賢人会とナツミ・シュバルツの対立は彼女が王選候補者でないと判明するまで、ナツミ・シュバルツが仕事を押し付ける賢人会を一方的に嫌っている可愛いものであった。
貴族達も、新参の小娘が何を……と心の中では思うも、あれこそが王の器かと密かに尊敬の念を抱いていたのだろう。
それが彼女が王の資格がないと龍によってみなされると、そんなものに国を任せてもいいのかと賢人会や貴族らの間で問題視する声が上がり始めた。
ナツミ・シュバルツは王になるべき素晴らしき存在だが、このルグニカを守護する龍はナツミ・シュバルツが王になることを望んでいない。
ナツミ・シュバルツを王にすればルグニカは最盛期を誇るだろう。しかし龍は我々に愛想を尽かして……又は怒り、攻撃を仕掛けて来るのではないか。
後者においては、ラインハルトがいるので問題はないが前者の場合は最悪だ。
ナツミ・シュバルツは稀代の天才だが、その子供まで才能を引き継いでいるとは限らない。ナツミ・シュバルツの後継が没落した時、後ろ盾となる龍は姿を消している。たった一代の栄光の為に国の未来を賭けるのはどういうものかと首を捻った。
万年の平和を望むならば、龍の盟約に準ずる事が正しい。
悩みこそすれど、そう結論を下されるのは時間の問題だった。
ならば、ナツミ・シュバルツが王選候補者の誰かについたのならどうだろうか。
※※※※※※《ロズワール・L・メイザース》
「どうか、弱力な我々にご力添え願えないでしょうか?」
「それは出来ない相談です。私はクルシュ陣営に肩入れしている身ですので」
この王選は実の所、ナツミ・シュバルツが龍に選ばれた瞬間に破綻する筈だった。
それが彼女が選ばれなかった瞬間に……少しでも勘の良いものなら悟ったのだろう。ナツミ・シュバルツを手に入れた陣営が次代の王となると。
ロズワールは彼女こそが自らの野望に悲願の矢を射る存在であることを理解していた。しかし現状、エミリア陣営へと引き込むには手札が少ない。
「そーぅれは、残念ですね」
ナツミ・シュバルツの答えに
ナツミ・シュバルツが既にクルシュ陣営と懇意にしているのは“知っていた”
それでも自分がこのような助力を嘆願をしたのは“必要”であったからだ。
今回の会合で自分がするべき事が終えたという安堵の笑み。ロズワールがそのような余裕の態度でいられるのは、彼女がエミリア陣営に寝返る可能性を揶揄しているのか。
後はエミリアがナツミ・シュバルツと好きに話していい、そう視線を送ってナツミ・シュバルツから視線を外す。
「あの、ナツミ・シュバルツさんは何でこんなに頑張れるんですか!」
「頑張れる……?
それは私の仕事のことですか、それとも生きることを諦めない的なやつ、ですか?」
間を挟んで、紅茶を手にしたナツミ・シュバルツは困惑げに眉を歪めた。
突然主語もなしに何を頑張れるかと問い掛けられていても、質問の意図が分からない。
「あ……仕事のことです」
顔を赤くして小さく呟くエミリア。
「それなら簡単です。それが義務であるから、そして私自身が生き甲斐として感じているからですね」
「私、王選候補者なのに、他の人達と違って…何もない。それでも私は王様になりたい、どうしたら貴方のようになれますか?」
「私のようになってはダメでしょう」
「――え?」
「確かに、私は国の政策に口を出して、時々大規模な変革に携わることはありますが、私が思うにそれは王の在り方じゃない。
このルグニカに求められているのは……なんでしょうね。少なくとも、脱落した私を見習うのは賢い行いとは思えませんよ」
苦笑いするナツミ・シュバルツ。
「そんな、選ばれなかったからって脱落なんて!」
エミリアは貴方以上にこの国の王様に相応しい人なんていないと否定したかった。
たとえ龍が選ばなかったからって、こんなに素晴らしい国を作った人だもの。
見た目はとっても綺麗な素敵な人で、言葉使いも丁寧だし、私の話もちゃんと聞いて答えてくれる。
「私はたとえ王選候補者に選ばれても、王様になるつもりはありませんでした。
誰かの後ろにいる方が性にあっています」
つまりナツミ・シュバルツの行動原理は王になるために尽くされたものではないと言うことだろうか。
きっとこの人が王様になればもっと良くなる筈だって心の底から思うのに、どうして……と、一瞬自らの望みすら忘れて、幸せそうにしていた王都の人達の笑顔が脳裏を過る。
「………………」
だからどうしたと言うのだ。自分は村の人達の為に王様にならないといけないのではなかったのか。
本当に自分は優柔不断だとエミリアは項垂れた。
「言葉に詰まって、胸が辛くなったら友達に相談してみるといいですよ」
ナツミ・シュバルツさんからの助言。
「私…友達なんて」
「なら、私と友達になりましょう」
差し出された手が「友達なんていない」と言おうとしたエミリアの瞳に映る。
「どうして……」
「ナツミ・シュバルツは友達が欲しいと思った。
貴方のような素敵な人と友達になりたいと思うのはいけないことですか?」
まるで当たり前のように困っている私を助けようとしてくれるナツミ・シュバルツさん。
(……この人は、とても優しい。だから頑張れてしまうんだ)
だからこの手を取ってしまえば私は彼女の優しさに甘えてしまう。
これからきっと、私はこの人に沢山迷惑をかける。
どうでもいいこと、とても大切なこと。
友達なんて関係とは思えない一方的に依存してしまうものになってしまうだろう。
エミリアはゆっくりとその手を押し戻した。
「ごめんなさい。今の私に貴方と友達になる資格はないから」
「…そうですか。では、貴方と友になれる日を楽しみにしておきますね」
少しだけ悲しそうな顔をしたナツミ・シュバルツにエミリアが胸が痛くなる。
それでも、今の自分が彼女の友達になるのはいけないのだと、喉からせり上がりそうになる弱音を飲み込んだ。
パンドラ