※精神的BL要素あり
全身が焼けるような傷みが襲う。
温かくも熱烈な包容に「ぐわぁ」と女は品のない悲鳴を漏らし、破瓜の傷みに耐えるよう猫のように爪を立てた。
下腹部が熱い。びたん、びたんと打ち付けられる度に心が壊れていくのを女は感じる。自らに挿入されたブツは往復する度に、徐々にだが脹らみを増していった。
(…やめろ。やめろ、やめろ、やめろ!それをされたら完全に壊れてしまう!)
気持ちいいなんて嘘だ。痛いし怖いだけ。
もう堪えられないと女は泣き叫んで、もしもの為にと用意していた自殺用の薬へと手を伸ばした。けれどかき込もうとしたその唇は、組みふせる彼の物で塞がれて――――プツリとしたコルクの栓が抜けるような感覚。
鉄臭くサラサラとした液体が口内へと流れこんだ。女は誤って彼の舌を噛み切ってしまったらしい。
「あ、ごめん」女は焦るように言う。男はそんなことお構い無しと唇を合わせ、切れた舌で貪るように口内を侵食する。血と他者の唾液という異物感に蹂躙され、女はえづいて吐きそうになった。
普段の紳士的な彼なら自分がこんなに苦しんでいるのに手を止めないなんておかしい。まるで家畜の種付けのようではないかと、ますます女の心は傷付いていく。
いっそこのまま、窒息してしまえばいいのではないか。
自分の中にある※※※・※※※の残りカスが語りかけた。
いや待て。『※※※・※※※』……?
思考の最中にノイズが入ったかのような違和感。
『※※※・※※※』。これは人の名前なのかと疑問を抱いて、
(……そうか。もう名前も)
前世の自分の名前が思い出せないことに気づいた。
これでも記憶力には自信があったので、単純に忘れた訳ではないのだろう。
女は袖をまくり上げて傷一つない手首を見る。ここには夏の日も冬の日も隠していた『※※※・※※※』というナイフで彫った傷跡があったのだが、それがないとなると“この世界から消失した”という言葉が正しいのかもしれない。
目の前にいるこの男なら、もしかしたら覚えているかもしれないけど、自分はそれを前世の名前であると認識出来ないのだろうと思う。
…なんか、急に全てがどうでもよくなった。
思えば、この半生は自己の消失という強迫観念に囚われ続けてきた。
『※※※・※※※』ならこうした筈だ。『※※※・※※※』なら出来た筈だ。望まない過剰な権力に地位や名誉。もう十分頑張ったじゃないかと女は霞んだ瞳で思う。
(兎に角さ……疲れたよ)
その最後が世界で一番目立っていた癖に、世界で一番孤独であった自分という本物を見いだしてくれた存在の手によるものならば悔いはない。
びたん、びたんと腰と腰を打ち付ける音の感覚が早くなる。
それよりも酸欠で意識が削れていくスピードの方が早い。
(さようなら、皆)
一滴の涙が頬を伝う。
「あら?」
「どうした母さん」
「……あのね。すごーく悲しいことがあったと思ったのだけれど、思い出せないの。こんなに泣いて、顔だって真っ赤に腫れているのに……どうして?」
久しぶりに見る、泣き面以外のキョトンとした最愛の人の顔。
「…………………………そうか」
男は少し休むといいと優しく言葉をかけて、ベランダに出る。
「ついに俺だけになっちまったか」
彼の手には自分と先ほどの彼女、その真ん中に一人分ぐらいの隙間の空けられた写真が一枚握られていた。