤツになればいいんだ。
「――ほら、賄い出来たぞ!」
「おや、ではそろそろ終わりにしましょうか」
そうしろ。
私の折角の
「では最後に。
――フェルト国王様。この国は如何ですか?」
きまってんだろ、弱いヤツも強いヤツも同じように笑い合うこの国が私は大好きだ。
フェルト国王
ナツミ姉ちゃんのストッパー・活入れ役。
休日にはロム爺の飯所の手伝いをしている。
看板娘フェルト=フェルト国王は飯所の客にとって暗黙の了解。
~その後~
たぶん魔女教が攻めてくるけどラインハルトがぶっ飛ばす。
たぶん他国が戦争吹っ掛けてくるけどラインハルトがぶっ飛ばす。
たぶんよく分からない超常の怪物が攻めてくるけどラインハルトがぶっ飛ばす。
たぶん悪意を察して一瞬で駆けつける加護とか分身の加護、洗脳解除の加護、あらゆる呪いを浄化する加護、記憶復元の加護、やり直したい時間軸に任意で戻る加護、どうしようもなく強大な敵を星から追放する加護、己が生存している限り親しい人間は本人が望まない外的要因で死亡しない加護、最悪の未来を避ける加護だとかラインハルトはフェルトの為に自重を捨て清々しいまでのチートキャラと化す。
開発区画がルグニカで最も美しい地上の楽園と云われるようになる。
人間や獣人のハーフなどが団体で移り住む。
ペテさんがジュースさんになる。
ロム爺の盗品屋が建て替えられ飯所らしくなる。
ユリウスがナツミ嬢にハッキリ告白するが、断られる。
しかし二人もいい大人なので、その件で拗らせることはなく、以降も友人として良好な関係を続けた。
オットーが商人として大成功をおさめる。
文明レベルが百年ほど繰り上がる。
フェルトが国王であった時代のルグニカは国として最盛期を誇った。
気の強いナツミ・シュバルツは生涯独身になると思われていたが、色々あって記憶を失った青髪の鬼族の青年を保護することになり、やがてその鬼族の青年とイイ感じになる。
たぶん、失われた記憶を求めて二人で旅をして、道中で四大精霊と衝突し村を救うみたいな劇場版みたいなことをして、そのまま婚約しちゃう。
たぶん、子供が男の子と女の子二人出来て、男の子にリゲルと女の子にスピカと名付ける。たぶんこの世界のレムは男だった。
たぶん、ロズワール辺境伯と仲良くなって、いつのまにかマヨネーズ狂いのロリっ子精霊と契約している。
…老後はカララギで過ごすのではないだろうか。
たぶんエミリアは諸々の問題を全て解決して幸せに暮らす